皆二日酔いの頭ががんがんと痛んだが、二日前からの予約をキャンセルするのももったいないし、実際ようやく全員でこれから好きな時に演奏できるのだと思うと、嬉しい気持ちは強い。
雛苺だけはアルコールの影響がほとんど無いようで、スタジオを目指す道で足取りも軽やかに、スキップ混じりで先頭を切っていた。巴と雛苺、特別仲の良い二人だが、両方酒に強いのは何故だろうか。
「まーだ頭がぐるんぐるんしてるかしら」
寒いのにおでこに冷却シートを貼ったままで金糸雀が言った。
真紅、翠星石、蒼星石も似たようなもので、蒼星石は背中に担いだベースがいつもより重いような気がしたし、真紅も顔色が悪く、いつもの頬の輝くような生気が感じられない。たぶん自分と同じような重さを背中に感じているのだろう。
翠星石の荷物はスティックとスコアが入っているトートだけだったが、一番重そうに見えた。
「全く……翠星石のおかげでとんだ目にあったわ」
ぼそりと真紅が言ったのを翠星石が聞き逃すはずは無く、真紅も聞かせるつもりで言ってはいるのだが、
「酒瓶抱いて寝てたくせによく言いやがるです。アレいくらしたと思ってるですか」
「みんなで出し合ったお金でおいくらするお酒を買ったのかしら」
「今真紅がどんだけ飲んだかの話をしてるです」
「そっちこそ誤魔化さないで」
「何です!?」
「何よ!?」
「「ふんっ」」と顔を寄せてにらみ合うだけにらみ合ってから互いにそっぽを向くという、いつもの動きが結局息が合ってるから見てる方は笑えて、それであまり雰囲気が険悪にならずにすんでいた。
「そ、それよりライブの話かしら」
金糸雀が真紅と翠星石の間に入ってきて、無理に笑顔を浮かべて言った。
「そうだね、曲どうしようか」
蒼星石も、実際それは話し合っておかなければならないことだったが、
「クリスマスまで十日も無いしね」
ケンカしている場合ではないという意味で言った。
「まあ……そうですね、曲は決めなきゃならんです」
「あ……新しい曲、今日みんなに聞いてもらうわ」
「ああ、あれ、できたですか」
「ええ、まあ、なんとか」
互いにぶっきらぼうな感じではあったが、翠星石と真紅が並んで話し始めて、その後ろで金糸雀と蒼星石は顔を見合わせて笑った。
「みんな演りたくてうずうずしてるのはいっしょかしら」
約一週間後、これまでに何度か出演したことのあるライブハウス『Laplace』で毎年クリスマス・イヴに行われるライブイベント『Alicemagic』において、今年はオーナー白崎氏のご厚意によって、高校卒業記念ということでRozen Maidenがトリをつとめることになっている。
いくら厚意といってもその実力も無しに、他の人気あるバンドの中から400人規模のイベントのトリを任せられるはずは無くて、自分達のこれまでやってきたことがそれなりに評価され、評価してくれる人たちがいるということを改めて思う。
その人たちの期待に応えたい。
早くRozen Maidenとしての演奏に勘を取り戻して、いい曲をやりたい。
蒼星石はしばし頭痛を忘れて、つまり後で思い出したわけだが、ライブに向けて体の内側で衝動が脈打ちはじめるのを感じていた。
しかしスタジオに着いてみれば、自分が勘を取り戻すことなど以上の問題が起こって、というよりそれはその場で初めて明らかになったというだけのことで、思えば翠星石が「スティックを折ろうかと思う」と言った時から始まっていたということなのだが、つまり問題は翠星石だった。
◇
「う~ん、いいわあ!是非ライブのラストに持ってきたい感じの曲かしら!
