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ほどよく空調がきいた病院のエレベーターで5階まで上がる真紅と水銀燈。
病室の前で立ち止まる真紅は、薔薇の花を、水銀燈はギターをもっていた。
「こんにちはメグぅ、ゴメンねェ~。忙しくてなかなか来れなかったわぁ、
でも今日は真紅も一緒よ~」
「久しぶりね、メグ。体のほうはどう?」
真紅と水銀燈を見たメグは少し戸惑いつつも、すぐに笑顔になる。
「こんにちは、始めまして。私は柿崎めぐ、よろしく~」
(メグ・・・貴女、私のことも忘れたの・・・?)
段階的に進行するメグの記憶障害は、もはや真紅と水銀燈の名前すら記憶の
底に沈みこんでいた。
「うわぁ、綺麗な薔薇ね、フフフ」
小刻みに震えるメグの両手が真紅の持つ薔薇の花束に伸びる。
真紅はそっと花束をメグに手渡すと、花瓶に水を入れるために病室から
出て行った。

「私、薔薇のにおいって好きよ」
そう言いながらメグは目を閉じて顔を薔薇の花束に近づけていた。
「私もぉ、薔薇の香りは好きだわァ~」
メグは声のほうに目を向けると、壁にも垂れるように立つ水銀燈が
ニコリと笑いながらメグを見ていた。
「あっ、えぇ~っと・・・」
水銀燈の名前を思い出せなく、困った顔をするメグ。
「ウフフ、私は水銀燈よぉ」
「ごめんなさい。私、病気で前の事ってほとんど忘れてるの・・・」
「謝らなくてもいいわよォ、それより体はどう?」
「うん、時々こうやって手や足が震えるけど、今は大丈夫よ、ホラ、
震えも止まってきたから。それより、ソレは何ぃ?」
震えが収まった手を水銀燈に見せながらもメグの目線はギターケース
に向けられていた。
「あぁ、これはギターよォ」
「凄い、水銀燈さんはギター弾けるの?」
「えっ。えぇ、まぁね」
「何か弾けるの?ねぇ、何か弾いてみて」
水銀燈はギターケースからメグが使っていたのと同じギターを出す。
そしてメグのベッドに腰を下ろし足を組み、コードを押さえる水銀燈の
一連の動作を子供のような視線で見つめるメグ。
水銀燈の指が移動する毎に音が柔らかく病室の中で広がり踊り出す。
花瓶を持った真紅が帰ってくるとメグの病室は優しくも、どこか悲しい
メロディーが充満している。
音を立てないように花瓶をテーブルに置くと、真紅は水銀燈のとなりに
座り目を閉じ、メロディーに合わせて歌い出す。

雨の降るこんな日は いつも決まって思い出す 
あなたとの出逢いは偶然のストップモーション 刻が止っていく 
はしゃいだ あの日 あの頃 あの季節が遠ざかって もう見えない 
ふざけあった あの思い出が 刻に流されて 想いだけが残る 
見つめた あなたの笑顔に何も言えなくて  
悲しいほど 言葉があふれて 苦しいほど 伝えたくて 
だから せめて切ない言葉をこの歌に変るよ 

きっと大丈夫 私もあなたも歩いていける 明日を見つけれるから 
きっと大丈夫 この雨が止んだら 虹がほら 見えるから 
きっと忘れた あの頃が帰ってくるよ 負けない心があるから 
そっと望むよ もう一度 もう一度 かなうその時まで  

水銀燈が弾くメロディーはアルバム、トロイメントに収録されている
金糸雀が作った恋と別れの歌であったが、今の真紅、水銀燈の胸に甦る
場面は薔薇乙女とラプラスが始めて出会った学生音楽コンクールでの場面が
スローモーションのように流れていた。
そう、もう一度、あの笑顔と夢を諦めない表情のメグがステージでラプラス
の世界を引っ張っていく、その姿がきっと帰ってくる。
そんな望みを水銀燈と真紅は音と歌に乗せてメグに届けていた。
その想いが詰まった歌を聴いていたメグの瞳にはキラリと光るものが見られた。
「なんだか不思議な感じがする歌ね。私ってほんの前の事も覚えてないのに
この歌を聴いていたら何か大切な約束みたいなのを感じるわ」
そう言いながらメグは自分の胸に両手を当てて、ゆっくり瞳を閉じると
暗い闇が訪れる。
その中を泳ぐように進むと遥か先に小さな光の粒がチラリと見えた。
そこに向かってメグは意識を集中していくと何か懐かしい感覚がゆっくり
と、少しずつ、少しずつ見えてくる。
そこには制服姿の自分と顔ははっきりと見えないが金色と銀色の髪をした
2人の少女とどこか大きな建物の中で出会う場面。

いつの頃?・・・・・解らないわ、でも私が高校の頃?
その2人は?・・・・思い出せない、でも大切な友達?

