駆けてゆく。
 ラストマーダーたる闇の巨人が倒され、舞台の仕掛け人どもが次々と正体を現して、ついに最終決戦へと突入した戦場を。
 多くの死に接しながらも、これ以上仲間を死なせないため、東方仗助は、自らのスタンドと共に駆けてゆく。

 そんな仗助を、ずっと、見ていた者がいた。
 吐きたくなるほど安らかな笑みを口元に浮かべて。

 「――――楽しいな、本当に」

 それは、かつて全ての悪意の頂点に立ちながら、魔人探偵と人間たちの前に敗れ去り、虚空へと散り果てた筈の存在。

 Sicks――Ⅵ――6。

 人間讃歌を紡ぐ黄金の精神が、最後の局面で相対せねばならなかったのは、人間の血の歴史が孕んだ、おぞましき「絶対悪」の化身であった。

 戦いが終わりに近づく中、策略により仲間たちと分断された仗助は、巨大な鉄くずや機械類、数多の武器が、それぞれ墓標の如く林立する灰色の空間で、地獄から呼び出されたその存在と向きあう。宿敵の魔人探偵が滅びたことを嗤い、肩にかけた外衣と黒髪をなびかせ、冒涜的なキリストの如き相貌を歪ませるその男は、仗助の目の前に、首輪をつけた「あるモノ」を放り出した。
 犬のようにシックスの手に繋がれたそれは――――牡牛じみた角を頭や頬から生やし、裸体の半分ほどを黒と黄色の表皮で覆われ、カミキリムシに似た甲羅を融合されて、うつろな顔を蛍のように光らせた、少女。

 「『絆』と名付けたんだ……すごく、惹かれたから」
 「見た目も種族も違う二人が、触れあい、助け合い、理解し合う。素晴らしい。そうは思わないか?」
 「我々のもとには――優勝者のある種の悲痛な願い……或いはある種の非常に肉体的な願いなどに応えるために――参加者の素体のストックというものがある」
 「儚くも死んで行った彼らだが、せめてその美しい『絆』を――脳の異常が産んだ、狂気と畸形のつながりを、いつまでもかたちに残しておこうと思ってね」

 言いながら、ゆっくりと靴先を、キメラの頭に乗せる。

 「ぜっとおおおおおお……ん……ぴぽぽぽ……ぽ……」

 口端から泡を零しながら、苦しげに鳴くのは、「柊つかさ」の声。 
 思わず手を伸ばす仗助の前で、シックスは、そのまま、その頭を踏み砕いた。

 飛び散る鮮血と脳漿。――ああ、うっかり壊してしまった、と呟きながら、ゆっくりと白い歯を見せるシックスの顔へ、めり込む。拳が。
 額に青筋を立てた仗助は、続けてラッシュを叩きこもうとするが、肩口から盛り上がった金属に阻まれた。

 「怒るのは、髪形を貶された時だと聞いていたが」

 鍛冶の祖の血を引き、強化細胞に金属を融合させて魔人と戦った絶対悪は、死後の召喚によって、それ以上の“何か”に変貌していた。

 全身から次々と、支給武器のコピー――数多の剣や、メタルウルフの腕、機械などを生やしてゆくシックス。

 キメラの遺骸を優しく両手で包み、“治し”て土に還した仗助は、少し目を閉じてから立ち上がり、変貌していく絶対悪を、再び睨みつけた。
 その仗助へ、シックスは言葉を投げ続ける。仗助たちのチームに自分が肩入れしていたこと。少女と怪獣が手をつないでいる姿が、とてもおぞましく、興をそそったこと、参加者の一人として呼び出された“光の巨人”の脳に、自分の提案で、ちょっとした齟齬を生じさせたこと。そして、それが生み出した結果にとてもとても、満足していること。
 薄く口元を歪めながら、指のように生え揃った剣刃を蠢かせるシックスの攻撃を、仗助はかいくぐり、再びその顔面へ、そして、その身の中の金属類へ、拳を打ち込んだ。

 「お前はよぉ~~、やたらめったら取り込んでるけど、いいのかァ~~ッ!
そいつら全部、“治し”ちまってもよ!!」

 そのまま、宣言通りに、スタンドを発現させる。
 しかし、シックスの邪悪な進化は、クレイジー・ダイヤモンドの能力をも凌駕してしまっていた。
 異常なまでのエゴを発達させた脳細胞が、「治された」ものをすら、自らの身体の一部と認識し、それらを取り込み直し、吸収して、ダメージどころか、さらなる肥大化・強大化を重ねていったのである。
 メタルウルフ・コピーやデモンベイン・コピーの装甲など、巨大な異物を融合させ、身動きをとれなくさせると言うもう一つの狙いも、強化神経をそれら金属類へ通わせることで、あっさりと破られてしまった。
 それでも、次の手、次の手と、諦めず奇策を謀る仗助を、巨大化して行くシックスは、言葉での嘲笑をやめないまま、攻撃し続ける。

 お前の“治す”能力ほど無能なものはない。
 お前は誰も助けられない。
 ここで虫けらとして踏みつぶされ、あの少女と怪獣のように、私を喜ばせてほしい――――。

 そしてついに、剣の刃が仗助の両足を薙いだ。
 もう、動くことすらままならない。倒れ臥した仗助は、シックスを見上げる。数多の鉄を我が身とし、肥大しきった絶対悪は、もはや、あのゾフィー以上の巨人であった。

