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まず結論から言おう。
それでも俺は、彼女らのバンドに参加することを義務付けられた。
っていうか、もう拒否権は無かった。
あの後、 『楽器は何も出来ない、触れたことすらない』という俺の衝撃告白に全員が石化したのは言うまでも無い。
真紅さんに至っては本気で頭を抱えていたし、あの翠星石って女も傍らにある窓から飛び降りそうな表情で黙り込んでいた。
青ざめる蒼星石さんが本当に絶望的な声で、彼女らに声をかけた。

「ゴメン………どうしよう」

悩みに悩んだ末、彼女らが出した結論はやはり俺が助っ人としてバンドに参加することだった。

「ベースは、蒼星石しかやったことがなかったのよ」

真紅さんのその一言により、俺が受け持つパートも一瞬で決定した。
"ベース"。
正直なところ、ドラムがしたかったという言葉はここでは言わないことにする。
本気で殴られそうだからな……この雰囲気じゃ。

「大丈夫。初心者でも基本を覚えればね、ベースは簡単なんだよ。エフェクターやアンプなんかの機材は僕の使ってもいいから」

親切すぎて、感涙しそうな蒼星石さんからの激励の声。
その言葉全てを丁重に承りながら、俺は至極当然のことに気づいた。
そもそもの楽器、"ベース"についてだ。

「あの、ベースだけは自分で買いたいんだけどオススメとかありますか?」
「うーん、そうだね」

蒼星石さんは考えあぐねるように視線を宙に彷徨わせると、やはりこれしかないというように何度か頷いた。

「こればっかりは自分の目で見るしかないかな。お金は大丈夫なの?」
「えーと、まぁ。バイトでほどほどに貯めてて、5万くらいまでなら出せるかな」
「うん。それなら、全然大丈夫そうだ」

ようやく安心したように頬を緩ませる彼女。
何とかなりそうだよ、と呟くと真紅さんの方へ向き直り、意味ありげな表情を見せた。

「じゃぁ、真紅。そろそろ直人君に説明してあげて。今後のご予定を」

改めて真紅さん達に視線を移すと、一体いつからそんなことをやっていたのか、やたら大きな紙につらつらと何かを書きなぐっていた。
ものの3秒もしないうちに完成したのか、油性マジックのキャップを閉じながら、雛苺さんは、にししと不気味に笑う。
翠星石さんも含み笑いを顔面に湛えたまま、出したペンやらマジックやらを片付けていた。
全く……。今日ほど嫌な予感を感じる日は見たことが無い。

「さて、いいかしら?」

こくりと頷くのも待たずに真紅さんは言葉を続ける。

「まず私たちのワンマンライブであるVermilion Rosen Garden Partyまであと2週間しかないの」
「ばぁみりおん・・・ろーぜん・・・何だって?」

見知らぬ英語の羅列に戸惑う俺。

「Vermilion Rosen Garden Party。とにかく、そのライブまでに貴方には、蒼星石のベースを極限までに再現して貰わなければいけないわ」
「そんな無茶な……」
「無茶でもやるの。治療費を払う、ご両親に事故のことがバレるよりはマシでしょう?」

……鬼かよ。

「鬼よ。恨むなら貴方を轢きそうになった犯人に言うことね」

冷たく失笑しながら、鬼は翠星石さんが持つ先ほどの紙を取った。
ばらっと大きく広げて見せ、右端を薔薇水晶さん、左端を雛苺さんに持たせてマジックを指揮棒のようにして文字を指した。

「さて、これから今後の予定について詳しく話しておくわ」
「……どうぞ」

ああ……もうどうにでもなれ。

「逆算方式でいくわ。まずライブの2日前にリハーサルがあるから、実質、12日の間に完璧にこなさなくてはいけないの」
「じゅ、12日!?」
「ええ。それで、最後の1週間は私たちも貴方の音と合わせておきたいから、基本練習はあと5、6日程度で……」
「待った待った待った待ったっ!あと5日!?そりゃ、ありえないだろ。こちとらベースさえも触ったことの無いってのに」
「大丈夫。今日は木曜日だから、土日の休みがあるわ。その間、蒼星石と一緒に、付きっ切りで練習してもらうから。あなたの家でね」

聞き違いかと思い、尋ね返そうとするも言葉が詰まる。
そんな姿を見て、真紅さんは呆れたように首を振ってみせた。
傍観を決め込んでいたのか病室の扉にもたれかかった水銀燈さんも、くすくすと笑っている。

「ふーん。恥ずかしいのぉ~?」
「……え゛!?」
「はぁ……。いい?今は純情なあなたを構っている余裕は無いの。この際、目を瞑りなさい」

熱く火照り始める顔のまま、横目でちらりとベッドを見やる。
すると、そこにも同じく赤面し顔を伏せている蒼星石さんがいた。
ちらと目が合い反射的に逸らしてしまうと、その先には別の意味で顔を真っ赤に染めた翠星石さんの姿があった。

「い、いいですか、チビ!もしも蒼星石に変なことをやらかしやがったら、大変なことになると思えですぅ……!」

暗い殺意が沸々とみなぎっていた。
マジで人を殺せるんじゃないかと思うくらいに強い殺意だった。
全身が総毛立つのを感じながら、俺は慌てて真紅さんを見る。

「そ、それで?」
「ええ。それであなたは、明日にベースを含めて準備完了の状態にしておくことね」
「え?でも、俺」
「安心なさい。一緒に行って貰うから」

………はい?

「明日の放課後。そうね、午後5時頃にこの病院のエントランスに来なさい」

どうして、と言う暇も無く真紅さんは淡々と"それ"を告げた。

「蒼星石と2人でベース、選んで買ってきなさい」

………せめてもう少しだけ落ち着く時間が欲しかった。
完全に沈黙し、静止された病室の中。
窓の外からこの夏初めてのアブラゼミが鳴く声が、やけに虚しく響いていた。


最終更新:2006年06月08日 19:48