寂しげに肩を並べた、影絵のような木々の上に、月が出ている――不気味なほどに青白い満月が。
殺し合いの会場は未だ静謐を保っているが、そこかしこに不穏の空気は、霧のように流れ出している。

林の傍で、二人の男が向かい合っていた。
いや、片方は、男、と呼べるのかどうか。
黒い花弁を連ねたような丈の長いマントと、四つの目の彫り込まれた奇怪な仮面、それらにすっぽりと包まれ、生身の部分は少しも見えない。ただ、死病の擬人化のようなその姿態から――――

「まだ信じられナイ、と?」

痩せほそった、低い、遠い声が洩れる。
その鬼気に押され、目の前の、赤いジャージを羽織った男が、ごくりと唾を飲み込む。
答えが返って来るより前に、仮面は、四つの目を細めて、笑った。

「――これヲ見テも?」

その言葉と共に、マントがまるで生き物のように蠢き、膨れ上がるや、仮面の身体が中途から真っ二つに裂けた。
ひいっ、と悲鳴を上げた男は、月の光の下、裂けたマントの間から、赤い色と白い列――明らかに、『歯並び』としか思えないものが覗いているのを見て、とうとうたまらず、尻餅をついた。

「ば、ばば、ばけも……」

「ソウ。私は『化け物』ダよ。さっきから何度も言っテいルじゃナイか。」

「お……俺を、殺すのか」

絶望の表情で見上げる男に、仮面は歪んだ笑顔をさらに歪めて、呟く。

「いいヤ。ただ、こノ殺し合イが、君曰くのおフザケなんかでなクて、本物ダってコトを。こンナあリえナイ状況ガ、今、ありえてしまってるコトを、教えテヤリたかっタだけダ」

「殺し合い――――」

男が、反復する。

「ソウ。殺し合い。こコハ殺し合イノためノ舞台。ソレ以外に意味のなイ舞台。だッテそうイウ舞台なんダカラ」

仮面が、ぐるりと回る。

「やリたいこトがあルト、言っタね?」
「命あっテの、物種だロ?……もウ一度、その“やりたいこと”のタめに――考えタらどうカな」

「俺の“やりたいこと”――――」

反復し続ける男に、仮面は心底優しい声で、言った。

「私は怪物ダ。けれド君ガ素直な心で頑張るナラ、いズレ協力できるんじゃアナいかと考えてル。だかラ、サア――――」

ふらふらと立ち上がり、後じさりしたあと、叫びながら駆けだした男の姿を、満足そうに眺めながら、仮面は――――エドガー・ティックは、黒い星の刻まれた両手を掲げた。

「クス……クスクスクスクス……」
「地獄でノ永遠の責苦かラ放たれタ……こノ事実こそ、祝福」
「力が足りなイ。根すらまダ伸ばせなイ。しかシ、負の心高まリ、こノ場に死者満ちれバ、いずれハ」
「このティキを馬鹿にしタ連中の皆殺シ。魔法律協会と、六氷透、円宙継――――忌々しイ餓鬼どモへの、真の復讐を!」

怨嗟の病に蝕まれた、呪いの仮面が月に吠える。


【E-4湖畔/一日目/深夜】
【エドガー・ティック(ティキ)@ムヒョとロージーの魔法律相談事務所】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式、楡の木の杖@ハリー・ポッターシリーズ
[思考]:扇動マーダー
0:会場に負の感情とその結果による死者を増やし、力と計画の糧とする。
1:殺し合いを加速させる。
2:力の補充

※首輪の爆発は目にしましたが、転生を連ね死を超越した自分にそんなものが通ずる筈はないと高を括っています。
※呪的干渉能力は現在大幅に制限されており、霊根を張ることすらできない状態にありますが、狙い通りに殺し合いが進んで行けば、少しずつ回復します。



