わたしはみんなの返事を待っていた。まだ誰も何も言ってくれない。
「雛苺」
口火を切ったのは真紅だった。
「あなた、バンドに入りたい……そう言ったわね」
「ウィ」
わたしは力強く返事をした。
「―――で、あなたは“何が”できるの?」
真紅は冷たく言い放つ。当然だと思う。
いきなり練習を中断させられて、それで『バンドに入れて』なんて都合のいい話はない。
「ピアノなら少し弾けるの…譜面もちょっとは読めると思うし…」
「それだったらウチには薔薇水晶がいるから事足りてるのだわ。彼女もそれぐらいできるもの、そして私もね」
「うゆ……」
それ以上意見は受け付けないとばかりに突き放す。実に真紅らしい態度だ。
自分の信念を傾けているものに半端者は必要ない。
―――ついてこれるのか、あなたは。
そういう風にわたしには聞こえた。
大丈夫。わたしはあなたたちと並んで歩いていける自信はある。
けれど、真紅の言うとおりわたしは他に何があるのだろう。
考えろ。考えろ。考えろ。
わたしがみんなと一緒にいられるために。
だけど――――考えれば考えるほど、グルグルグルグルと同じ結果になった。
何も―――見当たらない。
わたしには何もないのか。
どうしたら、いいんだ。
不安で顔が強張る。
下を向いてしまった。
すると―――。
「ねぇ真紅。コーラスっていうのはどうかな」
誰かが言った――――誰が?
顔を上げて、真紅以外のみんなを見渡す。
水銀燈?薔薇水晶?翠星石?
最後に蒼星石を見た。
こっちを向いて微笑んでいる。
――――彼女がわたしを助けてくれた?
「蒼星石…!あなた―――」
「もう少しボーカルラインに厚みがほしいって言ってたじゃない。見てのとおりコーラスができる人数は揃ってるけど 僕はもう少しベースに集中したいからコーラスはちょっと。水銀燈は……こう言ったら悪いかもしれないけど、攻撃的過ぎる。真紅のボーカルと水と油だ。逆ならアリなんだけどね。翠星石は―――まだ無理だと思う」
「なっ……こら蒼星石!美声の姉に向かって何言ってるですか!!」
「まだリズムが安定してないでしょう。その状態でコーラスなんかしたら、曲が酔っ払っちゃうよ」
「蒼星石も結構言うわねぇ」
「……言わなきゃ……いけない時も……ある」
「ああそれと、薔薇水晶」
「……何?」
「君は?」
「……まだ無理……だけど……練習は……しておく」
「それは助かる。いつか頼むよ」
「……任された」
溜息を一つ吐いて蒼星石を見据える真紅。
「わかったわ。あなたがいいたいこと……だから雛苺を?」
その問いに答える代わりに肯く蒼星石。
「でも雛苺の実力も知らないで、はいそうですかとはいかないのだわ――――テストをしましょう」
テスト……わたしの歌を!?
「そりゃそうよねぇ。それもわかんないヤツ入れるわけないじゃなぁい」
「チビ苺の歌って……デタラメ極まりないヤツをよく歌ってるのは聞いたことあるですが、まともなの聞いたことねぇですぅ」
わたしは確かによく歌っている――――らしい。
子供の頃からのクセで、嬉しかったり楽しかったりすると気づかないうちに歌っているらしいのだ。
昔から周りの人にそれを言われるけど、なんとも実感はわかない。
ちゃんとした歌か……。
そういうのあんまり歌わないなぁ……。
「雛苺」
「―――ほえ?」
「こっちにおいで」
蒼星石が手招きをする。
わたしはトコトコと近よる。
「はい。コレ持って」
と言って渡してくれたのは――――マイクだった。
「え―――」
「頑張ってね雛苺」
蒼星石はわたしの肩に手をやって、耳元でそうつぶやいた。
ありがとうなの……蒼星石。
わたしも胸の中でつぶやく。そしてマイクを強く握り締める。
「それじゃあ雛苺、何を歌ってくれるの?合わせれそうならギター付けるわよぉ」
「不味ぃ歌聞かせたらただじゃおかねぇです」
「……何を……歌ってくれるの……言ってくれたら……伴奏するよ?」
みんなの視線が刺さる。いつもみたいなムチャクチャな歌を期待しているのだろう。
けれど今はそれに応えない。
わたしは歌う。一所懸命、伝えてみせる―――。
「うん…じゃあ“秘密基地”を歌うの…」
曲名を言ったら、みんな小首を傾けた。やっぱり知らないかぁ。
「……私知ってる……確か……こんな感じ」
そう言って薔薇水晶が滑らかに弾いた主旋律は、正にわたしが歌おうとしているソレだった。
「うん!それなの。」
「……よかった……さぁ歌って……大丈夫……後に続くから……独りにしない」
少し笑いながら言ってくれた。わたしを安心させるには充分なお薬だ。
わたしはマイクをしっかりと握り、口の少し離した所に持ってきた。
そして―――。
――――あの頃の小さな僕が見上げる 空は本当に広かった
――――好きな人をこの手で 守れると思っていた 本気で
――――どうして背が伸びない それが悔しかった
ここまではわたし独りで歌っていたが、ここから薔薇水晶のピアノが入ってきた。
メロディラインの流れを抑えつつも楽曲の外形がキチンとつかめる伴奏だった。
――――うん…これならとっても歌いやすい。
そう思った瞬間、シンバルや太鼓の音が聞こえてきた。
音の方を見れば、翠星石がドラムを叩いていた。
わたしは翠星石にありがとうの笑顔を向けた。
翠星石はそれに気付くと、少し赤くなった顔を背けた。もちろん叩くのは止めない。
それを見るとわたしはもっと心強くなっていた。
歌はまだ続く。
――――わがままをまだかわいいと勘違いしていたんだ ずっと
――――あきらめることなんて思い浮かばなかった ただ前を向いてた
――――でも…
水銀燈のギターと蒼星石のベースも入ってきた。
水銀燈はメロディに沿った単音弾き。
だけどこの人はそんな単純なことでは終らず、一つ二つの音を弾くと必ず邪魔にならない装飾音を付けてくる。
それがメロディと絶妙に絡んできてとても――――気持ちいい。
蒼星石はそれらのスキマを埋めるように確実に音を出す。
なるほど。頼りにされてる訳がよくわかる。
――――できないことばかりで 早く自由になりたくて
ここで四人の音が一つになった。
だからわたしは紡ぐだけだ――――この歌を通して出来たキズナ。
そして重ね合わせる――――わたしの未来へと繋げるこの曲と共に。
――――いくら手を伸ばしたって 届くはずのない 大きな大きな空
――――でも僕は何にも疑うことなく キレイな未来を信じてた
――――悔しいことがあると こらえ切れなかった 大きな大きな涙
――――でもあのときの僕の目は何より輝いていたと思う
最後の詞を切れ切れの肺から吐き出した――――終った…ッ!
