Music ピコピコ 氏
雛苺が襲われ、通報のあったマンションに近付くパトカーを真っ赤な
フェラーリーが追い越していく。
「釧山さん、あのフェラーリー、あきらかにスピード違反ですよ」
「ほっとけ、スピード違反よりフローズンなんとかってバンドの娘の
誘拐未遂のほうが先決だ、バカヤロー」
「そうっすね、で、フローズンじゃなくてローゼンっすよ釧山さん」
「バンドの名前なんてどーでもイイんだよッ、ほら、もうすぐ着くぞ」
釧山と桜田を乗せたパトカーがマンション入り口に到着すと、すでに
数台のパトカーに混じり、先ほど釧山と桜田が乗るパトカーを追い越していった
フェラーリーが停まっている。
そこから水銀燈と薔薇水晶が飛び出し、マンションの中に駆け込んでいった。
「おい、桜田、あのスポーツカーにあんな娘が乗ってんだなぁ、エエ?」
「ローゼンメイデンのギターの水銀燈とキーボードの薔薇水晶ですよ」
「あぁ?あれがそうか?あんな小娘が何千万もする車コロがしやがって
オレなんか家のローンまだ残ってんだぞ、バカヤローがぁ!」
釧山は乱暴にパトカーのドアを閉めるとガニ股で地面を踏みしめるように
マンションに入っていく。
途中で制服を着た警官にチラッと手帳を見せエレベーターで真紅と雛苺の
部屋がある5階まで上る。
「おい、この映像はすぐに見えるのか?」
「はい、すぐに見えますよ」
エレベーターの天上隅に取り付けられている防犯カメラを見上げながら一緒に
乗り込んだ制服警官に質問し、上着のポケットから少しクシャッと潰れている
タバコを取り出すと、桜田が肩を叩きエレベーターの張り紙を指差す。
「ったく、この国はいつからどこもかしこも禁煙になっちまったんだバカヤローがぁ」
そうボヤき、タバコを上着に戻しながらエレベーターを下り、角を曲がると
真紅の部屋の前で立っている2人の警官が釧山と桜田に軽く敬礼をする。
釧山と桜田も同じように敬礼で返しながら真紅の部屋へと入っていく。
「ほら、私と薔薇水晶が来たから大丈夫よぉ、もうすぐ翠星石と蒼星石も
来るはずよぉ、それに病院に行った真紅には金糸雀が行ってるからぁ」
「うえぇ~ん、怖かったのー。真紅はケガしたの~?」
泣き続ける雛苺を水銀燈は抱きしめていた。そこに釧山と桜田が声をかける。
「警視庁の釧山です。少し雛苺さんに話を聞きたいのですがねぇ?」
「うゆゆ~?」
釧山は襲ってきた男に見覚えはあるか?または男達の顔は見たか?などの
質問をする。しかし雛苺は首を横に振るだけで何も覚えていないようだ。
桜田は水銀燈と薔薇水晶にここ最近で何か変わった事は無かったか?
とくにストーカー被害にはあっていないか?などを聞く。
「まぁ、
ファンレターの中には結婚してほしいとかぁ、付き合って欲しいみたい
な手紙は何通かくるけどぉ、そんなの私達の世界じゃ普通よぉ、いちいち気
にしていられないわよぉ、ねぇ薔薇水晶」
「うん」
確かにローゼンメイデンほどの人気ロックバンドで、しかもメンバー全員が
それぞれビジュアル的にもそこらのアイドル以上の美形ぞろいである。
毎日何百通もの手紙やメールが届き、その中で行き過ぎた妄想を書き綴る
内容の文面などいくらでもあるだろう。
「ねぇ、刑事さん。真紅はどうなのぉ?」
「あぁ、さっき無線で入った情報だと市販されている防犯スプレーで大した
ことはないらしいから大丈夫ですよ」
それを聞いた水銀燈と薔薇水晶は安心した表情でソファーに腰を下ろす。
その頃、防犯スプレーの成分を洗浄し、炎症を抑える目薬をさされた真紅は、
まだ少し残る喉の違和感をウガイで洗い流していた。その診察室の前で金糸雀は
水銀燈の携帯に連絡を入れている。
「真紅のケガは軽症だったかしらぁ、でもノドが少し腫れているし、たぶんカナが
記者会見とかするから明日のライブは中止にするかしらぁ~」
「そうねぇ、チケットを買ってくれた人には悪いけどぉ、そうするのが
一番ねぇ。雛苺もかなり怯えてるみたいだしぃ」
