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「これを割ってかきまぜるです」
ダチョウの卵だった。もはや呆れるしかない。
しかし金糸雀は思った。素直に言うことを聞いてさっさと終わらせてしまおう。
これ以上逆らったところで何もいいことはない。大人になろう、大人に――
「カナはまだー、シンデレラーさー」
「金糸雀、なにぼさっとしてるです。ささっと割っちまうです」
言われて「日付は遥かなメモリー」などとつぶやきながら(目がうつろだ)鳥類最大の卵をつつきまわしていた金糸雀だったが、硬すぎてどうしても割れない。これは道具が必要である。
翠星石に要求してみる。
「ハンマーか何か貸して欲しいかしら」
「素手で割るです」
無駄だった。
「・・・どうやって?」
「努力と根性です」
無茶だった。
「・・・・・・自分はできるのかしら?」
「できるわけねーです。さっさとやれです」
「言ってることが矛盾してるかしらーッ!!!」
どうしろと言うのだ。衝動的に卵を床に叩きつけたくなったが、寸前でこらえる。
粉砕してしまっては使い物にならないのだ。そしてそうなったときは金糸雀の最後でもある。
「ぅ~~~~・・・・」
金糸雀が頭を押さえてうなっていると、先ほどもろに酢をかぶった蒼星石が生乾きの髪を拭きながらキッチンへと戻ってきていた。
「翠星石・・・無茶だよ・・・それ以前にどこにあったの、ダチョウの卵なんて・・・」
「何言ってるです、これくらいできずに我が家の夕飯を食べようなんざ1万年と2千年前から早いです」
「またわからないことを・・・」
蒼星石が自分をかばってくれているこの状況、先ほどから何度目のことだろうか。
自分は蒼星石に守られてばかりかと思うと、金糸雀は心の中に何か熱いものがうごめくのが感じられた。
その熱さを、ほとばしる情熱を口にする。
「いやさ蒼星石、待って欲しいかしら!」
「?」
「この金糸雀、ここまで来たら引き下がるわけにはいかねぇかしら!」
「は、はぁ・・・」
「そこで黙って見ていて欲しいかしら!あ、カナの!ちぃりぃぎぃわぁうを~~~~!!」
ケケン、と見栄を切ってから卵に向き直る。
「・・・・・」
蒼星石は金糸雀がついに相次ぐ苦行のせいで変なテンションになってしまったのだと思った。
恐らく遠からず当たっている。体力的、精神的に追い詰められたものはだんだん思考能力が鈍って来ると言うし・・・。
「あーでもないこーでもない、はたまたなんぼなんでもまんぼかんぼ、かくかくしかじかのまるまるうまうまが・・・くぉーーーーーーーーー!!」
金糸雀が卵に向かって百裂拳を繰り出しているのを見ながら、これはもう駄目かもしれない・・・と考えていると、やおら翠星石が叫んだ。
「金糸雀!こうなったら最後の手段です!!」
「最後の」
「手段?」
蒼星石と金糸雀が、同時に問う。
翠星石はたっぷりと息を吸い込み、裂ぱくの気合とともにその内容を告げた。
「頭突きですッ!!」
またもや、止める暇も無かった。
蒼星石が「待つんだ金糸雀!」と叫んだのと、
金糸雀が「二重の極みッ!!」と雄叫びとともにその額を卵に打ちつけたのはほぼ同時だった。

――っ!!

何とも言えない鈍い音の後、キッチンに動くものは無く静寂が場を満たした。
金糸雀も卵に頭突きした姿勢のまま動かない。

「かな、りあ・・・?」
蒼星石が恐る恐る声をかけると、それを合図としたかのように卵が音をたてた。
ぴし。
「「!!」」
双子が驚愕の表情を浮かべる。
そして金糸雀がゆっくりと上体を戻して行くにつれ、卵に亀裂が入っていくのが見えた。
ぴし、ぴしり、ぱきっ。
「や、やったかしら・・・」
金糸雀が完全に身を起こしたとき、卵の、その上部のカラだけが完全に割られていた。
「「・・・・・」」
蒼星石どころか翠星石までもアゴが外れたかのように口を開けてただ呆然としている中、対照的に金糸雀は自ら割った卵を掲げてくるくると踊り出した。

