「――――と、まぁ…これで終わりよぉ…この話は」
「それで、その女の子はその後どうなったの」
「さぁ…どこか気の合う仲間でも見つけてバンドでもしてるんじゃなぁい?」
「そうね…そうかもしれないのだわ」
「変なこと聞くわねぇ、あなたも」
「大した事ではないでしょ。でも、いいお話を聞かせてもらったのだわ――――ちょっと、そこの人!」
「は、はい!何でしょうか」
「この店で一番のスコッチを持ってきてちょうだい」
「わ、わかりました―――少々お待ちください!!」
少し待っていると、さっきの人がビンと新しいグラス二つと氷を持ってきた。
「お、お待たせしました!」
「ありがとう。ほんのお礼なのだわ」
そっとチップを握らせる。
「あ、ありがとうございます!それでは―――失礼します!!」
そのまま疾風のように去っていった。
「豪気ねぇ」
「当然なのだわ」
と言ってグラスを並べ、ビンを傾ける。
グラスの中はどんどん琥珀色の液体で満たされていった。
そして私の前になみなみと満たされたグラスが回される。
「さぁ飲みましょう」
「頂くけどぉ……どういった風の吹き回し?」
「気分がいいのよ、何だか」
「…そう。それなら遠慮なしに頂くわぁ」
「それでは――――」
示し合わせたようにお互いグラスを掲げ、そして―――――
「「乾杯」」
グラスを重ね、わずかに生じた音が耳に入るとグイっとそれを傾けた――――心地良い刺激が喉を焼く。
隣りは飲み慣れていないせいか、「うっ…」とうめいた後、しきりにむせだした。
「ゲホッ…ゲホッ…ゲホッ…!」
「あらあら大丈夫?」
「だ、大丈夫なのだわ…あなた…こんなの飲んでよく平気なのね…ゲホッ!」
「もう慣れたもの。あなたはまぁだまぁだお子ちゃまねぇ…」
すこぉし意地悪く笑って言った。すると――――
「私だってこんなの三時のティータイム前の食前酒なのだわ!!」
――――グイッ!
いきなりグラスの残りを一気飲みした。
馬鹿だわぁ……この子……。
案の定、数十秒後に完璧に潰れて机に伏してしまった。
「…うぅ…水銀燈…まちなさ~い…」
「もう……おばかさんねぇ……」
さて…行くか…。
酔い潰れた彼女と他の皆を置いて、そっと外に出た。
外は火照った身体には丁度いい夜風が吹いていた。
「気持ちいい…」
ホテルまで歩くのも一興かな…そう思うと、歩かずにはいられない。
こんな深夜に歩くというのも久しぶり――――あっ、そうか――――
「あの時以来だからか……」
昔を思い出してしまったことに少しだけ後悔した。
その後は、そのままうつむいて歩き続けた。
何も考えずにただ―――夜を―――歩く―――歩く―――――
歩き始めてどれくらい経ったか。
少し息が上がってきたので少し歩調をゆっくりにする。
呼吸を整えるついでに――――上を見上げた。
「――――空って遠いなぁ……」
呟いた言葉はすぐに風にさらわれていった。
何気なく周りを見渡してみると―――――どこか見慣れた風景。
「あれ…ここって…もしかして…あそこに入ったら…」
目の前にあった見落としてしまいそうな小さな路地に入る。
「やっぱり…じゃあ…この奥に―――――あった……」
見覚えのある看板が――――見えた。
その下の扉には『CLOSED』の札がかかっている。
それを無視して私はノックをした。
―――コン…コン…
すると間もなく「カチリ…」と鍵の開く音がして、扉が開いた。
「はい、こんな時間にどちらさ――――ぎ、銀…ちゃん…かい?」
「お久しぶりねぇ…白崎さん」
「―――ビックリしたよ。こんな遅くに誰が来たんだって開けてみたら、銀ちゃんだもの」
「こんな夜遅くにごめんなさい。近くまで来たから懐かしくて……・こっちもまさか開くとは思っていなかったわぁ」
「ついさっき槐の作業が終った所なんだ。もう彼は二階で寝てる。これで昼まで起きないね―――はい、これ」
手渡されたのは暖かい紅茶だった。夜風に冷えた身体にはありがたい。
「……おいしい」
「上手だね」
「嘘じゃないわぁ。とても暖かくて―――身体も、心も―――優しくておいしいって言ってるわぁ」
「流石、人気ロックバンドのギタリストが言うことが違う」
「―――知ってるの?」
「この辺で知らない人はいないよ。だってここは銀ちゃんが生まれ育った場所じゃないか」
「そう…そうよねぇ」
おかわりを入れようとしている白崎さんをじっと見つめる――――やっぱり歳をとったんだなぁ…白髪が見え隠れしてる――――
「僕の顔に何か付いてる?」
「ううん、そうじゃなくて……白崎さんも歳をとるんだなぁって思ったの」
「ハハ、そりゃそうだよ。あれから十年も経ってるんだから」
白崎さんの何気ない一言で空気が凍りつく音がした――――ような気がすることに―――するったらする!