「今、真紅が出てきたからすぐに帰るかしら、詳しい話はその時に考える
かしらぁ」
金糸雀と真紅を乗せたパトカーがマンションに向かっている頃、釧山と桜田
はエレベーター内を撮影している防犯カメラの映像を見ていた。
「あっ、この2人組みですね、帽子とサングラスで顔が解りませんね。服装
はどこかの配送会社のものとよく似てますね。それにしても雛苺さんを誘
拐してどーするつもりだったんでしょうか?やっぱり暴行目的か身代金目的っすかね?」
「暴行目的ってーのは無いなぁ、桜田ぁ!」
「どーしてです?彼女達は凄い人気があるからそういう事を考える人もいますよ」
「お前、この映像を見てなんとも思わないのか?えぇ桜田よ」
そう言われて桜田は防犯カメラの映像をよく観察する。
エレベーターのドアが開くと同時に男達は顔を低くし入ってくると素早くボタンを
押しながらエレベーターの隅で壁に背中を押し付けるように乗っている。そして
ドアが開くと同時に出て行く。その短い映像を見ながら少し首をかしげる桜田の
頭をペシッと叩きながら釧山は映像の一連の動きを説明する。
「おかしいだろー、この2人はよぉ。カメラの位置も見ずに、どこにカメラ
があるか初めから知っていたような行動だろー、これは下調べを丹念にヤッて
いる証拠だ、それに普通はダレも乗ってなかったらエレベーターのドア正面に
立つだろーが、こいつらはカメラの死角になる位置にすぐに移動してんだぞ。
それにこのマンションはオートロック式だろ?どうやって入ったんだ?
この時間に荷物の配送があったかマンション住人に聞き込みをするんだ、
それと全ての防犯カメラの映像をここにもってこいよ」
確かにそう言われて映像をよく見てみると、この短い時間の中で男達は予め
訓練でもしていたような動きを見せている。
なるほどーっと思いながらも一見しただけで多くの矛盾点と可能性を見つけだす
釧山刑事のカンの鋭さに改めて関心する。
どんな小さな手がかりも、まるで警察犬なみの嗅覚を持ち合わせたかのように
嗅ぎ取ってしまう釧山刑事のあだ名くんくんデカとはよく言ったものだと桜田は
心の中で少し笑う。
そこに新たな一報が無線ではいる。
「首都高速で事故みたいですね、バンが壁に衝突し爆発炎上中らしい
ですよ」
「そんなのほっとけ、オレ等の管轄じゃねぇよ、それより真紅って娘は
まだ病院から帰ってこないのか?」
「あっ、いま部屋に戻り明日からの予定をメンバーで話し合ってるみたい
ですね」
「それを早く言えバカヤロー。その真紅って娘に会いに行くぞ」
釧山と桜田が真紅に話を聞くが、これといった重大な手がかりは得られなかった。
なにぶん真紅は防犯スプレーをかけられ、まともに目が開けれない状態になった
のだから、それはしょうがないだろう。ただ真紅が1回目のタックルのさいにも
男のガッシリとした体格に阻まれたという点に釧山は着目した。
いくら小柄な娘とはいえ全力で体をぶつけられたら転ぶか、バランスを崩すだろう。
2回目は火災報知ベルによって不意を付かれバランスを崩し、雛苺
を手放したとは言え、結果として真紅のタックルで転ぶことはしなかった。
これは普通の成人男性でも難しい。特に不意を付かれた場合だと難しい。
その後、釧山と桜田は携帯の番号を書いた名刺をメンバー全員に渡すと見張りの
警官4名を残して引き上げた。
「もう泣くなですぅ、今夜は特別に翠星石が一緒に添い寝してやるですぅ」
「ほんとなの~?」
「特別ですよッ、チビ苺」
翠星石は怯えて泣きやまない雛苺をベッドに寝かせ、フワッとしたボリュームが
ある雛苺の髪を何度も撫でながら涙を拭き、額に数回キスをして子守唄を歌って眠りについた。
*
「あっ、釧山さん、大変ですよ!」
「なんだ、朝からウルせぇなー、言ってみろよ」
いつもの時間に釧山が特捜課の部屋に入ると同時に桜田が慌てて声をかけてきた。
「昨夜の首都高での事故、あの爆発炎上のやつ。あれに乗ってた2人
