「ただいま~」
「おかえり~ですぅ。先に帰ってたと思ったのにどこに行ってたですぅ?」
「う、うん、ちょっと駅前の本屋さんに行ってたんだ」
「本屋さんですかぁ?何か面白いマンガでも買ったですかぁ?」
「うぅん、ちょっといろんな雑誌を立ち読みしてただけだよ、なにか詞の
ヒントにでもなるかな~って思ってね」
「で、何か思いついたですかぁ蒼星石!」
「ゴメン、これと言って思いつかなかったよ」
「そうでしたかぁ~、ま、しゃーねぇですぅ、翠星石も今からマジメに詞を
考えるですよッ!」
「そ、そうだね。僕も考えるよ」
そう言って蒼星石と翠星石は互いの部屋に入ると机に向かっていた。
うぅ~、どーも翠星石は詞というか、言葉が出て来ねぇですぅ…。
ん~~ッ、あッ、そーですぅ、気晴らしにジュンにでも電話してみるですぅ、
すこ~しジュンのカゼの具合も気になるかもぉ~ですぅ……。
――――プルルルル~~ プルルルル~
ん?何だ?あぁ、電話の音か。あれ?いつの間に寝てたんだ?
「はい、もしもし」
「おい、ひ弱野郎、カゼで死んでねぇですかぁ?」
「ヒ、ひ弱野郎って…お、お前なぁ~」
「どーですぅ、学校サボッてよく寝たですかぁ?」
「サボッたんじゃないよ、熱っぽかったから早退したんだよ」
「それで今はどうなんですぅ?死にかけですかぁ?」
「ハハッ、おあいにく様、蒼星石の肉じゃがで回復したよ」
「はぁ?蒼星石の肉じゃが?それはどういう意味ですかぁ?」
「あれ?蒼星石から聞いてないのか?家に帰ってる途中で………」
翠星石はジュンの話を聞き終えると何も言わずに電話を切った。
そしてうつむくと何とも言えない感情が翠星石の胸を叩く。
どういう事ですぅ蒼星石? 帰りは本屋さんに寄ったんじゃなかったのですかぁ?
アレから蒼星石はジュンとずっと2人っきりだったのですかぁ?
そんな疑問を繰り返す翠星石の胸を叩く感情はいつしか締め付けられるような痛みに変わっていた。
Illust ID:hJPk2yKq0 氏(106th take)
ん~~ッ、あれっ?
蒼星石は書きかけの詞を読み返すといつの間にか甘いラブソングを書いているのに気付き慌てて
ノートを破ると頬を真っ赤にしながらゴミ箱に向けてポンッと投げると、丸められた紙はゴミ箱のふちに当たり床に落ちた。
あぁ、どうしたんだろ僕? どうしてこんなに今日の事が…
いや、今日の僕は少し変だったのかもしれない…でも、どうして?
どうしてこんなにジュン君のことばかり思い出すんだろう?
えッ!――――――そ、そんな…ぼ、僕はジュン君のことを…
でも―――――――やっぱり僕はスキに…なったのかな…?
蒼星石が始めてジュンの事を知ったのは姉である翠星石からだった。
「変なオタクっぽい男が転校してきた」そんな言葉に蒼星石はいつもの笑顔で当たり障りのないセリフで答えていたのを思い出す。
それからすぐに転校生が軽音楽部に入ったと聞かされた時は正直驚いた。
姉の学校で軽音楽部といえば自分もメンバーであるローゼンメイデンに入ったということである。
女性ばかりのロックバンド、みんな仲の良い友達だけで組んだバンド、それはある意味、くさい言い方をすれば仲間との絆のようなものであった。
そこに転校してきたばかりの男が入ったのだ。しかも姉の翠星石はそれから少し変わったように思えた。そう、なんだか可愛い感じに。
そんな事を思い出しながら蒼星石は気付かない。自分もあの時の姉と同じように変わってきている事に。
僕が始めてジュン君と顔を合わせたのは確か……夏の合宿だったかな?
