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やがて水銀燈のバイクは速度を落として、誰もいない小さな漁港に入ると、
スタンドを立ててバイクから降りる。
ハロゲンランプが海面を照らす堤防に腰をかけてフゥ~っと一息つく。
雛苺は始めての感覚に興奮しているのか、膝に置いている手が少し震えている。
そして雛苺は珍しく早口で先ほどの感想を喋っている。

「あのね、前をみたらお月様がブワァァ~ンって大きく見えたのぉぉ~」
「どう、気持ちよかったでしょぉー」
「うん、気持ちよかったのぉ、なんだかヒナのこの辺りがドキドキしたの~
 でもでも、なんだかスゥ~って軽くなったのぉ、水銀燈はバイクに乗ったら
いつもこんな感じなの?」

そう言いながら、まだ疾走感が残りドクンドクンッと鼓動を続ける
胸を押さえて雛苺はとなりに座っている水銀燈に話す。
そんな雛苺を見ながら水銀燈は少し考えるような顔付きで言葉を捜しながら話す。

「そうねぇ、確かに今夜のように月が綺麗な夜は走りたくなってくるわねぇ、
 でもイヤなことがあった時も同じように走りたくなるわぁ。 ねぇ、雛苺
 バイクで走っていると体に凄い風圧を感じるのよぉ、200キロを超えたら
 空気がほとんど壁みたいなのよ」
「ほぇ~、カベなのぉ?」
「そうよ、その壁を突き破って行くのが快感なのよ~。 ロックもそうよ、
 曲がもっているフレーズやトーンで目の前にある壁を突き崩すみたいな感じぃ?
 その時の疾走感はさっき雛苺が感じたのと似てるわぁ」
「おなじ感じなの~?」
「ウフフッ、そうよ、同じよ。 バイクで感じたのと私達と歌ってる時に
 感じる楽しさやワクワクする感じは同じここで生まれるものよぉ」

そう言った水銀燈は軽く雛苺の胸をトントンと指で叩く。
楽しさや喜び、そして人が持っているリズム、疾走感は頭で考えるのではなく、
心で感じるものだと水銀燈は教える。
その意味がなんとなく解った雛苺は大きくコクッと頭を縦にふる。
そんな雛苺の仕草を見ながら水銀燈の言葉は続く。

「でもねぇ、楽しいことが生まれる心は同時に悲しみや弱さも生まれる所でも
 あるのよぉ。だけど弱さに負けない強い気持ちも同じ所で同時に生まれてるの。
 雛苺はどーお?強い気持ちって生まれてるぅ?」
「うぅ~、ヒナは。ヒナは・・・」

雛苺はそう言ったまま少し黙ってしまう。
いつ頃からだろうか? 雛苺はクラスの中でいつも孤独を感じていた。
友達を作ろうと努力したが、それはいつも空回り。
本来の明るかった性格も少しずつ塞ぎがちになっていく。
そして気付けば一人で海ばかり見ていた。
そんな雛苺に笑顔で手を差し伸べてくれたジュンや真紅、
そして今夜の素敵な疾走感を教えてくれた水銀燈。
その水銀燈は黙っている雛苺の肩に手を回して話し出す。

「ねぇ、雛苺は歌ってる時や今夜のバイクで楽しい気持ちは感じたんでしょぉ?」
「たのしく感じたのぉ~」
「だったら大丈夫よぉ、その気持ちが感じていれば弱さに負けない気持ちも
 きっと生まれているはずよぉ」
「ヒナにも強いところってあるの~?」
「フフッ、気付いていないだけで雛苺は強い子よぉ。だから負けそうな時は
 今夜のスピードとロックのリズムを思い出して楽しい気持ちを生み出すって感じぃー?
 そうすればちょっとの事では負けないわよぉ」
「そうなのぉ?」
「そうよ、ねぇ私と約束できるぅ?ちょっとの事じゃぁ負けないって」

そう言いながら水銀燈は雛苺の肩に回している手を顔の前にもってくると
小指を立てて微笑む。
少し戸惑い気味だった雛苺の顔がパッと明るくなると水銀燈の小指に
自分の小指を絡めて笑う。

「解ったの~、ヒナ約束するのー。もう負けないって約束するのー」

笑顔で互いの繋がった小指をブンブンっと上下にふる雛苺を見て水銀燈は
クスッと笑い、少し乱暴に雛苺の頭をクシャクシャっとなでる。

「さぁ、帰りましょぉ。 帰りはゆっくり走るからぁ」
「はいなのぉー!」

夜空から漏れ出す月の灯りに照らされたバイクに跨ると、2人は来た時は
違ったゆるやかな速度で走り出した。

ヒナ、もう負けないもん! 水銀燈と約束したのッ!
そう思いながら水銀燈の背中に抱きつく雛苺の笑顔を夏の夜風が
少し湿っぽい海からの香りを含んで駆け抜けていった。

                    *

「おーい、お前らも手伝えよー」

砂浜に突き出たCoralのテラスにアンプなどを運ぶジュンをよそに
あと数時間後にはあのテラスから歌う自分を想像すると緊張のためか、
いつにも増して落ち着きをなくす雛苺は店内をウロウロする。
普段なら見とれてしまうダイバーが撮った海中写真を見ても、
今日は 何も感じられない。
そんな雛苺はジュンの手伝いをして気を紛らわそうかと、テラスに向かって
小走りで駆け出そうとする。

