鬼人 正邪に与えられた力は素晴らしいものだった。
一人の人間の憎悪より生まれた炎の魔神“ヴォルケーノ”。
たかが人間風情の力などと思っていたわけではない。
人が強大な妖怪に転じた例や、そもそも妖怪よりも厄介な人間が存在することは嫌なほど知っている。
だがそれでも、これほどまでとは思ってもいなかった。
腕の一振り、炎の一吐きで英霊さえも圧倒する。
それも聖徳太子、などというちゃちな英霊ではない。
かのアーサー王や、その伝説を終わらせた叛逆の騎士モードレッドを同時に相手してさえ尚優勢に立っているのだ。
これが最高でないはずがない。
ただの天邪鬼が。ちっぽけな弱小妖怪が。
伝説に謳われる英雄たちを蹂躙する! 
なんというリバースヒエラルキーだろうか!
霊石の力を得た魔闘士ロージィに邪魔された時は冷や汗をかいたが、この力さえあればどうてことない。
真正面からでもこいつらをねじ伏せ、その後は主催者だ。
奴らが約束を守るならそれでよし。
そうでないならいつかのようにこの力だけでも持ち逃げしてやればいい。
こんな素晴らしい力を返す理由は無いのだから。

そう先程まではとらぬ狸の皮算用を働かせ、正邪は意気揚々としていた。
今は違う。
正邪は苛立っていた。
この上なく苛立っていた。
何故か?
胡桃という少女を奪還された?
NO。
彼女は未だにヴィエル・ヒューナル――化物として猛威を振るっている。
ロジェの手伝いをするよう主催者共から言われている以上、ロジェの手駒である胡桃からは近づけないようこいつらの邪魔をしている。
では騎士王たちに逆転された?
NO。
戦況は相も変わらず正邪が優勢だ。
そうでありながら、攻めきれず、戦いを長引かせてしまっていること、それこそが苛立ちの原因だった。
予期せぬ敵援軍であった仮面ライダークウガ・ロージィが予想以上に強かったからか?
NO。
確かに強敵ではあるが、それは天邪鬼としての正邪にとってはの話であり、ヴォルケーノの力の前では塵芥に等しい。
だから、そう。
この戦況を辛うじて拮抗させているのは。
アルトリア・ペンドラゴンでもモードレッドでも朝之 光希でもなく。

「俺は手札からEMエンタメイトバリアバルーンバクの効果発動!
 このカードを墓地に捨て神聖騎士王アルトリアへの戦闘ダメージを0にする!」

榊遊矢、彼という人間によるものに他ならない!

「またお前かよ。いい加減終わりやがれ!」
「終わらないさ。俺はまだ約束を果たしていないんだ。
 だから……お楽しみは、これからだ!」

並み居る英霊と、英雄の力を受け継いだ正義の味方に比べて、榊遊矢はどこまでも弱く、遅く、ちっぽけな人間だった。
ただ一点、その身はデュエルでしか滅ぼせないという巫山戯た耐性を除いて。

……それが正邪が圧倒的優位に立ちながらも未だ誰一人殺められていない最大の枷だった。

主催者の手が加えられた正邪は、勿論、遊矢をも殺せるように改造されていた。
それは正邪の戦いはデュエルとしても扱うというものであり、逆に言えば、デュエルとして適応される以上、正邪へもデュエルで対処可能になってしまったのだ。
そしてこと、デュエルモンスターズというゲームで言えば、正邪はド素人だ。
何が何だか分からない。
札遊びとは言っても弾幕ごっことは何から何まで違う遊戯。
訳の分からないルールに、訳の分からない用語、果ては主催者でさえ調整中としか返しようがない複雑な処理。
一体どうなってやがるんだ、このゲームは!
しかもそれでいて何でか、本当に何でか、アーサー王とモードレッドは平然とデュエルに対応していると来た。

