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結局のところ、蒼星石さんの説明によって俺のろくでもない濡れ衣は剥ぎ取られた。
どうやら、奴らは俺が蒼星石さんを車で轢いた張本人と思っていたらしい。
ついでに彼女は俺にこの部屋にいる鬼達━━━もとい、他の少女達を丁寧に紹介してくれて、俺もとりあえず素性を明かすことにした。

『えーと、公立城東高校1年の夕波 直人です』
『へぇ……。そうなると、僕たちの方が1個上なんだ』

聞くところによると彼女らは高2らしく、蒼星石さん以外は同じ高校の友達らしい。
特徴ある薔薇刺繍のセーラー服。
俺にでも、すぐに解った。これは、俺んちの近くに存在する私立薔薇学園の物だ。
ということは、彼女らは薔薇学園高校の2年生ってことになる。

「そ、そ、そんなことなら早く言いやがれば良かったのですぅ!まさかこんなチビが蒼星石が庇った奴だなんて」
「……お前らが説明する暇すらくれなかったからだろ」
「こ、こいつ!この翠星石が千歩譲って謝ってるのに何て言い草です!」

……なぁ。誰が、いつ、何処で謝ってくれたんだよ。
てんで見に覚えの無いことばかり叫び散らしながら、翠星石とやらはさっきから俺をどつきまわしている。

「だいたいこんな犯人面の奴、蒼星石も見捨ててやればよかったんですっ!」

今、何気にさらっと怖いこと言ったよ。コイツ。
あのさ、俺は無実なんだってさっき証明されたんだぜ?なのに、何でまだ苛められなきゃならないんだろうな。
風船を針で突くように爆発しそうな心をどうにか落ち着かせて、俺はベッドに座っている蒼星石さんに視線を向けた。

「事故から助けて頂いて、本当に、ありがとうございました。あの、やっぱり治療費とかは俺が出しますから、だから」
「ええ。それのことなんだけど」

唐突に、隣に立っていた金髪の女の子が答える。

「いや、俺は蒼星石さんに…」

訊いてるんですけど、と続けようとする声を無視して彼女は言葉を続けた。

「さっきの医者に伝えるよう頼んでおいたはずだけど、治療費はもう別に構わないわ」
「は?」
「聞こえなかったのかしら?要らないわ、治療費」

………何故にそんなことをこの事件とは無縁で、他人であるコイツが決定できるんだ?
訝しげな顔で俺が金髪女の頭を見ていると、彼女も顔を上げてこちらを見返して来る。
凛とした目が、じっと俺を見据えた。

「真紅、よ」

別に訊いちゃいないし、あんたの名はさっき蒼星石さんから聞いたばかりだ。

「えっと、何で蒼星石さんの治療費のことなのに、真紅さんが……」
「少しだけ事情があって、とでも言っておくわ。とにかく。私たちお金持ちだから、そんな治療費なんて一向に構わないの」

そう言っていささか胸を張ったように見える姿からは、そんなセレブな雰囲気は一切しなかった。

「は、はぁ」

コイツらは、一体、俺に何が言いたいのだろう?
アレか。アレなのか。
ただ単に自分達が金持ちなことを俺に見せびらかしたいだけで、こんな部屋まで呼び出したんじゃ……。

「えーっと、それじゃぁ、俺も悪い気がするんだけど……」

慎重に言葉を選びながら、彼らの罠にはまることの無いよう口にしたつもりだった。
しかし、その俺の言葉を待っていたらしい。
ベッドの上に座る蒼星石さんが嬉しそうに微笑み、真紅さんと目配せを交わすのを俺は見逃さなかった。
胸の奥で言いようの無い後悔が灯る。

「あー、で、でも!別に俺が出来ることもあんまり無いよな!」

慌てて言い直すも、もう既に後の祭りだった。

「その代わりと言っては何だけど、ひとつ"お願い事"があるのだけれど。いいかしら?」

………来た。
両手の拳を握り締めて、俺は歯を食い縛る。
おそらく、ここからが本番だ。
ここでうっかり安易に"お願い事"を聞き入れてしまっては、何が待ち受けているのか解ったものではない。

「………どんな、お願いでしょう?」

恐る恐るそう呟いてみると、真紅さんは、嫌なことに改めて気づくような苦々しげな顔でため息をついた。
わけがわからず他の奴らの顔を見るも、皆同じような表情を浮かべている。
何か俺が悪いことをしたのかと思い、不安が頭をよぎった。
どうしたの、と尋ねようとした俺を察したのだろう、1人だけベッドの上で微笑んでいる蒼星石さんが口を開いた。

「あの、ですね。僕達の"バンド"の助っ人をお願い出来ませんか?」



━━━ば、バンドっ!?



