「メグぅ~、私よォ~。お見舞い来たわよぉ~」
水銀燈はなるだけメグに不安を悟られないように普段の笑顔で
病室に入っていく。
「こんにちは、す・・水銀燈」
白いカーテンが風でフワリと膨らみ触れている前で、メグはベッドに
座りニコッと笑いかけていた。
「どうメグ、調子のほうは?」
「うん、さっきね、巴とミッちゃんが来てくれたのよ、それとヒナちゃんも」
(メ、メグぅ・・・)
先ほど水銀燈が会ったのは巴一人であった。もちろん雛苺はこの病院には
来ていない、今は真紅達と今夜のライブの打ち合わせをしている頃である。
「そ、そう、雛苺も来てくれたんだぁ~、良かったね、メグぅ」
「うん、それでね、真紅ちゃんが私にこう言うのよ。メグは早くギターを
弾きやがれですぅ~。って言うのよ~、本当に楽しかったわぁ」
「ウフフフ、みんな来てくれて人気者じゃないィ~」
「フフフ、でも水銀燈が来てくれたのが一番嬉しいよ」
「メグぅ・・・」
水銀燈はしばらく時間が止ったかのように笑顔でいるメグを見つめた。
その見つめる先には、入院生活のためか以前よりもさらに白くなった
メグの肌を強調するような美しい黒髪が風に揺れている。
「メグぅ、ちょっと後ろを向いてェ~」
「どうしたの水銀燈?」
「髪が乱れてるわぁ、ブラシを入れてあげるぅ」
そよぐ優しい風に揺られながら水銀燈はメグの長い黒髪にブラシをあて、
2人は他人が聞けば噛み合っていない話を笑顔で続けた。
「それでね、私も早く卒業してライブをするの。さっきオディールと約束
したんだから」
見ているだけでは変わりないメグだが、話すともはや水銀燈が真紅達以外で
唯一、心を許していたメグとは明らかに違っていた。
思わず水銀燈の声に涙が混じる。
「ウッ・・・そ、そうねぇ。早くライブしたいわねぇ~」
「どうしたの水銀燈、泣いてるの?どこか痛いの?」
「ちがうわよぉ、メグが元気そうだからァ、嬉しいのよォ~」
そう言い、後ろからメグを抱きしめる水銀燈。
「ちょっとォ、水銀燈。力が入って痛いわ、キャハハハハハ~」
楽しく大声で笑うメグを抱きしめる水銀燈。
(メグ、メグぅ、どうしてこんな事になったのォ?)
たかが数ヶ月前のメグの姿はもうそこには無かった。
今は、ただ力いっぱい抱きしめることしかできない水銀燈。
そんな2人を窓から入ってくる風が優しく包んでいた。
「じゃぁメグぅ、また直ぐにお見舞いに来るから、欲しいものが
あったら言ってェ~」
そう言い水銀燈はありったけの笑顔を見せてメグと分かれた。
病室から出ると巴が水銀燈をまっていた。
「巴ェ?帰ったんじゃなかったのォ?」
「うん、帰ろうとしたけど、私の車にコレが積んであったから」
巴は肩にかけているギターケースを外し中身を出す。
「それってェ、メグのギターじゃないィ」
「そう、メグのよ。倒れた時から私が預かってたの。今日、メグに返そう
と思って持って来たけど・・・水銀燈も見たでしょ、メグの腕・・・」
メグの左腕は1時間に1回ほどの間隔で細かな痙攣が起こっていた。
普段ならそれに驚くのだろうが、メグはニコリとしながら左腕を水銀燈に
突き出す。
「ホラぁ、私の腕ってプルプル震えるのよ~、カワイイでしょ?」
「アレじゃぁメグはギターなんて持てないよ・・・それに痙攣が無くても
メグはもうコードすら忘れているのよ。だからこのギターは水銀燈が持って
いて。メグもそのほうがイイはずよ」
巴はそう言いながらメグのギターを水銀燈に手渡した。
薔薇乙女ライブツアー2006の最終公演を今夜に控えた真紅達は
念入りにリハーサルを行っていると、そこにギターケースを持って水銀燈
