~18時46分 同リビング・食卓~
「「「いただきます(です/かしら)」」」
そう言って手を合わせた次の瞬間、両者は同時に動いた。
がきり、と衝撃音。続いて、ぎしぎしと何かが軋む音。
蒼星石は自分の箸をとるのも忘れ、あっけにとられてその様子を見ていた。
大皿に盛られたから揚げの上空で、翠星石と金糸雀が繰り出した箸の先端が打ち合い、すさまじい力で拮抗している――。
「な、んの、つもりかしら、翠、星石・・・?」
ぎしぎし。
「それは、こっ、ちの、セリフ、ですぅ・・・!」
ぎりぎり。
箸に込める力は一瞬も緩めず、2人は血走った視線を合わせる。
「『やる気』・・・と見て、いいんですね・・・?」
翠星石が問う。
「そいつぁちょっと、違う、かしら・・・」
対する金糸雀の返答に、翠星石はわずかに眉をしかめる。疑問の表情。
しかし、続く金糸雀の発言に、
「『やる』と思ったときには、行動はスデに終わっているかしら・・・!!」
ぎぃっ、と、頬も裂けんばかりの笑みを浮かべる。
それは戦いを前にした戦士の表情。相手の首を斬り、血をすすることでのみ癒される渇きの笑顔だった。
――上等!!――
無言のまま、双方は合意を得る。
このとき、戦いの火蓋は切って落とされた。火蓋って何だろう。そんな疑問をさしはさむ余地すら、無かった。
1人とり残された蒼星石が、無駄とは知りながらも、言う。
「ふ・・・2人とも・・・・・・・・・・・・・落ち着いて」
閃光が奔った。
「カナカナカナカナカナカナカナカナッ!!」
「ですですですですですですですですッ!!」
まるで不可視のエネルギー体に憑依されたかのような勢いで、2人は箸を繰り出した。
しゅばばばば、がき、がき、がきん。しゅばばばがき、しゅばばばきん。
箸が空を切り、ぶつかる音だけが周囲を支配する。火花さえ散っているように見えるのは眼の錯覚だろうか。
試しに手を出してみると熱かったのでやはり現実だろう。認めたくない。
「ちょ、翠星石!!いったい何個から揚げを食べてるかしらーッ!?」
「てめぇは今まで食べたパンの枚数を覚えているのかですッ!!」
「質問を質問で返すなかしらあっ!!疑問文には、疑問文で答えろと、学校で教わったかしら!?」
「ああ、話が噛みあってない」
蒼星石の発言にも耳を貸さず、2人の戦いは燃え尽きるほどヒートしていく。
2人は相手より一つでも多くのおかずを自らの腹におさめんと闘っていた。
金糸雀は意地とプライドをかけて。
翠星石はそのような意志を余裕で捻りつぶす王者としての威信をかけて。
今や2人の手の動きは肉眼で捉えられないほどにまで加速していた。
箸がぶつかる度に、『ズギャーン』とか『ドッギャーン』とかいう効果音が鳴り響く。
蒼星石は、眼前の光景をどこか遠い視点で見ている自分を発見した。
まあ、慣れるしね。
そう自分に言い聞かせる。
それは非現実を目前にした人間の、最後の精神防衛機構。
人はそれを現実逃避という。
まだ何も口にしていなかった蒼星石は、目に見えて無くなっていく卓上の料理を前に、
「・・・・・お米って、おいしいなあ」
これだけは唯一不可侵の、自らの茶碗によそられた白米を、一口77回噛みしめることしかできなかった。
~17時31分 同キッチン~
「うぅ・・・うぇ、ぐぉぉぉぉ・・・」
泣いていた。
金糸雀は乙女泣きに泣いていた。
包丁を動かす手を休め、ぐしぐしと目をこする。そうしていると今度は鼻水まで出てきた。ティッシュペーパーを箱ごと持ってきて2,3枚を引っ張りだす。
「大丈夫?金糸雀・・・」
金糸雀の横でフライパンを温めていた蒼星石が声をかける。
「こ、これしきのことでくじけるカナじゃないかしら。体内の水分が全て出てしまうまでにはこいつらをギッタギタに、いやみじん切りにしてやるかしら」
そう、憎むべき玉ネギは大玉があと6つ。
決して少ない数ではないが、勝機はある。
そのように金糸雀が戦況を分析していると、リビングの方から声が上がった。
「あーひゃひゃひゃひゃひゃ、こいつぁ傑作ですぅ!」
金糸雀のこめかみあたりで血管がぴきりと音を立てた。
こちらがこれほどの苦しみを味わっているというのに・・・!