の男の指紋と雛苺さん誘拐未遂の現場に残されていた指紋が一致したんですよ」
「あぁ、なんだってぇ、ソレを早く言えバカヤロー、今すぐ交通課に行くぞ」
そう言いながら釧山は桜田の頭をペシッと叩くと部屋を出て行った。
朝一で今いったばかりじゃないか?と思いつつ釧山の後ろに続き部屋を飛び出て、
釧山と桜田がまっすぐ交通課の部屋に向かっている頃、とある建物の一室で男は
大きなデスクを前に直立不動の姿勢のまま、やや緊張の面持ちを隠せない声を出し、
デスクの向こうに座る男に向かっていた。
「昨夜の失敗の件は始末しました」
「そうかね。で、ミーディアムのほうはどうなっている?」
「はっ、今も監視体制のままです。ただ相手が人気のある芸能人なだけに
派手な行動はできかねます」
「それは解っているよ、ただ我々には時間が無限にあるわけではないぞ。
次は成功してもらわないと困るのだよ」
静かに、そして冷たくたたみ掛けるような視線を見せながら男は言った。
「おい、昨夜の首都高での事故、あれの報告書はできてるのか?」
「おぉ、釧山かぁ、どーした特捜課の刑事さんが交通課に何の用だよ」
部署に飛び込んできた釧山に中年太りが目立つ交通課の塚本はハンカチで
額の汗を拭きながら言う。釧山はそんな塚本に昨夜のローゼンメイデンの
事件を手短に説明すると塚本は大声で交通課の担当官を呼び、首都高での
爆発炎上事故の詳しい話と報告書を釧山に見せるように言う。
「そうかぁ、釧山はローゼンの事件担当か、羨ましいねぇどうも」
「なんだ塚本、おまえはローズンって知ってるのか?」
「あぁ、うちの娘がファンなんだよ。今日も事情聴取とかで行くんだろ、
メンバーのサインを貰ってきてくれよ、娘が喜ぶんだよ。で、事件だが、
誘拐の目的はあらかた予測ついてんだろ?おまえのことだからさ」
「いいや、まだコレといって掴みきれてないね、おぉ、これか、じゃ、借りて
いくわ」
釧山と塚本が話していると昨夜の事故を担当している若い警官が報告書を
もって現れた。その内容をサラッと流し読みする釧山と桜田。
「おいおい、爆発炎上だからそれなりのスピードで壁に衝突したのはわかる
がよぉ、事故直後の速度が170キロ前後って飛ばしすぎじゃねぇのか?
それにブレーキの跡がないってのもオカシイじゃねぇかよ」
「そうなんですよ、意識がないとか居眠り運転なら解るんですが、普通はブレーキの
跡は残るんですよね、しかもこんな速度ならなおさら。それに事故直前の
目撃者の話では凄い勢いで追い抜きざまに直線で壁に吸い込まれていくように
衝突したみたいなんですよ」
「なんだそりゃ?で、男の身元と車の照合は済んでるのか?」
「それもオカシイんですよ、車は盗難車って解ったんですが、男の身元が
まったく解らないんですよ、免許書みたいに身元に繋がるものをいっさい
もってないし、歯型からも解らないんですよ、ようやく解ったのが指紋から
昨夜のローゼンの事件と繋がっただけなんですよ」
釧山と桜田は事故担当官から話を聞くと、そのままパトカーに乗り込むと
真紅と雛苺のマンションに向けて走らせた。
一夜明けたら何か思い出すかもしれないと思ったからだ。
「おい桜田、そこの文具屋で停まってくれよ」
「どーしたんですか、釧山さん」
「塚本にローズンのサインって頼まれてるからな、色紙を買うんだよ」
「あっ、それなら僕も色紙買いますよ。それにローズンじゃなくてローゼンっすよ」
「バンドの名前なんてどーでもイイんだよバカヤロー」
釧山と桜田が色紙を買っている頃、金糸雀は大勢のカメラマンからフラッシュを
浴びせられる中で、昨夜メンバーと話し合い1週間ほどのオフを取ることを決定
したため、その間に組まれていたスケジュールの延期をマスコミに伝える会見を開く。
「雛苺さんと真紅さんの今の状態はどーなんですか?」
「雛苺はまだ怖がってるみたいだけど真紅のほうは大丈夫かしら」
「犯人の目的などはどーですか?」
「それは捜査にかかわることなので言えないかしら」
