七夜「死」貴となったその攻撃は速く、そして何よりユーハバッハの頬を斬りつけた。
「あ、当たった……!!」
「まだだ!! まだまだ!!」
出血が激しいが、激痛のおかげでかえって意識を保っている先代巫女が言った。七夜は息をめいいっぱい吸い込み、間髪入れずに斬撃を振るう。
──セブンスヘヴン。
空間全体を覆い尽くす不可避の攻撃。「殺し」に特化した技は全知全能のもたらす無敵を貫通し、ユーハバッハに防御と回避を許さない。
「いけるぜ!」
魔理沙はこの隙を逃すまいと八卦炉を向ける。ユーハバッハが膝をついた。
「「視」えているぞ、霧雨魔理沙。そして忘れたか」
「!?」
ユーハバッハが手をかざすと、八卦炉は音もなく壊れた。それはかつてと同じ……。魔理沙は舌打ちした。
「くそっ!」
「まだだ! ユーハバッハ!! ……っ!?」
純狐が魔理沙の失意を吹き飛ばすように、純化させる能力を振るう。狙いはユーハバッハが重ねてきた魂。しかし、力は届かない。それどころか純狐の力は逆にユーハバッハに奪われていく。
「霧雨魔理沙、純狐。お前たちはもうわかっているだろう。一度私が視た力は、私には通じぬ。そして純狐よ、知っているだろう。お前の振るう能力は『言葉に依存せぬ原始的な力』。つまり全知全能を使うまでもなく私の、滅却師の基本的な能力とは相性が悪いと」
「くっ!」
「ユーハバッハ!!」
七夜は再びナイフを振るう。しかし、気づいた。「いつのまにか」自分とユーハバッハの直線上に、満身創痍の先代巫女が倒れている。胸から血を流し、「いつのまにか」致命傷を負わされている。
戸惑いが踏み込みを浅くし、加速がブレる。
そこを、ユーハバッハは霊子の弓で貫いた。
「ガハッ!!」
「我が全知全能を、限定的とはいえ無力化する素晴らしい力だ。だが、七夜死貴よ。その体はその力に沿うように作られてはいまい」
「ハッ! この体が彼岸を渡る前に、お前の魂を冥府に落とせば問題ないさ……ッ!」
「では、一人で死ぬが良い」
「……くそっ! ぐ、ぐわああああああ!!」
七夜の体から広がるヒビを、ユーハバッハは改変した未来を反映させて広げて行く。先代巫女が体を引きずって殴りかかるも、拳がユーハバッハに届く前に、ユーハバッハの体から湧き出る影によって押し流され、壁を突き抜けて吹き飛ばされた。
「くそっ……まだだ! まだ負けないぜ……!!」
唇を噛み締めて魔理沙は立ち上がるも、もはやユーハバッハは振り返ることなく魔理沙の体を刻んだ。「弓で鎖骨から肩が射抜かれた」未来を反映させて。
「つまらぬ。だが、それも仕方のないことか……私が定めたこの世界の特記戦力は、この場に誰一人としておらぬのだからな……」
ユーハバッハが言う。各々にその手でトドメを刺すために、ユーハバッハは霊子の剣を作り出した。まず最も致命傷を負っている先代巫女へ歩み寄る。
その時、先代巫女がここに来る時半壊させた天井がさらなる爆発によって吹き飛んだ。爆煙の中に降り立つ影。
──助けは空から舞い降りた。
「あらゆる可能性を絶つ」ユーハバッハと「可能性を集約させた」七夜死貴。
「名前のないものには傷つけられない」ユーハバッハと「名前を持つ前の純粋な力を使う」純狐。
対比しているようで、決して拮抗とはいえなかった。徹底的に未来から襲い来る破壊に僅かに抵抗できている程度。死貴に備わった直死の魔眼を刺す未来も与えられない。だがその、ユーハバッハですら奪えない未来への時間稼ぎは、少しずつ味方を集めていく。
ユーハバッハは深い笑みを携えた。
「来たか。我が残骸よ」
「あんた……さっきまで寝てた……!」
「遅く、なった……」
全身に鎧を纏い、顔には六眼の仮面。その手には紅色に光る刀身を携えた破面の侍。
「侍の義によって……助太刀致す」
ユーハバッハは
黒死牟の霊圧を感じとり、改めて感慨深く言った。
「来たか、私の残した唯一の残骸。愛すべき息子よ」
「ユーハバッハ。……事情は全て……夢で聞いている。なればこそ、お前に引導を渡すのは私だろう……」
刀を構える黒死牟を視て、くっくっくっ、とユーハバッハは肩を揺らす。何がおかしい、と黒死牟は問うた。
「ここまで順調に育ってくれるとは、全く一護もお前も、とんだ孝行息子だ」
「?」
ユーハバッハは語る。
「黒死牟、いや継国巌勝。お前はまさか、その力を己の力で手に入れたと思ってはいまいな?」
「……思ってなどいない! この力は……この舞台にて、さまざまな者に与えられたもの。お前を倒すべく託された私に対する恩恵に他ならぬ……!」