そうだ、そして足をケガしていた僕の荷物を持ってくれたんだ。
ついこの間の事なのに懐かしいな、確か地元の子、雛苺と出会ったのもジュン君が最初だったっけ。
そしてみんなで海や川で泳いだり、そうだ、ジュン君は無理やり雛苺の宿題を手伝うハメになったりして怒ってたかな?
でも僕達がバンドの練習をしている時にジュン君は一人で雛苺の宿題をしていたなぁ~、やっぱりジュン君は優しい人なんだ…。
あの夏は楽しかったなぁ、水銀燈はジュン君をネタに真紅や翠星石をからかったり………
えっ、ジュン君をネタにからかう…やっぱり真紅もジュン君の事を……
翠星石がどことなくジュンの事を気にかけているのは双子の姉妹である蒼星石は気付いていた。
ただ真紅の場合は水銀燈が単にからかっているだけだとその時は思っていた。
しかし今になって思い起こせばいろんな場面でその時の真紅の表情から何かを連想させるものがあった。
どうなんだろう?真紅はジュン君の事がスキなのかな?
蒼星石は床に落ちている丸めた紙を見つめながらまとまらない考えを巡らせていると、不意に思い出す場面があった。
あの夏の海で事故とは言えジュンと真紅の唇が一瞬ではあるが重なった場面が鮮明に蒼星石の脳裏に甦る。
ハァ~~ッ ため息ともつかない声が蒼星石の口から漏れる。
そして、その声は力なく宙に漂う煙のように感じられた。
そんな蒼星石の部屋をノックする音が聞えてきた。
「蒼星石、起きてますかぁ? 翠星石ですぅ、ちょっと話しがしたいですぅ」
翠星石の声はどことなく曇っているように感じられる。
蒼星石はそんな姉の声に答えながらドアを開けた。
翠星石は少しよそよそしい感じで蒼星石の部屋に入っていく。
その頃、ジュンは何気なくTVでも見ようとリモコンに手を伸ばそうとした時、携帯電話が鳴り出す。
――――プルルルル~ プルルルル~
なんだ、また電話か。今日はよくかかってくるな~、誰だろう?
ジュンは着信表示を見てみると相手は水銀燈だった。
水銀燈から電話なんて珍しいな、そう思いながら通話ボタンを押す。
「もしもし水銀燈よぉ~、あれぇ、もしかして寝てたぁ~?」
「いや、ちょっと前までは寝てたけど、なんだか翠星石から電話がかかって
きて起きたよ」
「そぉ~、わたし今ね、真紅の家で曲を作ってるんだけどぉ~、どう、ジュン
も遊びに来ないぃ~?」
(ちょっと水銀燈、何かってな事を言ってるの?)
