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―――もう、何も考えられない。
―――もう、何もしたくない。
―――もう、何もいらない。
―――私はただ、めぐに逢いたい……。

もう涙は流さないって決めたのにガラス球が潤み始めた。
声は―――出ない。
すごく悲しいはずなのに何故だろう…?
泣き叫びたいのに…全て忘れてしまいたいのに…こんなに苦しく胸が痛むのなら、いっそ狂ってしまいたい。

私は眠れぬままベッドに横たわっていた。
部屋の中は時計の針が等間隔で刻む音で満たされている。

カチ…カチ…カチ…カチ……の花が……カチ…カチ…いたよ……カチ…カチ…

時計の音に混じって聞き覚えのある歌が聞こえた―――気がした。
「もう…止めてよぉ…」
私は耳を塞いだ。

―――――めぐ、めぐ、めぐ、めぐ、めぐぅ…あいたいよぉ……。

弱い私が出てくる。止めて。今出てこられたら、本当に私は―――

カチ…カチ…からたちは畑の垣根……カチ…に咲いてる……

―――――――!

聞こえた。
確かに聞こえた、めぐの歌が……どこから?何で!?
私はベットから出て耳を澄ました。
どこだ…どこだ…どこから聞こえる?
窓を開けてみた。夜風が部屋に入り込んでくる。
冷えたそれは私の足元を撫で、そして―――――聞こえた…めぐの歌が!

 からたちの花が咲いたよ 白い白い花が……

考えるより先に身体が動いた。
ドアを開け、階段を駆け下り、玄関を出た。
後ろでママが何か言っていたようだが、そんなのは知るか!
私は歌に導かれるように走った。
さっきまで力なんて入らなかったのに、嘘みたいに走っている。

―――――今は何も考えるな…!


 からたちの棘はいたいよ 青い青い棘が刺さったよ……

歌がだんだん大きくなってきた。近づいている証拠だろうか。
気がつけばそこは、あの公園だった。
歌声は部屋にいた時より大きい。
けど、ここにはめぐはいない。

「ハァハァ―――めぐ…どこなの?」
呟く声に力はない。
足を止め、周りを見渡す。そこには静寂しかなかった。
いつもなら聞こえるはずの虫の声や切れかけた電灯の発信音も聞こえない。
「何これ、静かすぎる」
まるでここが世界から切り取られ、閉鎖された空間のようだ。
それでも歌声だけは聞こえる。
「いけない…集中しないと」
今はそれどころじゃない――――再び耳を澄ませてた。
目を閉じて歌の居場所を探る。

―――――めぐ…どこにいるの…め――――あっちか!

歌声がより強く聞こえる場所を見つけた。
私はそこに向かって走った―――走った――――走った―――――そして辿り着いた。

そこは―――――めぐのアパート。
しかも歌は一番奥にあるめぐの部屋から聞こえてくる。
私は……覚悟を決めた。
走り疲れた足にもう少し頑張ってとエールを送り、部屋の前まで進んだ。
その瞬間―――――嫌なくらい歌が私に響いてくる。

――――――この中に―――めぐが…いる!

あの日から肌身離さず持っていたカギを差込み、
――――ゆっくりと――――左に――――動かした。

カチッ……

いつもの乾燥した無機質な音が廊下中に響く。
カギは開いた。
あとは―――――開けるだけだ。
私はドアノブに手を掛け、一気に引いた。

ドアを開けると―――――歌が止んだ。
中を覗くと月の光が窓から射しこみ、部屋の中を柔らかく照らしていた。
その窓の近くに――――――めぐが――――いた。
壁に寄り添うように座っていて、眠っているようにも見える。
初めて逢った時に着ていた白いワンピースが、窓から零れた月の光を浴びて輝いている。


光をまとっためぐは――――――とても綺麗で―――――まるで天使みたい。


「――――めぐ」
とても小さな声で呟いた。

その小さな声が聞こえたのか、めぐのまぶたがゆっくりと開いた。
ぼんやりとした目でこちらを見ている。
「あっ…水銀燈だぁ。おはよう」
寝ぼけた声であいさつをしてくる。
いつものめぐだ、私の好きな―――――めぐがここにいる。
「めぐ…めぐ…めぐぅ!!」
私はめぐを抱きしめた。力の限り強く、強く。
服越しでも伝わってくる彼女の体温は―――――とても暖かかった。
「痛いよぉ…水銀燈。もう少し力抜いて…」
「――――え…あっ…ご、ごめんなさい!」―――――バッ!!
急いでめぐから離れた。
けど、手を伸ばせばすぐ届く。その程度の距離しか離れなかった。
何故そうしたのか、今なら解る―――――怖かったから。
私からちょっとでも離れたら、めぐが消えてなくなってしまうと思ってしまったからだ。

「めぐ…あいたかった」
「私もよ、水銀燈。歌ってたらあなたがここに来るかもと思ってたら…本当に来ちゃった」
はにかんで笑うめぐ。
私も――――笑いたかった――――けど笑えなかった。
「水銀燈…?どうして泣いているの?」
「―――――え」
頬に手を当ててみる――――――冷たい。
知らない内に、私の両頬には涙の道筋が出来ていた
「あれ…どうしてかなぁ…あれ、なんで、涙が…」
拭っても拭っても溢れてくる涙は止まらない。
「―――――なんでなんでどうして」
顔がグシャグシャになる。
めぐに逢えて嬉しいのに、こんな顔を見せたいわけじゃないのに…!
急に恥ずかしくなった私は、めぐに背中を向けた。