『ちょっと待て、一体いつからアーサー王はカードで戦うようになったんだ。剣はどうした!』
『何を言っているのですか。我々デュエリストにとって、デュエルディスクが盾なら、カードこそが剣!』
『そういうことじゃねえ! そのエクスカリバーは飾りかよ!』
『失敬な。そこまで言うのなら私は聖剣EX-カリバーンをアルトリウスと合体した私へと装備!
 さあこれで満足しましたか?』
『そうじゃねえええええええええええ!』

そんな一幕もあったくらいだ。
今思えば、このチーム編成自体が榊遊矢の持つ耐性を十全に発揮するための組み合わせだったのだろう。
デュエルでしか殺すことの出来ない榊遊矢を殺そうと思えば、必然とこちらもデュエルに組み込まれることとなる。
そこでカードゲームの始祖をも倒した榊遊矢のプレイングについていくことが出来、リアルファイトで遊矢のフォローもできるサーヴァント二名が宛てがわれたのだろう。

ならば一先ずは決闘者たちは置いておいて、非決闘者であるクウガ・ロージィから狙えばとも目論見はした。
仲間を殺されれば遊矢たちから冷静さを奪い、プレイングを乱せるかもしれない。
それにクウガ・ロージィは格好の機会を潰してくれた怨敵でもある。
そもそもこいつさえ邪魔しなければ、デュエルに持ち込ませるまでもなく不意打ちで決闘者たちを始末できていたのだから。
スカッとするついでに、膠着状態をも打破できる。
内心ウキウキしつつ悟られ無いようにしながらロージィを狙った正邪に立ちふさがったのはまたしても榊遊矢だった。

「俺とまたエンタメデュエルをするぞ、沢渡……! 俺は魔法カード融合を発動! 
 手札の魔界劇団-ビッグ・スターとロージィの魔界植物を融合!
 融合召喚、キメラフレシア! withロージィ! 台本を読んだビッグ・スターがその役を演じるように!
 ロージィもまたデュエルモンスターを演じるんだ!」

“魔界”劇団。捕食“植物”。
かつての殺し合いで仲間から引き継いだカード。
自らと起源を同じくする者のカード。
その両者に精通した遊矢は、土壇場でロージィに寄生する魔界植物に更にモンスターを融合させることで、彼女をもデュエルの配役に仕立て上げたのだ。
正邪から唯一デュエルを介さない戦いは失われた。

イラッとくる。
どうして私に気持ちよく下克上させないんだ!

鬼人 正邪。
生まれついての天邪鬼にして、幻想郷で唯一命名決闘の外側に立つ者。
命名決闘――通称、弾幕ごっこは本来、命の取り合いではなく、回避不能の弾幕は反則とされている。
しかし、お尋ね者である正邪に対してはその限りではない。
本腰入れて不可能弾幕でやっつけろ。
そんなお触れがまかり通っているのだ。
そして正邪は、不可能弾幕を、反則ならぬ反則を、本家本元さらなる反則で凌駕してきた。
その来歴こそが正邪が弾幕ごっこという幻想郷のルールから抜け出た存在であり、幻想郷屈指の反逆者の証だった。

それがどうしたことか。
ゲームのルールから抜け出たはずの正邪は、今こうして別のルールに囚われた。
天邪鬼がルールに従わされる。
ルールに従わなければ人一人殺すことができないだなんて質の悪い話だ。
屈辱以外の何物でもない。

――舐めるな。

このまま泣き寝入りする気など、当然なかった。
正邪にはこの状況を打開する2つの切り札がある。
1つめの切り札――ヴォルケーノの“熱”を用いた策にはまだ時間がかかるようだ。
奴らに気づかれぬよう徐々に温度を上げた後、トドメの獄炎で一気に壊す必要がある。
ならば今すぐ使えるのはもう一つ――天邪鬼としての力だ。

正邪は、待った。
力の使いどきを。
ここだというタイミングを。
待ちに、待った。

そして――

「!!!」

来たっ!