そして突然、その場面が切り替わり誰かと話している自分の姿を
見つけ、メグの意識はその会話に集中する。

直接?・・・・・・・・・・いや、携帯電話をもっているわ。
何の話?・・・・・・・・・よく思い出せないよ。
誰と話してるの?・・・・・誰だろう、でも大好きな人よ。

「じゃぁ、そのうち勝負よ」
「イイわぁ、場所はどこでもOKよォ~」
「じゃぁ・・・と初めてあった市立文化ホールね・・・」

少ない会話が不意にメグの脳裏を駆け巡っていくと、そこでメグは
閉じていた瞳を開けた。
そこには心配そうにメグを見つめる真紅と水銀燈の姿がある。
「どうしたのォ、メグぅ~?」
「メグ、大丈夫なの?」
真紅と水銀燈の声を聞くとメグの瞳からは大粒の涙が溢れ出し、また
小刻みに震え出した細く白い腕で2人を抱きしめる。
「私の中で応援してくれているのは、あなた達だったのね!
ゴメンね、よく思い出せないけど、あなた達は私の大切な人だったね」
「メグぅ、何か思い出したのォ~!!」
「うぅん、でもね、水銀燈さんと何か約束したのが聞こえたの」
数年前、メグと水銀燈が約束をした場面、その時の会話。
東京にいたメグとまだ学生だった時の水銀燈を繋いでいた微弱な携帯の
電波に乗せた約束が今ゆっくりとではあるが、記憶の奥底に沈んでた想いが
チラリと見え、そして甦ろうとメグの中で約束という名の想いが
体を蝕む病魔と必死で戦っていた。

Illust ID:piWkcYTP0 氏(39th take)
            *

ほんの2週間前とくらべて明らかに夕暮れが早く訪れる季節に薔薇乙女は
新曲をリリースする。
ラプラスが居なくなった現状では薔薇乙女の出す曲は何の障害もなく
オリコン1位に入り、しばらくその座から動かない。
しかし真紅達はそれを手放しでは喜べないでいた。
蒼星石は少し肌寒い気温になりつつある夜のベランダで隣にいる翠星石に

ポツリとつぶやく。
「やっぱりラプラスがいないと寂しいね」
「そうですねッ、オディールはフランスで成功するですかぁ?」
「彼女なら大丈夫だよ、なんてったって真紅より人気があったくらい
だからね。きっと成功するよ」
「それはそうですけどォ、翠星石は真紅のほうが凄いと思うですぅ」
「うん、そうだね。僕もそう思うよ」
蒼星石と翠星石は秋の夜空に輝く星座を数えながら遠い異国で新たな
目標に向けて歩いているオディールの姿を思い浮かべていた。

             *

崩れた家屋の中から覗く銃口が静かに身をかがめて前進するアメリカ軍兵士
を捕らえる。
息を殺しトリガーを絞り込むように引くと乾いた音と共に米兵が倒れる。
どこから狙撃されたのか解らない米兵は目に付く建物にトンプソンと
M1カービンで銃撃を加える。
それに呼応するかのように建物の陰からMG42の連射音が米兵に襲い掛かる。
その時、東の空からプロペラの音と共にP51が飛来し建物に爆撃を加えると
巨大な衝撃と爆風が辺りをなぎ倒す。
「OK、カァートッ!!」

サングラスをかけデレクターチェアに座るヒゲ面の男がそう叫ぶと、先ほど
狙撃された兵士がむくりと立ち上がり笑顔で歩き出す。
デレクターチェアに座る男が長く伸びたヒゲをなでながら隣で撮影を見学
しているオディールに笑顔で声をかける。
「どうです?オディールさん、曲のイメージは沸きましたか?」
「映画の撮影がこんなにも迫力があるとは思いませんでした」
2次大戦の中で一人の兵士に恋を抱きつつも最後は戦争の
犠牲になってしまう女性を描いた物語をノルマンディーに近い所に
設けられた撮影現場で撮っている、そこにオディールはいた。


フランスに来た当初のオディールは父親の実家で住みながら近くの
音楽学校に通い出し、パリにあるナイトクラブなどで歌っていた。
オディールのかもしだす独特な透明感のある美声と歌唱力は瞬く間に
そのナイトクラブを中心に広まり、いくつかのオファーが届くようになった。
ある日、ヒゲ面の男が直接オディールに今回の映画の曲を作ってほしいと
申し出できたのである。
その男は世界の誰もが知っている映画監督であった。

監督は次の撮影のメモを見ながらオディールに語りかける。
「オディールさん、絶望の中にも忘れてはならない希望や、人の強い
気持ちを切なく、それでいて勇気を感じさせる歌を作ってほしい」
その言葉にオディールは遠い東京の病室で自分を取り戻そうと戦っている
メグの姿を思い出していた。
「失ってはいけない希望、それを望む強くて優しい心」
そう呟くオディールに監督は満面の笑みを浮かべた。
「そう、そのとうりだよ。オディールさん曲のほうは頼みましたよ」


その頃、夜のベールに包まれて眠りの時間が東京の街を満たしている
時、メグは一人眠れずに水銀燈が置いていったギターを触っていた。
(ギターって不思議ね。前のことなんか思い出せないのに・・・こう
して触っているだけで何か懐かしくて、熱くなっちゃうわ)
ギターを触るメグの胸の奥からは何やら熱い鼓動が小さく生まれようと
していた。
「この感覚って何? 誰か教えて、この感覚って?」
メグの中で不意に沸き起こる熱い感覚。
その感覚にメグは興奮の色を笑顔で表していた。だがその色も次に起こる
発作が遠いセピア色に変えていった。
(お願い、この発作を止めて。今の感覚、忘れたくないの、お願い)
発作のさめに大きく震え出した腕を必死に伸ばしナースコールのボタンを
押すと、そこでメグは意識を失ってしまった。
ただ、その震える腕には力強くギターを握り締めていた。


最終更新:2006年06月19日 01:05
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