 「お前のその優しい能力が、私にここまでの力をくれたんだよ、東方仗助」

 遥か高みから、皮肉にも、不変の脳を擁した顔ばかりは元の邪悪なそれのまま、仗助を見下ろすシックス。
それはまさに「ヒトと虫」のサイズ比で、何かをしようとしても、攻撃が届く距離ではない。巨人を地に引き倒してくれる、大統領のような仲間も今はいない。

 「好きなんだ……こういうのが」

 シックスは、呟く。
 これはゾフィーとゼットンとの戦いの再現。仲間の遺志を背負った仗助を、無残なゼットンの死に重ね、仗助自身の力を利用して、捻り潰す。それが彼の思いついた、黄金の精神の料理の仕方。

「さあ……東方仗助。恐怖と絶望に染まったその顔を、私によく見せなさい」

 真っ白い歯を見せてほほ笑む絶対悪は――――しかし、その時、これから捻り潰される虫けらの顔に、かすかな違和感を覚えた。

 仗助は、シックスを見据えていた。
 彼もまた、口元に笑みを浮かべながら。

「……“治す”のはよォ~~~~。こいつで、最後だ」

 何を言っている、とシックスが問いなおす前に、仗助はその手のひらに握りしめていた何かを、空へと放した。
 仗助と、クレイジー・ダイヤモンドの背後で、破片が集まり、もう一つの人影が、空中へ組み上がっていく……黒いハット、黒いコート、笑う鉄仮面、蛇腹の腕、スプリングの肢。ジョナサン・ジョースターの活躍よりさらに昔、19世紀ヴィクトリア朝初期のロンドンで、夜空を跳梁した伝説の怪人。放蕩貴族ウォルター・ストレイドの遺した支給品。


 「――――『バネ足ジャック』は、二度蘇るッ!!」


 その言葉と共に、つかまった仗助ごと、バネ足は空中へと浮きあがり、「跳んだ」。
 遥か高み、巨人の頭部へ引き寄せられて。
 驚愕する間もなく、突っ込んだバネ足の爪が、シックスの顔面へ、さらには頭の奥へと音を立ててめり込む。


 「がッ、なッ、貴様……」

 「『なぜここまで跳べる』かって?」

 「なぜここまで跳べ――――ハッ!?」


 シックスに、誤算があったとすれば。
 それは、この世界における彼が、「人間の絶対悪」とはもはや呼べないほどに、「人間」から乖離しすぎてしまったこと。
 必要以上に邪悪に発達した彼の脳細胞が、その異常肥大したエゴが、「金属との親和性」を高め過ぎていたこと。
 人体にとって「異物」として認識すべき鉄片、機械、金属塊。
 貪欲に、取り込むことばかりを考え、鉄と混じり過ぎた彼は、体内のそれらを「異物」として認識できない。
 だから、気付かなかった。
 どこかの一撃ですでに、仗助が「バネ足ジャックの爪の欠片」を、己が顔面に混入させていたことに。


 「貴様ああああああああッ――――!」


 鼻や耳から血を垂れ流し、叫ぶシックス。しかし、極限まで肥え太った腕と神経ではもう、脳からバネ足の破片「だけ」を取り除くことはできない。また、その巨腕を仗助へと伸ばす、あるいは、肩口の金属壁を展開する、そんな魯鈍な時間を、仗助が与える筈がなかった。
 バネ足が刺し貫いたポイントへ向けて、仗助は拳を振りかぶる。
 つかさの笑顔が、ゼットンの姿が、胸に蘇り。
 握りしめた拳に重なるように、クレイジー・ダイヤモンドのヴィジョンが現れる。
 それは、『傍に立ち』(stand by me)、『遺志を継ぎ』(幽波紋)、『立ち向かう』(stand up to)ための力――――。


  スプリンガルド・スタンドドライブ
 「“発条足怪人の幽波紋疾走”ッ!!!!」


 銀色の軌跡を描くラッシュ。破壊した箇所を刹那に修復し、修復したものを刹那に破壊し、再び修復し、破壊し。修復。破壊。修復。破壊。修復。破壊。修復破壊破壊修復修復破壊破壊破壊修復破壊……そう、クレイジー・ダイヤモンドの攻撃を受けて、「元通りに治るとは限らない」。


 「ドララララララララララララァァァァァァァァ―――――ッ!!!」
 「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 バネ足ジャックと仗助の拳が、シックスの頭部を粉々にし、その脳細胞一つ一つを、原型をとどめない、プレーンな鉄と肉の塊にまで還すのに、さほど時間はかからなかった。
 悪意の象徴たる脳を、絶対悪としてのアイデンティティを完全に喪失し、スクラップの山となりながら倒壊する巨人。
 地面に倒れ込みながら、土煙が立つ中に身を起こした仗助は、バネ足を振り返って、笑ってみせた。


 「“聞く耳”なんざ、持っちゃあいねえんスよ。……だよな、ウォルター」


 暗い、虚ろの墓場に、鉄色の風が吹き抜ける。

 ――――蘇った絶対悪は、魔人探偵が予言したとおり、人間の精神の前に、再び敗れ去ったのだ。



【シックス@魔人探偵脳噛ネウロ 死亡】
【残りXX人】

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最終更新:2013年12月16日 21:33