新たにカードをドローした遊矢の顔つきが僅かに変わる。
表情からカードの引きを読まれることを警戒してか、遊矢はデュエル開始以来、こしゃくにもゴーグルで顔を隠しているが無駄な小細工だ。
天邪鬼である彼女は、人が嫌がることを好み、人を喜ばせると自己嫌悪に陥る。
だからこそ正邪は、他人の喜びという感情に機敏だった。
相手を喜ばせないようにするには、相手の喜びを察し、そうはならぬよう動かなければならないからだ。

「お待たせしました、これよりエンタメデュエル第二幕の開幕です!」

高らかに謳い上げられるその口上が、正邪の読みが何よりも正しかった証拠だ。
馬鹿なやつだ、わざわざこれから切り札を使うということを敵に教えてやるだなんて。
心の中でせせら笑いつつも戸惑った振りをする正邪。
そうとも知らず遊矢のエンタメは進んでいく。

「私は手札より、魔法カードスマイルワールドを発動します!
 フィールド内のすべてのモンスターの攻撃力をターン終了までモンスターの数×100アップします!」

フィールドに笑顔が溢れ、セイバーやモードレッド、ロージィも笑顔になる。
民のために戦った英雄や正義の味方からすれば、人々の笑顔は尊いものなのだろう。
全く、吐き気が出ると正邪は毒づく。

「今、フィールドにはカードやヴォルケーノと融合し、モンスターカード扱いになっている人妖が三体!
 よって、神聖騎士王アルトリア、仮面ライダークウガ・ロージィ、殲炎 正邪の攻撃力をそれぞれ300アップ!」

気に食わないのは笑顔あふれるスマイルワールドの演出だけではなかった。
あろうことかスマイルワールドは敵である正邪さえも強化していた。
ふざけやがって、本気で敵である私まで笑顔にするつもりか?
事実、より一層漲る力に、思わず笑みを浮かべそうになってしまいそうなのが腹立たしい。
誰かの思い通りになんてなってなるものか。
人々に笑顔をもたらすエンタメデュエルなんて御免こうむる。
私は天邪鬼だ。お前が私を笑顔にして攻撃力を上げようというのなら。
私は、自分の攻撃力を下げてでも、笑顔をヴォルケーノの憎しみで、染め上げよう!

          っ
         ひ く
        も   り
       で     か
      ん       え
     な         す
      く       て
       ょ     い
        り   ど
         う の
          の


ふふふふ……

「世界が、闇で覆われていく……。これは憎しみ……? ううん、違う、これは、この止めどなく溢れる涙の感情は……」

くくくく……っ。

「……これは嘆きです。
 償うべきことなど無いのに、救えなかった責任を自分のせいにしてしまった、そんな“正義の味方”の嘆き……」

あはははははははは……!

「光希と父上の攻撃力が!? 下がってる!?
 それに何だよ、この悪趣味な光景は……。
 スマイルワールドは遊矢と遊矢の父上との絆のカードなんだぞ……。
 それを、それをこんな、こんな……!
 てめえか、てめえの仕業か、正邪ああああああああああああああ!」

ああああああああああああああああああっはっはっはははははは!!

「そうだ、これが私の“あまのじゃくの呪い”だ!
 全てはひっくり返る! 攻撃力アップの効果はダウンとなり、そして笑顔は憎しみ、悲しみ、涙へと染まる!」

嗤う、嗤う、嗤う。
おかしすぎて、おかしすぎて、お腹が痛くなって、正邪も思わず涙する。
あまのじゃくの呪いがフィールド全てに作用する以上、攻撃力がアップしていた正邪もまた弱体化を余儀なくされた。
それがどうした。
元々の攻撃力に大差がある以上、同数の攻撃力が互いにダウンしたところで、何ら問題はない。
遊矢たちのライフを削りきるのが少し面倒になったが、そんなことよりも今はただただ気持ちいい。

