フェリーがゆっくりと岸壁につき、タラップを降りる大勢の乗客に紛れる
ようにジュン達は港に降りる。
例によって真紅達の荷物を一人でもつジュンは、やや遅れながらフェリー
ターミナルに入ると空いているベンチに腰をおろす。
先に来ている金糸雀達と待ち合わせをしているのだが、
約束の時間を過ぎても水銀燈、金糸雀の姿は見えなかった。
真紅と翠星石は早くも土産屋で物色を始めている。
土産なんか帰りに買うもんだろー・・・。
試食品を取りあう真紅と翠星石の騒がしい声を聞きながらボンヤリと
テレビから流れるローカルニュースを見ていると、金糸雀が駆け込んできた。
その後ろには黒髪を束ね、メガネをかけた女性が続く。
「おまたせかしら~。 ジュンは初めてね、紹介するわ、
親戚のミッちゃんかしらッ」
ジュンとみつこは簡単な挨拶を交わすと、直にみつこが乗ってきたワゴンに
荷物を積み込み金糸雀の実家に向けて走り出す。
みつこが運転するワゴン車が市街地を抜け、国道56号線を足摺岬に向けて
ハンドルを切り、しばらく走ると長いトンネルに差し掛かる。
後部座席では早くも本来の合宿目的を忘れた真紅達は海に行くか、
川に行くかでモメ始めていた。
「海はベトベトするからイヤよ、川で涼みたいわ」
「そーです、真紅の言うとおりですぅ、川でウナギを捕まえるですよッ」
「でも海も捨てがたいよ、こう開放感があっていいと思うけど」
「そーです、蒼星石の言うとおりですぅ、海でマグロを捕まえるですよッ」
バンドの合宿じゃなかったのかよ~・・・。
そんな会話を聞いていたジュンはヤレヤレと言う表情で視線を暗いトンネルに
向ける、みつこは反対にクスッと笑いアクセルを踏む。
ワゴンがトンネルを抜けると視界が広がり、ジュンの座る助手席側
には青い海が見えた。
「うわぁ」
ライトブルーからマリンブルー、そしてターコイズブルーへと沖に
向かうごとに色が変わり、水平線では海と空が1つに重なる光景に
都会育ちのジュンは思わず声がでてしまう。
そんなジュンを見てみつこはニコッと笑い、クーラーを切ると窓を開ける。
途端に潮の香りがする真夏の風が車内を満たす。
後部座席で川か海かで話している真紅達もしばらくその風に含まれた
海の香りと眼下に広がる太平洋にしばし言葉を無くす。
「行くなら海がイイな」
ポツリとつぶやいたジュンの言葉に異論はなかった。
さっそく翠星石は金糸雀の実家で留守番をしている水銀燈に電話を
すると、ヒマを持て余していたのか2回ほどのコールで水銀燈が出る。
「水銀燈ですかぁ、もうすぐ着くからヤリを買っておいてほしいですぅ」
「ヤリなんかぁ、どーするのぉ?」
「着いたらすぐに海に行くですよ、翠星石は大きなマグロを
捕まえるですぅ」
「キャー、楽しそうぉ。 でもぉヤリなんかどこに売ってるのぉ?」
「港で漁師に聞くですよ水銀燈」
「解ったわぁ、今から買ってくるわぁ」
ヤバイ、翠星石と水銀燈はマジでヤバイ。
車内の全ての人がそう思い、言葉を無くし15分ほど走ると
金糸雀の実家が見えてくる。
「ね、ねぇ翠星石、僕達はバンドの練習に来たんだから、まずは
楽器や機材を学校に運ぼうよ」
「そうよ、蒼星石の言うとおりだわ、海は明日いけばいいのだわ」
「今日は波が高いから海はダメかしらぁ~」
「チッ、しゃーねぇですぅ。 みんながそう言うならまずは楽器を
運ぶですぅ」
口を尖らせながら翠星石は荷物を車から降ろす。
ジュンも自分の荷物と水銀燈のギターを下ろしているとヤリを持った
水銀燈が帰ってきた。
「ねぇねぇ、近所の釣具屋で買ったこのヤリで大丈夫かしらぁ?」
「す、水銀燈、今日は小学校に楽器を運ぶから海は明日になったのだわ」
「えぇ~、そうなのぉ? つまんない感じぃ」
「でも夜になったら翠星石はイカを捕まえに行くですよッ」
「本当ぉ? 楽しそぉ~。 真紅も行くわよねぇ?」
「わ、私は遠慮するわ。 それよりも早く荷物を家に運ぶのだわ」
ワイワイと騒ぎながら金糸雀の家に入っていくジュンと彼女達の姿を
向かいの家に住む少女が楽しそうな笑みを浮かべて見ている。
チリ~ン、窓に吊るされた風鈴が涼し気な音を鳴らす。
その風鈴を鳴らした風は少女の髪に付けられている大きなピンクの
リボンをフワリと揺らしていた。
*
金糸雀の実家から港沿いを回り込むように進むと30mほどの橋がある。
その橋を渡ると海に流れ込む川沿いに数年前に廃校になった小学校が
建っていた。
廃校って言っても普通だな・・・。
廃校になっても近所の人達が使用し、この時期などは体育館で盆踊りの練習や、
各教室では簡単な書道教室などが行われているため、手入れは行き届いて
おり廃校といった暗いイメージはなかった。
しかも音楽室には翠星石が叩いているドラムよりも立派なドラムセットと
キーボードがしっかり置いてある。
「このドラムとか勝手に使ったらマズイんじゃないのか?」
「この楽器はミッちゃん達のだから使っても大丈夫かしら」
「あの人もバンドやってるか?」
「そうよ、同じバンドでもカナ達とは違うフュージョン系かしら。
時々ミッちゃんのペンションで演奏もしてるのよ」
高校生である真紅達にとっては宿泊、スタジオ利用に金がかからない、
この合宿は思い切って1日中バンドにのめり込むことができる。
できればこの合宿で8月26日に有栖川神社で行われるライブに向けた
オリジナル曲を3曲ほど作るにあたっても最高の場所といえた。
「ねぇ真紅ぅ。 こんな感じのフレーズってどうぉ?」
「カナも考えたかしら」
水銀灯と金糸雀が考えた曲を交互に演奏し、互いの意見を出し合う。
時にはジュンには解らない音楽用語が飛び交いながら少しづつ曲の
イメージから形を作っていく。
音楽のことになったら途端に真剣になるなぁ・・・。
彼女達は真剣な話し合いと音と音を組み合わせる作業に没頭する。
これといってヤルことのないジュンはメンバー分のジュースを買いに
行くことになった。
マジで楽器ができない僕はこの合宿中コキ使われるだろーな・・・。
ジュースを買い、学校に戻ってくると、真紅達に見つからないように
音楽室を覗く少女の姿を発見する。
近所の娘かな・・・?
