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いつもと変わりない朝、ベッドから抜け出した人々は朝のニュース番組を見る。
テレビの画面にはトレードマークであろうか、蝶ネクタイをしたキャスター
が声のトーンを落として話す。
「続きましては人気ロックグループ、ラプラスのギタリスト、柿崎めぐさん
がコンサートのリハーサル中に倒れ緊急入院しました。まだ詳しい発表は
されていませんが、ラプラスと言えば絶大な人気バンドだけに心配です。
さて続きましては同じく人気のバンド、薔薇乙女のファーストアルバム・・・」

タクシーが有栖川大学病院に着くとラプラスのマネジャーである山本が
駆け寄ってくる。
その姿を確認した水銀燈も同じように駆け寄る。
「メグはどうなの?」
「まだ詳しくは解りませんが、今も意識が戻っていません」
「メグはどこが悪いのですぅ?」
翠星石の質問に山本は答えにくそうに言葉を詰まりながら話す。
「それもまだ精密検査中なので、まだはっきりとは、ただ、MRI検査では
恐らく、脳ではないかと・・・」
脳、その言葉に立ちすくむ水銀燈の声はかすかに震えている。
「な、なによぉ~、脳ってどういう事ォ?」

ライブツアーの打ち合わせをしている真紅達の元に帰ってきた水銀燈と
翠星石は口数少なく真紅達の言葉に答える。
「メグの容体はどうだったの?」
「意識がなくて面会はできなかったわァ」
「なんでも、脳の伸縮がどうのこうのって言ってたですぅ」
「ラプラスはどうなるかしら?」
「新しい曲は録ってるから、それを出した後は未定らしいわぁ・・・」
言葉が続かない水銀燈に真紅は優しく語り掛ける。
「ねぇ、水銀燈。きっとメグは大丈夫よ。だって私達のレコーディングの
時でもあんなに元気に素晴しいギターを弾いてくれたわ、だからその内に
またメグのギターが聴けるわ。私はそう信じているのだわ」
真紅の言葉にうつむいていた水銀燈は顔を上げる。
「そうなの~。ヒナもそう思ってるの~。だからメグも水銀燈もガンバルの~
あいとー、なの~!」
そんな水銀燈の腕を握り笑顔で励ます雛苺の頭にポンッと手を置く。
「そうねぇ、メグがそんなことでダメになる訳ないわねぇ、きっと
明日の私達のォ、ライブに来てくれるわァ~」
「そうですぅ、だいたいチビ苺ごときに励まされる水銀燈のほうが
お終いなのですぅ~」

小雨がチラつく午後7時に薔薇乙女ライブツアーが始まった。
マスコミ以外の場でプロになった薔薇乙女が登場するのはこれが始めて。
薔薇水晶のキーボードが薔薇乙女の世界を展開させていくと、翠星石の
ドラムと蒼星石のベースはその世界に激しいリズムの雨を降らせる。
そこに金糸雀のギターが重いリフを叩きつけ、リズムの雨をより激しく
させていく。
その雨の中に水銀燈は一筋の雷鳴を轟かせ大気を引き裂くような雷を
落とすと、やや露出度の多い服を着た真紅と雛苺の声が広がり今や雷雨
と化したメロディーの世界を走り出す。
熱狂と興奮の嵐に心を奪われた人々の歓声がより一層、薔薇乙女のサウンド
を激しいものに変えていった。
その音と声の嵐が渦を巻いている頃、有栖川大学病院でメグは意識を
取り戻し、まぶたをゆっくりと開いていく。
見慣れない薄暗い部屋、ぼやけて見える天井、腕から伸びる点滴の管。
(ここはどこ?私はなにをしてるの?)
今の状況が掴めないメグは記憶を辿っていく。
(ノリのドラムと巴のベースに合わせてギターを・・・)
そこまでしか記憶がない、具体的な記憶があやふやであるメグは
薬のせいなのか緩やかな睡魔に誘われるように目を閉じ眠りの中へと
落ちていった。
            *

メグの意識が戻った。その知らせを聞いたのは薔薇乙女が西へと向かう
新幹線に乗り込もうとしている時であった。
「水銀燈~、いまね、巴から電話があったの~。メグの意識がもどったの~」
雛苺の言葉に水銀燈の顔には喜びと安堵の色が広がりつつも声には若干の
心配の色が隠されていた。
「で、どうなのォ、メグの容体?」
「ん~、巴も今からお見舞いに行くみたいなの~」
「大丈夫だよ水銀燈。メグさんは明るくて強い人だからきっと今頃は
巴さんと次の曲の話をしているさ」
蒼星石は水銀燈の不安を取り除くような笑顔を見せながらジュースを渡す。

