Music ピコピコ 氏
その頃、釧山と桜田の色紙にサインをしながら真紅は釧山の質問に答えていた。
「いきなり催涙スプレーをかけられたので顔とかは覚えていないのだわ」
「襲われる前から不振な人や電話など心当たりはどーですか?」
「追っかけと呼ばれるファンや卑猥な言葉を書いた手紙とかはあるけど、
そんなのは毎日のことよ、気にしていられないのだわ、あっ、サインの
名前は釧山さんでよろしいですか?」
「いや、このサインには塚本って書いて、こっちの色紙には私の名前で
釧山とおねがいします」
釧山が2枚目の色紙を真紅に渡していると無線でマンションの管理人室
にいる桜田から連絡が入る。
どうやらこのマンションにある全ての防犯カメラの映像がそろったようだ。
釧山は真紅の部屋に集まっているローゼンのメンバーに何か思い出したら
携帯をならしてくれと言い残し管理人室に向かった。
「釧山さんもしっかり自分の分のサインしてもらったみたいですね」
「うるせぇなコノヤロー、でもあの真紅って娘、ありゃ変わってるな、
オレの紅茶の飲み方が変だとかイチャモンつけてきやがったぞ
バカヤローがぁ」
「彼女は紅茶にうるさいって有名ですからね、釧山さんが変な飲み方
したんじゃないですか?」
「オレぁ、ただ砂糖をいつものように入れただけだよ」
「いつもって?」
「スプーン6杯だよ」
「そりゃ変ですよ、糖尿になりますよ釧山さん!」
「てめぇにまでゴタゴタ言われたかねぇよバカヤロー。で、カメラの
映像はどーなんだよ、何か解ったか?」
桜田の頭をペシッと叩きながら4台のモニターに映っている映像から説明を受ける。
その説明によると、どうやら昨夜、雛苺を襲った男は雛苺と真紅が帰って
くる3分前にマンションの横に車を停め、オートロック式のマンション入り
口の暗証番号を間違いもせずに押すとエレベーターに乗り込み雛苺と真紅
の部屋がある5階で降りたのが解った。
「おい、桜田ぁ、このマンションの暗証番号って何桁だよ?」
「えぇ~っと6桁ですね」
「それを間違いもせずに押すって、やっぱりかなりの下準備をしていた
んだぜヤツ等はよぉ。それに雛苺と真紅が帰ってくる3分前ってのも
凄ぇな」
「そうですね、まるで帰ってくる時間を知っているみたいですね?」
「バカヤロー、知っていたんだよ。雛苺と真紅が乗ったタクシーを付けて
いたんだろぉ?それでマンション近くで追い越して、先に着くんだよ」
あっ、そうか、確か昨夜もそれと同じことがあった。水銀燈と薔薇水晶が
乗ったフェラーリに追い越されて・・・。
そう思った桜田は釧山の顔を驚きの表情で見る。
「なんてぇーツラしてんだバカヤロー、早くタクシー会社に当たって雛苺と
真紅を乗せたタクシーを捜せよ、その運ちゃんが目撃者だぞバカヤロー」
「解りましたぁ」
「おい、ちょっと待て、6桁の暗証番号だかな。アレを押しているのを写真か
なにかで撮るとしたら、あの公園が最適かぁ?」
管理人室を飛び出ようとした桜田をとめると、釧山は部屋の窓を開けてマン
ションの斜め向かいに位置する木々がたくさん植えられている公園を見る。
「そのようですね」
「おい桜田、ちょっと来い」
そう言うと釧山は警備のために配置した警官を暗証番号を押す入り口前に
立たせると桜田を連れて公園に入り、盗撮に最適な場所を探す。
「釧山さん、ここからだと少し手元が見えませんね、もっと横からっすかね」
「あぁ、この位置だと見えねぇな、しかしこれ以上だと林の中に入るな」
そう言いながら釧山は芝生を跨ぎ、ちょっとした林の中に足を踏み入れる。
そこは東京の中でも珍しく雑草などが生い茂っている。その中に最近できた
ばかりの人が入った跡が残っていた。それをたどる釧山の目にある物が写った。
それは小さな布切れと毛糸らしきほつれた繊維であった。
それらを注意深く拾う釧山に桜田は声をかける。
「どうしたんですか釧山さん」
「おい、これを鑑識に回せ」
「ん、なんだか麻袋のキレはしみたいですね、こっちは毛糸みたいだ」
「これから暑くなろーって時期に毛糸のセーターってのもオカシイだろ?
