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「ただいまなのだわ」
重く大きなスーパーの袋を床に置きながら言うと奥からは水銀燈ではなく
懐かしい声が返ってきた。
「お帰りですぅ~真紅ぅ~!」
「お帰りなさいかしらッ!」
突然の声に驚く真紅だがすぐに表情は大きな喜びとなる。
「寂しいだろうと思ってワザワザ来てやったですぅ~
ありがたく思いやがれですぅ」
「もう、真紅に会いたかったかしら~」
翠星石と金糸雀は真紅に飛びつき3人は抱き合い再会を喜んだ。
「来るなら連絡しなさい。もう、驚いたのだわ」
「驚かすために黙って来たのかしらぁ」
「来たのは2人だけなの?」
「そうですぅ、薔薇水晶は受験勉強中ですぅ、ラプラスと同じ有栖川を
狙ってるですぅ」
「チビ苺は成績がヤバイから補習で今日も明日も学校かしらぁ」
「蒼星石は東京に行くならお金も必要とか言い出してバイト中ですぅ」
「ウフフフフ、今夜はパーティよぉ真紅ぅ」
タバコを咥えた水銀燈は笑顔でビールをすでに飲み始めていた。
真紅、水銀燈、翠星石、金糸雀の奇妙な一夏の共同生活が始まった。

その夜は再会の喜びの後、すぐに4人は音楽の話になっていた。
翠星石達の高校生活は相変わらず音楽漬けであり、一時薔薇乙女を解散し
ライブに出ない時間を練習にもっていき、かなりのオリジナル曲を作っていた。
それが入ったテープをデッキに入れる。
飛び跳ねるような軽快なロック、重く圧し掛かるような攻撃的な曲、深い
悲しみが叫ぶようなバラード、恋にトキメクような可愛いメロディー。
「どうかしら?カナ達も曲をたくさん作っているかしらッ」
「へぇ~、ヤルじゃないィ~。さっきの曲に私が作ったぁフレーズを
入れると面白いかもぉ~」
テープを巻き戻すと水銀燈が曲に合わせて東京に来て間もない頃に
浮かんだフレーズを合わせていく。
「うわぁ~、イイかしらぁ~!この感じ、最高かしら~」
「えぇ、これはいいのだわ。この感じで他のもヤッてみるのだわ」
4人にとって音楽、ロックは離れていた時間を一瞬にして別れる以前に
巻き戻していた。いつものスタジオ、音楽準備室、時には翠星石の家で
の会話がそのまま東京の真紅と水銀燈の部屋で始まり時間も忘れてその夜
はいつまでも冗談と笑い声が部屋を満たしていた。

                    *

珍しく水銀燈は朝早く目を覚ましリビングで寝ている翠星石と金糸雀を起こす。
「今日はァ、特別にぃ。私の職場に連れて行ってあげるわぁ~」
「真紅も行くかしら?」
「真紅はゆっくり休ませてあげなさァい。今日は久しぶりのバイト
休みなんだからぁ~。さぁ行くわよぉ」
「水銀燈の職場ってドコで何をヤッてるですぅ?」
「イイからぁ~来てのお楽しみよォ~。興奮するわよ~」
真紅は久しぶりの睡眠をとり昼過ぎにベッドから起き上がる。
東京案内に連れて行く。との水銀燈が書いたメモを見ながら真紅は
遅い食事を取り久々の休日を過ごす。
「来やがれですぅ、そこですぅ、行け行けなのですぅ~!」
「きゃ~、カナのはダメかしらァァァ!」
3人はJRA場外馬券所で水銀燈の指導のもとで初めての競馬を経験していた。
「来やがったですぅ~。やったのですぅ~!!」
「ウフフ、えらいえらい翠星石。これで今月は乗り切れるわぁ~」
「水銀燈のお仕事はエキサイティングかしら~」
翠星石が万馬券を奇跡的に仕留めた頃、真紅は水銀燈が隠していた
ヘソクリを見つけるとそのままポケットに入れ部屋を出る。