出だしの静けさがだんだんと熱を帯びて、盛り上がりが頂点に達したところで
ぶわーっと広がる音の解放感、最後は美しく余韻を残して……続くお客さんの拍手と歓声……目に浮かぶようかしら」
金糸雀が遠いどこかを見ながらキラキラして言った。
「素敵なの……早くライブで歌いたいの!」
雛苺も気に言ったようで、目を閉じて早速教わったばかりのメインパートを口ずさんでいる。
蒼星石も二人と同じ意見だった。
一時間ほどかけてRozen Maidenの曲を合わせて、その練習はやはり久々のスタジオ入りとライブに向けての気持ちのために全員のテンションが高いものとなった。そのあとで真紅が例の新曲を皆に披露したのだった。
曲調としては緩やかな滑り出しのバラード調で、Rozen Maidenとしては長めの6分超の演奏……というのがその新曲についての真紅のアイディアで、Queenの『We Are The Champions』のような構成と言えばわかりやすいだろうか、バンドの中でも多くないスローテンポの曲だが、他の人気曲はアップテンポのものがほとんどだが、それらにも十二分に比肩しうる、金糸雀の言うように『ラスト向き』の力を持っている曲だと思った。
「いい曲になったね、真紅」
「ありがとう……なんとか形にできたわ。完成させるのはこれから、皆ですることだけど」
「そうと決まれば、みんな頑張って行こうかしら!
本番ではトリにふさわしいこの曲で、ラストをびしーっとばしーっと盛り上げるのよ!」
「あいと、あいとーっ!」
腕を振り上げて気合を入れる金糸雀と雛苺の盛り上がりに苦笑しつつ、いつもならその盛り上がりに加担するか、または茶々を入れるかのどちらかに動くはずの翠星石が妙に静かなことに気がついた。
後ろの方で翠星石はじっと手に持った
ノートを見ていた。そばに行ってみると、真紅が渡していた、新曲の作詞が書かれたノートだった。
近寄った蒼星石にもほとんど反応せず、そのノートに目を落としたまま、真紅に近づいていった。
「真紅、ちょっと、」
「あ、翠星石……どうかしら、この曲は」
雛苺と金糸雀と談笑していた真紅は、翠星石の気配だけに反応して振り向いて、呼びかけに気づかずに言った。
真紅の笑顔を前にして、翠星石は「あ……」と言葉を詰まらせた。明らかに何か言いにくいことがあるようだった。
真紅もその様子に気づいて、翠星石の手に持ったノートにも気づいたらしく、
「詞が……もしかして、気に入らなかった? それとも、曲が」
珍しく不安そうな声と、眉をひそめた表情で訊いたが、
「い、いや気に入らないとかそんなことはないです……曲も、とってもいい曲だと思うです」
慌てたように翠星石が早口でまくしたてた。しかし、
「ただ……」
と言ったその後が続かず、口ごもったまま、ああでもない、こうでもない、と手を動かしたり、頭を傾けたりして言葉を絞り出そうとして、
「……わからんです。今はうまく言えんです」
最後は諦めたようにそれだけを口にした。
「……そう、じゃあ……、」
と真紅も言葉を切って何かを言おうとして、言えずにいるようだった。
それでなんとなく全員が黙ってしまい、暗いというわけでもないが決して明るくもない雰囲気が感じられ始めたところで、
「と、とにかく練習始めようかしら!? 翠星石も何か気になってるみたいだけど、
まだバンドの曲としてできてないうちから何でもわかるものじゃないかしら?
きっと練習してるうちに色々見えてくるかしら!話はそれからでも遅くは……まあ締め切りは近いけど、なんとかなるかしら」
金糸雀がぱんぱんと手を叩いて、少し強引な感じで声を張りあげた。
「そうなの!意見はそのつど出し合えばいいの!」
それに雛苺も同調して、いそいそとマイクのセッティングを始めた。
「二人とも、とにかくやってみようよ」
「……そうね、翠星石のことだから、
そのうち黙っていてくれた方がよかったと思うくらい色々言い出すでしょうし」
「な、言いやがったですね、覚悟してろです」
蒼星石の呼びかけに、真紅と翠星石も一応うなずいてみせて、お互いに軽口を言い合いながら、ややぎこちないものの笑みを交わして、それぞれの準備にとりかかった。
「じゃあ、準備はいいかしら、まずドラムは……」
マイク越しに真紅が全員に指示を伝えながら、おおまかな曲の骨組みを全員で確認し、最初の合わせに入る。
「録音準備もオールオッケーかしら」
金糸雀がいつものように親指を立てて、数拍のちに演奏が始まった。
しかし結局その日、最後までその曲は全員の息が合ったいつものような演奏になることはなかった。
最終更新:2008年06月19日 01:20