「――――わかったわぁ…」
めぐの一言で私はそれ以上何も言わなかった。
言えなかったというのが正しいのかもしれない。
彼女はもう――――
ベッドからケースを引き出しギターを取り出した。
私は窓に腰掛け、チューニングを始めた。
チューニングの間二人とも無言だった。
私はチューニングに集中し、めぐは中空に視線を向けている。
その口元には微笑みを絶やさない。
そして――――チュ―ニングが終わってしまった。
準備が出来てしまったギターを抱え、私はまだ――――迷っている。
私が一曲弾き終わったら―――――めぐが本当に目の前からいなくなる。
二度と笑い合えない。
二度と手を繋げない。
二度と一緒に歌ったり出来ない。
二度ともう―――――私たちは―――――逢えない。
そう考えてしまうともうダメだ。
身体の芯が震えてきた。
それは徐々に伝播していき、細胞すらも畏れにひれ伏す。
やっぱりだめだよぉ……私は……私は……
救いが欲しかった。逃げ出したかった。
私はめぐを見た。
めぐも私を見ていた―――――笑いながら。
それは―――――全てを赦してくれる聖母のような―――――微笑みだった。
―――――ああ…前に見たのと同じだ…そうだわぁ…あれで…私は…救われたんだからぁ…だから…今度は…私が!!
震えは―――――止まった。
臆病な私はめぐの笑顔に弱いみたいだ。
我ながら……と苦笑する。
「何がおかしいの?」
めぐが私の顔を覗き込んでくる。
「ううん…何でもないわぁ。それじゃあ……いくわ」
めぐは無言で肯き、目を閉じる。
それはきっと―――――私の音を逃がさないため。
鼓膜に、記憶に焼き付けるため。
私を――――忘れえぬように。
――――フゥ…
私はそれを横目で見て、一息吐き出す。
そして―――――ゆっくりと―――――ストロークを始めた。
弾き出したのは、簡単なローコードで構成された曲。
昔、私は教えてもらったそれで幾つかの循環パターンを作った。
遊びでそれにメロディを付けた。
調子が乗れば即席で詞も乗せたりもした。
けれど今は、遊びじゃない…。
めぐに伝えたいんだ――――――私の気持ちを……!!
“変わらぬ想いを 探してみたくて 夢の中でも アナタの面影を”
――――最初は小さく
“目で追い つかまえようとしたけれど もう今は 背中しか見えない”
――――徐々に大きく
“バランス崩れて 重たいカバンが 邪魔になった ただ ただ引き摺り”
――――かき鳴らすギターから
“いつかは死にゆく 運命(さだめ)だとしても 離せない光に 焦がれてゆく”
――――零れるメロディと
“ああ それでも アナタの歌声が 揺れて 包み込んで”
――――私の詞(ことば)が
“誰もが通る 悲しみの果て そんな風に 笑えるのなら”
――――重なり合って
“誰かのために 照らし 導くような光となる”
――――輝きだした
“そう 誓った”
――――これは、
“ねぇ 笑って…それだけで”
――――あなたのための
“ねぇ 歌って…いつまでも”
――――シフクノ、オト
Illust ID:jPTspcOH0 氏(23rd take)
――――そして、最後の一音を弾く。
出した。全て出し切った。何の惜し気もなく出してやった。
私の――――めぐへの――――想いを――――
めぐは、うつむいていた。
少し肩が揺れて―――――――泣いてる!?
めぐは泣いていた。急いでめぐに駆け寄る。
「めぐ、どうしたの!?」
「――――何でもない……何でもないの……」
「何でもないって……だって、泣いてるじゃない」
「人はね……嬉しくっても泣くんだよ。水銀燈、さっきの歌はあなたが作ったの?」
「うん……曲とメロディはあったけど……詞は頭の中で思ったことがブワッて出てきて、それで…そのまま言っただけなの」
「そう…やっぱり水銀燈は天才ね」
「わ、私はそんなんじゃないわぁ」
「ううん、そんなことない…私ね、さっき唄ってくれた唄――――好きだよ」
何の照れもなく言ってくれた。
言われた本人は――――――すごく…恥ずかしい…。
「ほ、褒めたって何も出ないんだからね!」
赤くなった顔を隠すようにそっぽを向く。
「ウフフ~照れちゃってぇ。カワイイ♪」
「からかうの禁止!」
「あらあら、うふふ」
それから時を忘れて話をした。とりとめのない話ばかりだったが、とても楽しかった。
それからしばらくして話疲れたのか、私はいつのまにか眠ってしまった。
眠っている間、頭を撫でられている感触があった。
その感触で私の意識はゆるやかに落ちていく。
ぼやけた意識の中でこんな言葉を聞いた。
「本当にありがとう……大好きよ……水銀燈……じゃあ―――――またね」
――――目を覚ますと隣りにめぐはいなかった。
隣にはレスポール・カズタムしかいない。
私はそれを抱き寄せた。伝わる冷たい木の感触―――――それが心地良かった
もう――――涙は流さない――――
そう心で呟き、私はギターを丁重にしまった。
身体に積もったほこりを払い、部屋を出た。
カギをかけ、掌にのこったそれは―――――持っていくことにした。
――――――――これも彼女だ。
Illust ID:/XdsPL/d0 氏(24th take)
アパートを出ると回りは朝靄に包まれていた。
私は思いっきり朝の空気を吸い込む。
――――スゥゥ……ハァァ……
そして吐き出す。頭がとてもクリアになる。
「――――よし…!」
一声呟き、私は歩き出す―――――右手にギター、左手に大切な思い出を持って―――――
最終更新:2006年05月08日 23:21