「そこがズレているのだ、継国巌勝。……お前は疑問に思わなかったのか、鬼の剣士であるお前の支給品が私に由来する斬魄刀、斬月であったことに。最初に戦ったものが、覚悟を秘めた異形の怪物。斧神であったことに……」
「っ!? な、何を……!?」
焦燥の黒死牟に、ユーハバッハは続ける。
「お前は斧神との戦いで不安定だった魂魄を安定させ、ウルキオラ・シファーとの戦いで始解と、死神化へと至った。そして我が居城に入り、卍解……つまり、帰刃にいたり、その霊圧はかつての一護に勝るとも劣らぬ領域に至った」
「まて……では、あの娘は……」
絞り出すような声だった。
「あの娘を殺すように仕向けたのは、お前なのか……!!」「そうだ」
目を見開いたのは両者だった。ユーハバッハの即答と同時に、響転を用いて斬月を振るう。しかし、斬月はユーハバッハの作り出した「斬月によく似た霊子の刀」にいともたやすく止められた。
「なっ……!」
「お前の誤算を教えよう、継国巌勝。一護にあってお前にないもの。それは純粋なる滅却師の血! 故にお前は私の「奪う力」には抗えぬ! 力を貰うぞ!! 継国巌勝!!!」
「ぐっ!! ぐぁあああああああああっ!!!!!!」
霊力が奪い尽くされ、だらりと腕をたらす黒死牟を投げ捨て、倒れ伏すものたちにユーハバッハは言う。
「最期に教えておこう。私がこの舞台で特記戦力と定めたのは、クリストファー・ヴァルゼライド、ベジータ4世、そして津上翔一だ」
ユーハバッハはかく語りき。
「この3人はそれぞれ、私にとっての未知であった。能力ではなく、生まれ持った力のみを磨き上げ、異能の神を蹂躙せし領域に、至る者たちだ。「能力」でなければ、我が全知全能では無力化できぬ。どの未来に置いても私が滅ぶ以外に選択肢がなければ、改変しても無駄だからだ」
しかし、ヴァルゼライドはクロノスらと相討ち、津上翔一は進化のきっかけすら掴めず、ベジータはつまらぬ情愛につまずき、動けずにいる。
「全てが私の「視」た通りとはいえぬ。しかし、此度の催しは私に多くをもたらした。……心から礼をしよう。諸君らの健闘を忘れまい」
ユーハバッハはそういうと、殺し合いの舞台──つまり、惑星そのものを自身の体から湧き出る「影」で覆い始めた。
かろうじて意識のある魔理沙は見覚えがあった。
これは、ユーハバッハが幻想郷を滅ぼし、すべての世界を一つにした時と──
元の世界において、三界を滅ぼした時と同じだった。
影が世界を覆う。
すべての境界が滅びゆく。
生と死が混ざり合い、全てが不変の永遠へと形を変えていく。
ユーハバッハはその光景を、いつ見ても美しいと思っている。これは救済に他ならないからだ。全ての生物……いや、形ある全ては「滅び」という不可避の事象を克服するのだ。その世界に恐怖はなく、痛みもなく、飢餓もない。憎しみも悲しみも、愛すらない。完全な世界の誕生は、創世の光景はいつ見ても美しい。
しかし、突如として影がその侵食を止めた。
それどころか、影には亀裂が入り、次々と砕けていく。
「──! なん……だと……!?」
それは、ユーハバッハの眼には映らなかった未来だ。だが、理由はわかる。
「稀神サグメか!!!」
ユーハバッハの叫びが轟く。答えは闇から現れた。
「そうだ、ユーハバッハ。神なるものよ。お前の『滅びの運命』を、反転させた」
「どうした? ユーハバッハ。表情に陰りが見えるぞ?」
ファニー・ヴァレンタインとサノスだった。
サノスの影には、力を使い果たしたのか、ぐったりして太い脚に寄りかかるサグメの姿がある。
「バカな、何をした……」
稀神サグメの能力は、「口に出す運命を反転させる」こと。一見、恐ろしい能力だが、さまざまな欠点がある。
- 定められた運命、の改変であり、完了した運命の逆転はできない。
- 口に出さねばならない。なにより口に出したとして、その運命が正確にその事象を改変するかはサグメ自身にもわからないのだ。
口に出したのは先の言葉通り滅びの運命の反転であろう。しかし、それがこうもピンポイントで作用するとは思えない。インフィニティ・ストーンですら、運命の強制はその一つや二つで不可能だ。第一、なぜヴァレンタインとサノスが「こうすること」が視えなかったのだ。
「ユーハバッハ。未来は見えるが、忘れることはあるのだな。私のスタンド能力、『D4C-ラブトレイン-』の能力を忘れたか?」
「──!!」
ユーハバッハは初めて、心の底から驚愕して見せた。
