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――――変な夢を見た・・・・・・ような気がする。

いつも以上にはっきりしない頭。まるでまだ夢の中にいるみたいな感覚。
目覚ましに目線を向けると午前九時ジャストを示していた。

「いつもより寝坊しちゃった―――ん・・・気持ち悪い・・・」

お腹の真ん中辺りが渦巻いている。何なんだろう、これは。
けど、今日は約束の日だ。
今日ならめぐに会える・・・そう思うと少し気分が良くなった。

「よし・・・起きよう!」

ベッドから跳ねるように起き、ゆっくり顔を洗い朝食を食べ、身支度を整えてたら、もう時計はお昼を回ろうとしていた。
今日は何故か時間の流れが早い気がする。ご飯は―――ちゃんと食べてから出かけることにしよう。

ご飯を食べ終わるとママに一声掛けて、私は家を出た。
相変わらずの外の暑さにはウンザリするが、特に気にすることはない。
目的地に一歩づつ近づくと顔がにやけてきた。
だってもうすぐ私のギターが手に入るのだ。これが嬉しくない人はいないだろう。
そうこうしてるうちに駅に着き、裏に回り、あの路地に入っていく。
周りをよく見ながら歩いていると見覚えのある看板が見えた。
「・・・あった!」
早足で駆け寄るとドアに「CLOSED」の看板が掛かっていた。
「あれぇ・・・どうしてぇ」
少し考えてノックをしてみた。

コンコン・・・コンコン・・・

するとドアの向こうからカギの開く音が聞こえた。

「や、久しぶり。待ってたよ、銀ちゃん」
「銀、ちゃん・・・?」
「愛称だよ、あ・い・し・ょ・う!」

一週間ぶりに会って疑問は確信に変わった。やっぱりこの人は―――変人だ。

「入り口で立ち話もなんだから、中へどうぞ」
ドアを開けて私を招いた。
「それじゃあ・・・」
言われたとおり中に入ると、一週間前と同じ光景が広がった。
やっぱりこの光景は好きだ。燦然と並ぶギターやベース、そしてむせ返るぐらいの乾いた木の匂い。
深く息を吸い込み、その匂いを堪能した。
「ハァ・・・いいわぁ、やっぱり」
「何がいいの?」
「別に何でもないです・・・槐さんは?」
「槐・・・・・・あっ、忘れてた。えんじゅ~水銀燈さんが来たよ~」
白崎さんが奥の方に声を掛けると

――――――ガタガタ!ドスン!!バタン!!!

その音の後、槐さんが現れた―――片手にソフトケースを持って。そして、やけにボロボロな格好で。

「や・・・やぁ水銀燈さん、久しぶりだね・・・」
さっきからやたらと右の太ももをさすっている。
やっぱり、さっき何かにぶつけたのだろうか・・・。
「あのぉ・・・大丈夫ですかぁ?」
「何が?大丈夫だよ。男の子だもの・・・」
明らかに錯乱してるんですけど・・・。
こういう時は―――見なかったことにしよう。

「槐しっかりして。水銀燈さんのギター持ってきたんだろう?」
「あっ・・・ああ・・・少し・・・落ち着いたよ・・・」

それはギャグで言っているのか―――!?

「水銀燈さん・・・お待たせしました、これが貴女のギターですよ」
と言って私にケースを手渡した――――まるで生まれたばかりの赤ちゃんを預けるように・・・。
私は黙ってそれを受け取り、床に下ろしてケースのジッパーに手をかけた。
ゆっくり・・・ゆっくりとジッパーを下ろしていく。

―――ジッ・・・ジジジッ・・・ジジッ・・・・ジジッ・・・

いやに音が耳に入ってくる・・・・・・集中しているということだろうか。

―――・・・・・・ジッ

そして全部下ろしきった。
私はそのまま中のギターを取り出そうと右手を伸ばす。
開いたケースの中に手を入れると、感じた―――確かなネックの感触。
それを握ると、一気に取り出した。