歌えた。歌えたんだ、ちゃんと。
身体の内側から溢れる充実感に震えが止まらなかった。
両手で抑えても止まらない。
そんな時、後ろから――――。
「お疲れ様、雛苺」
蒼星石が抱きしめてくれた。
震えは――――止まった。
「アハッ……そうせいせき……」
抱きしめてくれている手を握った。とても落ち着く。
みんなさっきの演奏でかいた汗を拭いている。
「わりと楽しめたわぁ。見た目どおりの高音だったけど……いいんじゃなぁい?ねぇ翠星石」
急に振られた翠星石はビックリしてた。
「な、何でいきなり振るですかぁ……ま、まあチビ苺にしては上出来だったんじゃないですか?」
「……もっと……素直にね……なれたら……ね?」
「うるせぇですぅ薔薇水晶!」
「……怖い怖い……」
怒った翠星石は逃げた薔薇水晶を追いかける。狭い部屋の中をグルグル。
わたしと蒼星石はそれを見て笑った。
「しょうがないなぁ……翠星石!それぐらいにしときなよ」
「止めるなですぅ蒼星石!ここらで一辺痛い目みとく方が今後の薔薇水晶のため……ですぅ!」
すごい気迫だ、今の翠星石を止められるものはいない――――そう思っていたが、現状は意外な一言で変化した。
「止めたら不死屋で好きなもの買って「――――マジですかぁ!?」
すごい勢いで蒼星石の方を向く翠星石。
「マジ、だよ。だから……ね?」
「……わかったですぅ」
「じゃ、薔薇水晶と仲直りの握手」
「わ、わかってるですよ!」
翠星石は素直に右手を薔薇水晶に差し出し、薔薇水晶もまた素直にその手に重ねた。
「うんうん。やっぱりメンバー同士仲良くなくっちゃ!」
実は一番怖いのはわたしの隣りにいる人ではないのだろうか。
「――――で、終った?」
……忘れてた。もう一人怖い人がいたことを。
「真紅どうかな、雛苺の加入」
「……いいわ」
真紅の口から肯定の言葉が聞けるとは思わなかった。
わたしはビックリして何の反応もできなかった。
「確かに蒼星石の言うように、私もコーラスが欲しいと思う時もあるのだわ。メンバー誰もしてくれないんだもの」
「そういえばユニゾンとか掛け声みたいなコーラスしかしてないわねぇ」
「そっちの方が楽しいですぅ」
「…………うん」
「だから雛苺を入れることは転機になるかもしれない。僕はそう思うんだ」
「……そうね、そうかもしれない―――雛苺」
ボケーっとしてる時に呼ばれたから、ビックリした。
「なななな、何?」
「何をそんなにビックリしてるの…?まぁいいわ。いいかしら雛苺、あなたこれから私たちと一緒についてくる? それがどんなに困難で、逆風渦巻く世界だとしても―――あなたはついてこれる?」
最後の最後まで真紅は真紅なんだなぁと思った。
だからわたしは真紅が好きなんだ。こんな風に素直になれない彼女が。
「うん!ヒナはどこまでも真紅や蒼星石たち、みんなについていくのー!」
――――そしていつかみんなと肩を並べて、手を繋いで一緒に歩いていくの。
声には出さないで、心で呟く。
まだこの熱い気持ちは取っておこう。
わたしがみんなと同じ位置に立った時、その時初めて話そう。
その日まで今はまだ――――。
「わかったわ。私たちはあなたを歓迎する。ようこそ薔薇乙女へ……そして今後ともよろしくね、雛苺」
微笑みながら言った真紅の一言はわたしの胸に刻まれた。
そしてわたしはこの日薔薇乙女のメンバーになったのだ。
第三話 キズナを歌に END
最終更新:2006年06月29日 10:15