世界の色が変わった。いや、変わったのはわたしの方かな。
真紅たちのバンド「薔薇乙女」に入ってから、わたしは満たされた日々を過ごしている。
前みたいにみんなとお話するようになったし、色んな音楽や技術も教えてもらった。
水銀燈はよく怖いジャケットのCDを貸してくれる。
最初それを聞いた時は耳を塞いだ。はっきり言って騒音にしか聞こえなかった。
借りたCDを返しに行った時「どうだったぁ?」と聞かれたので、まぁまぁかな……と控え目な返事をした。
それが気に入らなかったのか。それから、じゃあコレは?コレは?と押し付けるようにドンドンCDを貸してくれるようになったのだ。
わたしが「もういいよ~」と言っても
「いいから聞きなさぁい。今度こそあなたも気にいるから……フッフッフッ……」
CDを渡した後、怪しげに笑いながら去っていくのが恒例になりつつある。
ちなみに今日借りたCDはデトロイト・メタル・シティ「SATSUGAI」――――と書いてある。
「―――ッ!……またデスメタル……ハァ」
みんなが貸してくれたCDは一通り聞いている。水銀燈のだけ二回目はないけれど。
好みで言えば真紅と蒼星石のCDが一番聞きやすい。二人ともメロディが強いものを選んでくれたみたい。
コーラスもとってもキレイ。濁ることなくキレイに分かれている。そのハーモニーはまるで声の奇跡。
こういうのが手本になるでしょ―――と真紅が言ってた。
あと蒼星石も言ってたっけ。
「とりあえず僕たちがカバーやコピーした曲が入ってるCDにしたから。いっぱい聞いて練習してね。
でも、他にもいい曲があるんだよ。例えばね―――」
それから小一時間ほどのそのアーティスト談義を聞かされた。
一気に知識を詰め込むとわたしは―――パンクしてしまった。
解放された時には足元がフラフラだった。でも家にはちゃんと帰れたみたい。
気づけばベットの中だったから。
とにかく!そんな風にわたしは薔薇乙女の一員として日々努力しているの―――たまぁにいらない手が入るけど。
うん!今日もわたしは元気!ましてや今日は“バンドメンバー”として“はじめて”の練習日。
だから気合が入らない訳がない!この日が来るまでこなしてきた練習はムダじゃない―――はず。
誰よりも早くスタジオに行こうと思い、ホームルームが終るとダッシュで学園を出た。
弾む息と心は早く早くと急かしている。
待ってよぉ―――わたしだって楽しみにしてるんだからぁ!
――――スタジオに着いたのはHRが終って二十分後。
すでにその前には数台の自転車が止まっている。なんで終ってすぐ走ってきた私より早く来てるのだろう。
どこか納得ができないまま中に入る。
あの時の店員さんが手を振ってくれた。
「こんにちは。みんなならいつものとこだよ」
「うん。ありがとうなのー」
言われたとおりの場所に向かう。
部屋にはすでに明かりがついていた。
わたしはいつも以上に元気よくあいさつをする。
「おはよー!みんな早いの―――アレ?」
部屋に入って見えたみんながどこか沈んでいるように見えた。
「うゆ……どうしたの水銀燈」
一番近くにいた水銀燈に尋ねてみたが、彼女は私をチラリと見た後、ハァ…っと小さく息を吐いた。
「ねぇ~みんなどうしたの~?」
みんなを見渡しながら声をかける―――あれ、真紅がいない。
この部屋の中には水銀燈、蒼星石、翠星石、薔薇水晶、金糸雀はいるが真紅だけいない。
「ねぇ真紅は?遅刻したの?」
この一言で見えない何かがこの部屋に満たされたみたいで、さらにみんなが沈んでいった。
「うぅ~いいかげん何か話してよ!練習はどうしたの!」
それを聞いて今まで黙っていた蒼星石が喋り始めた。
「……雛苺。今僕たちには“いいニュース”と“悪いニュース”の二つが舞い込んで来た―――どっちを先に聞きたい?」
いきなりの選択問題にとまどいを隠せない。
けれどあまりにも真剣な顔で聞いてくるので、わたしも真剣に考えて答えを出した。
「じゃあ……いいニュースからがいいの……」
「OK。それじゃ言うよ。僕たちのライブが決まった。今から一週間後のイベントに出演することになった」
驚いた。ホントにいいニュースだ。
「ホント!?」
「本当だよ。それじゃあ悪いニュースの方なんだけど―――真紅はそれに出られない」
驚くより先に耳を疑った。今蒼星石は何て言ったの?
