「――いらない」

 そんなものは必要ないと。
 世界を書き換える力など、私は望んではいないのだと、私は彼女に言い返す。

「私が欲しいのは、新しい世界を作る力じゃない……
 今ある世界をこの手で守り、今ある居場所へ帰るための……たったそれだけの力でいい」

 きっとその手を伸ばしてしまえば、全ては丸く収まるのだろう。
 あの伊邪那美大神も倒せる、だとか、そんな甘っちょろいことだけじゃなく。
 どんな痛みも苦しみも嘆きも、全てをなかったことにして、平和な世界を作れるのだろう。

 だけど、それでは意味がない。
 その力を望んでしまえば、それはきっと、みんなを裏切ることになる。
 今日まで 翼さんやクリスちゃんが、重ねてきた努力と戦いも。
 凱さんがこのガオガイガーと一緒に、私に託してくれた勇気も。
 みんなが今日を生きるために、ずっと積み重ねてきた想いも、全てがなかったことになってしまう。

 それは少し悲しいけれど、だから私はその手は取れない。
 みんなが生きてきた証をなくしてしまわないためにも、私は今あるこの世界で、戦わなくちゃならないんだ。

「……うん。貴方ならきっと、そう言うと思ってた」

 返ってきたのは、肯定の言葉。
 桃色の髪と翼の少女は、静かにほほ笑みを浮かべながら、ただそれだけを私に返す。

「でも、ありがとう。私に大事なことを教えてくれて」
「……?」
「ラーゼフォンが、 世界を作り変えられるってことはさ……それって多分、その力を使って、世界を知ることもできるんだよね」

 それだけを言って、意味を察してくれたのだろう。
 一瞬だけ、はっとした顔を浮かべると、彼女は元の笑顔に戻って、無言の頷きを返す。

「だったら大丈夫。それさえ分かれば、私は最後まで頑張れるよ」

 そうだ。
 それだけで十分だ。
 その事実が分かったのなら、私は何度でも立ち上がれる。
 その事実が支えになるのなら、私はどこまでも戦っていける。

「忘れないで、響さん。貴方は独りなんかじゃない……世界中のみんなの歌が、貴方を支えてくれるから」

 それだけを最後に言い残すと、彼女の声は消えていった。
 最後に見せた彼女の笑顔は、どこまでも慈愛に満ちていて、どこか、寂しそうでもあった。

「……ありがとう、まどかちゃん」

 今ならその言葉の意味が分かる。
 難しい言葉を並べなくても、ただそれだけで理解できる。
 ラーゼフォンの真聖の力は、世界を調律する力。
 世界を譜面へと見立てて、そのリズムを書き換えるための歌。

 ならば譜面を壊す力は、同時に、世界の譜面を読む力でもあるはずだ。
 私の意識を世界と繋げ、世界の姿を感じることが、ラーゼフォンならできるはずだ。

「馬鹿な……何故、まだ立ち上がることができる!?」

 驚愕も露わな声が聞こえた。
 おぞましくも禍々しい、あの伊邪那美大神の巨体が、私の立ち上がる姿に震えた。

 ぎしぎしと軋む関節が。
 ぱらぱらと剥がれ落ちる装甲が。
 私自身、とっくに限界を迎えていたと思っていた、満身創痍のガオガイガーが、今では嘘のように軽い。
 身体中にみなぎる力が、限界を軽々と突破して、鋼の勇者王を立ち上がらせる。

