街路樹を彩る一面の桜色は、青々した木々の色めきに移り変わろうとしていた。
制服も夏服に代わった季節の変わり目。
一年以上通い続けた通学路は季節によりその顔を変え、道筋に常に新鮮な印象を感じさせる。

6月。
クラス替えの余波も収まり、各々が新しい人間関係に慣れてきた時期である。
ふと目をやれば、さわやかに吹く風を切り、塀を元気に駆け抜ける女子高生の姿が。
うん。この光景も慣れてしまえば風流である。多分。

「おはよう。薬師寺さん」
「おはよう。今日も早いわね委員長」

教室の扉を開いて、まず目に入ったのは黒板を濡れ雑巾で拭いているクラス委員長の西堂くんの姿だった。
それは彼が日直だからそんな事をしている、という訳ではない。
彼は日課として常に朝一番に登校し、教室の掃除や花の取り換えなどを行っているという驚異の委員長なのである。
我がクラスの机が常にキチンと整っているのは、彼の仕業であることは言うまでない。
クラスのだれもがその勤勉さに敬意を示しつつ、余りの几帳面さに若干ドン引きしている。
それが彼、西堂次郎という男である。

「お花の水変えてきたわよ。委員長」
「すまないな紫宮くん」

そう行って、花瓶を持って現れたのは紫宮さんだった。
どうやら委員長の手伝いをしていたようで、花と水を差し替えた花瓶を教室に飾っている。
普段からボランティアに励んでいると聞くし、今時関心な少女である。
機会があれば仲良くしたい相手だ。

二人の勤勉さに敬意を払いつつも、そこまで勤勉ではない私は、それじゃ、と朝の掃除に励む委員長たちを見送り自身の机に向かった。
そして自分の机の上にカバンを置いたところで、隣席で机に突っ伏し項垂れている朝比奈さんの存在に気がつく。

「どうしたの朝比奈さん?」

私の声に、項垂れたまま首だけをひねり朝比奈さんは視線をこちらに向けた。

「私のノートパソコン、委員長に盗られたぁー」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ」

苦言を受けた委員長が掃除の手を止め割り込んでくる。

「君が学校にこんなものを持ち込んでいるから僕が預かっただけだ。
 放課後になれば返す。教師に見つかって没収されるよりましだろう?」
「センセイなら見逃してくれるってぇー」
「そういう問題ではない」

ブーブーと口をとがらせ抗議を唱える朝比奈さんをあしらう委員長。
馬が合うのか合わないのか、これももはや見慣れた光景である。
言い争いを続ける二人に巻き込まれないよう、そっとその場を後にしたところで、タイミングよく新たな生徒が登校してきた。

「あら、おはよう薬師寺。何してるの?」
「おはよう。栄さん。ちょっと避難を」

登校してきたのは埼玉栄さんだ。
栄さんはそうと興味なさげに言うと、すたすたと自らの席に向かって行った。
栄さん、と名前で呼んでいるのは彼女と私が仲がいいから、というわけではない。
このクラスのモノなら誰もが知ってる。彼女を苗字で呼ぶことの恐ろしさを。
彼女が「埼玉」という苗字を呼ぶことを許すのは和馬先生の朝の点呼の時くらいである。
触らぬ神に祟りなしという奴だ。

「おっはよ~。瑪瑙ちゃん」

続いて、背後から何とも軽い挨拶がかかった。
クラスのお堅い中心人物が西堂委員長だとしたら、クラスのお軽い中心人物はこの声の主である彼、前島庸介だろう。
無神経なように見えて、空気を読むのに長けていて、何気によく気を使っている男だなとは思う。
その辺が誰もに受け入れられる秘訣なのだろうか?
私としては、よく話しかけられるのは若干うっとうしい。

「やあ、おはよう。薬師寺さん」

落ち着いた声でそう挨拶をしてくるのは、前島と共に登校してきた神奈くんである。
神奈くんは変人ばかりが集ったともっぱらの評判である我がクラスの中では(私はまともだよ!)比較的まともな部類の人間である。
なのに、そんな彼がなんで前島なんかとつるんでるのかは全くの謎だ。

「おはよう神奈くん」
「おいおい瑪瑙ちゃん、俺は?」
「はいはい、おはよう前島くん」

前島くんを適当にあしらいながら、神奈くんの裾や襟元から包帯が覗いてることに気付いた。
本人は隠しているようだが、彼がこのような状態となるのは実は珍しくはない。
怪我でもしたのだろうか。喧嘩するような人にも見えないし、運動部系の部活に入ってという話も聞かない。
それともまさか、天川と同じ部類の人間なのだろうか? そうは思いたくない所である。

その当の天川を見てみれば、窓際の席でカッコつけたような座り方をしながら小説(多分ラノベ)を読んでいた。
一見すると普通の少年なのだが、時折エキセントリックな言動を見せる少年である。
そんな彼の隣の席に登校してきた松浦さんが座った。

「おはよう天川くん。何読んでるの?」
「あ、お、お、おはよう松浦さん」

松浦さんの登場に途端にテンパり挙動不審となる天川。
その態度から彼の想いは周囲にはバレバレなのである。知らぬは当人ばかりなり。

そんなことをしている間に、予鈴の音が響いた。
そのもうすぐ朝のホームルームが始まろうというタイミングで、ゆっくりと教室の扉が開かれる。

「はぁ~い。おはよぅ」

華やかな空気をまき散らせながら現れたのは、このクラスのアイドル的存在である綾辻さんだった。
キラキラという効果音をさせながら、ランウェイでも行くように堂々と歩く。
彼女は男子人気は凄まじいが、いかにも女子ですという、ぶりっこが鼻に突くため女子受けは非常に悪い。
だが、あそこまで堂に入っていると逆に関心出来て私としてはそんなに嫌いではない。
とはいえあまり関わりたくない相手ではあるのだが。

綾辻さんが席に着く。
それから、しばらくしたところで本鈴が鳴った。
同時に、物凄い勢いで横開きの扉が開かれ、そこから一人の少年が飛び込んできた。

「セーフ!」

それは、誰よりも学校を愛すると公言しつつサボり魔である男、神使勇護だった。
正直遅刻ギリギリではあるのだが、セーフであることを誇示するように野球のアンパイアのようなポーズをとる神使。

「ほらバカやってないで、みんな席につけー」

そんな神使の頭を学級日誌ではたきながら、和馬先生が教室に入ってきた。
神使はそさくさと席に向かい、雑談をしていた生徒たちも自らの席に戻ってゆく。
そして、教室の雰囲気が落ち着いたところで、和馬先生の出席確認が始まった。

「相葉智和…………は今日も休みか」

と、そのタイミングでガラガラと教室の扉が開いた。
教室中の視線が集めながら、悪びれることなく現れたのは有馬天狼である。
彼が遅れてくるのはいつものことであるため、対して騒がれもしないが。

「おいおい有馬。また遅刻だぞ」
「ごめんごめん、今度から気を付けるって、悪かったよ先生」
「……まったく。出席とる前だったからな。今回だけだぞ」

そういいつつ、毎回許してしまうあたりが先生の良いところであり悪いところでもある。

「よし。じゃあ点呼を再開するぞ。有馬天狼」
「はいはーい」

席に着きながら天狼が声を返す。
とまあ、この慌ただしくも喧しいのがこのクラスの日常である。
騒がしいのは嫌いだが、この雰囲気は嫌いじゃない。

きっとこれからも変わらない、いつも通りの日常が始まる。
願わくばこの日常がいつまでも続かんことを。

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最終更新:2014年07月24日 01:31