フフッ、翠星石のあんな顔をみるのは久しぶりだな、もしかして
ジュン君のこと・・・。
周りからは普段の表情に見えるが、双子であるがゆえに蒼星石には
時折みせる翠星石の屈託のない笑顔の中にはにかむような仕草が見て
取れた。
「翠星石、ジュン君、食事ができたみたいだよ」
「やっとできたですかぁ、もうお腹ペコペコですぅ~」
蒼星石の声に答えてテーブルにつくジュンと翠星石。
そこにブルーを基調とし、襟元から肩のラインにかけて黒い
ラインが入り、胸にはイルカのプリントにSASと書かれたシャツを
着て、やや日焼けをしたショートカットの女性が食事を運ぶ。
「どうぞ」
「あっ、巴ぇ」
「こんちは、雛苺」
雛苺に巴と呼ばれた女性はニコッと笑うと指先で雛苺の鼻先を軽く突付く。
その2人を金糸雀は考えるような表情で見ている。
そんな金糸雀の視線に気付き、巴は少し不思議そうな目を金糸雀に向ける。
しばし金糸雀と巴の視線が絡むと、巴がやや遠慮がちに聞く。
「あの~、もしかしてカナちゃん?」
「あぁ、やっぱりともちゃんかしらぁ~、懐かしいかしらぁ~!」
5歳の頃に高知県から引越しするまで金糸雀は近所に住む2歳年上の巴と
よく遊んでいた。
初めて見たときは解らなかったが、雛苺が言った名前で思い出した金糸雀は
人違いなら、と声をかけるのをためらっていたのだ。
久方ぶりの再会に話が湧き出す金糸雀と巴は自分達の近況を説明する。
巴は地元の大学に進学し、今は夏休みの為、趣味のサーフィンをしつつ、みつの
ペンシュンCoralでアルバイトをしている、そして今はダイビングスクールに
通い、この夏中にはダイビングのライセンスを取りたいことを話す。
金糸雀は高校の軽音楽部でローゼンメイデンというロックバンドを組んでおり、
今回はその合宿のためバンド仲間と一緒に実家にいる事、雛苺とは
バンド練習の時に知り合った事を話すと、巴は思い出したような表情に
なり、奥にいるみつを呼び、何やら話し出す。
その会話の中にバンド、音楽、メンバーなどの言葉が聞こえた。
そして、みつは1枚の手書きのポスターを持ってくる。
「ねぇ、カナちゃん。 カナちゃん達ってバンドの練習に来てるんだよね」
「えぇ、そうかしら。 そうれがどーかしたかしら?」
「あのね、コレなんだけど、どう? ヤッてみない?」
みつが金糸雀達の前に広げたポスターにはCoralライブと書かれていた。
「コーラル、ライブってミッちゃんのバンドのライブかしらぁ?」
「うん、このお店で毎年この時期にやってる簡単なライブなんだけど」
突然の話に真紅達は金糸雀とみつの会話を興味深げに聞いている。
みつのペンションを中心に地元の仲間で結成されたフュージョン系バンド
のライブを行う予定であったが、みつのバンドは仕事や家庭をもった人達の
あつまりのため、今回はメンバーが集まらなく中止にしようかと考えていた。
そこにバンド合宿できている真紅達の案が出てきたのである。
みつの話を聞いていた水銀燈と金糸雀は顔を見合わせてニコッと笑う。
「面白そうじゃない、ヤッてみるぅ~?」
「有栖川神社のライブ前にもってこいのリハになるかしらぁ」
「そうだね、ヤッてみようよ」
いきなり持ち上がった合宿先でのライブに驚きつつも喜びの顔付きに
なり、水銀灯などは小さくこぶしを握り締める。
そこには先ほどまで海で遊んでいた彼女達とは違う笑みが見えていた。
*
Coralでのライブが決まると、さっそくテーブルの上では6日後にむけた
ライブの話が飛び交う。
「有栖川ライブに向け作った曲が3曲だから、少なくても後2~3曲は
欲しいところだね」
「そうね、でも今から作るのは無理なのだわ」
「夏だからぁ、サザンとかヤッてみてもイイんじゃなぁい?」
「サザンか、定番だね」
「ライブに出るのはカナ達だけかしら? 他のバンドも出るなら曲が被ったら
ダメかしらぁ」
金糸雀の質問にみつは食後のドリンクをテーブルに置きながら答える。
「それは大丈夫よ、カナちゃん以外のバンドは私と同じフュージョンだし、
もう一つはね、ヒナちゃんのクラスが出るんだよね~?」
その言葉にテーブルの視線が雛苺に集中する。
雛苺は少しうつむき加減になり指でストローをクルクル回しながら答える。
「そうなの、ヒナのクラスは県の合唱コンクールで賞をもらったの、それで
ブラスバンド部が演奏して歌うことになってるの・・・」
「へぇ、それじゃ当日は雛苺も出るんだね、練習とかしてるの?」
ニコッと笑いながら蒼星石は雛苺の顔を見る。
同じように笑い返してくると思っていたが、雛苺の顔はうつむいたまま
曇っている。
Illust ID:b3RJUX0t0 氏(56th take)
「ヒナは出なくてもイイってみんなに言われたの」
「なに? どう言う事なんですぅ?」
「ヒナはいつもみんなに迷惑かけてるの、だからみんなが楽しみにしてる
演奏に参加したらダメと言われたの」
「おい、それってイジメじゃないのか?」
「ヒナはいつも失敗ばかりしてるの、だから悪いのはヒナなの」
ジュンの言葉に雛苺は顔を上げてニコッと笑って答える。
