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薔薇乙女がステージに現れると手拍子と床を踏み鳴らす音は一気に歓声に
変わる。雛苺がニコニコと笑顔でステージから手を振りその歓声に答える。
歓声の中で翠星石がスティックを振り下ろし太い振動をステージから
投げかけると金糸雀のレスポールがイントロを弾き薔薇水晶のキーボード
がリズムを加速させていく。
マイクを持つ雛苺がステージでステップを踏みクルクルと回りながら歌う。
「Tried to make it bit~by bit on my own~♪」
歌う雛苺とぶつかりそうになる金糸雀はレスポールを高く上げて避ける。
金糸雀はそのままの体勢で雛苺のマイクに向かって声を出す。
「Tell your Father~?」
そして雛苺と金糸雀が声を合わせてマイクに向かう。
「Oh oh oh~No!!」
騒がしくも可愛い曲の後、一変して薔薇水晶のキーボードから
力強いピアノのイントロが始める。
それに翠星石と蒼星石のドラムとベースが入り骨のあるメロディーに
なっていく。
金糸雀のギターがチョーキングで緊張感を演出する。
今まで所狭しと動いていた雛苺はステージの真ん中でマイクを持ち
スポットライトの中にいた。

「貴女といた時間が懐かしい~、貴女との時間を季節が遠ざける~ 
叫んでも届かない歌声よ 風に乗って伝えて 貴女を見守る私の唄を~」 
この日の為に薔薇乙女達が作ったオリジナルの曲にライブハウスの中にいる
人達は息を飲み聴き入る。それは雛苺をはじめ薔薇乙女のメンバーの目に
薄っすらと光るものを見つけたからである。
この曲は先に夢を追いかけて戦っている真紅と水銀燈に向けた唄であった。
強い意志とそれを今は遠くで応援している、早く貴女と一緒に同じ時間、
同じ季節を過ごし同じ夢を追いかけたい。
そんな想いがこもった唄であった。
雛苺、翠星石、蒼星石、金糸雀、薔薇水晶、彼女達の想いは唄になり、
音となり遠く離れた東京に向かっていった。

薔薇乙女がステージから想いを音に乗せて歌っている頃、ホーリエのマスター
が軽やかなタッチでAutumn Leavesを弾き始める。
ピアノの上で軽やかにタップを踏むように動く指先から躍り出るメロディーは
聴く者を瞬時に音の世界へと誘い迷い込ませてしまう。
テーブルでモスコミュールを口にしていたオディールの動きが止る。
「凄いデス。まるでビル エヴァンスのようデスね・・・」
「ビルなんとかはぁ、知らないけどぉ~。私も始めて聴いた時は身震い
したわぁ~。ねぇ真紅」
「えぇ、ジャズもこうして聴くとカッコイイものなのだわ」
その後、マスター達の演奏はTake Five、Work Song、Left Aloneと続くと
ピアノを弾くマスターが真紅達に向かって手招きする。
「わ、私はイイよぉ、ほらオディール、真紅ちゃんと水銀燈ちゃんと
行ってきてよ~」
ノリはマスター達の圧倒的なジャズの世界に飲み込まれていた。

真紅、水銀燈、オディールがホーリエに設けられたライブスペースに行くと
常連客達から拍手が出る。ベースを弾くビール腹の男は軽くウインクし
真紅達を歓迎する。
水銀燈がギターで静かにイントロを弾き出すとドラム、ベースもゆっくり
としたメロディーラインを展開していく。
「When a man loves woman~!」
真紅のハリがあり空気を響かすような声とオディールの透き通るような
繊細で甘い声が見事に融合しホーリエの中を広がっていく。
Percy SledgeのWhen a man loves womanを歌い終わると同時にマスターの
ピアノが悲しく響くとホーリエの中は物音が消えたかのように静まり返る。
真紅は目を閉じマスターのピアノに合わせて声に力を込めて歌い出す。
「Some say love~ it is a river ~That drowns the tender reed~!」
もの悲しく、そして美しいくも強い想いを乗せて唄う真紅の声はホーリエの
中にいる全ての人々の胸に突き刺さり深く入り込んでいった。
目を閉じてバランタインを傾けたまま薄っすらと涙の滴を流す姿も見られる
ほどの真紅の声はそのままオディールが入りより深くより遠く、より大きく
広がっていった。
その響きはネオンが灯る東京の片隅で夢を追いかけ生きていく
少女達の魂の声だったのかもしれない。
今夜の真紅と水銀燈には遠く離れた仲間達からの贈り物が届いた。
そんな一夜であった。