それにここから、こうして腹ばいになって見るとだな、よーく見えるん
だよ、あの暗証番号を打つ手先がなぁ」
そういいながら釧山は地面に伏せるようにすると木々の間からマンション
の入り口先に立たせている警官を見てニヤリと笑いながら鼻をクンクンと
かぎながらボソッと呟く。
「臭せぇ、ドス黒い臭いがプンプンするぜぇ、これは久々の大きな事件
になるかもしれねぇぞ桜田ぁ」
その頃、金髪をなびかせながら入国ゲートの列に混じる一人の女性の姿があった。
「観光できました」
ニコッと笑みを浮かべながらパスポートを見せる。そのパスポートの写真を
見比べてからポンッと入国スタンプを押される。
そのパスポートにはコリンヌ・フォッセーと書かれていた。
*
雛苺と真紅が襲われた事件は連日ワイドショーで大きく報道されマスコミが真紅と
雛苺が住むマンションに押しかけてくる。その結果、他のマンションの住人に迷惑が
かかると判断した真紅と雛苺は都内のとあるホテルに身を隠すことになった。
うかつに外に出られない真紅と雛苺は時間を持て余している。
「うゅ~、ヒマなのぉ、お外に行きたいの~!」
「ダメよ、雛苺。今マスコミに見つかったら大変な騒ぎになるのだわ」
「でもでもヒーマーなぁーのぉ~!」
「わがままはダメよ、もうすぐ金糸雀が私たちのボディーガードを連れて
くるみたいだから行儀よくしてなさい」
「ボディーガード?それってターミネーターみたいな人ぉ?」
「さぁ、知らないわ。金糸雀の知り合いからの紹介だと言ってたわ」
「ふにゅ~?金糸雀の知り合いの知り合い?」
雛苺が首を傾げている頃、金糸雀は世界でも有数の大企業の部屋で矢追氏に
コリンヌを紹介されていた。
「こちらがコリンヌ・フォッセーさんです」
「コンニチハ、私は日本を始め7ヶ国語を喋れますので、どうぞ気軽に日本語で
話しかけてください」
「こ、こんにちはかしらぁ、あの~、コリンヌさんは雛苺の事はどこまで知って
いるのかしらぁ?」
「全部知っているつもりよ、雛苺さんがミーディアムってこともね。もちろん
ローゼンメイデンは個人的に大好きなバンドの一つよ、だから真紅さんが紅茶
が大好きとか蒼星石さんは熱いほうじ茶が好きだとか、金糸雀さんは玉子焼きが
好きなんですよね。ヨロシクね」
ニコッと笑ったコリンヌは手を金糸雀に差し出し、優しく握手する。
その手のひらは皮膚が硬く熟練された職人と握手しているかのように感じられた。
コリンヌの容姿からは予想できない感触に少し驚く金糸雀。
そんな金糸雀を見ながら矢追氏は少し厳しい顔になる。
「私もたかだか一テレビ局のディレクターでしかない、韮澤氏にしてもそうだ。
私たちにできるのはここまでだよ。後はコリンヌさんに任せる、もしもの時
はコリンヌさんの指示に従って欲しい。解るねカナちゃん?」
「解ったかしらぁ~」
矢追氏とコリンヌの気迫に押されるように金糸雀はコクッと肯くとコリンヌと
一緒に部屋を後にし、金糸雀が運転する車で真紅と雛苺がいるホテルへと向かった。
「東京は1年ぶりです、こうして見るとほんとうに東京って街は大きいですね」
「そうかしらぁ?カナはずっと東京にいるから実感は沸かないかしらぁ。コリンヌ
さんはどこの人かしらぁ?」
「ワタシはフランス出身よ、フランスのニース生まれです。コートダジュール
はとても綺麗な所です、いちど来てください、案内しますよ」