「やったー!やったかしらー!カナの頭突きで・・・ダチョウの卵が割れたかしらー!!」
なおも踊り続ける金糸雀の目に、輝く大粒の涙が浮かんでいた。
金糸雀は知っていた。
双子も知っていた。
頬を伝うそれが、決して喜びの涙ではないということを――。

想像してみてほしい。
かような苦行を強いられ、その成果が全て

「これで明日の晩御飯は仕込み完璧です」

の一言で葬り去られたとしたら。
これはもはや、そんな仕打ちを受けた人間に未知の能力が開花し、その影響で血よりも濃い因縁の相手にも同じ力が発現したとて何の不思議も無いと言えよう。(意味不明)
今や両者の間では、怒りのマグマと冷笑の波濤が衝突し蒸気を上げている。
決戦の舞台は、食卓の上だった。



~補足~

(#1:玉ネギは一切れ口にくわえるとよいと言われている)
(#2:山芋のかゆみは酢、レモン水などで洗うとよい)
(#3:ダチョウの卵・・・頭突き・・・一番驚いたのは翠星石である)

                    *

~18時49分 同リビング・食卓~

2人の攻防は、早や終焉を迎えつつあった。
「ハァ・・・ハァ・・・かしら・・・」
「ぬぅ・・・ですぅ・・・」
互いに肉体の限界を超えた超加速は、それゆえ打ち止めも早い。
白煙渦巻く(注:イメージ)リビングで、今や動いているのは半ば自動的な動きでご飯と味噌汁を交互に口に運ぶ蒼星石(目がうつろである)だけだった。
翠星石と金糸雀は睨み合いの姿勢を崩さない。
お互い、あと一度箸を出す動きで限界だった。
そして、それで充分。

「「・・・・・・・・・・・!」」
白煙(注:イメージ)が薄れた食卓の上、無残に蹂躙されつくした皿の上に、ひとつだけそれはあった。
両者から等距離の位置、大皿のちょうど真ん中に、生き残りのから揚げがある――。
これまでお互いが胃袋に放り込んだおかずの量はほぼ互角。
この最後に残ったからあげ(エンリョノカタマリ、とは到底呼べまい)こそが、勝敗を決する最後の鍵となる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人は動かない。
箸を繰り出すタイミング、それを推し計っているのだ。
沈黙。
その時、これまで機械的な動きを繰り返していた蒼星石がイレギュラーな行動をとった。

「ごく・・・ごく・・・」
お茶に手を出したのである。
さすがに蒼星石も飲み物なしでご飯と味噌汁だけを食べ続けるのは困難だったのだ。
「お茶は日本の心だよね」
翠星石と金糸雀はここでようやく蒼星石の異常に気づいたわけだが、それはそれとして。
やがて、ゆっくりと、蒼星石がその手に持った湯のみが卓上へ下ろされていく。
そして――。

ごとり。

湯のみが置かれる音を合図として2人は動いた。
確かに、動いたのは同時だった。
しかし2人の動きは同じものではなかった。

金糸雀はそのままから揚げに向かって箸を繰り出そうとして。
ところが翠星石の方は――。

「一番デブってる奴!!」

びたり、と箸が止まった。
から揚げの寸前、箸を開いたままの姿勢を維持し、目元をひきつらせながら金糸雀は翠星石の顔を見た。
「いち、ばん・・・デブってる・・・・・・・・奴・・・?」
その意味するところを表情で問うている。
対して翠星石は初激の威力を確認すると、にぃ、と口の端を吊り上げ、さんざんもったいつけてからこう言った。
「知ってたですか金糸雀・・・こういう席で、最後に残った料理を食べるのは、
そのメンバーの中で一番デブってる奴だという説があるのですよ・・・」
「・・・・・な、・・・・・!!」
金糸雀の箸は動かない。
目を見開いて驚愕の表情のまま凍りついているその姿を見て、翠星石は勝利を確信した。
箸を出すスピードがほぼ同時なら、勝敗は5分と5分。
そこで勝利をより確実にするために放った変化球が先ほどの『一番デブ説』だった。
普段から食いしん坊キャラ扱いされている金糸雀にとって、その言葉は到底無視できないはずと見たその読みは、見事に的中した。
「これで勝利ッ!!」
動かない金糸雀を尻目に、翠星石はすかさずから揚げを掴んで口の中にひょいと放り込んだ。


最終更新:2006年07月12日 16:32