受話器の向こうから真紅の声が微かに聞えてきた。
恐らく水銀燈は曲作りに詰まってヒマを持て余して僕のところに掛けてきたんだろう。
後ろで真紅も怒鳴っているみたいだし、今日はカゼ気味で早退したばかりだし、とりあえず僕は断ることにした。
「いやぁ、カゼ気味だし、それに今日は親がいないから留守番もかねてるから出れないんだよ」
「えぇ~、じゃジュンは一人で家にいるのぉ?寂しい男ねぇ~フフフ」
「寂しい男で悪かったなッ」
「フフフッ、それじゃぁ寂しくならないように私と真紅が遊びにいくわぁ」
「おい、お、オイ……」
水銀燈はそう言うと一方的に電話を切ってしまった。僕はまさか来ないだろうと思いながらボンヤリとTVを見ていた。
すると何やら聞き覚えのあるバイクの音が聞えてきた。
あのマフラーの音は間違いなく水銀燈のZX-10Rニンジャに違いない。
僕は窓を開けて下を見てみると水銀燈がヘルメットを取りながら僕に手を振っていた。
そして驚くべき事にそのタンデムシートには真紅も乗っている。
「こぉんばんは~~、遊びに来ちゃったぁ、フフフ」
「まったく水銀燈には呆れるのだわ、いきなりジュンの家に遊びに行く
なんて言うのだから」
なんだか知らないが家に上がってきた真紅はいきなり「お茶」とだけ言うと水銀燈と一緒に僕の部屋をキョロキョロと見渡していた。
「殺風景な部屋ねぇ~」
「そうね、男の子の部屋ってもっと汚いものかと思っていたわ」
真紅は僕がもってきたお茶を飲みながらキョロキョロしている。
よほど同年代の異性の部屋が珍しいのだろう。
かたや水銀燈は、まるで自分の部屋のように思っているらしくベッドに腰を掛けてバイク雑誌を読もうとしていた。
「なぁ、本当に真紅の家で曲を作っていたのか?」
「そうよ、曲っていってもまだイメージの段階だわ」
「イメージ? どんなイメージで曲を作ろうとしてるんだ?」
「ジュンはおバカさんねぇ~、それが思い浮かばないからヒマしてたんじゃない~」
「あっ、なるほど、そう言う事か」
どうやら何のアイデアも浮かばなかった水銀燈は気晴らしにと考えて真紅を無理やり連れて来たみたいだ。
しかし、2人は対照的のようで、真紅はまだキョロキョロと部屋の隅から隅まで忙しく視線を走らせている。
水銀燈はとうとう僕のベッドに世転がって雑誌を読み出した。
そして僕はと言うとこの2人にお茶のお代りだとか、茶菓子が欲しいだとか言われ、そのたびにキッチンに足を運ぶ。
ったく、僕は真紅と水銀燈の召使じゃないぞ!つーか僕はカゼで早退したって言うのに、この2人ときたら…蒼星石を見習えよ。
ジュンはキッチンで適当なスナック類をもって部屋に戻ると真紅は勝手にPCを起動させファッションサイトを見ている。
水銀燈にいたってはベッドの下を覗き込んでいた。
「おい、お前らッ、何ヤッてるんだ! おい真紅、勝手にPCいじるなよ」
「あら、別にいいじゃない。それよりもジュン、邪魔しないで頂戴」
「じゃ、邪魔って…。つーか水銀燈は何ヤッてんだよ?」
「おかしいわねぇ~普通こういう場所にHな本とか隠してるんでしょ~?」
「だぁぁぁーー、何を探してるんだよー!!」
最悪だ、この2人を家に入れたのがそもそもの間違いだったんだ。
この分だと次は何をしだすか解らないぞ!
真紅はさっきからモニターに出てくるリンク先を手当たりしだいにクリックしているし、水銀燈は本棚の裏を覗き込もうとしているし……誰か助けてくれ。
そんなジュンの悲痛な願いが届いたのか、水銀燈のポケットから携帯の着歌が聴こえてきた。
着信表示を確かめた電話にでると うん、うん、えぇ~、最悪ねぇ~、ホーネットはどうなってるのぉ~? と話し込んでいる。
どうやら会話の様子から相手は金糸雀のようである。
それを横で聞いていたジュンは、 おいおい、金糸雀まで来るのか? そう思って内心ビクビクしていたが、金糸雀からの電話を切った水銀燈の口からは意外な言葉が出た。