「うわぁ、行ってみたいかしらぁ~。ところでコリンヌさんは何をしている
人かしらぁ?」
「ワタシはある情報を世界中から集めているわ」
「ある情報って何かしらぁ?」
「オーバーテクノロジーよ。世界中に散らばる彼等の足跡から現代では生成不可能な
物質なんかの情報を集めてるのよ」
「彼等って、もしかして宇宙人のことかしら?」
「そうね、人によれば宇宙人と言う人もいれば神と言う人もいるわ、まだ正体は
全く解っていないのが現状ね。でも彼等は確かに存在し、ワタシ達を見ているわ」
そう言いながらコリンヌは車のドアミラーをチラッと見る。
金糸雀が運転するマセラッティクアトロポルテの2台後ろの車を目だけで見ている。
「雛苺さんはイチゴ大福が好きなんですよね?あのお店でお土産に買っていきたいです」
コリンヌは20mほど前にある和菓子屋を笑顔で指差しながらも目はドアミラーに映る車を見ている。
金糸雀がその和菓子屋で停めるとコリンヌは右手をジャケットの内側に入れると銃の
グリップを掴むと、その車がスピードを落としマセラッティの横を通り過ぎるのを確認する。
通り過ぎざまに車を運転している男がチラッとコリンヌの姿を確認すると携帯電話を手にした。
やはり付けられていたか!そう思いながらも平穏を装うコリンヌは先に和菓子屋に
入っている金糸雀に続いて笑顔を見せながら和菓子屋に入っていった。
「金糸雀が我々の知らない外国人と一緒にいるのを確認しました、はい、はい、
写真は撮りましたので後ほど確認します。はい、大丈夫です、尾行には気付かれて
いないと思います」
そう言うと男は携帯を切り、ハザードランプをつけて車を停め、和菓子屋で
イチゴ大福を買っている金糸雀とコリンヌの姿を観察しだした。
金糸雀が苺大福の支払いをしている間中コリンヌは懐に隠してある
シグP228をいつでも出せるように軽く指先をグリップに触れている。
そして金糸雀のマセラッティを追い越し、20mほど離れた位置で
停車している黒いセダンを視線の端に留めている。
「買ったから行くかしらぁ」
「そんなに苺大福を買ったの?」
「そーよ、雛苺は前に69個も一人で食べたことかあるかしらぁ」
金糸雀は愛車のマセラッティクアトロポルテのドアを開けながらコリンヌに説明する。
コリンヌは助手席ではなく金糸雀の後ろについて遠目からはただの会話をしている
ような軽い笑みを見せた表情で囁く。
「金糸雀さん、あの黒いセダン、ずっとツケてきてるわ」
その言葉に金糸雀はコリンヌの視線の先を見ようと顔を向けようとする。
「ダメよ、そんな露骨に見たら私たちが気付いたのがバレるわ、このまま
気付いていないフリをしてヤリ過ごしましょう」
―――恐怖。
金糸雀はツケられている現実にゾッとしながらも、この短い時間内に尾行を
察知しながらも何の動揺も見せないコリンヌにも少し怖さを感じる。
笑顔で他愛のない会話をしているようなコリンヌの表情からは想像できない
ような冷たい声。そして笑っている目の奥に冷静でいて、どこかでこの
トラブルを喜んでいるような輝きを見たからだ。
いつもよりバックミラーを気にしながら運転する金糸雀は赤信号で止まると間に
3台ほど車を挟んで付いてくる黒いセダンをよく見るためにバックミラーを動かす。
―――ん?
セダンに乗っている男がそんな金糸雀のささいな行動に注意を抱く。
―――しまった、バレたか?
