Light my fire を歌い終わった雪華綺晶は思いつめたように顔を落とし、マイクを持った右手も垂れ落として、その金色の瞳でじっと地面を見つめていた。
ポップなソングのはずだったのに、それを歌い終えた彼女にはまるで死すら見出せるほどの重たいオーラを漂っている。
何故そこまで彼女がLight my fireを歌ったあとに苦悩するような姿を見せるのか理解できる者は、まだその場にはゼロといっていいほどいなかった。
そしてそんな重たい空気のまま、次の曲へとバンドの演奏が移った。
今日の演奏の最後をしめくくる曲 - その名の通りの、"The End"という曲だ。
これは雪華綺晶が真紅に出会うよりずっと前から、溜めに溜めて作ってきたとても長い詩だ。
この詩を曲にしてバンド演奏の最後を締めくくりたいと提案し、その歌詞を仲間に見せた雪華綺晶は、その仲間たちが歌詞を読んでセンセーションを引き起こしているのを見た。
「一体貴女は何にそこまで絶望してこの詩を書いたの?」
真紅からは、ひどく深刻そうな顔でそういわれたものだった。
長めの静かなイントロが始まり、これが重く暗い曲であることをクラブ中に知らせる。それに合わせて、観客達が静まり返る。
自分が歌う箇所がくるまで、雪華綺晶はただずっと地面を見つめ続けていた。
This is the end, Beatiful friend.
"これで終わるの 私のお姉さま"
This is the end, my only friend , the end.
"これで終わるのです 私のたった一人のお姉さま"
歌が始まる。雪華綺晶は静かに囁くように歌い出し、韻を踏みながらその終焉を宣言した。
of our elaborate plans , the end.
"私たちのたてた計画は、終わる"
of every thing that stands , the end.
"全て形を成すものは、終わる"
No safety or surprise , the end.
"安心や驚きなどなく、終わる"
I'll never look into your eyes ... again.
"私はもう貴女の瞳に見入らないでしょう…二度と。"
客の中には、このクラブでそのような陰気な曲を流すなと怒り出すのもいた。
だが大半の者は、そのとても暗く退廃的な曲を悲観的な瞳をして歌う雪華綺晶に注目していた。
Can you picture? What will be? so limitress and free?
"思い描けるのでしょうか?全てのしがらみから解き放たれた自由を"
desperate in need of some ... stranger's hand ... in a... desperate land?
"他人は誰も助けの手を差し伸べてくれず...絶望の地でもがき続けるあなた自身を?"
ここで、しばらく曲は間奏に入る。
圧倒的な”欝”要素を持つこの曲の演奏に、多くの観客が息を呑んだ。
そして突然、雪華綺晶は大きく息を吸いあげると…、今までの彼女の歌い方からは予想できなかったような、あえぎ声にも近い叫びを上げた。
白薔薇の少女の悲痛な叫びに、観客たちからどよめきが起こった。
一体彼女が具体的に何を叫びたかったのかは誰にも分からなかったが、それでもいつもの静かでおどけた様子だった彼女が一変して泣き叫ぶような悲鳴をあげたことには、その場のほぼ全員が驚きと共に何かしらの感情に心を動かされたのだった。
雪華綺晶が叫ぶと、音楽は再び間奏状態に入った。雪華綺晶はマイクを手に持ったまま下にうつむき続けている。
その間奏が過ぎると、雪華綺晶はさっきの叫びではないいつもの幻想的で美しい歌い方に戻った。
Away , away , away , away in india
"去りましょう、去りましょう、去りましょう、インディアンへ"
Away , away , away , away in india
"去りましょう、去りましょう、去りましょう、インディアンへ"
さきほどの雪華綺晶の突然の叫びは観客だけでなく、演奏中の真紅や水銀燈たちも驚かせていた。
あの叫びは曲の歌詞の一部でもなければ彼女達の予定のなかにもない。完全に本来の演奏から外れた暴走だった。
奇妙な不安や予感に駆られつつ、真紅たちは自分達の曲の演奏を続けた。
