「さてと、そろそろ行くとしますか」
椚山鈴人は約二時間の休憩を終え、次なる標的を求めゆっくりと移動を開始した。
ちなみに放送は聴いていない。知り合いと呼べる存在がこの場にいないことは確認済みだし、つまりは全員が彼の『標的』でしかないのだから。
(あ、でも残り人数くらいは把握しておくべきだったかな。殺せる人数、分かればそれはそれで便利だし)
幸か不幸か、椚山は殺し合いが始まってからまだ自分より上の実力の存在とは会っていなかった。そのためか、すっかりとこの場にいる全員を殺せる気になっていた。
しかし、たとえ上の存在に会っていたとしても、椚山の思考は変わらなかっただろう。
心が壊れた椚山が唯一持っている『欲』、皆無性と共に彼の心に定着しきっている『信念』。
「ああ、早くまた…殺したいなあ」
殺人欲求。それがまた、彼の中で大きくなっていた。
普段の椚山であれば数週間は我慢できるはずの欲求。それが僅か数時間でもたなくなっているのは殺し合いという環境故か、それとも彼の欲自体が肥大化しているためか。
ともかく、乾いた心を満たすため、殺人鬼は行動を開始した。
*****
「ここは埼玉であって埼玉でない。アナザーサイタマねえ…宮子お姉ちゃん、どういうことか分かる?」
「えーと、平行世界だってことだよね?その狭間ということは…私達が知ってるモノでもそれが同じモノとは限らないってこと?」
「そうだね。『物』か『者』か、どちらにせよそれが二つ以上ある場合もあるってことだね」
「あ!そういえば名簿に同じ名前の人がいたけど、それは偶然じゃなくて並行世界の同じ人ってことなのね」
「かもね。出切れば性格も同じだといいなあ。性格が似てれば交渉も同じ要領で進められるからね」
鯰から会場の真実を聞かされた
紫宮宮子と
夢見香奈江。彼女達は現在、廃屋内で聞かされた真実についての考察を進めていた。
しかし、『交渉』と能力のみに特化した『交渉人』と普通(実は違うのだが)の高校生ではいかんせん元々の情報量と発想に限界があり、それほど進んでいるとは言い難かった。せいぜいが平行世界の知り合いに会った時の見分け方や対処法である。
「そろそろ行こうか。早く他の人と合流したいし」
「そうだね。流石にそろそろまともに同行できる人を見つけないと」
これ以上は時間の無駄と判断し二人が廃屋から出てすぐの時だった。
「ちょっといいかな?」
話しかけられ振り返ると、背の高い男が立っていた。
「もしかして君達もここに連れてこられた人?」
「あ、はい。あなたもですか?」
男に対し紫宮が対応する。突然のことで最初の発声時に声が上ずってしまい、少し顔を赤くする。
「そうそう。いやあよかった、丁度人と会いたかったところなんだよ!何時間か前までは同行者がいたんだけど、いなくなっちゃってね」
「そうですか、大丈夫でしたか?何でしたら、私達と一緒に行動しませんか?」
「おや、いいのかい?女二人に俺が混ざっても?」
「はい。その同行者の人も一緒に捜しましょうか」
そこからは比較的スムーズに会話が進行していた。紫宮としては同行者が増えるのは純粋に喜ばしいことだったし、男の元同行者を捜すのも善意からであった。
一方、香奈江は少し男を警戒していた。公証人としての観察眼が、男の持つ危険な雰囲気を感じ取っていたからである。
(宮子お姉ちゃんにも伝えたほうがいいかな?でも目の前で話すと向こうも警戒するだろうし…)
「そういえば、君達が廃屋にいる時にちょっと話声が耳に入ったんだけど、何を話してたんだい?世界がどうとか」
「あ、実はですね…」
「宮子お姉ちゃん」
鯰からの真実の話を言おうとした紫宮を、香奈江が遮る。
「(え?何香奈江ちゃん?)」
「(いきなりあんな話して、信じてもらえると思う?当事者のボク達はともかく)」
「(確かに…)」
香奈江には実は男にあまり情報を渡したくないという意図があるのだが、紫宮は気づかなかった。
「えっと、実は好きな小説の趣味が合って、それについて少し話を…」
「ああ、そういうことね。俺にも聞かせて欲しいな、その話」
「じゃあ、歩きながら少し話しましょうか」
「そうだね。あ、言い忘れてたけど、俺は椚山鈴人。よろしく」
「こちらこそ、よろしくです。私は紫宮宮子っていいます」
「ボクは夢見香奈江、よろしく」
三人は自己紹介を済ませると、廃屋を後にし歩き始めた。
*****
(嘘はあんまり言ってないとはいえ、簡単に騙されてくれたねえ)
紫宮と香奈江の後ろを歩きながら椚山は一人、心のなかで笑っていた。
(ガキ二人か、もうちょいバリエーション多く殺したいけどその内殺せるだろうからいいか)
そう思いながら、袖口に隠していたある物を取り出す。
支給品の一つである、軍用ワイヤー。使い方によっては人体の切断すら可能な、椚山の十八番武器である。
(これでまずは首を『切断』する。後はまあ、隙を見て身体のあちこち切ればいいか)
痛みは一瞬。恐らく二人は虫に刺されたくらいにしか思わないだろう。そして椚山が二人から離れ、二人がその間に別の誰かと接触したタイミングで…あらかじめ発動させていた『皆無性』を解除する。
自分で人を殺す快感に浸り、かつ自分には決して疑いをかけさせない。そうやって今まで殺人を重ねてきたし、これからもきっと、そうだろう。
先に狙うのは紫宮宮子だ。夢見香奈江の方は若干警戒しているようなので、少し時間置いてを隙を見せるのを待つ。
作業はほんの数秒、二人がこちらの素振りに気づいて振り返る隙すら与えない。
(さあ、俺に肉を切る感覚を…殺人の感触を味あわせてくれ!)
そう思い、紫宮の首にワイヤーを巻こうとした瞬間。
ワイヤーから、突如として炎が噴き出した。
最終更新:2014年09月12日 00:04