目を白黒させながら俺が彼女の言葉を何度も反芻していると、制服の端っこをくいくいと引っ張られた。
か弱い力で引っ張るその人は、病室の前で立ち往生していた俺の目の前に最初に現れた薔薇水晶さんだった。

「……よろしくね……直人」
「は!?」

俺の制服を手にしたまま、彼女は顔を朱に染めて俯いている。
華奢で本気で抱き締めたくなるようなその仕草に、鼻血が垂れそうになるがここは堪えなくてはいけない。
そもそも、"バンド"?
助っ人?
な、何で、この俺が!?

「で、でも、俺!」
「ふふふっ。夕波くん、短い間だけどよろしくぅ~。私たち、男の人は初めてだから緊張しちゃうわぁ」

この銀髪女……よその誰かさんが聞いたら変な風に誤解しそうなことを言うなって。
コラ、そう思った傍から、適当に恥ずかしがる素振りしてんじゃねぇ。顔、赤らめるな。
というか、どうして俺が助っ人になることが決定してるんだよ!
勝手に突っ走り始めたお願いを、元に戻すべく俺は悲鳴のような懇願声を上げた。

「ちょっと待ってくれ!な、何で俺なんかが!?」
「だって、コレ……」

そう言って蒼星石さんが隣のデスクから取り出したのは、他でもない俺が今日買った音楽雑誌だった。

「直人君も買ったんだよね?僕、書店で偶然君が買うところを見てて……」
「……え、ええ、まぁ」

最悪の展開以外の何ものでもなかった。

「でも、これって、バンド向けの情報誌だから。直人君、バンドしてるんだよね?ちょうど良かったぁ。僕、右手が暫く使えないみたいだからライブにも出られないみたいで」
「……えーっと、"ライブ"?」
「うん、ライブ。と言っても、あと2週間もあるんだけどね。僕、これから練習出来ないみたいだから治ってもどうしようもないんだよ」

少しだけ哀しそうな顔で彼女は視線を逸らすが、すぐに笑顔に戻り、首を振った。

「それで……俺が?」
「うん、その通り!あ、パートは何処でもいいんだよ。ギターでもドラムでもベースでも。本当はベースならありがたいんだけど、そうじゃなくても他の皆がいろいろ楽器弾けるからね。頑張れば代わりは出来ると思うんだ。直人くんはいつも何のパートなの?」

期待に満ちた眼差しで彼女が、俺を見つめている。
他の女の子達も心なしか興味気な表情で、こちらをじっと見据えていた。
ガンガンと痛いくらいに心臓が暴れまわっていた。
俺だけを残して、世界がぐるぐると廻っているような錯覚。
足元が震えて、"その言葉"を本当に言っていいのかどうか不安になってくる。

「あの……」
「雛はねー!歌を歌うのが好きなの!」
「あの……」
「でもでも、雛苺は他に何も弾けないですぅ。全く、ドラムも弾けてギターも弾けるこの翠星石を少しは見習いやがれです」
「ひ、雛は歌だけを極めるんだからいいのっ!そんな翠星石みたいに中途半端にやってても進歩しないよーだ!」
「なっ!?言うにも事欠いてこの雛苺は何てことを言いやがるですか!」
「…………私……キーボード」
「まぁ、例え貴方がギターだとしても、私よりも上手いなんてことは考えられないわねぇ~。ふふっ」
「別に貴方がボーカルしたいなら問題は無いわ。そうね。いい機会だわ。私、他の楽器を試してみようかしら」

「あ、あのっ!!」

俺の大声が、病室一杯に響く。
潮が引いていくように静かになってゆく室内で、彼女達は驚いた顔で首を傾げていた。
言おうか言わないでおこうか、何度も迷った。
けれど、どうせいつかはバレることである。
誤魔化し誤魔化ししていけば、今よりもっと酷い事態に出逢ってしまうのは間違いない。

「実は……実は、俺!」






憧れていたんだ。
いつもライブハウスのステージの下から見上げることの出来なかった俺。
学校でも友達は全く"そんなの"には興味が無くて、結局、いつも『できたらいいなー』なんて言ってる妄想どまり。
そうして、いつしか音楽雑誌なんかを買って、知識だけを深めてゆく日々。
ギター。ベース。ドラム。その他の楽器。
そのどれもを練習、はたまた買うわけでもなく、雑誌を読みふけり自己満足に浸っていた。
そんなバカみたいなことを繰り返していたんだ。何一つ、自分から行動することをせずに。




「何も楽器弾いたことないんですっ!」




俺は、正真正銘のロックバンド"びぎなー"だった。


最終更新:2006年06月05日 11:00