                    *

ホーリエのジャズライブが終わるとそのままホーリエ店内で打ち上げが
始まる。真紅とオディールは常連客に囲まれ、歌をリクエストされている。
ノリはその横でマスターと話をして笑っている。
水銀燈は楽しくその光景を見ながら携帯を手にしていた。
「もうメグぅ~、どうして来なかったのぉ~?今夜のライブは凄かった
のよぉ~。真紅とオディールの歌でェ、泣いてる人も居たのよぉ」
「ゴメンねぇ水銀燈。ちょっと夏カゼをひいたみたいでね」
水銀燈が携帯でメグと話している横を40歳前後と見られる一人の男が
通り過ぎ、常連客に囲まれて笑っている真紅とオディールに話しかける。
「オオォォ~ッ」
突然、真紅とオディールを囲んでいた常連客から驚きと歓声が沸き起こる。
口に手を当て驚くオディール。同じく驚きの表情でオディールを見つめる
真紅。
メグとの会話を終えた水銀燈は何が起こったのか解らない。
しばらく事の成り行きを見ているとオディール、ノリ、真紅が手を取り合い
喜びあっていた。水銀燈の視線に気付き、真紅が足早に近寄る。
「凄いのだわ、凄いのだわ。オディールが決まりそうなのだわぁ」
「ちょっと真紅ゥ、落ち着いて話なさいよォ、訳わかんなァ~い」

水銀燈の横を通り過ぎていった男はN’sレーベルのスカウトマンであった。
元々ジャズ好きな彼は以前からホーリエのジャズライブの噂を耳にしていた。
始めて入ったホーリエ、そこで目にした真紅とオディールの唄。
特に彼の目を引いたのは真紅ではなく繊細で透き通るような声を持った
オディールであった。
「じゃ、詳しい話は後日に連絡します」
男はそう言い名刺をオディールに差し出すとホーリエから出て行った。
「モウ、信じられないデス」
オディールは外人らしく胸で十字をきりながら喜びと驚きを表している。
その横で今にも泣き出しそうなノリ。そのノリの肩を笑顔で軽く叩く真紅。
それを見ていた水銀燈も喜びと驚きはあったが素直にはなれなかった。
「どうしてオディールなのぉ?なぜ真紅じゃないのぉ?」
そう誰にも聞かれないような小声でつぶやいた。
その後、スカウトの話は本格化していきオディールだけではなく
ラプラスそのものをN’sレーベルから売り出す話が浮上していた。
梅雨も終わり本格的な夏が始まるとオディールを中心としたラプラスは
大学の夏休みを利用して本格的な音楽活動に入る。

毎日のようにスタジオとライブハウスが続くラプラス達は忙しく睡眠時間を
削りながらも充実した日々をすごしていた。
その頃、真紅と水銀燈は自分達の曲を作りつつも変わらない日々を過ごす。
真夏の夕暮れは遅く、バイトが終わった真紅はまだ汗ばむ太陽の熱が残る
通りを抜けて駅の近くにある大型スーパーマーケットに向かう。
「早く行かないと特売のタイムサービスを逃してしまうのだわ」
ここ2週間ほど水銀燈のギャンブル運が低下し真紅達はかなりの節約を
強いられていた。
「卵も、お塩も、お野菜も、お肉も・・・買ったのだわ」
両手に大きな袋をブラ下げた真紅は買い残しがないか小声で確かめながら
マンションに向かっていると駅の人込みの中からアコースティックギターと
どこかで聞いた声が耳に入ってくる。
(まぁ、誰かと思ったらジュンなのだわ。ジュンもギター弾けるのね?)
ノリの親戚であるジュンは意外と真紅と水銀燈が住む場所からそう離れて
いないアパートで一人暮らしをしていた。
そのためノリと時々ホーリエに顔を出したり2回ほどノリ、ジュン、巴、メグ
、水銀燈を交えて飲みにいったこともあった。
真紅はしばらく足を止め通り過ぎていく人込みの後ろからジュンを見ていた。
誰もジュンの唄に足を止めない。それでも目を閉じ歌うジュン。
(旨いとは言えないわね、音が微妙にズレているのだわ)
そう思いながら真紅も通り過ぎていく人込みに紛れて帰っていった。


最終更新:2006年05月23日 00:29