「いったーい」
「ふわぁ、ゴ、ゴメンなさいなのぉ」

クルリと向きを変えた雛苺は後ろを通りかけた少女とぶつかる。
しりもちをついた形で床に転んだ少女は雛苺を見る。

「なに、雛苺じゃない? あんたどうしてここにいるの?」
「う、うぅ、ヒ、ヒナも今日は出ることになったのぉ」
「なにそれ?私は聞いてないわよ、そんなのクラスのみんなも知らないわ」
「ヒ、ヒナはあそこにいるお姉ちゃんのバンドで歌うの」
「そう?歌うのは勝手だけどクラスの邪魔はしないでね」

遠慮がちにテーブルについている真紅達を指差す雛苺を見ながら少女は
フンッと軽く鼻で笑って店から出ると砂浜のほうに歩いていった。

うぅ、ヒナは負けないもん!

この日に向けて夕暮れまで練習し、夜はみんなと一緒に歌詞を考えたり、
時にはジュンに宿題を教えてもらった。
水銀燈に気持ちの持ち方を教えてもらった。
みんな笑顔で自分の名前を呼んでくれた。
こんなことで負けない、負けたくない、そう思った雛苺はギュッと手のひらを強く握ってみた。



「わぁー」 「よかったぞー」 パチパチッ。

テラスの上で雛苺のクラスとブラスバンド部が砂浜で聴いている人達に
ペコリと頭を下げると、もう一回おおきな拍手が起こる。
その砂浜に集まった人達に混ざって聴いていた雛苺を少女は見つけると
少し勝ち誇った笑みを見せる。
雛苺は唇を噛み締めると、視線をテラスから砂浜に落とす。

「なぁーに、あの子? あれが雛苺をイジメてる子なのぉー?
 バッカみたーい」
「そうだよ、僕達の曲で彼女たちを見返してやろうよ、ねっ雛苺」

水銀燈と蒼星石の声で砂浜に落としていた視線を、もう一度テラスに向ける。

「ねぇ、そろそろ僕達も準備しなきゃ」
「そーねぇ、次のバンドが終わったら私たちだったわねぇ」

やや年配のバンドがテラスに姿をみせると砂浜で見ていた蒼星石は
雛苺の手を取ってCoralの中に入っていった。
その雛苺たちと入れ替わりの先ほどまで歌っていた少女はジュースを片手に砂浜で
テラスから流れるサックスの音を聴いていた。
そのサックスの音が1曲、2曲と終わりのメロディーを告げると真紅達の出番が近付く。
蒼星石は集中するように目を閉じている。
金糸雀は先ほどから指でテーブルをトントンと突付きながらリズムを取っている。
水銀燈は軽くウワァ~とアクビをしている。
雛苺は緊張のためか何度もトイレとテーブルの往復をしていた。
出ないはずのジュンも雛苺の緊張感が伝染したのか落ち着かない表情で貧乏ゆすりを始める。
その振動は前に座る真紅に伝わると、真紅はビシッと指をジュンに向ける。

「落ち着きなさいジュン、貴方は出ないのよ。それよりもお茶を煎れてきて頂戴」
「あっ、翠星石も欲しいですぅ。なにかもってきやがれですぅ」
「お前ら、後でトイレに行きたくなっても知らないぞ?」

ジュンがもってきた紅茶を半分ほど飲むとテラスからのメロディーが途切れ、
その直後に大きな拍手が起こる。
水銀燈は何も言わずに椅子から立ち上がる。
真紅は静かにもう一口カップを口に運ぶと残りの紅茶を飲み干す。
蒼星石はトイレから帰ってきたばかりの雛苺に微笑みかける。

「さぁ、僕達の出番だよ、行こうか雛苺」
「は、はいなのー!!」

夕暮れが近付いた海は、ほのかな薄紫色に染まっている。
砂浜にはサーファー達が焚き火をし、その火の粉が海風に煽られて、フワッと舞い上がる。
テラスの柵に取り付けられた照明が真夏の光と影を演出しているかのような中で真紅達が現れた。
その姿を見た数組のサーファー連中から口笛と歓声が沸き起こる。
それはメンバー全員が水着姿で登場したからだ。
当初は激しくイヤがっていた真紅だが、例によって出番直前に水銀燈と金糸雀に無理やり着せられたのである。
ただ名札が縫い付けられたスクール水着だとボーカルとしての華が無いと判断した翠星石は
止める蒼星石の声を無視し、名札の部分には真っ赤な薔薇の造花を縫いつけ、
おヘソから胸の膨らみが見えそうな所までをハサミで大きな楕円形に切り裂いていたのだ。