※※※※

男は――漫画家・炎尾燃は、走っていた。
赤いジャージを翻し、いつ何時も外さないラグビーのヘッド・ギアの下で、目をぎらぎらと輝かせて。
今目にした者、つい今まで向かい合っていた化け物は、夢などではない、正真正銘の本物だ。
そして、それはつまり、この殺し合いという、悪夢のような状況も。
……いや。
本当は最初から、あの不思議な空間で、首輪の爆発とともにあっけなく、幾つもの命が散るところを目の当たりにしたときから、判っていたのだ。
原稿をなかなか進めない自分たち漫画家に痺れを切らした、出版社の編集者連中による趣味の悪い「缶詰」イベント――――そんなものは、この現実を信じたくなくて、必死に捻りだした言い訳に過ぎない。
どう見ても人間に見えない人影の多くも、よくできたキグルミだなどと……

だがしかし、はっきりと宣告されてしまった。そうだ、もう、疑いようがない。これは殺しあいだ。現代日本の日常では考えられもしなかった、生死のやり取りだ。
人殺しなどしたくない。しかし、

「命あっての物種」

あの化け物の言葉が、耳の中で反響する。
そうだ。生きていなければ、何も出来ない。漫画も描けない。生きていなければ――――

それに、もう一つ。
自分の漫画はかねてから、地に足がついてない、リアリティが足りない、と言われ続けてきた。ある意味、この状況は、そして、命の奪い合いという行為は、この上ない「リアル」の経験なのではないか。
自分の漫画に欠けていたもの――――リアリティを体感する、この上もないチャンス―――

巡り巡る思いの中から導き出される、あまりにシンプルで、残酷な答えは。


青白い月が陰る。


そのかすかな光の下で、うつむけていた顔をゆっくりと上げた炎尾の瞳には、それまでと違う「何か」が宿っていた。



そう。
それまで以上に、熱く燃える青い炎(アオイホノオ)が。



「俺は――――殺し合いになど、乗らん!!!!」

誰に向けるでもなくそう言い切った凄絶な笑みが、徹夜疲れした漫画家の顔に、不思議な精彩を施している。
殺し合いに乗る、他人を陥れる、そんなことより、自分がしなければならないこと、それは、

「差し迫っている原稿を上げること!!」

炎尾は走る。心の中で叫びながら走る。

「残酷な現実?生死の体験?……」
「俺が描いているのは、俺の漫画は、『気持ちのいい絵空事』……『くだらなかろうが元気の出るウソ』だっ!!」
「生臭い血に汚れた手で、魂のペンが握れるかっ!!
他人を蹴落して帰った仕事場の机で、『楽しい絵空事』が、描けるかあっ!!」
「そもそも俺は、心底――――」
「体力にだって自信がないっ!!」

木陰に膝をつき、心だけは月夜を走り続けながら、炎尾はぜえぜえと息を吐いて、呟いた。

「だいたい……殺し合いなんかに乗ったら……普通に考えて……たぶん逮捕されるしな。よしんば正当防衛が認められたとして……もう二度と少年漫画など描けん!! それは……ごめんだ!!」

人生には、“逆境”というものがある。
逆境とは、思うようにならない境遇や、不運な境遇のことを言う――――。

そして今、戦う前から満身創痍のボクサーのように、その逆境の中で立ち上がろうとしている、炎尾燃。
その懐では、ティキのものと真逆の白い星を刻したペンが、光を宿し始めていた。

「見ていろ化け物……俺は、宇宙人とさえ結託を試みた漫画家だ。どこまで生き残れるかわからんが、っていうかさっさと死ぬかもしれんが、とにかく何とか、普通の漫画家として戦って、普通の漫画家として原稿を上げてみせるぞ!」

熱き血潮をインクに灯す、炎の漫画家が、月に吼える。



【E-4湖畔/一日目/深夜】
【炎尾燃@吼えろペン】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式、原稿用紙@ジョジョの奇妙な冒険、魔封じのペン@ムヒョとロージーの魔法律相談事務所
[思考]:対主催
0:生きて帰って、原稿を上げる!
1:殺し合いに乗ってない強い味方が欲しい、そしてあわよくば、今構想中のヒーローものの漫画のモデルとかに出来たら嬉しい
2:暇があるならネームだけでも進める
3:富士鷹と合流して情報交換したい

※懐で魔封じのペンが光を放ち始めていますが、まだ気が付いていません。

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最終更新:2014年05月18日 02:28