が帰ってきた。
水銀燈の表情は暗く塞ぎこみがちでステージに上がると、持っている
ギターケースから赤いストラトを出す。
そのストラトのボディーには白い文字でMEGUと書かれている。
「水銀燈、そのギターってメグの?」
「そうよォ、ちょっとメグから借りたのよ~、今夜の最後はトロイメント
でしょ?その時はメグのギターを使わせてもらうわァ」
薔薇薇乙女ライブツアー最終日、詰め掛けた大勢のファンは薔薇乙女の
サウンドに汗を流し、腕を振り上げて、ノドが嗄れるまで声を出していた。
「今夜は最高の夜にしてくれてアリガトウ!今夜最後の曲なのだわ!!」
真紅がそう言い終わると同時に水銀燈がアルペジオで静かなメロディーを
作り出していく。
それはまるで、空気中に音符そのものを描くような静かで美しい旋律である。
いままでの激しさが途端に消え、ステージを中心に周りの空間全てを
メロディーが包んでいく。
その夜の水銀燈のトーンはどこまでも透明で優しく、そして悲しい音だった。
*
ライブツアーが終わり薔薇乙女は秋に出す新曲に取り掛かり、メグの復帰が
絶望的なラプラスはメグがメンバーとして入っている最後の曲をリリースする。
その曲には病魔に脳を侵食されているとは微塵も感じさせないメグ最後の
ギターが圧倒的な存在感を出していた。
「薔薇乙女もイイけど、やっぱラプラスだよなッ」
「でもギターのメグって病気で入院してるらしいね?」
「へぇ~そう? どうせ過労とかだろ?メグって病弱っぽいもんなぁ」
現状のメグを知らない街の声はいたって楽観的であった。
そして季節は巡り、刻は過ぎていく。
むせ返すような熱気が日本列島を飲み込み、公園ではセミの鳴き声に雑じり、
子供達が無邪気な声を上げて噴水の周りで水遊びに興じてる真夏の昼下がりに
オディールは薔薇乙女が入っているスタジオに顔を出す。
「薔薇乙女のみなさん、コンニチハ。少し話があるのですがイイですか?」
突然のオディールの訪問に真紅達は楽器を置く。
「何かしら?」
「ラプラスは今回の曲で休止状態になりました」
「そう・・・。で、話ってなぁに?」
寂しくつぶやく水銀燈に答えるオディール。
「ワタシ達はメグが復帰すると信じてマス。だからメグが帰ってくる
まで、ラプラスはソロで活動することになりました」
「ソロで行くの?」
「ハイ、ソロで活動します。そしてワタシは両親の国、フランスで歌って
みます。だから、今日がお別れの挨拶です」
オディールが告げた突然の別れ。それは今まで良きライバル、良き理解者で
あったラプラスの解散を意味していた。
「オディールは外国にいっちゃうの~?そんなのイヤなの~
巴は?ノリは?ミッちゃんは?どうなるの~?」
巴のビジュアル面はラプラスファンの中でも一番人気のため、引っ切り無し
にドラマや映画の出演依頼があり今回の事で巴は映画の出演を考えている
ようである。
ノリとミチコは休学中であった大学に戻るか、新たにユニットを組むかを
検討中であった。
そしてオディールはフランスで新たな道を探す旅に出る決意をした。
オディール、巴、ノリ、ミチコ、それぞれが同じ時間の中で違う扉の
向こうを見つめ出した。
ただ、その扉の向こうには必ず病魔に打ち勝ち、以前のメグが笑顔で
あの胸に染み込んでくるギターを弾いている姿があった。
そしてまたいつか同じメンバーでラプラスを・・・そう願い、扉に向かって
オディール達は歩き始めた。
その頃、メグは段階的に進行していく記憶障害、それに伴い断続的に現れる
四肢の筋肉を萎縮するミオクロニー発作と戦っていた。
最終更新:2006年06月17日 23:01