「出先でバイクの調子が悪いみたいだから向かえに行ってくるわぁ~」
「ホ-ネットの調子が悪いのか? それと真紅はどうするんだ?ニンジャに
3人も乗れないだろ?」
「真紅は後で迎えに来るから待ってて~、それから2人っきりになった
からって変なことしちゃダメよぉ~フフフ」
「何を言ってんだよッ!!」
「バカな事を言わないで! それよりも早く金糸雀を迎えに行ってらっしゃい」
「ウフフフ、冗談よぉ~。じゃ、金糸雀を向かえに行ったらすぐに帰ってくるから~」
そう言うと玄関先でジュンと真紅に見送られた水銀燈のZX-10Rは太い排気音を轟かせながら消えていった。
「相変わらず速そうな音だな…」
「ジュン、貴方はあんな事故にあったのにまだバイクに乗りたいの?」
「うん、乗りたいよ。バイクで走ったときの感覚、あんな感じは初めてだった
んだ…緊張しているようで、なんだか開放感があって、どう言ったらいいの
か解らないけど、とにかく気持ちいいんだ…」
「そう…ジュンがそういう気持ちなら止めないけれど、今度バイクに乗る時は
ゆっくり走りなさい。そ、それと、あ、新しいお守りも用意するわ」
ジュンから視線をわざとに逸らしながら真紅はポツリと呟いた。
その言葉にジュンはただ素直に「ありがとう」とだけ言う。
ヒュ~~~―――――夜9時過ぎの北風が2人の首筋を撫でていく。
ジュンと真紅は夜風にブルッと体を震わせると部屋に戻った。
その冷たい北風が蒼星石の部屋の窓を小刻みに叩く。
その音を聞きながら蒼星石の前に座っている翠星石はどこか的を得ない会話をしている。何かを言いたそうな、そんな会話である。
話の本筋を言い出せない時は決まってどうでもよい話題を永遠と話し続けるクセがある翠星石のことを誰よりもよく知っている蒼星石はそれとなく話しを切り出しやすいように誘導するのだが、今夜の翠星石はついに話しを切り出す事なくスクッと立ち上がるとカラ元気なのか、いつもより大きな声を出す。
「さ、ささ、もうこんな時間ですぅ、今夜は大雨になるってニュースで言ってたから早く風呂に入って暖かくして寝るですよッ」
「そうだね、風も強くなってきたし、気温もずいぶん下がった感じだから
ジュン君みたいにカゼを引いたら大変だね」
「…ジュ、ジュンみたいにカゼをひいたらイケねぇですから早く風呂に入る
ですよッ。そして歌詞のことは明日にするですぅ~」
それだけ言うと翠星石は部屋から出てるといつものようにドタドタと騒々しいほどの足音を立てながら今夜は口笛混じりで自室に戻る。
そんな元気な翠星石を見て蒼星石はクスッと笑うと着替えを持って風呂場に向かった。
何の話かと思ったけど詞のことだったのかな?何にしても翠星石は元気そうで良かったよ。
シャツを脱いだ蒼星石は風呂場に足を踏み入れる。
ヒヤリとしたタイルの冷たさが足の裏から伝わり 「ひやっ」 と小声が出る。
そしてすぐに湯船からお湯を取り、左肩からお湯を流す。
白い地肌に小さな肩、両胸のふくらみと細く伸びた首筋から湯気が立ち上がる。
そしてゆっくりつまさきから湯船に入り、その小さな肩まで浸かるとショートカットの髪の先がお湯に濡れた。
体が温かいお湯に馴染むと蒼星石は翠星石が部屋をノックするまで考えていた続きを思い起こす。
ジュン君も今頃はお風呂に入ってるのかな? あっ、そうだ、カゼを引いてるから今夜は無理かな? また何か食べ物を作ったら喜んでくれるかな?
僕の肉じゃがをあんなに喜んで食べてくれたんだから……。
作った料理を越さずに食べているジュンの笑顔を思い出した蒼星石の顔はお風呂でのぼせた訳ではないのに見る見る顔が赤くなっていく。
そんな蒼星石は今日のジュンに対する行動を思い出してみてみると、恥ずかしさがこみ上げてくる。
そして蒼星石はお湯に沈むように深く浸かる。湯船に顔半分だけ浸かった蒼星石の口から漏れた空気が泡となって湯船にはじけていた。
最終更新:2006年11月25日 03:06