これまでのあらすじ


ブラッドレイと出会った大神、アリス、レーティアの三名。
凶行を繰り返すブラッドレイを止めるべく大神アリスはブラッドレイへと立ち向かう。
二対一にもかかわらず圧倒的なブラッドレイの前に、ついに大神が倒れる。
大神の復活を信じアリスは『届かざる左の護剣』で守備に徹し奮闘するも、徐々に体力は失われついに足を負傷。
絶体絶命かと思われたが、そこに紙一重で大神の復活が間に合ったのだった。



激突する大神一郎とキング・ブラッドレイ。
互いに猛攻を繰り広げるも、目に見えて優勢なのはブラッドレイだった。

最強の眼はいまだ健在。打開策も見えない。
繰り出す大神の攻撃はことごとく見切られ、一方的な反撃にさらされている。
それでも致命傷を避けているのは大神の技量によるものというより、霊剣・荒鷹の恩恵によるところが大きいだろう。

霊剣・荒鷹は魔を退ける破邪の剣である。
人造人間(ホムンクルス)という魔に対して大神の霊力を高め守護している。

「ふむ。その剣は少々厄介だな」

その言葉と共に、これまでの的確な急所狙いから、手元――明確な武器狙いへとブラッドレイの動きが変化する。

だが、狙いが読めれば対応もしやすい。
手元に向かって迫る斬撃。
大神はそれを予測し、タイミングを合わせるように動き出した。
相手の行動を先読みすることにより攻撃に打って出る算段だ。

だが、その大神の動きを読んでいたように、斬撃の軌道が跳ねるように変化した。

「ッ…………!?」

首元に迫るその一撃を回避すべく、大神は咄嗟に上体を逸らした。
不意を付かれたものの、反応は上々。回避は十分に間に合うだろう。

しかし、肝心の斬撃が来ない。

「しまっ…………!」

衝撃は下から。
鋭い蹴りが大神の握り手を強かに打った。

続けてブラッドレイが振るった刃は荒鷹の剣先を弾き、一時的に握力を失った手元から荒鷹が弾き飛ぶ。
勢いよく飛んでゆく荒鷹の向かう先は遥か底の見えぬ崖先である。
落ちれば回収不可能な奈落の底に一直線に向かってゆく。

「中尉!」

アリスの判断は早かった。
剣を失い無手となった大神に向けて瞬時にマインゴーシュを投げ渡したのだ。
だが、勝機をみすみすと逃すブラッドレイではない。
大神が左腕を伸ばしマインゴーシュを受け取ると同時に、ブラッドレイの白刃が煌めき、斬撃が迫る。

振りぬかれた閃光のような一撃は、大神の体を大きく吹き飛ばした。


ブラッドレイの一撃により大神の体が宙を舞うその直前。
いち早く駆けだしていた者がいた。

レーティア・アドルフだ。
戦闘能力のない彼女ではあるが、この状況で棒立ちしていたわけではない。
天才アドルフの卓越した戦術眼は、ブラッドレイが武器狙いにシフトした時点でその狙いを正確に読み切っていた。

向かう先は飛翔する霊剣・荒鷹の元である。

風切音を上げながら飛翔する刀。
考えるまでもなく、これを止める術などひとつ。
レーティアは躊躇うことなくその射線上に体を投げ出すように飛び込んだ。

「くっ!」

回転する抜身の刀がレーティアの肩口を抉り、鮮血が舞う。
だが、体を張って受け止めたかいあってか、霊剣・荒鷹の勢いは止まり地面に落ちた。

地に落ちた荒鷹を拾いあげ、大神を見る。
意識を失っているのか、大神は地に伏せたままだ。
だが、構う必要はない。
何故なら、あの大神一郎がこのまま終わるはずがないと、誰も信じてはいないのだから。

「受け取れ、大神!」

傷口の痛みを無視して、レーティアは霊剣・荒鷹を力いっぱい放り投げた。
弧を描きながら倒れたままの大神に向かって霊剣が宙を舞う。

飛来する霊剣。
その動きに、真っ先に反応したのはブラッドレイだった。

先の一撃で大神の意識は失われている。
ならば、このまま早々にとどめを刺す選択肢もある。
だが、直前に自ら後ろに飛んでダメージを軽減したのか、手ごたえは見た目ほどのものではなく、やや浅い。
すぐに意識を取り戻す可能性は高い。
確実を期すならば、まずは危険な武器を処理してからでも遅くはない

