毎年恒例のクリスマスソングがTVで流れ出す頃。
復帰した水銀燈をくわえ金糸雀がギターからキーボードに転向し真紅達のバンドはより迫力と深みのあるサウンドをだすようになっていた。
12月23日にある薔薇女子高創立記念祭まであと2日、真紅達は最後の追い込みにかかっていた。
「金糸雀ァ、この借りてたレスポール返すわぁ」
「えぇ、創立記念祭が終わるまではイイのかしら」
「どうしたの水銀燈?貴女はそのレスポールを気に入ってたんじゃ?」
いつもの物置にちかい存在の音楽準備室で水銀燈は借りていたレスポールを金糸雀に返すと嬉しそうに笑いながら自分のギターを取り出す。
「実はァ~前からこれ買って持っていたのよォ~。なかなか言い出せなくてねぇ~。ギターわァ、私のスキなフライングVよォ~」
「あッ、マイケルの次はランディーローズかしら~」
「誰ェ?そのランディーローズってェ~?黒に白い水玉模様が気に入っただけよぉ。私のことランディーなんて呼ばないでぇ、恥ずかしいわァ」
蒼星石は落ち着き払った態度で練習の用意を始める
「でも仕方ないよ。だってそれランディーローズモデルだよ水銀燈」
翠星石もゲラゲラ笑いながら話にくわわる。
「ランディーですぅ。今日から水銀燈のアダナはランディーなのですぅ」
「だぁからァ、誰よ、そのランディーってェ~?」
真紅はため息をつきながらそれぞれを見渡し厳しい口調になる。
「期限までは残り少ないのだわ。翠星石もドラムのセッティングをしなさい。ほら、そこのランディーもチューニングはできてるの?」
「えっ。いま何て言ったのぉ~・・真紅ぅ~!」
その日は水銀燈をランディーと呼ぶか呼ばないかでモメて練習にならなかった。
創立記念祭まで後2日である。
「昨日の非生産的な話し合いで時間が全くなくなってしまったのだわ。練習時間は今日だけよ!この記念祭で連中に私達の音楽を認めさせてやるのだわ!」
真紅の言葉にメンバー全員が力強くうなづく。
この薔薇女子高は芸術関係に力をいれており大は吹奏楽部を始め映画音楽や古いポピュラーミュージックを専門に演奏するバンドからジャズバンドまで存在し真紅達のような少人数のロックバンドなどは他の連中からは下に見られ、いわゆる落ちこぼれあつかい、色物あつかいであった。
「今回は奴等の曲をそのままロックでヤルですよッ、翠星石達ロックバンドでもヤレるってとこを見せ付けてやるですぅ」
以前に水銀燈と金糸雀が協奏したチャイコフスキーのピアノ協奏曲を聴き、それにヒントを得た真紅と蒼星石は今まで見下していた連中と同じ土俵上でロックを出し、連中を驚かせる案を思いついた。
そのために水銀燈が加わってからの約2ヶ月間、真紅は水銀燈にギターを教わり、雛苺は金糸雀にキーボードを教わりそれぞれがある程度の音と必要なテクニックを何とか会得し昨日が最終音合わせのはずだったのである。
明日の記念祭のために資材を運び出され空き室に近い状態になった音楽準備室で真紅達は明け方まで音を出し続けた。
時には怒鳴り声、その直後には決まって軽やかな笑い声交じりで・・・・。
賑やかな人々の声と移動の音に混じりベ-トーヴェンの交響曲が聴こえてくる。そのメロディーに薄っすらと目を覚ます真紅。
(ん?あら、眠っていたのね・・この曲は第4演奏部が出てるのね、私達の出番はまだまだ先なのだわ)
そう思いながら真紅の目はまたゆっくりと閉じていった。
その後、水銀燈や翠星石、蒼星石、雛苺、金糸雀も交互に目を覚ましてはまだ出番ではないと解るとそのまま眠ってしまうのを繰り返した。
「うぅ~ん・・今何時かしらぁ~?」
雛苺に寄りかかり眠っていた金糸雀はゆっくりと首を壁にかけられた時計のほうにむけたあと絶句した。
「キャ~・・・ヤバイかしらァァァ~!」
となりで眠っていた雛苺がその大声で起きる。
「うぅ~ん、何なの~金糸雀ぁ?ヒナはまだ眠いの~」
「みんなを叩き起こすかしらッ。カナ達の出番はもう過ぎてるかしらァ!」
昼の3時を大きく回りステージの上では最終組が演奏を終わり拍手とともに礼をしていた。
そのステージの裏では真紅と創立記念祭実行委員が向かい合っている。
「寝過ごしたのは私達のミスだけれど出場できないと言うのは納得できないのだわ。私達も同じ薔薇女の生徒よ!」
成り行きを見ていた水銀燈が1歩前に出て冷めた目付きでニヤリと笑う。
「聞き分けのない子は嫌いよォ~、何ならジャンクにしちゃうわよォ?」
最終組がステージ裏に引き下がると同時に真紅達がステージ上に現れる。
ステージから見るとほとんどの生徒は席を立ち帰ろうとしている。なかには真紅達を見て不思議そうな顔をしているもの、色物あつかいされているバンドをみて薄ら笑いを浮かべる者も見られた。