歓声と口笛が交差する中で雛苺は可愛いピンク色のワンピースに
小さなスカートが付いた水着で真紅のとなりに並ぶと
翠星石はスティックをリズミカルにチャッチャッチャッと鳴らし、
そのままスティックをドラムに叩きつける。

それを合図にインディゴブルーのビキニに白地にオレンジドットを施したパレオを
腰に巻いた蒼星石はチョッパーで軽やかなフレーズを紡ぎだす。
イエローのワンピースだが、背中が大きく開いている水着を着た金糸雀の
指がキーボードの上を走り出すと、水銀燈のギターが加わりメロディーは
海からの風に乗って広がっていく。

そのイントロが終わると真紅と雛苺の声がマイクを伝わり砂浜にいる人達に届く。
だが、緊張のあまりなのか雛苺は音程を大きくズラしてしまう。
それまでのメロディーの流れを台無しにするかのような雛苺の声は
砂浜にいる人達の嘲笑をかってしまった。

やっぱり雛苺はダメだねー。
そんな声がテラスにいる雛苺の耳に届きそうな目で見ているクラスの少女達。
眉を落として、恐る恐るとなりにいる真紅の顔を見てみる。
何事もなかったように声を出す真紅は雛苺にウインクする。
水銀燈と蒼星石はニコッと笑いながら雛苺の声が入るのをまっている。
砂浜で聴いているクラスの連中はクスクスと笑っているが、その連中の
後ろから巴が手を大きく振りながら声に出さずに頑張れ!とメッセージを
贈っているのが雛苺には見えた。
そして、その巴の後ろには大好きな海が広がっている。
太陽が落ちた海は群青色の深い青に染まっていた、その海からの風が
戸惑う雛苺の髪を大きく揺らす。
ハァ~、息を吸い込むと雛苺の中で海が広がる。
耳にはローゼンメイデンが奏でるロックのリズムが入り込んでくる。
そして雛苺の中で海とロックのリズムが静かに、そして素早く交じり合い
解けていった。

「ラァラララアァラァ~♪♪ Like the great poets~♪」

大きな目をパチリと開いた雛苺は自分の中から生まれてくる声を
ローゼンメイデンのリズムに乗せてマイクに伝える。
その声は今までの雛苺からは想像できないほどの強さを感じさせる声であった。
真紅の声にも負けないほどの広がりをもった雛苺の歌は砂浜にいる人々を包み込んでいく。
そして1曲目が終わりに差し掛かると真紅と雛苺の声はヴィブラートを交えて一つになっていく。
誰もが想像しなかった雛苺の圧倒的な声はおそらく、いつも海に潜って
遊んでいた為に身に付いた肺活量によるものだろう。
雛苺は平気で5分ちかく海の中で魚達と泳いでいたのだから。
イントロで失敗したのを見事、自分の声で帳消しにした雛苺は、もはやイジメられて
泣いていた頃とは正反対の表情で自信に満ちた笑顔で臆することなくテラスから
ローゼンメイデンの曲に体を動かす人々を見ていた。
その自信は2曲目が始まるとすぐに表れる。
ややアップテンポで少しポップ調な夏を連想させる曲が始まると、
テラスの上で真紅と雛苺はピョンピョンと可愛く飛び跳ねるような歌と仕草で
人々を魅了していく。
そんな姿を見ていたクラスの連中も知らない間に動いている体でリズムを取っている。
そのままローゼンメイデンの圧倒的な演奏と歌は夜の砂浜にキラめくように舞い降りて
人々の中で弾けていった。
ラストの曲が終わると今までにない拍手と歓声がテラスを包む。
そしてアンコールの声に笑顔を見せると、水銀燈と蒼星石がマイクに向かって歌い出す。
その歌に砂浜で聴いていた人々は手拍子を取りながら踊り出す。
真紅と雛苺も水銀燈と蒼星石の歌に入るとローゼンメイデンの前に出ていた、
やや年配のサックス奏者もいつの間にか彼女達に混ざっている。
軽やかなビーチボーイズのココモが流れる中で全ての人達は笑顔になり、
テラスから降り注ぐ音符のスコールに身をゆだねている。
そして雛苺の顔にはもう弱さなど微塵も感じさせない笑顔が真夏の夜に揺れていた。


最終更新:2006年08月19日 22:53