そう判断し、ブラッドレイが剣に向かって跳躍する。
驚異的な跳躍力で一足で距離を詰めると、回転する剣を正確にその目に捉え手を伸ばした。

だが、それは偶然か、それとも使い手を選ぶ霊剣・荒鷹の特性故か。
不規則な回転の影響で荒鷹が僅かに軌跡を変化させた
霊剣がホムンクルスの手をすり抜ける。

「いい加減に起きんか! 大神一郎!!」

一喝するようなレーティアの声。
その声に導かれるように

「――――――応ッ!」

意識を覚醒させた大神が、伸ばしたその手にしっかりと荒鷹を握りしめた。

大神の意識が落ちていたのはほんの数秒である。
だが、戦場においては致命的すぎる、命を落とすには十分すぎるほどの時間だ。
ブラッドレイが荒鷹の対処を優先していなければとっくに大神の命はなかっただろう。
その数秒を作ってくれた仲間たちへの感謝を力とし、大神は歯を食いしばりながら立ち上がる。

「…………ほぅ」

その姿にブラッドレイが声を漏らした。
立ち上がったことにではない。
その姿に明確な変化があったからだ。

右手に霊剣・荒鷹を。左手にマインゴーシュを。
白い戦闘服が朱に染めながら、大神は二刀を構えている。
その眼光は死んでいない。

「なるほど、それが君の本来の姿か」

大神は答えず、油断なく静かに二刀を構えた。
語らずとも、その構えは回答には十分だ。

二刀流。
宮本武蔵を祖とする二天一流。
これこそが大神一郎の本来の戦闘スタイル。

「――――狼虎滅却」

大神が剣を振りかぶる。
その裂帛の気合は必殺を予感させるには十分だ。
だが、遠い。
大神の立ち位置は遥かに間合いの外。
たとえブラッドレイの技量をもってしても、一足では踏み込めぬ距離である。

「怒号烈震――――ッ!!」

放たれたのは剣技ではなく、霊力による遠距離攻撃だった。
雷鳴が迸り、ブラッドレイへと襲いかかる。

それは完全に予想外の攻撃だった。
だが、ブラッドレイは日常的に錬金術師という異能者と接している。
まして彼自身、超常のモノ、人造人間(ホムンクルス)である。

この程度の事、予想外であれど驚愕には値しない。

如何なる攻撃であろうとも、全て見切り、全て躱すのみ。
ブラッドレイ最強の眼は、雷鳴すら見極める。

放たれた雷鳴の隙間を縫うように、たんとブラッドレイが地面を蹴り後方へと飛び退いた。
無傷のまま完全に効果範囲から逃れたブラッドレイはそのまま大神を見据えるように面を上げ。

そこで、その攻撃の意図を悟った。

ブラッドレイの視界に映るのは一面に舞う砂埃。
大神の狙いはブラッドレイではなかった。
辺り一面の地面を雷鳴で打ち砂埃をあげ目晦ましとして、最強の眼を封じる。
それこそがこの攻撃の狙い。

だが、こんなものは時間がたてばすぐに晴れる。
つまり、逆に言えばこの一瞬に生じて、大神は必ず来る。
問題はどこから来るかだ。
右か、左か、それとも後ろか、はたまた上か。
絞りきれない以上、全方向を警戒するしかない。

「狼虎滅却ゥ――――っ!!」

だが、砂埃の中から大神が現れたのは、ブラッドレイの真正面。
だた己の全力をぶつけることしか考えていないような愚直なまでの正面突破。

「――――快刀乱麻ァ!!」

叫びとともに振り下ろされる二刀。
僅かに反応が遅らせながらも、ブラッドレイは剣を受け一刀は防いだ。
だが、残り一刀は、ブラッドレイの左目――――ウロボロスの刻まれた最強の眼を掠めた。

「ぐ…………ッ!?」

ブラッドレイが後方にたたらを踏んだ。
距離を取り、体制を整え左目の傷を確かめる。
致命傷となるほど深い傷ではない。
だが、浅い傷でもない、少なくともこの戦闘中に左目の視界が戻ることはないだろう。
傷口を抑えながら、残った右目で目の前の男を睨みつける。

この男はなんなのか?