「一部のファンがストーカー化しての犯行だと言われてますが?」
「それもまだ解らないかしらぁ、それじゃ時間かしら」
「あっ、金糸雀さん。最後に一言ぉ~」
記者会見を手短に済ませた金糸雀はそのまますぐに各テレビ局に出向き、
収録が組まれていた歌番組やトーク番組の関係者に頭を下げていた。
事件を知っている関係者の反応はおおむね同情的であり番組収録変更に
グチをこぼす関係者がいなかったのが救いであった。
一通り挨拶を済ませた金糸雀はテレビ局の入り組んだ廊下を駐車場に向け
て進んでいると、当然背後から声をかけられる。
「やぁ、カナちゃん、大変だったね」
「あっ、貴方は・・・・・」
振り向きざまに金糸雀が見た男は数多くのUFO番組を制作し、日本UFO界に
この人ありと言わしめた伝説的ディレクター矢追純一氏がニコリと笑って立っていた。
憧れ、尊敬、そんな感情が金糸雀の視線を矢追氏の笑顔に集中させる。
「カナちゃん、ちょっとイイかな?」
辺りをキョロキョロと見渡し、自分と金糸雀以外はダレもいないのを確認
した矢追氏は金糸雀の手をひき自分の車の助手席に座らせるとエンジンを
かけて車を走らせた。
「こんなマネをしてスマナイ、ただ今からする話を誰かに聞かれると
マズイ。こうして車で移動しながらだと聞かれる心配はないからね」
「聞かれるとマズイ話って何かしらぁ?」
「昨日、私は韮澤さんからの連絡でカナちゃんと雛苺さんが目撃した
謎の光と、古代ヘブライ語が書かれた石をもう一度くわしく調べる為に
現場に行ったですよ、でもその現場にはたどり着けなかった、と言うより
入れなかったのですよ」
矢追氏は韮澤氏とその現場に出向いた。場所は韮澤氏が一度いっているので
現場近くまではすんなりと行けたのだが、途中で通行止めの柵がされていた。
その柵の周りには自衛隊の車両が停まっており、それ以上進むことはできなかったのだ。
「どうして自衛隊がいたのかしらぁ?」
「私も通行止めをしている隊員に聞いてみたが、どうも第2次世界大戦時の
不発弾処理だと言っていたが、アレはウソだろうね。私はこういう仕事柄
いろんな国で警察や軍隊のレポートをしてきたからすぐに解ったよ。
不発弾処理には関係ない特殊車両なんかも入っていくのを見たからね」
「じゃ、自衛隊は何をヤッていたのかしら?」
「おそらく、あの石の分析と雛苺さんの存在、ミーディアムとの関連を
調べていたんじゃないかと思うんですよ」
「そ、そんな、そんな事ってあるのかしらぁぁ~?」
「普通の人が聞いたらただのネタにしか聞こえないだろうけど、私や
韮澤さんが関わっている分野なら超常現象に国家権力が介入する
のは当たり前なんだよ」
「国家権力かしら・・・?」
「UFOや超古代文明の遺産オーパーツなんかは、どの国も欲しがるテクノロジーが
隠されているからね。特に軍事面でね」
「じゃ、雛苺はまた狙われるかしらッ!」
「たぶん昨夜の失敗でしばらくは様子を見ているだろうけど、狙ってくる
のは間違いないだろう。もっと早く知らせたかったのだが、昨日の夜は
どうも携帯の電波の調子がこの東京中で悪かったらしく連絡できなかったんだよ」
「どうすればイイかしら?」
「こんな話は警察に言っても信用されないし、当分は用心しながら
慎重に行動すべきだろう、それにちょうど私の知り合いが今日、来日
するんだが、この件を言ってローゼンメイデンの専属ボディーガードは
どうかと聞いてみるよ、その人は私達の世界では少しは名が知れた
人だし、以前にローゼンの曲も気に入っていたから引き受けてくれると
思うよ。詳しいことはまた連絡するよ」
テレビ局周辺を車で回りながら金糸雀との話を終えた矢追氏は駐車場で
金糸雀を下ろすと最後に「周りには気をつけて」とだけ告げると駐車場
を後にした。金糸雀は走り去る矢追氏の車を見ながらも急いで自分の車
に乗り込むとドアの鍵をしっかりとロックし、微かに震える自分の腕を見ていた。
最終更新:2008年04月05日 14:51