「君が浅井東也か」
真っ白な部屋に入って、最初に言われた事がそれだった。
ゴールデンウィーク最終日。世間は連休で賑わっているところで暇を持て余していた東也は、『先輩』に連れられてこの場所に来ていた。

『轟自然科学研究所』

表向きは人間の心理と体調の関係の研究などスポーツ分野での研究所となっているが(一応、そちらの研究もしてはいるらしい)、実際は古今東西の異能力を研究し能力者の精神的なサポートをしている機関である。
そして今、案内された真っ白な部屋で一人の女性と向かい合っていた。
真っ白な女性、それが彼女の第一印象だ。白い白衣の下に着ているのは真っ白なワンピース、色素の極端に薄い肌、白い髪と薄灰色の瞳。全てが『白』で統一されたその女性からは、ある種不思議な魅力を出していた。
「轟愛(とどろき あい)だ。この研究所の一応の現所長、という事になるな」
女性―轟愛はそう言うと東也の思ったことに気づいたのか、説明を追加する。
「これは科学的な脱色染色の類でこうしてるのではないよ。私は『皆無性』が体質にも表れるタイプでね、その影響というわけさ」
さらりと、自らの髪を触りながら言う。
(という事は、この人も皆無性使いか―)
一瞬、所長自らがいきなり会いに来るなんて不思議に思ったが、同じ皆無性使いというのが理由だろうか?
「ええ、ああ、うん。よろしくお願いします。浅井東也です」
「よろしい。では折角来てくれたんだ、色々話してあげよう」
東也は愛に促されソファへと座る。
「さて、君は皆無性というものを最近自覚したそうじゃないか」
「はい。それまでも使えはしたんですけど、名前とか自分以外の皆無性使いを知ったのは新学期になってからです」
新学期になってから色々な事が起こった。皆無性使いという存在を知り、同じ皆無性使いの友人や先輩ができ、そして皆無性使い同士の戦いに巻き込まれた。
それらが全てここ一月足らずの間に起きたと思いなおすと、色々ハードな生活を送っていると改めて自覚する。
「その年で同類、つまりは自分以外の皆無性使いと初めて知り合うというのは実を言うと割と珍しいんだ。普通ならもっと早く知り合うか、あるいは一生知り合えないからね」
「そうなんですか?」
「まあね。私みたいに『目覚めた』直後に同類と知り合ったというのもかなりレアケースではあるが」
そりゃこんな所で生まれ育てばね、と自嘲気味に言う。
「ついでだから、今日は皆無性使いについて色々レクチャーしてあげよう。君の先輩からも、君が早く皆無性に馴染めるようサポートしてくれと言われているからね」
「よろしく、お願いします」
道中、先輩から今日ここに来たのは東也自身の皆無性使いとしての自覚を強めるためだと言われた。そうする事で、皆無性を自分の中で受け入れ制御をより正確に行えるようにするためだと。
正直、東也は皆無性というものを全く理解していない。自分に突然芽生えた超能力と言えばカッコよく聞こえるが、東也自身は『これ』はそういったものとは全くの別物だと何となく理解していた。しかし、それ以上は全くの無知で、何故自分にこんなのが芽生えたのかすら分かっていなかった。
(・・・いや、分かっているか)
分かってはいる。しかし、それを思い出したくない。それだけ。

「・・・さて、まず君や私が目覚めた『皆無性』というものだが、簡単に言えば『トラウマから生まれた能力』だ」
そんな東也の思考を知ってか知らずか、愛はレクチャーを開始する。
「主に幼少期から思春期にかけて経験した自身の中で一番ショックだった事象。それによって生まれた心の傷に入り込み、根を張り、癒着したのが『皆無性』だ。心の傷がなければそもそも皆無性は入り込まないし、あっても忘れて自然治癒が可能なレベルなの傷では根を張る事はない。まあ能力として具体的に発現するまでに癒着したなら、もう記憶喪失にでもならない限り皆無性を失う事もないだろう」
ここまでは先輩からも聞いており、東也も一応は知っている。未知なる領域の知識となるのはここからだ。
「さて、心と強く結びついた故に、皆無性にはいくつか独特の特徴があるのだが…一番他と違うのは『能力奪取系能力を使われても相手は皆無性を使えない』というところかな」
これは初耳だ。世の中の裏側には皆無性使い以外の異能使いもいるとは聞いていたが、東也はまだそういう存在と直接会ったことはない。
「理由としては、奪取系で奪われるのはあくまで『皆無性』であって、『心の傷』ではないからだ。『皆無性』を粘土『心の傷』を型として例えると、粘土を型で形を定める事で『能力』として機能するわけ。つまり、『皆無性』だけ切り離しても型となる心の傷がなければ意味はない」
「じゃあ、そういう能力者にとってはある意味天敵って事ですか?俺達って」
「いやいや、皆無性を奪われれば勿論能力は使えないし、もし相手に皆無性を使えるだけの心の傷があればその場で新たな能力を生み出す事だってありえる。そもそも、私達皆無性使いは他の異能と比べて戦える能力がかなり少ないからね。奪取系に限らず、他の異能使いと会ったらすぐに逃げる事をお勧めするよ」
皆無性使いは『弱い』。それは先輩からも言われた言葉だ。

『俺の『絶対の皆無』を高く評価しないでくれ。神を殺せる能力だなんて言われてるが、実際は蟻にすら負ける事のある使い勝手の悪さだけが取り柄の能力さ』
とは先輩の言だ。
実際、敵味方含め数人の皆無性使いと出会ってきたが、実際に応用無しで戦いに役立ちそうなのは林道の『接続の皆無』だけだった。
「…色々思うところはあるようだが、私もここにいられる時間は限られているのでレクチャーは続けさせてもらうよ」
「あ、はい」
こうして、愛による皆無性使いのレクチャーは続けられる。
そんな中思い出すのは、きっと自分が『目覚める』きっかけになった光景。
こちらに向かってくる巨大な塊、叫ぶ同級生の声、まるで世界全体が止まったかのようにスローで流れる時間。
この時、東也は自分が『轢かれる瞬間』というものを理解し、それを一生忘れられない存在として刻み付けられた。
(……)
この光景を思い出すと、頭が重くなる。気持ちが悪くなる。だが、『それ』を思い出さずにはいられない。
それが、今の自分の在り方を決めたルーツだと自覚し始めているからだ。
(林道も先輩も、俺みたいな気持ちになりながら能力と向き合ってるのかな…)
何となく、そう思った。

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最終更新:2016年08月18日 11:48