確かに強い。
確かに強いが、これまで打ち倒してきた強敵たちに比べて特別抜きん出た力を持っているとは思えない。
現に幾度も相対し、その全てにおいて圧倒している。
だが、それでも、何度打ち倒されようとも立ち上がり、圧倒的な力の差を前にしても喰らいつき。
諦めを知らず、こちらに向かい続ける。
ついには最強の眼を失うところまで、こちらが追い詰められている。
矮小でありながら、時折こちらの予想を上回る、つくづく思い通りにいかない存在。

「大神くん。一つ聞いてもいいかね?」

互いの間合いの外に置いたまま、ブラッドレイは問いかける。

「君は、何のために戦う」

何のために戦うのか。
意味のない問いかけだ。
だが、答える意味などない質問に大神は真摯に向かい合う。

「自らの愛する者を守るため、それがオレの戦う理由です」

返答は迷いなく簡潔に断言された。

君、死にたもうことなかれ。
愛する人を。愛する都市を。愛する国を。愛する世界を。
その全てを守るために戦う。
それこそが大神の正義。

その答えに、憤怒の名を冠するホムンクルスは問い返す。

「それで、守れたのかね?
 守れるというのかね、君の力で?」

ギリと、悔しさを噛みしめるように大神は歯噛みする。
目の前の男に、志を同じくしたハイデルンを殺されている。
それだけではない。
この場において、多くの命が失われた。
だが、それでも。
だからこそ想うのだ。

「救えなかった命があった……だから残された命を救うと決めた!
 弱きを助け強きを挫く! それが帝国華撃団隊長・大神一郎の正義だ!!」

力強く大神は吠える。
なんと愚かで、なんと無垢で、なんと青臭い――――なんと人間らしい答え。
その答えに、ああそうかと、ブラッドレイは得心を得る。

「………――――これが、人間か」

呟きは羨望の様な響きを含んでいた。

己は、人間に追い詰められていたのか。

柄にもなく笑ってしまいそうだった。
父によって生みされ、地位も、経歴も、出自も、人種も、力も、名も。何かも与えられた人生だった。
なにを望むでもなく、与えられたキング・ブラッドレイとしての役割をこなすだけ。
この場においてもそれは同じ。
一刻も早く本来の役割を果たすべく努めてきた。

だが、それでも、ブラッドレイの胸に確かに湧き上がる衝動があった。

「……大神くん。君に勝ちたいな」

目の前の男に、誰よりも人間であるこの男に勝ちたい。
この衝動だけは、誰に決められたものでもない。
間違いなく己が抱いた願いだ。

「残念ながら、こちらにも譲れぬ正義があります。
 今生まれたその願いを、この剣が断つ」

大神にも譲れぬ正義がある。
元よりレーティアに特筆すべき戦闘能力はなく、アリスは疲弊し何より足に傷を負っていて満足には動けない。
大神が敗れれば全滅は必至。
彼女たちを守るため、負けることなど許されない。

見守る少女たちとて、大神が勝つと確信しているわけでもない。
ただ、大神の敗北は自らの敗北であると、受け入れる覚悟ができている、それだけの話だ。

その答えを受けフッと、力が抜けたようにブラッドレイが笑う。

その様子からは先程までの鬼気迫るような迫力は感じられない。
どこか達観した表情からは穏やかさすら感じさせる。

故に、目の前の相手はこれまで以上の強敵であると大神は認識する。

「いいだろう……ならばその正義、最後まで貫いてみせろ!!!」

平静を保っていたブラッドレイが吼えた。
蹴りだした地面が爆ぜる勢いで駆け出し、大神へと迫る。

「ウォオオオオオオオッ!!!」

迎え撃つ大神も、応えるように獣のような雄たけびを上げた。
二匹の獣の咆哮が辺りに木霊する。
互いの剣気が衝突し大気が爆ぜた。
鳴り響く金属音。

二つの魂が衝突する。

「どうした! その程度が貴様の本気か!!
 足りん、全くもって足りんぞ!!
 私を壊して貴様の正義を示してみせろ、人間よ!」

叩きつける様なブラッドレイの一撃。
片目を失ったとはいえ、依然としてブラッドレイの猛攻は変わりなく。その力量に陰りはない。
豪雨のように降り注ぐ剣の嵐は、雨音のように剣戟の音を鳴り響かせる。