「これが・・・あのギター」
一週間前とは比べるまでもない。これはもう全く別の物だ。
足りないパーツがあった所は埋められている。塗装が剥げていた所も完全になくなっている。
「すごぉい・・・これが、あのギターだったの?全然別物じゃない・・・」
「う~ん、ビックリしてるねぇ銀ちゃん。一通りの説明しても、いいかな?」
「お願いします!」
「うん。まず、調べた結果・・・これは1970年代初頭に限定再生産された、1954年製モデルの復刻版なんだ。
 限りなくディテールはめぐちゃんの持っているオリジナルに近いね・・・・・・まぁでもやっぱり当時の回路とはちょっと異なるから音が違うんだ」
「そうだったんだぁ・・・」
「このギターは槐のおかげで新品同様に生まれ変わった―――けど・・・それじゃ面白くないよねって僕が言ったら、
 槐が『あのお嬢さんのために久しぶりにやるか・・・フルカスタム』って言ったんだよ!これ凄いことだよッ!?」
「凄い・・・って、何が?」
「槐が"フルカスタムをする"っていうことさ!いやぁ~・・・二年ぶりだね、実に」
「それでぇ、このギターはどう変わったの?」
「いい質問だねぇ・・・まぁ簡単に言うと、ボディとフロント・ピックアップ以外総とっかえしたね」
「ぼ、ボディとフロント以外全部ぅ!?」
「そ。ほとんどセミオーダーと変わんなかったかな」

―――――空いた口が塞がらない。何をしているんだこの人たちは。
こんな小娘に渡すギターにどれだけ情熱を傾けているんだ!?

「今回のカスタムは僕も手伝ったんだぁ。すごく楽しかったよ~」
すごく嬉しそう・・・新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいだ・・・。
「まず外見から説明するね。そのギターの色、よく見てみて」
じっと見てみたが・・・・・・黒にしか見えない。

「少し光に当ててごらん」
言われたとおり光に当てると―――

「あれ・・・蒼い」
―――かすかにだが蒼く見える。

「それはね、一回塗装を剥がしてもう一回塗り直したんだ。その時、銀ちゃんをイメージした色は"限りなく黒に近い蒼"がいいと思って。
 もちろんラッカー塗装。極薄に塗ったから30年以上経って程よく枯れたボディが本当によく鳴るよ」

「とても、キレイ・・・」
この深い夜の海のような色をしたギターはすでに私をトリコにしてしまったようだ―――

「で、次はネックね。ネックはオールマホガニーにしてみました~」
「・・・・・・わからないわぁ」
「フレットはちょっとそっとじゃ減らない仕様にしてあるからガンガン弾いてね、ナットは最高級象牙を使用!」
「・・・えっ、何?象牙!?」
「ペグはチューニングの精度をより高めるために、スパーゼルのトリムロックにしました!
 弦を通して一回転させてロックすれば・・・・・・もうバッチリッ!!」
うわぁ・・・すっごいいい顔してる・・・この人・・・。
「あとね、12フレットのインレイ見てちょーだい!」
これも言われたとおりに見てみると―――――

「あっ・・・薔薇」

白く真珠色に輝く薔薇が―――あった。

「グゥレィトォォ!!いいねぇ、この小さな心配り・・・銀ちゃんって薔薇が似合いそうだよねって言ったら、槐が即これを作って・・・
 埋め込んじゃいました!テヘッ♪」
 ・・・・・・可愛くないよ?

「えぇと、これで、ネックの説明終わったよね!?」
いや、そんな鼻息荒く・・・しかも目が尋常じゃないんですけど。
「じゃあ・・・次はピックアップの説明、するね?」
もう肯くしか、出来ませんでした。

「えーと、さっきも言ったけどフロントは変えてないんだ。フロントのアルニコが54年製の特徴だからね。変えたのはリアだけ。
 何に変えたかというと・・・僕の趣味で悪いんだけど、セイモア・ダンカンのSH-4を搭載させていただきました!これはTHE JBって
 いうピックアップとほとんど同じだから心配しなくてもいいよ」
心配するなと言われても・・・全然分からないんですけど。
もう限界・・・。頭はフラフラ、身体はハウハウ――――今すぐカーテンの後ろに隠れたい気分だ。
もう、どうでもいいや・・・そんな顔をしていたら槐さんが察してくれたのか、白崎さんの暴走説明を止めようとした。

「ピックアップにも色々あるからねー「・・・白崎」バランスの良さを重視「・・・白崎」みたよ、歪みもクリーンもクラ「・・・白崎!」るやつ をね・・・で、まだ説明したいことがある「・・・おいクズ!!」
「―――んぁ・・・あ、あれ?も、もしかしてまた・・・・・・やっちゃった?」
「・・・ああ」
「ああ!ごめんなさい銀ちゃん!!」

ガバッ!!