金糸雀は後ろを振り向き、諸悪の根源へとありったけの殺気を込めた視線をなげかける。
「げらげらげらげらバーニハー、ですぅ」
そこには、先ほどまで蒼星石が横になっていたソファに寝そべり、超リラックスした姿勢でお笑い番組なぞ鑑賞中の翠星石がいた。
「おのれ・・・絶対こっちの神経を逆なでするためにお笑いをチョイスしてるかしら・・・」
だとすればその試みは成功していると言えるだろう。
だん、と金糸雀はいらだちのままに包丁を振るう。
まな板の上では、哀れな8個目の玉ネギがまっぷたつに切断されていた。
夕食をともにする条件として、金糸雀は料理の手伝いをさせられていた。
翠星石は普段なら自らが担うべき役割を今夜の客人に丸投げし、一発目から、
「まずはこれをみじん切りにするです。全部」
数量2ケタにおよぶ玉ネギを刻むという苦行を強いたのだった。
蒼星石としては客人にそのようなことをさせたくなかったのだが仕方がない。
翠星石に逆らうことができる者がいたとしたらよほどの命知らずかまともな判断力を失った人間だけだ。
・・・金糸雀は時々両方の条件を満たすことがあるが。
「くぁー、水泳ゴーグルを要求するかしらー!」
その金糸雀が声を上げた。もはや涙腺の限界である。
玉ネギを刻むこと10秒で目が痛くなる。また鼻水。おかげで先ほどからちっともはかどらない。
その訴えに、居間の翠星石が不精不精という感じでテレビから視線を外して言う。
「そんなもんねーですよ。だけど金糸雀ー、知ってたですか?そーゆーときは一切れ鼻に入れるといーんですよ」
「ほ、ほんとかしら!?そーゆーことは先に言って欲しいかしら!!ではさっそく・・・」
ぷす。ぷすり。適当な切れ端を取って、両方の鼻の穴にさしこむ。
「むっふっふ、これでカナは最強よー!くしゃみ鼻水せき頭痛よ、永遠におさらばかしらー!!」
「それ風邪の症状・・・」
蒼星石がつっこむ。
「同じようなものよー!では早速・・・」
玉ネギの残りを、と言いかけたときだった。
「って、金糸雀!?何をして・・・!?」
「ふぇ?」
自らの作業に集中していた蒼星石が、金糸雀の行為に気づいたときには遅かった。
突如先ほどまでに倍する刺激が金糸雀の涙腺を叩いた。鼻の奥に何かが突き刺さるような感覚。
「! ! !」
こらえる間もなく涙があふれ出た。目に痛みともかゆみともつかない、それでいて強烈な刺激。
続いて鼻水。濁流と言ってさしつかえない。重力にひかれ、鼻の吸引力などものともせず、一気に顎までも流れさる。
金糸雀は声にならない悲鳴をあげ、鼻にさした玉ネギのかけらを吹き飛ばしながら翠星石のもとへと一瞬で駆け寄った。包丁を持ったまま。
「だーまーじーだーがーじーらー」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!ほんとにやるですか、普通!!」
高笑いにて応じる翠星石。
金糸雀は怒りの度合いをを示すかのように手にした包丁をひらめかせた。
*
「次はこれをすりおろすです」
出てきたのは立派な自然薯だった。
「・・・・・」
目前の芋をただ憮然として見つめる金糸雀。それもそのはず、
玉ネギの件において本気の怒りを見せた金糸雀だったが、わずか2分の間に翠星石による壮絶な粛清を受けて撃沈、言うことを聞かざる得ない状況なのだ。面白いはずも無い。
「何ですかその目は。また○○○されたいですか?」
「いっ!?」
反射的に身体の一部を手で押さえる金糸雀。つい先ほどの恐ろしい記憶が戻ってくる。
「それとも×××がいいですかねぇ、アレは実にいー反応でしたけど」
「おおぅ!?」
今度は別の場所をガードする。アレは・・・アレだけはもう二度とごめんかしら。
Illust ID:vznFrcp/0 氏(27th take)
「わかったわよぅ・・・やればいいんでしょやれば・・・」
手作業を命じられた。皮をむいてすりこぎですりおろすのだが、当然かゆい。
「か・・・かかかかかかゆいかしららららら・・・・」
そのかゆさはこれまでに経験の無いものだった。
よせばいいのに途中で芋を持つ手を変えたりしたためにそのかゆさは今や両手からのダブルパンチ。
正直、たまらない。
「か・・・かゆ・・・!うま・・・!!」
あまりのかゆさに手をゾンビのように掲げて回転する金糸雀の前に、
「大丈夫ですか金糸雀ッ!山芋のかゆみには、このお酢を一気飲みですぅ!!」
どん、と翠星石が純米酢の大瓶を置く。
「す、翠星石!駄目だよッ!!」
さすがに黙っていた翠星石も制止にかかる。
「た、助かったかしら!ではさっそくぐび」
が、かゆさのあまり判断力が低下した金糸雀は勢いよく酢の瓶を掴むと、腰に手をあてて一気に飲み干し始めた。
「あそれ、ちょっといーとこ見てみたい、ですぅ♪」
翠星石がそれにあわせてはやし立てる。
ごっく、ごっく、ごっく・・・
「あ、ああ・・・」
見る間に減って行く瓶の中身を見ながら、トイレに結婚指輪を流してしまったかのような表情を浮かべる蒼星石。
終末は遠からずやって来た。
ぶふぉ。
金糸雀は、盛大に、吹いた。
松田勇作もびっくりの吹きっぷりだった。
そして被害者は1人だけではなかった。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!信じるなですぅ!!」
翠星石の哄笑が響き渡る中、
「・・・・・」
蒼星石は頭から酢を滴らせて呆然と立ちすくんでいた。
「うえふぉ!げふぅぉ!!のばふぉ!!!」
一方金糸雀は盛大にむせながらも怒りの形相で翠星石に飛びかかった。
「ぶふぉふはひぼらぽぱー!!」(解読不能)
しかし翠星石はあっさりと身をかわすと、勢いあまって床に倒れこんだ金糸雀の頭をふんづけた。
「あらあらぜぇーんぜんこりてない様子でぇすねぇ~。こいつはおしおきが必要ですぅ」
両手の指を怪しく蠢かせながら、悪魔の表情を浮かべる。
「むぎゅ・・・ひ・・・いや・・・やめて・・・かしら・・・」
這いつくばる金糸雀の首筋に手がかかった
『――――――』
絶叫が響き渡った。
最終更新:2006年07月12日 16:30