             *

病室のドアがノックされると中からメグの声が聞こえる。
巴はゆっくりとドアを開け病室を覗くと、開けられた窓から入ってくる風に
長い黒髪を揺らしベッドに座るメグの姿が見えた。
「メグ~、大丈夫?」
「あっ、巴、ゴメンねぇ~。なんだか疲れが一気に出たみたい」
疲れ、その言葉に巴はできる限りの笑顔になる。
それは山本から知らされていた言葉。
「メグさんは脳の病の疑いが強い、まだこの事はメグさんには伏せていて
ほしい」
巴はその笑顔のまま雑誌のページを開きメグに見せる。
「これ、今日発売のヤツ。見て見て、ホラ、これこれェ」
そこには薔薇乙女のファーストアルバム、トロイメント収録の記事であった。
アルバムタイトルにもなっている曲にラプラスが参加した際の写真が大きく
掲載されている。
「本当だぁ~、これっていつ頃の写真だったっけ~?懐かしいわ」
いつもと変わらない笑顔で見るメグの口からはそんな言葉が漏れた。
(いつのって、それつい最近の・・・)
巴はそう思いながらメグを見つめる。
「フフフ、水銀燈。真紅ちゃんはオディールと一緒に写ってるわね、
それから巴の横にはヒ、ヒナ・・・」
言葉に詰まるメグ、そこまで出てきている答えが後一歩の所で消えていく。
雛苺の名前を思い出そうとするメグは何かが欠落している感覚を覚える。
その時、メグの目は雑誌の隅に書かれたインタビューをした日付を見つける。
「ねぇ巴・・・今日って何月の何日?」
「えっ?き、今日は・・・」
突然の予期せぬ質問に巴は戸惑いながらも答える。
「・・・そう」
巴の言葉を聞きそれだけ呟くとメグは雑誌の写真を見たまましばらく
黙ってしまった。
うつむき、雑誌の一点を見つめるメグの顔を、覗き込むように見る
巴。
「どうしたの、メグ?」
「ゴメン、今日は一人になりたいの・・・」
「ねぇ、大丈夫なの?ドクター呼んでこようか?」
「お願いィィ、今日は一人にさせてよ!帰ってェェェ!!」
メグの大声には涙が混じっていた。巴は何も出来ずにそっと病室の
ドアを閉めて出て行く。
(この写真って2ヶ月前のじゃない、なぜ思い出せないのォォォ)
何かが欠落している感覚はただの錯覚ではなく、実体を持った感覚として
今やメグの心と感情を重く押しつぶそうとしていた。
無くしてはならない記憶と思い出が消えていく、その不安のためなのか、喉の渇きを覚えたメグはベッド脇にある水の入ったコップを口に運ぼうとするが、コップを持つ手が自分の意思とは関係なく震え出し、水が零れ落ちる。
その水は広げられた雑誌に写っている笑顔の薔薇乙女とラプラスの写真を 濡らすと、水で滲んだ写真がボヤけていく。
それはまるでメグの失われつつある記憶と思い出のように。


ツアー中の薔薇乙女は行く先々で大きな話題と新たなファンを獲得し、
ラプラスが参加したアルバムタイトルと同じ曲名であるトロイメント
が新たに始まるドラマの主題歌に決定し、数ヶ月先にはシングル化される
ため、PV撮影も入り薔薇乙女は過密スケジュールの中にいた。
そのため、薔薇乙女はメグとは会えない時間が1ヶ月ほど続き、ようやく
ツアー最終地である東京に戻ってきた水銀燈はすぐにタクシーに乗り、
有栖川大学病院に向かう。
(ウソよ、そんなのウソに決まってるわぁ~)
ツアー中、断片的に入ってくるメグの容体についての情報をにわかに
信じられない水銀燈は東京の渋滞にイラツキつつ、先ほどノリと携帯で
話した会話を思い出す。

「今のメグは水銀燈ちゃんが知っているメグじゃないのよ、会うの
辛いと思うけど・・・でも水銀燈ちゃんと真紅ちゃんの事は覚えてる
みたいなのよ・・・」

薔薇乙女がツアー中、メグの病は信じられない速度で悪化していた。
病院側にしてもこの早すぎる症状に戸惑い明白な手を打てないでいた。

水銀燈を乗せたタクシーが病院に滑り込むように到着する。
「おつりはイイわァ」
急いで病室へと向かう水銀燈はなかなか到着しないエレベーターを無視し
階段を駆け足で登る。
メグの病室の前、肩を落としドアを閉めて出てくる巴と出くわす水銀燈。
「巴ェ、メグの病気って何なのォ?」
「よく解ってないけど脳血管性痴呆症らしいの・・・」
「何によ、ソレぇ~!?」
「う、うん。担当医に聞いた話なんだけど」
巴は水銀燈にメグの症状などを説明しだした。
メグは何度か体の異変があったが持ち前の頑張り屋精神と我慢強さが
アダとなり幾度かの自覚症状のない小さな発作を繰り返し、脳の神経細胞が
広範囲に傷つけられていた。
そのため神経細胞に必要な酸素や養分が行き届かなくなり、脳の伸縮が大幅に起こり極度の物忘れ、手足のマヒ、痺れが起こっている。
顔を強張らせた水銀燈は重く圧し掛かるような雰囲気の中で口を開く。
「そんなのって冗談でしょォ~・・・ソレって直るの?」
「決定的な治療法は無いそうよ・・・」
しばらく水銀燈と巴は病室の前で黙り込んでしまった。
そして水銀燈はメグの病室のドアを開ける。


最終更新:2006年06月13日 22:37