「そうだ。ラブトレインは、『私と私の範囲に幸福(幸運)をもたらし、どこかの誰かに害悪(不幸)を押し付ける』能力だ。つまり、お前のかつての部下の力──『B :世界調和(ザ・バランス)』と同質の力だ」
ヴァレンタインは続ける。
「そして、サグメの能力はお前が最も警戒した力、『A :完全反立(アンチサーシス)』と似たタイプの能力……。サグメの不安定さをソウル・ストーンで増力した私のラブトレインで補強したのだ。故に、こうも見事に運命は逆転した。……私はずっと、お前が幻想郷を崩壊させた時からずっと、これらの行動を起こすために動いていたのだ。まず、聖なる遺体をあの霊王の遺体に入れた。そうすれば、お前は「私」の行動を注視する」
ヴァレンタインの解説を、サノスが引き継いだ。
「ユーハバッハよ。お前の全知全能は、たしかにその場にいるものから派生する、すべての未来を見通し、影響を与える。しかし、派生した未来のその者が、『さらに派生させる未来』までは見えぬのだ。だからヴァレンタインと私は、本体ではないヴァレンタインにソウルのインフィニティ・ストーンを渡し、別次元で行動させたのだ」
「時間のズレは私が手に入れたタイム・ストーンで修正し、お前に知覚されないように」
「──!! 見事だ、ヴァレンタインよ。そしてサノスと稀神サグメよ。しかし、忘れてはおらぬか? 全知全能が使えぬとも、私の基本的な戦闘能力は変わらぬということを、滅却師の戦闘術は使えるということを……!!」
そう言うと、ユーハバッハはヴァレンタインの体からD4Cを引き摺り出し、そして救出し始めた。スタンドは精神エネルギー、つまり魂の塊だ。霊子の隷属に逆らえるはずもない。
ヴァレンタインは崩れ落ちた。
「サノスよ、残るはお前だけだ」
ユーハバッハは語る、己の勝利への道を。
しかし、サノスもまた、語るのだ。己の勝利への道を。
「サグメに反転させた運命は、滅びだけではない」
「何!?」
すると、ユーハバッハの腕がだらりと落ちた。力が抜けている。霊圧が半減している。かつて、兵主部一兵衛の斬魄刀、「一文字」に名を取られたような状態だった。
「お前の力を削いだ。魂を集める運命を、反転させてな。そして……」
黒死牟が、魔理沙が、先代巫女が、立ち上がる。運命の反転──ユーハバッハから奪った力を、彼らに与えたのだ。そして、さらなる助けは舞い降りる。
「少しばかりパーティーに乗り遅れたら、こいつは濃厚な接触じゃないか。オレたちも混ぜてくれよ」
いきなりの言葉と共に、暗黒色の、槍のようなモノがユーハバッハを貫く。
「ぐ……ッ!?」
ユーハバッハに与えられたダメージはかすり傷に過ぎない、それでも驚愕の声を上げながら、ユーハバッハは『未知なる攻撃』を放ってきた相手を見定めた。
「ルシファー……ベリアル……貴様らは、愚にもつかない『終末計画』に拘っていたはず……」
溜め息と共に、『ケイオスマター』を構えたルシファーがユーハバッハへと言葉を投げる。
「あの終末計画は失敗作だ。あの魔女は気付いていなかったがな。『深淵』とスパイラルネメシスによって全ての並行世界を滅ぼす……。その前提条件には大きな穴がある。ユーハバッハ、貴様だ。貴様はその全能で『深淵』もスパイラルネメシスも拒否し、ただ世界に存在し続けることができるだろう。俺の終末は『全てを滅ぼし、何もかもが消え去る』もの。それでは完璧な計画とは言えん。故に、一番の不確定要素である貴様をここで排除しに来た。なにか矛盾はあるか」
「この力は……なんだ……? 何故、私の全知で『視え』なかった」
「ケイオスマター。神の摂理に依らない混沌、理論上の空白を埋める架空要素。全知全能の神であれど、混沌そのものを予期することはできまい」
ルシファーの言葉と共に──、ユーハバッハの『全知』に、ノイズが混じり始める。
【シンプルな丸刈りアネ゛デパミ゛しねしねこうせん何も問題はないようじゃがのうパープル・ヘイヘイわざマシン22オーキドせんせいやるしかGO!!】
「なん……だと……!? 何故、我が全知に、こんな異物が」
【黄金だから】
影に穴が、あいた。
その穴の向こうから、黄金の輝きが向かってくる。
それは大爆発を起こして穴の亀裂をさらに広げてユーハバッハの前に立った。
「たぁーっ!! キサマがユーハバッハだな! 観念しやがれ!!」
超サイヤ人のベジータが、床を突き抜けて飛び出てきたのだ。
ユーハバッハは目を見開いた。
己の未来はもう、見えなくなっていた。
最終更新:2020年07月12日 22:34