コリンヌは後部座席にセカンドバックを置くふりをしながら黒いセダンを見る。
そして一瞬で男達の表情から次の行動を読み取る。
コリンヌは金糸雀の膝に顔をうずめるかのように姿勢を低くすると運転座席を
後ろに移動させるレバーを掴み、そのまま金糸雀ごと座席を後ろに移動させると
ハンドルと座席に少しの隙間ができる。
そこに体を滑り込ませるように入り込むと何が起こったのか解らない金糸雀に叫ぶ。
「金糸雀さんはそのまま助手席に移動してください、早く!」
オロオロしながらも言われたとおり小さい体を運転席から助手席に移動した金糸雀を
確認するとコリンヌは眼球をササッと動かすだけでバックミラーとサイドミラーを見る。
ほんの数秒で金糸雀とコリンヌが車の中で変わったのに男達はまだ気付かない。
信号が青に変わるとコリンヌはゆっくり車を発車させると交通の流れと感覚を即座に把握する。
そして交差点で左にウインカーを出す。
黒いセダンもゆっくりと近付き同じように左にウインカーを出すのを見たコリンヌは
左にウインカーを出したままハンドルを大きく右に切るとアクセルを踏み込む。
クラクションを鳴らし、パッシングをしながらマセラッティはタイヤをきしませて
トラックと4輪駆動車の間をギリギリの感覚で通り過ぎていく。
左にウインカーを出しながら右に曲がって反対車線を飛ばしていくマセラッティ。
それを見た男は携帯電話を取り出しながら同じように出ようとするが、飛び出してきた
マセラッティのために急ブレーキを踏んでスピンして止まっているトラックに
邪魔されていた。
男は「チッ」舌打ちをしながら携帯電話に向かって話す。
「こちらの尾行に気付かれました! どうやら運転はさきほどの外国人
がしているようです」
その報告が入ると薄暗い部屋に置かれた大きなデスクに腕をつきながら
男は受話器に向かって話す。
「しかたない、ミーディアムのことは他の国も気付き始めた。やや強引
に行かざるをえんな…雛苺がいるホテルは解っているんだろうな?」
「はい我々の監視下にあります…拉致りますか?」
その言葉に男はデスクの引き出しから葉巻を取り出し、その香りを堪能
するかのように煙を吸い込みながらニヤリと笑う。
「人気ロックバンドだか知らんが、若い女性が姿をくらますのはよく
あることだろう?」
「……了解しました」
*
そのころ釧山と桜田は真紅と雛苺をマンションまで乗せたタクシーの
運転手の変わり果てた姿を見ていた。
「死因はなんでしょうかね、釧山さん」
「さぁな?それを調べるためにここに居るんじゃねぇかバカヤロー」
「そうっすね」
真紅と雛苺をマンションまで運んだ運転手は釧山と桜田がくる2時間ほど
前にタクシーの中で死亡しているのが発見されていた。
その死因を探るべく警察病院で調べられていた。
鋭いメスが運転手の腹部に当たると、そのまま腹を開ける。
「ん?これは…ちょっと釧山さんこれ…」
メスを握る手が止まり医師は横で見ている釧山の顔を見る。
そして医師はマスクを外しでむき出しになっている内臓に顔を近づける。
「これ、臭いませんか…」
その言葉に釧山もマスクを外して内臓に顔を近づけると臭いをかぐ。
その異様な行動に桜田は眉をひそめる。
「どーしたんですか?そんな死体の内臓なんかかいで?」
「おい、桜田ぁ、お前もかいでみろよ、何事も経験だバカヤロー!」
いやいやながらも桜田もマスクを外して内臓に顔を近づける。
胸の悪くなるにおいを想像していた桜田はノドの奥からこみ上げてくる
ものを想像していたが、あんがいその手の臭いはしなかった。
それどころか、この死体からは微かにどこかで嗅いだことのある臭いがする。
「どーだ解ったか桜田? ちょっとアーモンドみてぇな匂いがする
だろ~えぇ」
確かにそう言われるとそれっぽい匂いがする。
「青酸カリだよ! 青酸カリを飲んで死ぬとなぁ、腹ワタからアーモンド
みてぇな匂いがすんだよ、勉強になったか桜田ぁ!」
「く、釧山さん。と、言うことは、この運転手は…」
「あぁ、自殺じゃなけりゃぁ、殺されたな…誰かに」
そう言うと釧山は着ていた白衣と手袋の脱ぎながら出口に向かう。
「おい、今から急いでローズンメンデの所に行くぞ!!」
「はい、解りました」
とうとう今回の雛苺誘拐未遂事件の流れの中で殺人という予期せぬ展開に
桜田は釧山がローゼンメイデンの名前を間違えて覚えているのを
指摘することすら忘れていた。
*
その頃、雛苺と真紅に金糸雀から電話が入る。
「真紅、早く、早く雛苺を連れてホテルから逃げるかしらぁぁぁ!」
「どうしたの金糸雀、ねぇ何があったの?」
「は、早く逃げ…」――――プッ、ツ―、ツ―。
そのまま金糸雀の電話は途切れてしまった。
最終更新:2008年04月05日 14:52