―――――――――ガバッ……

背中を向けていた私にめぐが後ろから肩にかかるように抱きしめてくれた。
それはまるで純白のショールをかけられたみたいに――――――あれ?これって……確か夢で――――
「――――ねぇ、めぐ聞いてくれる?」
かけられた腕を掴みながら私はあのことを話してみようと思った。
「……何?」
「私ね、夢を見たの―――――」

以前見た夢の話をした。
私が夢の中で不思議な雪に埋もれそうになった時、後ろから何かが私を包み込んだ。
その何かに包み込まれた感覚が今めぐに抱きしめられた感じに似ている。
そしてそれは私に「―――――ごめんね、水銀燈」と名前を呼び、
「―――ごめんなさい…約束、守れなくて」と言い残して消えてしまった。

―――――――話が終わると部屋の中は沈黙で満たされた。


「ごめん…変な話をしちゃって。でもね、今、私を抱きしめてくれてるめぐの暖かさが似ていたの…夢の中のそれに」
「――――――よかった」
よかった……何の話だろう?
「よかった…ちゃんとあなたに届いたんだ―――――よかった」
「めぐ?」
「水銀燈、夢の中のそれは私よ」
「それって……」
「死ぬ前に私はあなたに逢いたいと願った。遠くで暮らしている家族や友達よりも。私はあなたに逢いたかった――――私の天使に。
 そして意識が消えた時、私は不思議な所にいた。」
「……………」
「そこにあなたがいて…雪に埋もれそうなあなたを暖めたくて後ろから抱きついた。そして――――後はあなたも知っているとおり。
 水銀燈、私ね――――もうこの世界にはいないの」

めぐが最後に言った言葉で世界が、歪んだ。
膝から力が抜ける。
座り込む私に合わせてめぐも座る。抱きしめられたままで。
「アハハ…めぐは…嘘が下手ねぇ…」
力なく笑う。
「嘘じゃないわ」
冷静なめぐの言葉は私の心に深く突き刺さった。
「だって嘘じゃないッ!めぐはここにいて、私を今抱きしめてくれてるじゃない!!」
思わず語気が強くなってしまったが、今の発言は許せない。
それを聞いてもめぐはあくまで静かだった。
「あのね、水銀燈。私は神様に"おまけの一日"をもらったの…夜が明けると私は―――――「嘘だッッッ!!」
聞きたくない。そんな残酷な宣告は聞きたくはない。
「止めて…聞きたくないよぉ…止めてよぉ…めぐぅ…」

「ごめんね…水銀燈」
めぐはまた泣き出した私を強く抱きしめた。
私はその腕に強くしがみついた。

部屋を満たすのは私の泣き声だけだった。
めぐは黙って私を抱きしめている――――――そしてめぐは、ポツポツと喋りだした。
「私ね、心臓に厄介な病気を抱えていたの。あなたに出逢う…ずっと…ずっと前から」
これ以上絶望に突き落とされることはないと思っていたが、運命の神様というものがいるなら、
それは――――子供のように無邪気で残酷なのだろう――――そう思った。
「この前の二人で槐さんのお店に行ったこと憶えてる?」
当然だ。忘れるなんて出来ない――――まさか…あの時――――
「うん、そうなの。あの時発作が起こって……最近なかったから安心してたけど、やっぱり無理してたらガタがくるのね。
 そしてあなたに背負われてる時、思ったの…私はまだ死にたくない…ううん、死ねないって思った」
めぐは一つ一つを噛み締めるように吐き出す。
「あなたと一緒に歩いて行きたい、一緒に笑ったり、怒ったり、悲しんだり、喜んだり…イロトリドリノセカイをあなたと共にいたかった。
 だから私は生きたい、と願った――――けど…」


一拍区切って息を飲む。そしてまた―――――

「ねぇ水銀燈…私は死んでしまったことは後悔していないわ。だってあなたに出逢えたんだもの。それだけで私は満たされたよ…ありがとう」
めぐは私の背中に頭を付けて言った。
―――――きっとめぐは笑ってるんだ。とても優しい笑顔で。だけど、私は――――笑うことは――――出来ない。
「めぐ…もう逢えないの」
「お別れだけど…サヨナラじゃないよ。私たちはきっとまた逢える。だから私をまた見つけてね……」
「めぐぅ…何言ってるのか…分からないわぁ」
「――――約束よ」
「何よぉそれぇ…」
本当に自分勝手なことばかり言って…でもそんな彼女が私は、好きなんだ。
「めぐ…私…本当にあなたが好きよ…」
「うん…私もだよ…水銀燈…ねぇ、ギター弾いてよ…私のために」
そう言ってベッド下のギターケースを指さす。
「―――――いいの?だってアレは――――」
「水銀燈ならいいよ。だから、ね…」


最終更新:2006年05月06日 22:45