だが、その笑顔は無理をして作った寂しい笑顔だとわかる。
本当はみんなと演奏したり歌ったりしたいのだろう、だから初めて
会った時も小学校の音楽室から聴こえて来た真紅の歌や翠星石の大きな
ドラムの音に魅かれて覗きに来たのだろう。
「じゃ、雛苺は歌いたくないのか?」
「えっ、ん~。 歌うのは好きだけど迷惑がられるの、だからヒナはいいの」
「そんなのじゃダメですぅ、あぁ~もうイライラするですぅ、こうなったら
翠星石たちとビシッとキメるですよッ」
「それ面白いわねぇ、雛苺がキメて仲間はずれにしたヤツ等を見返して
やりなさいよぉ」
「水銀燈の言うとおりかしら」
「真紅もいいかい? このライブは雛苺もメンバーに入れるってことで」
「もちろんよ、異論はないのだわ」
「と、言うわけで雛苺も僕達ローゼンメイデンのメンバーだよ」
ニコリと笑う蒼星石に雛苺は少し戸惑いの顔を見せる。
「でもでも、ヒナが入ったら歌がオカシクなるの・・・」
「まぁーだ言ってやがるですか、そんなの心配無用ですぅ」
「そうだよ、真紅と一緒に歌ってるときなんか良かったと思うよ」
「う~、そうなの?」
まだ煮え切らない雛苺の背中を巴はポンッと笑顔でたたき、コクッと
うなずく。
「雛苺なら大丈夫だよ、みんなと一緒に歌ってごらん」
その言葉に雛苺は初めて本心からの柔らかい笑みがこぼれる。
そして改めてテーブルについているジュン、真紅、水銀燈、翠星石、
蒼星石、金糸雀、巴、みつの顔を見渡し、勢いよく椅子から立ち上がると
元気よく声を出して頭をペコンっと下げる。
「よ、よろしくお願いしますなのぉぉ!」
*
受話器を持った蒼星石は丁寧な言葉を選びながら話している。
雛苺はその受話器に顔を近づけ、聞こえてくる相手の言葉を聞き取っている。
「はい、解りました大丈夫です、はい、はい、じゃぁ代わります」
そういい終わると受話器を雛苺にわたす。
「もしもし、ヒナなの。 うん、うん、お姉ちゃん達には迷惑かけない
のぉ~。ちゃんと勉強おしえてもらうの~。ハイなの~」
笑顔で受話器を置いた雛苺は蒼星石と一緒にテーブルに向かって
親指を立てる。
そのテーブルから小さな拍手がおこる。
真紅たちの笑顔に少しテレた雛苺はペロッと舌を出して微笑む。
みつのペンションで行われるライブというより演奏会に近い催しに
ローゼンメイデンとして参加が決まった雛苺を6日間で歌えるように
するため、夏休みの宿題を教えてもらうという名目で金糸雀の実家に
泊まる電話をしていたのだ。
もちろん宿題をするのはジュンという話になっている。
食事が終わると雛苺は一足さきに着替えや宿題のプリントを取りに帰っていく。
初めての外泊に足取りも軽く、しらないうちにスキップ交じりで駆け出していく。
雛苺にとってこの夏初めての期待感が胸を満たしていた。
「うわぁ、これ僕がするのかぁ?」
「あたりまえでしょぉ、これがジュンの仕事よぉ。おいで雛苺」
家から持ってきたプリントがドサッとジュンの前に広げられる。
うんざりするジュンを横目に雛苺を連れた真紅たちは夕暮れまでの時間を
廃校になっている小学校で過ごす。
急遽メンバーになった雛苺のためにオリジナル曲にコーラスのパートを
付け加える。
音合わせもかねて確かめるように歌う真紅はコーラスが入るタイミングを
ウインクで雛苺に知らせる。
ややタイミング的にはズレたが、それほど悪くない入り方をした雛苺は
少し心配するような表情で真紅を見ながら歌い終わる。
「初めてにしてはなかなかイイ感じかしら~」
「そうだね、でももう少し元気があってもイイかな?」
「そーですぅ、この曲はノリ重視ですからぁ、思い切って声を
出したほうがイイですよッ」
「そうね、雛苺。 貴女は歌うときに声質を変えすぎよ。
一度あなた自身の声で歌うのだわ」
「ヒナ自身の声?」
「そうよ、雛苺の声よ、こういう感じで歌うのだわ。 ラララァララ~♪」
真紅は深く息を吸い込むと目を閉じてメロディーに感情を込める。
歌詞を付けずにアカペラでオリジナル曲のメロディーだけを綴る真紅の
声は神秘的なほど力強く、それを聴く雛苺の心を揺さぶる。
雛苺も真紅のマネをし、大きく息を吸い込むと目を閉じて真紅の声だけを
追いかけて、感情を声にして胸の奥底からメロディーを出す。
「らららぁ~ララァッ、ララァ~♪♪」
真紅の声質よりやや高く、そして甘い雛苺の声は力強い真紅の声に
じゃれつく子猫のように寄り添い、そして絡んで融合していく。
あらぁ、この子ちょっと凄いじゃない・・・。
そう思いながら水銀燈は横にいる蒼星石の顔をみると、蒼星石も同じ
考えなのか、笑みを浮かべて軽く体を揺らしてリズムをとっている。
そのリズムが伝染するのに時間はかからなかった。
金糸雀は鍵盤に指を添える。
翠星石はスティックをクルクルッと回す。
蒼星石はベースを構える
水銀燈はピックをつまむ。
そして真紅と雛苺のメロディーに彼女達の音色と振動が加わると
夏の夕暮れを知らせる蜩が鳴く中でローゼンメイデンの音は走りだした。
最終更新:2006年08月09日 00:08