薔薇水晶はいつになく真剣な表情で京都の町並みを歩いていた。
普段の彼女を知っているものなら驚くであろうし、普段の彼女を知らないものなら恐怖すらしたかもしれない。それほど真剣な表情だった。
彼女がこれほど真剣な原因は、ツアー直前に彼女がもらった一枚の
ファンレターだった。
そのファンレターは京都にある病院に入院している10歳の患者からのもので、どうしても薔薇水晶に会いたいという内容だった。
「…ついた……ここだ…」
真剣な表情を緩ませ、病院を見る。京都の中でも大きな病院だ。
薔薇水晶は早速ファンレターの送り主の部屋を訪ねる。薔薇水晶の表情は再び硬くなるが、すぐにいつもの表情へと戻り、看護師に礼を言って病室へと向かった。
「あった…」
そりゃあ、病室がなかったら困るだろう？などと無粋なツッコミを入れる人間はいない。
薔薇水晶はドアをノックする。中から「は～い」と、10歳の少女の可愛らしい返事が返ってきた。
薔薇水晶はドアを開け中に入る。少女は目を丸くして驚いた。
◇
「ねぇ、きらきー？」
所変わって、水銀燈と雪華綺晶の二人はパパラッチを薙ぎ払ったのち八橋が有名な店で生八橋を食べていた。
「なんでしょう？お姉さま」
「今日のばらしー、ちょっと変じゃなぁい？」
「変…ですか？」
キョトンとした感じで、水銀燈を見返す雪華綺晶。
「だってぇ…あの娘いつもは私が他の女の子と歩いてると凄く怒るのよぉ？」
それはむしろ普段のほうが変なんじゃないか？などという心ないツッコミを入れる人はここにはいない。
確かに、今回薔薇水晶は水銀燈と雪華綺晶が出かけるのを見て、多少不機嫌そうだったものの、何かを言ってくることはなかった。
その話をすると、雪華綺晶の笑みに若干影がさした。
「…たぶん、ツアー前にもらったファンレターが原因です…」
「？そういえば、ばらしーいつになく真剣にファンレター読んでたわねぇ…」
「…私…気になって横から覗き込んでみたんです」
◇
「はじめまして…」
「えっ…？…ば…薔薇水晶…さん？」
薔薇水晶は平然と挨拶をし、少女の側に座った。
彼女はポカンとして薔薇水晶を見つめる。
「ほ…本物…ですよね？」
「………」
薔薇水晶は自分の体を見る。
「…多分…本物」
「…ップ」
薔薇水晶の演技とも天然とも取れない雰囲気に、たまらず少女は吹き出した。
それを見て薔薇水晶も「…えへへ」という独特な笑顔を見せる。
しばらく病室内に笑い声が響いた。
「あたし、薔薇水晶さんの大ファンなんです！」
ようやく笑いがおさまると、少女は笑顔で言いました。
「ローゼンメイデンもだけど、メンバーになる前のアルバムも持ってるんですよ！ほら！！」
そういって彼女がとりだしたのは、薔薇水晶がローゼンメイデンに加入する前、インディーズで出したCDだった。
タイトルは「COVERS」とシンプルで、その名の通り彼女が好きな洋楽の曲をキーボード一本と薔薇水晶の歌のみでカヴァーしたというものだ。
「…懐かしい……えへへ…ありがとう…」
「あたしね、他にもいっぱい薔薇水晶さんのCDもってるんです！」
「うれしいな…見せてくれる？」
「うん！！」
「…じゃぁ…そろそろライブに行くね…」
「あっ…はい…残念だな。入院してなかったら絶対行くのに…」
少女が残念そうな顔をすると、薔薇水晶は悲しそうな顔をした。
「…あの…あたし、退院したら絶対ローゼンメイデンのライブ行きますね！！」
「…うん…楽しみに待ってるね…えへへ…」
少女が元気そうに笑いながら言うのを見て、薔薇水晶もいつもの笑みで答えた。
「それじゃあ…またね…」
「はい！絶対ライブ行きますから！！」
お互いに手をふり合い、薔薇水晶は病室のドアを閉めた。
そして眼帯を外す。
眼帯の下の目は、涙で潤んでいた。
薔薇水晶は声を押し殺して泣いた。
少女の病気は小児ガンだった。
末期で、治る見込みもないので…せめて希望のある生活をという配慮で、彼女はその病気のことを知らない。
退院することは出来ないだろう。
今日、元気そうな彼女に会い、話すことができたが…それもあとどれだけできるか分からないそうだ。
「じゃぁ、自分はどうすればいいのか？」と自分に問いかける薔薇水晶。
どうする事も出来ない。病気を治すのは医者の仕事で、その医者がさじを投げているのだ。
薔薇水晶は医者じゃない。ロッカーだ。
ならば、自分がやることは決まってるじゃないか。
「…私は…ローゼンメイデンのキーボード奏者…薔薇水晶…」
涙を拭きとり、眼帯をつけ直す。拳に力を入れた。
「…私は…病気…治せないから……あの子の分までロックするんだ！」
彼女にしては珍しく語気を強くして、薔薇水晶は駈け出した。
少女のところまで爆音轟くライブをするために…
最終更新：2008年09月23日 21:29