イキナリ土下座をする白崎さん。
「な、何をしてるのぉ?頭、上げてよぉ」
「自分勝手に独りよがりな説明をしてスミマセンでした!僕はゴミです、犬です、ただの・・・ザザ虫です!!」
「だからぁもうイイって・・・そんなに自虐的になられてもこっちが困るわぁ」
「いや、でもぉ・・・」
「それぐらいにしておけ、白崎。水銀燈さんが本当に困っている」

私は思わず槐さんの後ろに隠れて、白崎さんを見ていた。
「・・・わかった、本当にゴメンね・・・銀ちゃん。僕は好きなことになるとつい饒舌になっちゃて。
 歯止めが利かなくなるというか、暴走しちゃうというか・・・」
「好きなことに夢中になるのは、私にもあるわぁ。そんなに気をおとさないで」
「ありがと。えと、これで説明はおしまいということにして。じゃあ次は―――音出してみようか?」

音を出す?それは、その、つまり―――
「アンプの準備してくるから、チューニングして待っててね」
と言い残して、白崎さんは店の奥へ消えていった。
私は不安になってギターを抱き締めるように持っていたら、槐さんが横から「・・・これ、よかったら使って」とチューナーを手渡してくれた。
着々と逃げられない準備が整いつつある・・・というか包囲網完成寸前!?
今、私の格好は左手にチューナー、右手にギターという状態―――どこの弁財天だ、私は?


「受け取るだけと思ってたんだけどなぁ・・・」
小さな声でブチブチ文句を言いながらチューニングを始める私。

――――ブゥ~ン・・・ブゥ~ン・・・ピィィ~ン・・・ピィィ~ン・・・ピィンッ・・・ピッ・・・

 ・・・とりあえずチューニングは出来たが、人前で弾くのはやっぱり・・・。
「あの、私やっぱり―――」
「お待たせ~持ってきたよ~」
―――いいです、と言いかけた瞬間タイミングよく戻ってきた白崎さん・・・あなたはどうしてそんなに・・・うぅ。

持ってきたアンプは―――デカい。
何故二つに分かれてるの?分からないよぉ・・・。
「やっぱりレスポールにはマーシャル直がいいよね。しかもこれはJCM800、名機だよ!さぁさぁ銀ちゃん、プラグをインしちゃって!」
本当に嬉しそうですね・・・白崎さん。

 ・・・・・・しょうがない・・・やるしか―――ない!
私は渡されたシールドをギターに、そしてアンプに繋げる。
つまみのセッティングはいつもテキトーに回している。
それでも決めていることと言えば、ミドルはフルテン、ローは三時、ハイは十一時を超えないということ。
ゲインは白崎さんにあまり歪み過ぎない程度に設定してもらった。

――――ブゥゥ・・・・・・

アンプが唸り始めた。
左の指先を少しでも動かすとピックアップがそれを拾って増幅する。

――――キュッ・・・・・・キュッ・・・・・

左手をネック沿いに上下に滑らせる。それに鉄の弦が反応してアンプから零れ出す音に私の背筋が―――ゾクゾクし始めた。


形容しがたい昂揚感。

頭の後ろ側に集まってくる熱。

全身を這い回る震え。


それら全部が私に一つの答えを導かせる――――"さぁ、振り下ろせ"


その声が脳に届いた刹那、私は右手を振り下ろした―――



――――気が付けば身体中が汗まみれになっていた。

アンプのハウリングが耳障りなくらいウルサイ。

「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ……」
細かく息を荒げ―――てまともな考えなんてでき―――ない。
頭がぼぉっとする。妙に目の視点が合わない。
何気なく左手を見たら、しびれが襲ってきた。
そして右手は―――人差し指の爪が剥がれていた。
だらしなくまたくっついていたそれが目に入った瞬間、