久しぶりの休日に真紅は17歳の女の子らしく服やアクセサリーを見て歩く。
時に高校の制服を着た同年代の女の子を横目で見ながらもショッピングを楽しむ。
(まったく水銀燈ったらお金がないとか言ってたくせに)
真紅の買い物は夕暮れ近くまで楽しみ両手に袋を持ち駅に着く。
(あら、またジュンはヘタクソな歌を唄ってるのだわ)
相変わらず道行く人々はジュンの唄が耳に入らないかのように通り過ぎて
いく。
時には足を止める人もいるがすぐにジュンの前から消えていった。
「だからぁ~、君に会いたい~。僕はいつも君を想っているから~」
ジュンが唄い終わり顔を上げるとそこには真紅がジュンの前で座り聴いていた。
「あっ、えぇ~と。ノリの友達の真紅?」
「そうよ、貴方の唄を聴いていたのだわ」
「そ、そう・・・で、僕の唄ってどうなのかな?」
「ヘタクソよ。それにギターのチューニングも少しズレてるのだわ」
「はっ、はっきり言うね・・・ハハハ」
「かしてごらんなさい」
真紅はそう言うとジュンからギターを取り上げてチューニングを始める。
それを見るジュン。2人の姿を灯り出した街の明かりが照らし、昼間の熱が
残るアスファルトに真紅とジュンの影を作り出していた。
Illust ID:VhxItIWD0 氏(28th take)

真紅はチューニングが終わると軽くギターを鳴らしてみる。
「チューニングしてあげたのだから荷物を持って頂戴」
「えっ?」
「聞こえなかったの。荷物を持って頂戴」
ジュンはギターケースと真紅の服やアクセサリーなどが入った袋を
両手にもちフラつきながら真紅と並んで歩く。
「ジュンの唄はただ大声を出してるだけなのだわ。あれでは誰も
聴いてくれないのだわ。ジュンはなぜ歌うの?」
「お前、言いたいほうだいだなッ。歌いたいから唄うんだよ。そして
いつか僕だってノリのように夢を実現したいんだ・・・」
幼い頃ノリと同じ街に住んでいたジュンは親戚、同じ年の幼馴染でもあり
ノリとは兄弟のように育った。いつしか中学にあがる頃には巴、メグとも
知り合い、流行りの曲をコピーするバンドが自然と出来上がっていた。
そのバンドが出来て半年もしない頃ジュンは東京に引っ越してしまった。
ジュンは別れ際にノリ、巴、メグと約束をしていた。
「いつかプロになって世界を飛び回ろう」
その約束はいつしか形を変えて今、ノリ達はラプラスとして
着実に夢に向かって進み出していた。
それを近くで見ていたジュンはいつか自分も、いつかノリ達と
同じステージ、同じライトの光の中で、と思うようになっていた。

「そう・・・それがジュンが歌う理由なのね?」
「うん・・・お前も歌ってるんだろ?真紅の唄う理由は何だよ?」
そう聞かれると真紅はしばらく黙りこみジュンと歩幅を合わせ歩く。
真紅とよく似ているジュンの唄う理由。仲間との約束、仲間との夢、そして
真紅が強く思い描いている未来の薔薇乙女達の姿。
「私も貴方と同じ。仲間との約束と、私達の夢のため」
そう思いながらも真紅はそのセリフが言い出せないまま2人は真紅と
水銀燈が住むマンションに続く昔ながらの商店街にさしかかると
真紅の口がゆっくり言葉を確かめるように動く。
「私の歌う理由は簡単なのだわ」
「何だよ、その簡単な理由って?」
「私の歌を聴いてくれる人がいるからなのだわ!」
そう言うと真紅は小走りでジュンの前に出るとジュンに向かって
右手でマイクを持つ仕草をし、やや前かがみになる。そして左腕
を大きく広げてこう叫ぶ。
「さぁ、私達の音に酔いしれるのだわ!」
薔薇乙女でいつもヤッていた真紅お決まりのポーズとセリフ。
夜空で淡い明かりを放つ真夏の満月が人通りの途絶えた商店街に
真紅がとるシルエットの影を落としていた。


最終更新:2006年05月25日 00:54
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