ロックバンドに敵はつきもの。
ローゼンメイデンは今まで数多くの敵と戦った経験がある。
レコード会社、過激化したファン、社会勢力、保護者団体、宗教団体。
悪質な嫌がらせ程度から、下手をすれば裁判沙汰になるものまで、日本のロックバンドにしては珍しいほどの苦情の嵐は、海外でも幅広く活動する彼女らにしてみれば当然なのかもしれない。

「…とはいうものの…今回はさすがに冷や汗をかいたのだわ」

ヴォーカルの真紅は今回の事件をそう語った。

話は、東京でのツアーラストを迎える二日前に遡る。
常にギリギリのスケジュールでツアーを行ったローゼンメイデンだったが、自宅のある東京では少しの休息がとれるようにとの薔薇水晶と雪華綺晶の父親でもある槐の計らいである。久しぶりの親子水入らずを堪能したいという下心もあったようだが…

「いやだぁぁぁ、僕は今日愛する娘たちと家でゆっくりするんだぁぁぁ!!」
「社長、そうはいきません!このツアーの間、ずっと娘さんのおっかけをしつづけて、見事に仕事たまりまくってるんですから!!」
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

…そういうことらしい。ちなみにその愛する娘たちは父親がいないことなど気にせず、ゆったり自宅でくつろいでたりするから、まったく親の心子知らずである。

事件が起こったのは、その夜だった。

「薔薇水晶!雪華綺晶!今帰ったよぉぉぉ」

世界規模の大財団の社長であるはずの槐だが、娘を溺愛しているせいかカリスマ性を全く感じさせない帰宅後の一言だった。
現在深夜二時三十分、当然だが二人とも寝ている時間である。
だが、その声に起こされ不機嫌そうに雪華綺晶が玄関にやってきた。

「お父様…もう夜遅いですから、あまり大きな声を出さないでください…」
「うっ…あ、ああ、すまなかった雪華綺晶…」

娘に一喝されてさすがに落ち着いた槐はキョロキョロトあたりを見渡す。

「ところで…薔薇水晶は?」
「ばらしぃーちゃんはもう遅いですから、部屋でぐっすり休んでますよ…」

雪華綺晶が言うのと同時に槐は靴を脱いで薔薇水晶の部屋に向かった。

「…まったく、あの親バカさえなければ本当にいいお父様なのに…」

雪華綺晶がため息をついて、槐の後を追いかけた。


雪華綺晶が槐に追いつくと、槐は部屋の前で、ドアを開けた状態で固まっていた。

「?どうしたんですか、おとうさ…!!?」

部屋が荒らされていた。
散らかっているというレベルではない。
白い壁には赤い塗料で聖書の一片と思われる文章が書き込まれていた。
ベッドの上には手紙が置いてあり…
薔薇水晶の姿はなかった。

「雪華綺晶、いそいでローゼンメンバー全員に収集をかけるんだ」
「はっ!はい!!」
「僕は今から警備員たちが何か見てないか確認をとり、監視カメラの映像をチェックする。相手の要求は…たぶん手紙に書いてあるだろうが、状況確認をするのが先決だ…」

そういって槐は歩き出す。

「(さすがお父様、いざとなったらこんなに頼りになるんですね…)」

緊急事態に焦る雪華綺晶は、槐の冷静な対応に感心し、尊敬の眼差しを向けた。

「!!お父様!?」

その眼差しの先には、娘が誘拐されたという事実をようやく認識し、貧血を起こして倒れている槐の姿が映った。


「で…それが問題の手紙なのね…」

雪華綺晶の電話を受け、ローゼンメンバーが全員集まっていた。みんな真剣な面持ちである。
真紅が代表して手紙を読む。広告の文字を切り抜き、言葉をつなげた脅迫状だった。

「…我々が、諸君らに要求することはただ一つである…」
「…我々は、我々の主は諸君らの演奏する音楽に非常に嫌悪感を持っている…」
「…その音、その言葉は、悪魔のそれと全く同じものであり、人々を堕落させるものである…」
「…主が我らに与えし魂(ローザミスティカ)を汚す大きな要因である…」
「…我々は行動に出る…諸君らの最終ライブを阻止させてもらう…」
「…君たちが大人しくライブを諦めるのであれば、彼女は解放しよう…」
「…偉大なる主の人形、聖ローズ会」

読み終える頃には、真紅の手は怒りに震えていた。他のメンバーも同様である。
聖ローズ会はキリスト教を軸にした新興宗教団体である。どういうわけかロックという音楽を目の敵にしており、国内外問わずライブを行えば必ずデモ隊が現れる。
彼らが言うに、人間とは神に魂=ローザミスティカを与えられた人形であり、それを汚さないようにすることが神への感謝なのだそうだが…

「…っふざけるんじゃないわよ!!」

水銀燈が壁を殴りつけ、叫んだ。

「何が主よ!神がどうした悪魔がどうしたって!そんなものの為にばらしぃーをさらったっていうの!!?」
「…同感ですわ。お姉さま…私の大切なばらしぃーちゃんを餌にライブを潰そうなんて…」

水銀燈と雪華綺晶が背を向け、歩き出す。

「二人ともどこへ行くの?」
「決まってるじゃなぁい、ばらしぃーを探すのよ…ばらしぃーは助ける。ライブもやる。私たちはロックバンドなんだから」
「…好き勝手にやって、何もかも奪い取って見せます」

そういって二人は出て行った。

「…やれやれなのだわ…」
「…真紅はどうするべきだと思う?」

蒼星石が立ち上がり、真紅を見る。

「…このまま黙ってみているですか?」
「…ヒナはねぇ…ちょっと怒りで頭がどうにかなっちゃいそうなんだけど…」
「…今回は黙ってられないかしらぁ…マネージャーとして、友達として…」

全員の目に強い意志が宿っているのを、真紅は見てとる。
真紅の瞳にもそれは宿っていた。

「…もちろん、このまま放っておくわけないのだわ…バンド仲間として、友達として、ロックバンドとして…ばらしぃーを探しだして…」
「助け出す…だね」
「ええ…」

真紅を先頭に、全員が歩きだした。
ライブは明後日、それまでに何としても薔薇水晶を助け出す。

「(絶対に、無事助け出して見せますわ…ばらしぃーちゃん)」




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年10月18日 23:37