「アレ……痛っ!」

痛みが走った―――カラン
持っていたピックが落ちる。
白かったはずのソレは真っ赤に染まっていた。

「銀ちゃん!!」

白崎さんと槐さんが駆け寄ってきた。

「大丈夫かい、銀ちゃん……コレ使って…待ってて!」

私にハンカチを渡し、奥へ走っていった。
私はギターを槐さんに渡し、渡されたハンカチで右手を覆うと、みるみるソレは赤に染まっていった。
洗濯して返さなきゃ…まだはっきりとしていない頭でぼんやりと考えていると、白崎さんが戻ってきた。

「銀ちゃん右手出して。ちょっと沁みるかもしれないけど、それは我慢してね」

そう言うと私の右手のハンカチを取り、消毒液を染み込ませた脱脂綿を傷口に手際よく押し付けた。
多少は痛かったが口には出さず、その行為を黙って受けていた。

包帯を巻いてくれてる時、私は聞いてみた。

「ねぇ…私どうなったのぉ。ギターを弾いてた時のこと、思い出せない」
「……ちゃんと弾いていたよ、途中まではね」
「それって……どういう意味?」
「最初は一音一音確かめるように弾いていた、けど…」
「けど?」
「途中でうつむいた時、変貌した。いきなり掻き毟るように弾き始めたんだ。それを例えるなら―――ノイズの洪水だった」
「……………」
「それから五分間ずっとそうだったよ。そして急に止まった…で、今に至る訳さ」
それを言い終わると同時に包帯は巻き終わった。
「はい、おしまい。今日はお風呂に入らずにシャワーだけにしといた方がいいよ。熱が出るかも知れないからね」
「ありがとぉ…」
「どういたしまして」

白崎さんは救急セットを片付けにまた奥へ戻っていった。
残されたのは私と槐さんだけだ。

「あのぉ…槐さん…ごめんなさい」
「謝る必要はありませんよ。少し驚きはしましたがね」
「……でもぉ」
「これくらいにしときましょう。このギターはもう少し調整しておきますね、あと洗浄の方も」

言われてギターを見ると、ボディーにはすでに変色している私の血がこびりついていた。
黒に限りなく近い蒼の中に点々と茶褐色の水玉模様。
とんでもなくイカレタアートとしてその見栄えを変えていた。
それを見て私は泣いた。

「アッ…アアッ!!」
「泣かないで水銀燈さん…こういうことはあります、だから――」
「ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…」
「だめだよ~槐。銀ちゃん泣かせたら」
いつのまにか白崎さんが戻ってきていた。
「し…しろさきさん…ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…」
「泣いちゃ駄目だよ。これぐらいで泣いてたら、ギターが壊れた時には自殺するしかないじゃない」
「白崎…例えが悪すぎる」
「ごめんごめん。でもね銀ちゃん、本当に気にしないでいいんだよ。だから、ね…」
まだ泣いている私の頭に白崎さんの掌が乗り撫でてくれた。
それはとても柔らかく、とても優しかった。

どれくらいそうしてもらっただろうか、いつのまにか私の涙は止まっていたが、白崎さんはまだ私の頭を撫でている。
「もぉ…いいわぁ」
「泣き止みましたか、お姫様」
私は顔が赤くなってうつむいた。
「うん…もう大丈夫みたいだね」
頭から手が離れると―――少し寂しさを感じた。すると――――

ジリリリリリリ……ジリリリリリリ……

「電話か…珍しいな」
「あっいいよ、僕が取ってくる」
また奥に駆けて行った。
「ほんと…今日は二人にお世話になりっぱなしだわぁ…」
「気にしてませんよ。それよりどうです、喉も渇いたでしょう?お茶でも淹れますよ」
「いえ!もうこれ以上は―――」
「そう言わないで。ちょっと待ってて下さい」
槐さんも奥に向かって行った。

私一人になってしまった。
とりあえず椅子に座って何も考えずに店の楽器たちを眺めていたら、妙に神妙な顔をした二人が戻ってきた。

「お帰りなさ……どうしたのぉ?」
「……銀ちゃん、これから言うことに驚かないでほしい―――約束してくれるかな」
「何?話してくれないと約束も何もできないわぁ」




「めぐちゃんが――――死んだ」




―――ドクンッ!心臓が、大きく、跳ねた。


最終更新:2006年05月08日 01:36