世界を照らしていた色とりどりの笑顔は、今や全て、悲しみに泣き崩れていた。
それはまるでヴォルケーノの本来の宿し主、ミラス・ヴァーミリエが辿った運命を嘆いているようではないか。
恋人を奪われ、正義のもとに断罪された恐怖と絶望。
それはなんとも正邪を笑顔にしてくれる愉悦だった。

「泣け、泣け、泣け、泣けー!
 笑顔? は、くだらない。
 何が笑顔だ。残念だったなああ、遊矢。こいつらや私を笑顔にするつもりが、どうだ。
 泣かせたんだよ。お前が、みんなを泣かせたんだ。しかも父親との絆のカードだって?
 そんな大切な、大切なカードで世界から笑顔を奪ったお前がどんな顔をしているか、私に拝ませてくれよ!」

曇天の元泣き続ける世界は、悲壮感が漂い、普通の人間には非常に気が滅入るものだろう。
現に正義の味方と英雄たちは闇に感化され、戸惑い、憐れみ、この光景をもたらした正邪への怒りに呑まれていた。
それこそが正邪の狙いだ。
決闘者たちから冷静さを奪い、プレイングを雑にし、そして何よりも、榊遊矢の心を折る。
そのためならちょっとやそっとの攻撃力などくれてやる。
さあ、遊矢、お前はどうだ?
せっかくのエンタメを台無しにされたお前はどんな顔をしている?
笑顔をもたらすはずが、悲しみをもたらしてしまったお前の心はどれだけ揺れた?
父親との絆のカードを穢されたお前は、私をどうしたい?
殴りたいよな? 殺したいよな? 嫌いになったよなぁ?
嫌いになってくれたよなぁ?
なぁなぁなぁなぁなぁ、エンタメ決闘者さんよぉ――

「おおっと、なんということでしょうか! 世界に涙雨が降り注いでしまいました!
 ですが皆様、ご安心を! 雨が降ったというのなら、私は、少女の涙に虹をかけてご覧にいれましょう!」

……は?

「フィールドカード発動! 天空の虹彩! 
 話は栄光と妹さんから聞いてるよ。……己の信じた道に順じて、立ち上がり続けた君の戦いは無駄なんかじゃない。
 君は君の妹を、君の仲間を守り抜いたんだ!
 だから後は俺たちに任せて欲しい。無駄になんてさせないから!
 俺は少女の魂に、このカードを捧げる!
 涙に虹がかかるまで、俺はモンスターたちとデュエルを届け続ける!」

いやいや、ちょっと待て、ちょっと待て。

「天空の虹彩の効果発動! アルトリアが装備している聖剣カリバーンを破壊し、デッキからオッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンを手札に加える!
 更に聖剣カリバーンの効果発動! このカードが破壊された場合、1ターンに一度、場の戦士族モンスターに装備できる!
 俺は、アルトリアに聖剣カリバーンを再装備! ごめん、セイバーさん! 
 セイバーさんにとってカリバーンを破壊されるのは苦い思い出なのは知ってるんだ。でも、俺はそれでも――」
「ナイスプレイングです、遊矢。大丈夫です。かつて失った聖剣も、円卓の騎士達も。
 今はここにいてくれるのだから。そうでしょう、モードレッド?」
「父上!」

待て待て待て待て。なんだこれは、なんなんだこの光景は?
笑顔を、憎しみで、悲しみで、絶望で染め上げたはずだった。
スマイルワールドは闇に閉ざされ、真っ暗な雲に覆われていたはずなんだ。
なのに、なのに、なのに!