「言われずとも! 見せてやる、正義の力を!!」

これに対し、大神も一歩も引かない。
両腕の二刀を持って猛攻を受け捌き、防御のみでは終わらず、返す刃で斬って返す。
流れるような攻防一体は美しさすら感じられた。

刃ではなく剥き出しの魂を直接ぶつけ合うようなそんな攻防だった。
互いに、ただ斬り、ただ打ち、ただ払う。
ただそれだけの行為に、互いの持つ技量、経験、意地、信念。
その全てが見えたような気がした。

鬼神の如きブラッドレイの姿は見る者に戦慄を覚えさせるほどに雄々しく。
それを前にし、恐れず立ち向かう大神の姿は気高かくも見えた。

手数では大神が、精密性ではブラッドレイが上回っている。
だが、戦況は互角。
決定的な差は見えない。

大神がブラッドレイから受けたダメージは浅くない。
それはブラッドレイも同じ事。
これまで激戦を潜り抜けてきたツケは大きくダメージは確実に蓄積されている。

互いに満身創痍。長期戦を戦える状態ではない。
故に互いに短期戦を狙うのは必然だった。

前へ、前へ。
互いに後退などという選択肢はなく、ただ相手に向かって突き進む。
そして、ついには密着するほど間合いは詰まり、鍔迫り合いの形となった。
刃越しに互いの視線が交錯する。

「ゥォォオオオオオオオオ!!!」

怒号一発。
押し切れると判断した大神が、両腕に力を籠め強引に迫る。
力負けしたブラッドレイの膝がガクンと崩れた。

「狼虎滅――――」
「――――甘いっ!」

無手による最速の掌打によって発動前の隙を潰された。
顔面を強かに打たれ、今度は逆に大神の膝が崩れた。

「大神!!」
「中尉!!」

少女たちの叫び。
それを掻き消すように、その隙を逃さず正確に命を刈り取りに向かう必殺の一撃が放たれる。
迫る死神の刃。
大神の目が見開かれる。
そして、

シャオンと、滑るような快音が響いた。

その光景に受けられたブラッドレイのみならず、その場にいた全員が目を見開いた。
それは受け止めるのではなく受け流す、ローデリア王家に伝わる守護の秘剣。
驚愕の中、アリスがその名を呟く。

「――――届かざる左の護剣(マン・ゴーシュ)」

これほどの全力受け流されるなど誰が思おう。
必殺の一撃をその勢いのまま受け流され、ブラッドレイの体制が崩れる。
ここにきて初めて、形勢は逆転する。

踏み砕く勢いで地を踏みしめ大神が迫る。
ブラッドレイは崩れた体制のまま剣を投擲し、大神の動きを牽制。
だが、大神の勢いは止まらない。
剣を躱そうともせず右肩を貫れたまま二刀を振るう。

「狼虎滅却――――」

ブラッドレイは残った右眼で確かに見た。
眼光を輝かせ獲物に迫る白い狼の姿を。

「――――天地神明!」


勝敗は決した。

キング・ブラッドレイは地に伏せ。
立っているのは大神一郎だった。

大神一人の勝利ではなかった。
元よりブラッドレイは満身創痍であったし。
何より、アリスやレーティアの助けがなければとっくに殺されていただろう。

「……まったく、嫌になるな」

ブラッドレイの呟き。
幾度倒れようとも立ち上がる。
それは人間だけに許された特権だったのだろう。
敗北した化物は、ただ朽ち果てるのみか。

だが、その言葉とは裏腹に、その表情は晴れやかだった。
死に直面するというのも悪くない。

用意されたレールの上の人生だった。
だが、それも死の前ではなんの意味も何もない。

ただ己だけがある。
その領域に、やっとたどりつけた。

初めて己としての願望を抱いた。
その願いは叶わなかったが、

「まぁ……それなりに……満足…………だ」

それなりに満足のいく、良い人生だった。

地に伏せ天を見上げるブラッドレイの生気が急激に失われてゆく。
白く、朽ちて、果ててゆく。

大神に言葉はない。
勝者が敗者にかける言葉など存在しない。
ただ大神は黙したまま敬礼を行った。
そして倣うでもなくアリスが、そしてレーティアも敬礼を行う。

朽ちる魂を見送るように。
名も無き魂を送るように。

いつまでも。
いつまでも。


【キング・ブラッドレイ@鋼の錬金術師 死亡】
【残りXX人】

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最終更新:2012年08月20日 19:42