「それ…あまり面白くないわぁ。キレが落ちたわねぇ、白崎さん」
「イヤイヤ……これは手厳しいな。そっか…もう十年経ったんだよね…」
「そう…もう十年ね」
「今だから―――いや、銀ちゃんだから言うんだけれど。僕はね―――めぐちゃんが好きだったよ―――もちろん一人の女性として」
「うん―――わかってた」
「やっぱり…お見通しだったか…」
「気づかない人はいないわぁ。槐さんは…わからないけど」
それを聞いて白崎さんはイジワルそうに笑って
「こう言っちゃ悪いけど、槐はそういったこと――――ニブいから」
と言った。
それを聞いた私も堪えきれず――――笑ってしまった。
二人でアッハッハの大笑い!
近所迷惑にならないかな―――と頭をよぎったが、ここは完全防音だから大丈夫だということを思い出して大いに笑ってやった。
――――それから五分程笑いっぱなしだった――――合間に白崎さんがさらに笑わせにくるから、流石に腹筋が痛い……
私が落ち着いて冷めた紅茶を飲み干した時、白崎さんが席を立とうとした。
「どうしたの、白崎さん」
「ちょっと待ってて。いいモノ持って来てあげるから」
そう言い残して奥に引っ込んで行った。
私はお茶のおかわりを頂きながら白崎さんを待っていると、意外と早く戻ってきた。
「お待たせ!」
と言って手に持って来たのは、古ぼけたソフトケース。
「―――それ」
「十年ぶりのご対面……ってやつかな」
ケースのジッパーを下げて取り出したのはあのギター――――黒に限りなく近い蒼をしたレスポール・カスタム――――
「あの日以来欠かさずメンテナンスはしといたよ。いつかまた君がこの店に来る日を祈って…」
「私が来なかったらって考えなかったの?」
「君は絶対また来るって信じてたから。そして君は今ここにいる」
「思惑どおり―――って奴?」
「いやどちらかと言うと―――必然、かな。さぁ…今度こそコレを受け取って」
白崎さんは私にギターを差し出した。
私は黙ってそれを―――――受け取った。
「―――ありがとう。今まで待たせてゴメンナサイ…」
「それを楽しむのも人生さ」
「今日の白崎さん……何だか昔よりマジメだね」
「好きな子の前では道化になるのが僕なのさ」
「それは持論?」
「もちろん」
「今、好きな人とかいないのぉ?」
「あれだけ好きになった人はそうはいないよ。ま、当分恋愛はお休みってことで」
白崎さんは少しだけ寂しげに笑った。
ああ、この人は本当にめぐのことが――――
「それじゃ…私、そろそろ行くわぁ」
私はギターをケースに戻し、立ち上がる。
「そう…気をつけて帰りなよ――――大丈夫だと思うけど」
「ひどぉい。女の子扱いしてないわよぉ、その発言」
「ごめんごめん」
「イーっ、だ!!」
扉を開け、出て行こうとしたら、あの時みたいに恭しく頭を下げ――――
「私ども、お客さまのまたのご来店を心よりお待ちしております―――今度来る時はめぐちゃんのレスポールも持っておいで。 完璧な調整してあげるから」
と言ってくれた。
私は振り返り、微笑みながら――――
「はい―――また来ます…本当にありがとう…じゃ、またね―――」
最終更新:2006年05月10日 21:59