「みんなの声が、聞こえたんだ」

 ――ああ、そうだ。

「私を待ってくれているみんなの歌が……私に力をくれたんだ」

 私はこの声が聞きたくて、今まで戦ってきたんだ。

「奏さんから受け継いだのは、大切な人を守りたいという意志」

 自らの手を、握り締める。
 この身にまとったシンフォギアを、もう一度確かに反芻する。

「凱さんから受け継 いだのは、その足を前に進めるための勇気」

 ガオガイガーから流れ出す、勇気の力を抱き締める。
 Gストーンのエネルギーを、身体の中で受け止めていく。

「……そしてラーゼフォンの調律の力が、私と世界を繋いでくれるッ!」

 絶叫に己の力を乗せた。
 炸裂する意志と勇気の力が、黄金に輝いて湧き上がった。

「守るべき人達の姿をッ! 進むべき勇気の矛先をッ! 私とガオガイガーに伝えてくれるッ!」

 真聖の力を通して届く声が、全てを1つに繋いでくれた。
 ラーゼフォンの調律の歌が、世界の全てを見通す力が、私に思い出させてくれた。

「だから私は戦えるんだッ!」

 今ならはっきりと見える 。
 私が守りたかった人達が。
 私を支えてくれた人達が。
 過去と現在、未来を通じて、私と関わってきた人達の声が、私を奮い立たせてくれる。
 人の作るぬくもりの力が、私を立ち上がらせてくれる。

「みんなを感じていられるから……みんなが力をくれるから、私は何度でも立ち上がるッ!」

 私を信じて待ってくれている、未来の声が聞こえた。
 私を信じて戦ってくれた、翼さんとクリスちゃんの声が聞こえた。
 意志を遺してくれた、奏さんの声が。
 勇気を教えてくれた、凱さんの声が。
 私達を救うために、乗り込んできてくれた師匠の声が。
 これまで私が関わってきた、全ての人達の応援が。
 そしてあの忌まわしい邪神の底で、私の助けを呼ぶ声が――銀ちゃんの声が、確かに聞こえた。

「あの場所に生きて帰るためにッ! みんなと笑い合える明日のためにッ! どんな壁だって乗り越えていけるッ!」

 ならば、やるべきことはただ1つだ。
 掴むべき結果もただ1つだ。
 何せ、こんなにたくさんの人達が、私が勝利することを信じて、私を支えてくれているんだ。
 負けるわけにはいかないじゃないか。
 このハートの全部を拳に乗せて、未来を切り拓くしかないじゃないか。

「私は知らない……こんな力など、私は知らない……もはやお前は、私の知る人間の域を超えている……!」
「違うッ! 人間を超えてなんかいない……人間を辞めてなんかいないッ!
 立花響は人間だッ! お前を震わせるこの力は、私達人間の繋いだ力だッ!」

 否定なんてさせない。
 神様の力なんて必要ない。
 人間を超えているだなんて、そんなつまらないゴタクは許さない。

 シンフォギアシステムの力を引き出すのは、フォニックゲインを生み出す人の感情。
 Gストーンの力を高めるのは、もがき足掻く生命力が導く人の勇気。
 ラーゼフォンの調律の力も、それをただ思い出させてくれたに過ぎない。

 だから、ここにある力は人間の力だ。
 私を支えてくれる想いも、私の胸から湧き上がる勇気も、全ては、人間の持つ心の力だ。
 それをお前に分からせてやる。
 繋いだ手と手が生み出す力を。
 人が繋いだ絆の力が、どれだけ人を強くするのかを 。

「喰らえ、イザナミッ!」

 ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォ――頭の中に浮かぶ呪文が、ガオガイガーの絶唱だ。
 右手に宿すは破壊の力。
 左手に宿すは守護の力。
 重ねた両手に込めるのは、勇気と絆を生む想いの力。
 ほとばしる感情の奔流が、黄金の竜巻となって邪神を襲う。
 身体に煌めく命のフレアが、勇者の体躯を加速させる。

「ヘルアンドヘヴン――アークインパルスッ!!」

 私は独りなんかじゃない。
 どんな時でも、独りじゃない。
 彼女の教えてくれた言葉が、私の力となってくれる。
 全身全霊のこの想いが、全ての人々の力を乗せて、未来へ届く拳になる――!

「これが私達の――絶唱だぁぁぁぁーッ !!!」

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最終更新:2012年05月02日 01:54