Well, I woke up a morning
"私は朝に目を醒ます"
Got the crossroads on my mind
"私の精神に十字路をきたす"
Well, I woke up a morning
"私は朝に目を醒ます"
Got the crossroads on my mind
"私の精神に十字路をきたす"
そこで、再びボーカリストの雪華綺晶に変化が起こった。
彼女の歌い方が、次第に普段見せていた凛としたものとは違うものになってきている。
雄叫びのような歌い方。地声で喚くように歌詞を読み上げ、時々声が裏返りキーキーと鳴る。
観客達はもちろん、真紅達すらこんな歌い方をする彼女を見るのは初めてだった。
まるで自分たちの世界の者では決して想像しえない、彼女の内だけにある煉獄の苦痛。
彼女はそれと戦いながら歌っているのではないかと思わせるようなビジョンだった。
Take a walk with me
"私と共に歩み"
Everything gonna work out fine
"全ては事はここで良いように運ばれる"
Well, I woke up a morning
"私は朝に目を醒ます"
Got the junk hangin' on my mind
"心は壊れた子となる"
Well, I woke up a morning
"私は朝に目を醒ます"
Got the junk hangin' on my mind
"心は壊れた子となる"
Take a walk with me!
"私と共に歩みなさい"
Everything will be alright!
"全て事はここで良いように運ばれる"
All right!
"さあ!"
ride a train!
"汽車に乗りなさい!"
「ahhhh!!!.......」雪華綺晶はまた叫び、あえぎ声をステージ中に轟かせた。
それは悪魔的でエロティックな叫び声となって、観客の人々や真紅達の耳をついた。
もはや第三者の目からすれば彼女はいわゆる"いってしまってる"状態である。
真紅達はえらく不安になってきた。"The End"という曲は12分ほどもある大曲だが、いまからこの曲はまさにその本番ともいえる"シャッフル部分"へと突入しようとしていたからだ。
ボーカルが「汽車に乗りなさい」と歌ったあとに、曲は一挙にクライマックス - "The End"へと盛り上がり、最高にカオス状態となる。
そして最後は力尽きたように曲は終わり、締めくくられるというものだった。
いま、普段とは違う姿をみせているあの雪華綺晶に、あのシャッフル部分を歌わせたら、大丈夫だろうか。
そんな不安がバンド仲間たちに駆け巡る。
Come on , baby take a chance with us!
"さあ、おいで、私たちと一緒に"
Come on , baby take a chance with us!
"さあ、おいで、私たちと一緒に"
そんなバンド仲間たちの不安を知ってかしらずか、雪華綺晶は歌を着々と終焉へとおし進め、観客たちをその甘く悪魔的な声で誘う。まるで脳のとろけるような甘い叫び声だ、と真紅は思った。
いままで私は彼女の才能の半分も実は見抜けていなかったのかもしれない。
しかしそこで、誰にとっても全く予想外の事態が起きた。
雪華綺晶がマイクを床にゴトンと落とし、ガクガクと震える膝をつくと、次に両手まで地面について四つん這い状態となり、そのまま身体の向きを変えて観客達に背いてしまった。
彼女は病気的とすら思えるほどブルブル震える全身を憐れっぽく這わして真紅のほうに近づくと、顔を上げてこう呻いた。
「私……もう続きは歌えません………」
彼女のその言葉を最後に、ウィスキー・ア・ゴーゴーのバー全体が静まり返ってしまった。
ボーカルがこうなってしまっては演奏も続けられない。やむをなしに演奏を途中で止めた彼女達は、観客達から当然のようにクレームを喰らった。「どうなっている。」「まさかぶっつけ本番の即興演奏なのか?」「最後まで歌え!」
ウィスキー・ア・ゴーゴー特有のパフォーマンスを演出していた檻の中の女性DJたちも、これには呆気に取られて踊りを中止してしまった。
こうして この日、"The End" の曲が、最後まで演奏されきることはなかったのだった。
最終更新:2008年06月06日 16:09