ジュンは、その少女に声を掛けてみた。
その少女は少しオーバーなアクションで驚き、振り返る。
「ヒ、ヒナは何もしてないの、ちょっと楽しそうだから見てた
だけなの~。 だから怒っちゃイヤなの・・・」
「ハハハッ、僕はそんなので怒らないよ、近所の子かい?」
両手を胸で合わせながらモジモジとした少女は上目使いでジュンを
見ながら小さくコクッと頷く。
「ほ、本当にヒナのこと怒らないの?」
「あぁ、怒らないよ。 どう、みんなの演奏を聴くかい?」
「いいの?」
「うん、いいよ。 さぁ僕が紹介してあげるよ」
「うん、わたし雛苺、ヨロシクなの」
「僕は桜田ジュン。 よろしくね、雛苺」
ジュンの後ろに隠れるように音楽室に入る雛苺は
少し怯えるように真紅達をチラチラと見ている。
「ジュン、その子だぁれ?」
「そ、そんな子供を連れてくるなんて犯罪ですぅ」
「君、名前は?」
いきなり注目の的になった雛苺はモジモジしだす。
ジュンは笑顔でポンッと軽く雛苺の背中を押すと、よろける
ように1歩前に出る。
「こ、こんにちは私のなまえは雛苺なの、みんなの演奏がたのしそう
だから見学したいの~」
緊張のためなのか上ずった声で自己紹介をする雛苺に対し真紅達は
笑顔で雛苺に自己紹介をする。
「見学よりも一緒に何か演奏するかしら」
「でも、でも、ヒナ何も出来ないの~」
「そんなの簡単よぉ、みんなで教えてあげるわぁ」
「そうよ、さぁ、いらっしゃい雛苺」
真紅達の笑顔と言葉に雛苺の表情は緊張から安堵と喜びに変わっていた。
その日は夕暮れまで笑いながら雛苺は真紅と一緒に歌ったり翠星石に
ドラムの叩き方を教えてもらっていた。
時計の針が午後6時をまわると雛苺の顔色が途端に変わる。
「ヒナ、もう時間だから急いで帰らないとダメなの」
「そうぉ、残念ねぇ、私達は明日もいるからまた遊びにきてねぇ」
「本当ぉ、また来てもいいの?」
「当然ですぅ、明日も来るですよッ」
真紅達と約束した雛苺は目をキラキラと輝かせながら走って
帰っていく。
「なんだよ、雛苺には楽器を教えて僕にも何にも教えてくれよ」
「なぁに言ってやがるですか、お前はローゼンメイデンのマネージャー
ですよッ」
「なんだよソレー」
「まぁ、イイじゃない明日はジュンにも何か教えるのだわ」
「それよりもぉ、今夜はイカを捕まえに行くんでしょ~」
「そーですぅ、忘れてたですぅ。 今夜は大潮ですから大漁ですぅ」
「本当に行く気なのかよー!」
太陽が傾きだす頃、ジュンと真紅達は賑やかに騒ぎながら金糸雀の
実家に向けて帰りだす。
*
その頃、雛苺は小さく弱々しい声で玄関をあける。
「ただいまなの・・・」
その声に対して帰ってくる言葉はなかった。
ただ静まり返っている家に雛苺は寂しそうな顔で上がっていく。
誰もいない部屋、時計の針の音だけが小刻みに聞こえるだけの家。
キッチンのテーブルにはレンジで温めるだけの食事が置いてある。
それにチラッと目を向け、そのまま階段を上がり自分の部屋に入り、
机の電気を付け、椅子に座ると夏休みの宿題の
ノートを広げる。
「死ね!!」 「クソ苺」 「学校に来るな!!」
そう書かれた落書きが雛苺の目に入る。
暗い表情をした雛苺は目に薄っすらと涙をためながらノートを閉じる。
その時、外からジュンと真紅達の声が聞こえてくる。
「だから、捕まえたイカをエサにして大物を取るのですぅ」
「キャー、素敵ぃ。 最高よぉその考え!」
「おい、蒼星石、姉に一言なにか言ってやれよ」
「ゴメン、ジュン君。 翠星石は言い出したら止らないんだ・・・」
雛苺はうつむいていた顔を上げて、そっと窓を開ける。
笑顔で冗談を言いながら金糸雀の家に入っていくジュンと真紅達の
背中を見る雛苺は涙を拭くと、先ほどまで一緒に真紅達と歌っていた
メロディーを思い出していた。
最終更新:2006年07月21日 23:15