闇に閉ざされた世界、そこに射し込んだ虹の光に照らされた榊遊矢。
彼が浮かべるのは、

笑顔。

涙に染まっていたはずのスマイルワールドは呆けたようにただただその笑顔を、虹の輝きに見惚れている。

悲しみも、嘆きも、憎しみも、今この時だけは忘れてしまったかのように――。

……おかしいだろ。

「ありがとう、セイバーさん。私は手札に加えたオッドアイズをペンデュラムゾーンにセッティング!
 そして手札からEMチアモールを通常召喚します! チアモールの効果発動!
 応援されれば勇気凛々! 私達のために戦ってくれているヒーローを、仮面ライダーを応援するんだ!」
「お、おい、EMチアモールの効果は確か元々の攻撃力より低い場合、そのモンスターの攻撃力は1000ダウンするんじゃ!?」
「いえ、今はあまのじゃくの呪いの影響下にある以上、逆に攻撃力は1000アップします。
 それも次のターンには1000ダウンになってしまいますが、今のミツキにはキメラフレシアの効果もあります。
 そっちで攻撃力の低下は帳消しできる上に、フォーム・チェンジすれば攻撃力はリセットされる。
 良いコンボです、遊矢!」

……なんでお前は、笑い続けていられるんだ。

逆転できるコンボがあったからか?
だからスマイルワールドが汚されたことなんてお構い無しでデュエルを続けられるというのか?
例え逆転できるコンボがあっても、あの一瞬で心が折れてたらデュエルは続行できなかったはずだ。

「俺はキメラフレシアことロージィさんで、正邪を攻撃!」
「応援されて応えられないようならヒーローが廃るね! 強化マイティキイイック!」
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおお! これしきの蹴りで究極反則生命体である私がやられるものか!」
「でも切れ味は受けてもらう! 続いてチアモールの攻撃! ごめんチアモール、お前を攻撃表示で棒立ちさせておくわけにはいかないんだ!」
「舐めるなああ!」

弱体化を補って余りある強化されたクウガ・ロージィの蹴りに、弱体化しただけの正邪はダメージを受ける。
正邪よりもずっと弱いチアモールこそ返り討ちにできたが、遊矢はオッドアイズのペンシュラム効果でダメージを受けない。
もとより場をケアするためだけの自爆特攻。
チアモールは遊矢の目論見通りにエクストラデッキに送られる。
余りにも冷静なデュエルタクティクス。
そこには、一切の動揺も、揺らぎも見られない。

「なんだよ、あのカードは、スマイルワールドは、お前にとって大切なカードじゃないのかよ。
 それをあんな絶望的な使い方をされて、何でお前は折れないんだ……」
「いつものデッキを取り上げられ、満足に回せない俺のデュエルで笑顔になってくれた少女がいたんだ。
 俺なら戦争を止められると応援してくれた少女がいたんだ。
 誰かを笑顔にするのは一枚のカードじゃない。
 俺が、俺たちのデュエルで、お前とのデュエルで、みんなを、笑顔にするんだ!」

そう遊矢は吠えるが、果たして、そんなことがあり得るのだろうか?

正邪の力は“何でも”ひっくり返す程度の能力だ。
カード効果だけじゃない。
人の感覚も、感情も、逆転できる。
ヴォルケーノの力で強化された正邪の能力は英霊と仮面ライダーでさえ絶望の海に呑み込みかけた程だ。
いくら榊遊矢に覇王の片鱗があるとはいえ、デュエルとしても適用される正邪の力が全く通用しないはずがない。
心が強ければ強いほど、笑顔を浮かべれば浮かべるほど、ひっくり返された時の落差は大きいはずだ。
笑ってなどいられないはずだ。
にも関わらず榊遊矢は、笑い続けている。