「真紅は“喉”をやっちゃたんだ、みんなとの練習の後にやってた個人練習のやり過ぎでね。全快するまで今日から数えて約十日。とても間に合わない」
淡々と事実のみを語る蒼星石。
みんなは黙ってそれを聞いている。
みんなはもう―――知っていることなんだ。
わたしは知らなかった。
「そ、それでどうするの?ライブの方は」
「もちろん出るよ。真紅もそれを望んでいる。私の分まで楽しんできて―――掠れた声でそう言ってた」
蒼星石は合わせた両手を強く握り締めた。
あまりにも強く握っているからみるみる手が真っ赤になっていく。
「せっかく金糸雀が取って来てくれたライブなんだ。僕たちは真紅の意思を汲み取ってライブに出ることに決めた。 与えられた時間は機材セッティング込みで三十分。演れて五曲ってとこかな」
最後の言葉は水銀燈に投げかけた。
「そうねぇ。そんなとこでしょ……でも問題は―――」
水銀燈の言葉を引き受けるように蒼星石がそれに続く。
「そう、問題はボーカルなんだ。そのイベントは完全オリジナルの楽曲のみの参加を基本としている。 僕たちは今まで作った曲が丁度五曲ある。メンバー全員で作った曲が二つ、水銀燈が二つそして真紅の曲が一つ。そのうち四つは何とかできる。メンバー全員でフォローできるはずだ。けれど真紅の曲だけは―――」
「なんで“真紅のだけ”だめなの……」
「完全に真紅のボーカルに合わせた曲だからさ。誰もあそこまでの表現ができない。真紅だから可能……そういう曲なんだ」
蒼星石はそれっきり俯いてしまった。部屋には重苦しい沈黙で満たされた。
息が、できない。だからわたしは、さっきから考えていたことを切り出した。
「ねぇホントにその曲は真紅じゃなきゃ駄目なの?」
俯いていた蒼星石がこちらを向く。
「真紅が理想的なんだ。でもそれに迫る人がいれば、あるいは―――」
「じゃあヒナが歌う!」
その瞬間、全員がわたしを見た。
うわ、翠星石がわたしをかわいそうな人を見る目で見てる……。
「チビ苺……とうとうお熱が脳まで」
「むー!失礼なの、翠星石ぃ!」
「いや……だって……ねぇ?」
周りに同意を呼びかけた。けれど、誰も反応しない。
「どうしたですかぁ皆!チビ苺は明らかにおかしいこと言ってるですよ!?チビチビに真紅の代わりが務まるわけないですぅ!」
立ち上がって再び呼びかけるが―――また誰も反応しない。
「どうしてみんな」
「翠星石、落ち着いて。君の言いたい事もわかる―――けど頼れるのは雛苺しかいない」
蒼星石は断固した口調で翠星石を嗜める。
「でもぉでもぉ……」
「……翠星石……蒼星石のお話……聞こ?」
薔薇水晶がほんのり泣いている翠星石の頭を撫でながら慰める。
それを横目で見て蒼星石が話し始めた。
「さっきも言ったけど頼れるのはもう雛苺しかいない。だから真紅の曲は雛苺に歌ってもらいたい―――僕はそう考えている。
皆はどう思ってるか、分からないけど」
それ以上言うことはない―――そういう雰囲気を出して蒼星石は口を閉じた。
少しの沈黙のあと、水銀燈が口を開いた。
「私はそれでいいわよぉ。雛苺が歌うの。別に反対する理由がないものぉ」
それに続いて薔薇水晶も。
「……私もそれで……いいと思う……雛苺は……きっと期待に……応えてくれる……と思う」
金糸雀もまた。
「カナはまだヒナの歌を聞いたことがないから何とも言えないかしら……。
でも、メンバーがこう言うならそれを信じるのもマネージャーのお仕事かしらー!」
ドンドン出てくる賛成意見についに翠星石も折れたみたいだ。
「ああ~もうわかったですぅ!チビ苺をボーカルにして絶対今度のイベントを完全無欠完璧にこなすですよ―――だから雛苺!!」
「な、なに?」
「お前も死ぬ気で頑張れですぅ……この一週間で真紅に負けるとも劣らないボーカルになるですよ!」
素直じゃない翠星石がわたしに激励してくれた。
うれしいなぁ。ちょっと涙出そうだ。だけどそれは今は違う。今は―――。
「うん、ヒナがんばるのよ!真紅にも負けないぐらいになるの!アイト―アイト―!!」
――――大きな声でみんなの期待に応える決意を示す。
それが今出来ること。
「それじゃあ練習しよう!あと一週間しかないんだからね、急がなきゃ」
蒼星石はみんなを急かせるように決意を言った。
「ここからはオリジナル一本でいこう。他の曲のことは一旦忘れて。それぞれの完成度を高めていく……みんなそれでいい?」
一応確認を取ったがそんなものは必要なかったみたい。
みんなその言葉に大きくうなずいている。もちろんわたしだって。
それから機材のセッティングは速やかに行われた。
歌うのはわたしと水銀燈。水銀燈が歌うのは彼女の曲が多いというのが理由だ(メンバー全員の曲はわたしと一緒に歌う)。
そしてわたしは全曲のコーラスに加え、真紅の曲を歌う。
それらの曲はあらかじめ渡されていたから覚えていた。
毎日耳にタコができるくらい聞いたから。
わたしもマイクのセッティングをして準備はOK。
『さぁやりましょうかぁ』
そう言う水銀燈の目の前にはマイクをセットしたスタンドがある。
いつもは真紅の目の前にあるのが当たり前だったから、その姿はやはりちょっと不自然に見えた。
『ひぃなぁいちごぉ~あなたぁ聞いてるのぉ?』
「ひぃえぇ!?」
突然のスピーカー越しの大きな声にビックリして耳を塞いだ。
「い、いきなりはヒドイと思うの……」
『ぼぉっとしてるのがいけないんでしょう?練習するわよぉ。はい!マイク持つ!』
ムッとしてわたしもマイク越しに『わかってるのよー!』
『元気だけは相変わらずねぇ……曲は“Strange New World”から行くわよぉ』
ストレンジ・ニュー・ワールドは水銀燈が作ったタイトなリズムでリフが重く激しい曲だ。
水銀燈らしいと言えばらしい曲。これも真紅はすごい気迫で歌っていた。
コーラスパートも多く、サビなんかほとんど入ってる。
もらったCDには水銀燈と真紅が歌っていた。
それでは水銀燈がコーラスだったけど今は真紅のパートで、私が水銀燈のパートを歌うのだ。
ドキドキしてきた。
落ち着け、わたしの心臓。
落ち着かせようと思って深呼吸をした瞬間――――『行くわよぉ。1、2、3―――』
最終更新:2006年06月29日 09:29