セッティングを急ぐ真紅達。その間も人々は席を立ち始め出口に向かっていた。
(急ぐですぅ、このままだと誰も居なくなるですぅ・・・)
いち早くセッティングを終えた真紅が金糸雀から借りたレスポールで一定のリズムを小さな音で出し始める。
その音に気付き帰ろうとしていた人達がふり返りステージの真紅達の存在に気付く。
その間も翠星石、金糸雀はまだセッティング中であった。
真紅が出す一定のリズムに水銀燈のギターがまるで管楽器のようなトーンで入ってくる。そのメロディーを蒼星石のベースが支える。
帰ろうとしていた人の動きが止る、そして席に着く者、そのまま出口に向う者とに分かれ始めたときにようやく翠星石のドラムと金糸雀、雛苺のキーボードが3人のメロディーに加わると曲のボリュームが途端に元気になり響き出し、水銀燈のギターがより大きなトーンをステージ上から体育館内に投げかける。
ロック風にアレンジされたラヴェルのボレロが響くと体育館から出て行った人の耳にも入る。
ボレロが中盤に近づき迫力が増すと帰りかけていた人達のほとんどが席に着き真紅達の演奏を見ていた。
ギターをボレロのリズムに乗せて弾きながら水銀燈はステージの前に移動しペダルを踏みトーンを変える。
それを合図に曲は唐突ワーグナーのワルキューレの騎行に変化する。
水銀灯は重厚な音の塊をステージから観客にむけて放つ、金糸雀はキーボードの下に隠していたバイオリンを取り出しギターを持つ水銀燈、真紅が立つステージ中央に弾きながら移動する。
レスポール、フライングV、バイオリンが並び迫力のあるウェルキューレの騎行をより攻撃的にアレンジした真紅達のメロディーは目の前の人達をひきつけて行く。
水銀燈はクルリと背を向けると雛苺と翠星石にウインクをする。
(次いくわよォ~雛苺ぉ! 翠星石、リズムは頼んだわよぉ~)
真紅はとなりでバイオリンを持つ金糸雀に顔を近づけ声に出さず口を動かす。
(いい?金糸雀いくのだわ。 1,2,3・・GO)
ワルキューレの騎行が終わるとしばらく翠星石のドラムだけが音を出しリズムを取る。
雛苺と金糸雀がサッと立ち位置を変えた頃にはドラムのリズムはゆっくりとしたテンポになっていた。
金糸雀がキーボードに手を乗せると翠星石がゆっくりと頭を動かし金糸雀に合図する。
(金糸雀、行くですぅ・・1,2,3、)
翠星石のドラムに金糸雀のキーボードが幻想的なメロディーを被せるとギターからマイクに持ち替えている真紅の声がそのメロディーに乗る。
真紅の透きとおった透明感のある声が館内を包んでいく、その声に雛苺の可愛くも優しい声が後を追うように続きやがて2人の唄が見事にハモっていきコーラスのような広がりを出していく。
いつしか館内には人があふれ、そのうちイスから立ち上がり真紅と雛苺が歌う「Adiemusの世紀を超えて」に体をスローモーションのように揺らしている人の姿も見られ始めていた。
曲が終盤に差しかかると真紅と雛苺の声のトーンが一段と高くなり館内の人々の間を風のように吹き抜けていくと曲が終わる。
館内がその余韻に浸る間もなく金糸雀がバイオリンを手にTime to say goodbyeのイントロを始めると雛苺は後ろに下がりキーボードに手をかける。
水銀燈は金糸雀の横に行き2人で悲しくも広がりのあるメロディーを展開していく。それに真紅の先ほどとは違った語りかけるような声が優しく流れ出し時にヴィブラートを効かし曲と歌に奥行きを出していく。
ドラムを叩く翠星石の声に出ない口が蒼星石に向かって言う。
(そろそろ行くですぅ・・ビシッとキメてくるです蒼星石!)
蒼星石はベースで静かなリズムを刻みながら真紅のとなりに行くと目で合図する。
真紅がそっと歌いながら蒼星石にマイクを手渡すと蒼星石のハリのある声が真紅に変わり館内を駆け抜ける。真紅は蒼星石が歌う間に後ろに下がり雛苺がドラムセットの脇に置いたマイクを手にし翠星石、雛苺、水銀燈、金糸雀を見渡し目と口で合図する。
(最高なのだわ、今この体育館の時間は私達の物よ。ねぇ、そう思わない?)
首を傾けて大きくうなずく翠星石、水銀燈と金糸雀は2人並んで笑顔で返す。
雛苺は顔いっぱいの笑顔になっている。それを確認するとマイクを持ち前にいる蒼星石に並び歌い出す。目を閉じ胸、いや心の中にある思いを乗せたその声は今までにない響きを出し館内の全てを満たし包み込む。
いつしか真紅達の演奏を聴いている人でもはやイスに座っている者はいなかった。
それは真紅達の音と声が1つの空間を支配した瞬間であった。
最終更新:2006年12月01日 16:19