ただ一人、ゴーグルで隠した顔に笑みを浮かべてエンタメデュエルを続けている。

――ありえない。ありえるはずがない。

だから、そう。
もし、もしも生粋の天邪鬼にひっくり返されてもひっくり返されても笑い続けられる人間がいるとするならば。

「嘘、だろ……。なんでひっくりがえらない。なんで心変わりしない……」

それは、そんな人間は……。

「まさか、お前……」

正邪は、気付いた。
虹の光を受け、ゴーグルの裏側で、何かが一瞬、光ったのを。

「その笑顔は嘘だっていうのか!?」

榊遊矢は頷くことも、首を横に振ることもない。

「約束したんだ。何度辛い目に遭っても、何度迷っても、俺は俺の信じるデュエルをまっすぐ貫くって!」

それは絞り出したかのような声だった。
今にも泣き出しそうな声で、けれどはっきりと榊遊矢は笑顔のまま、強く答えた。

……確定、だった。
榊遊矢は泣いていた。泣きながらに笑っていた。
なんだよ、それは。

「私がひっくり返すまでもなく、お前はずっと偽りの笑顔を浮かべてきたってのか!?」

信じられない想いだった。
妖怪は精神の生き物だ。
肉体に重きを置く幼獣でもない限り、妖怪とは精神こそが本体であり、自分が攻撃されたり倒されたりすることには恐怖を感じにくい。
裏を返せば妖怪は精神的ダメージに弱いのだ。
だからこそ正邪には榊遊矢という人間が信じられなかった。
こみ上げる悲しみを無理矢理抑えこみ、他人に悲しみを伝搬させないために偽りの笑みを浮かべ続ける。
それは一体、どれだけの苦行だろうか。
妖怪にとっては文字通り身を引き裂かれる程の苦痛に違いない。
幻想郷の妖怪たちのどれだけがその苦痛に耐えれるだろうか。
自らの精神を、存在そのものを嘘偽るだなんて、そんな、そんなこと――天邪鬼である正邪にだって耐えられない。

「くそ、お前のほうがよっぽど天邪鬼じゃねえか!」

正邪は思わず、後ずさっていた。
信じられないと、化物だと、榊遊矢という人間を恐怖していた。
それは生まれもっての天邪鬼である正邪にとって、敗北宣言にも等しかった。
人間に畏れられるべき妖怪にとしてもあってはならない行為だった。

「……あ」

自分が何をしてしまったのか。
正邪が気付いた時にはもう遅かった。

「俺はオッドアイズの隠されたペンデュラム効果を発動!
 エンドフェイズにこのカードを破壊し、デッキから攻撃力1500以下のPモンスター1体を手札に加える!
 俺が手札に加えるのは、……っ攻撃力、1300のっ、エr……EM プリンセス・エリーゼ!!! 
 そしてプリンセス・エリーゼが手札に加わったことで、エリーゼの効果発動!
 デッキより、りー――理想郷の魔術師一枚を……手札に、加えるっ!!!」

遊矢は自分のターンを終えると共に、靴に仕込んだ光のローラーを起動させ一気に駆け出し、後ずさった正邪の脇を抜けて胡桃へと駆け寄る。

「待て「させるかよ!」「させません!」「待っている人のもとに、行って、遊矢ー!」」
「ありがとう、皆!」

正気に戻って遊矢を追おうとした正邪だが、それを許すアルトリアたちではなかった。
未だ精神的動揺が抜けきらず、満足に戦えない正邪にアルトリアたちは持てる力の限りをぶつけてくる。
正邪はなんとか跳ね除けようとするも、アルトリアたちも必死だ。
天命の聖剣を装備した騎士王の守りを正邪は崩せず、遠ざかる遊矢の姿はぐんぐんと小さくなっていく。

「待てよ、待ちやがれよ! 私は、負けていない! 私は、恐れてなんかいない!
 私は天邪鬼なんだ。生まれ持ってのアマノジャクなんだ! 私が、私こそがアマノジャクなんだあああ!」

伸ばせども、伸ばせども、強者になったはずの、正邪の手は届かない。
そうして――






「レディースエーンドジェントルメーン!」






世界に、涙を隠すピエロの祝詞が響き渡った。





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最終更新:2017年01月07日 16:26