そこの角を曲がればジュンの家ですぅ。今日で翠星石は想いを断ち切るですぅ…そして蒼星石を応援するですぅ、だ、だからジュンに会ったら思いっきりイ、イヤミを…イヤミを言ってやるですよッ。
切なくなりそうな自分の気持ちを踏みとどまらせるように翠星石は手に持つ鞄をギュッと握り締めながら角を曲がろうとする。
えっ! し、真紅?
どうしてこんな時間にジュンと真紅がいるですぅ?どうして真紅は制服じゃないのですぅ?
ジュンと真紅の姿を見た翠星石はすぐに曲がり角に身を隠し、2人を見る。
「そ、それじゃ、私は帰って着替えるわ…ジュ、ジュンは?」
「う、うん。僕も着替えて学校に行くよ」
短い会話ながらいつしか意図的に逸らしていた互いの視線は戻っている。
ただ、2人の視線はいつもとは違い、どこか柔らかさ、初々しさというものが感じられる。
そんな2人を見る翠星石の胸の深いところで昨夜の雷が鳴り響く、そんな激しい音が聞えたような気がした。
な、何なのか意味が解らないですぅ……。
いつもバンド活動をしている時に感じるドラムから発せられる振動。
それが胸の中で暴れるように叩き鳴らされている。
それも軽快なリズムではなく不快さを感じる的外れなリズムで…。
どうしてジュンはパジャマで真紅は私服なのですかぁ?
重く圧し掛かる胸の苦しさと同調するかのように翠星石の体から熱が逃げていく。
それはこの先に考え付く自らの答えに嫌悪感を感じたからであろう。
真紅が朝帰り、しかもつい昨夜まで想いを寄せていたジュンの家から。
考えたくない、認めたくない、そんな思いが自分の体が石に変わってしまったのかと思えるくらいの重圧を感じていた。
あれ、翠星石…?
昨夜、停電の中で携帯電話の灯りをたよりに自分の感情を表し書いてみた詞をもった蒼星石はジュンの家へと続く曲がり角で力なくたたずむ翠星石の姿を見つけると、少し躊躇しながら近寄って声をかけた。
「お、おはよう翠星石……」
予測もしていなかった声に翠星石は肩をビクッと震わせ、ゆっくり振り向く。
そこには何やら戸惑いがちに距離をとっている蒼星石の姿があった。
まさか蒼星石が来るとは思っていない翠星石は驚きと戸惑いが混じった複雑な表情を見せた。
「どうしたの翠星石、なんだか顔色が良くないよ」
「な、なんでも無ぇですよ…蒼星石こそどうしてこんな所にいるですぅ?」
真っ暗な部屋の中で浮かんでは繰り返される気持ちを詞に変えてみた。
それを真っ先にジュンに見てもらいたい。
そう言いそうになった蒼星石は少し言葉を失いかける。
それは初めて一人の女性として異性を意識し始めた恥ずかしさなのか、それとも同じ異性を想っているであろう翠星石には言えなかったのか、とにかく蒼星石の口から出た言葉は本心ではなかった。
「う、うん、昨日かいた詞を翠星石に見てもらいたくて追いかけてきたんだ」
「そ、そーだったですかぁ~、じゃ詞を見せてみるですぅ」
「うん、でもここまで来たらジュン君にも見てもらおうよ、男性の意見も聞きたいし…」
少し言い訳になりそうな言葉を言いながら蒼星石は角を曲がろうとする。
それに対し翠星石は自分の横を通り過ぎようとする蒼星石の腕をつかむ。
「た、たぶんジュンはまだ寝てるですよッ、それにジュンが詞なんて解るわけないですぅ~」
「ダメだよ、そんな事を言ったらジュン君に悪いよ」
つかまれた手を払いのけるように蒼星石は足を進めて角を曲がっていく。
ダ、ダメですぅ! 今、出て行ったら真紅とジュンが……!!
急いで蒼星石の後を追う翠星石が見たのは、先ほどと変わらないパジャマ姿のジュンに笑顔で手を振っている蒼星石の後姿であった。
どうやら真紅は蒼星石が来る前に去っていたようだ。
「おはようジュン君。カゼのほうは良くなったの?」
「ん? 誰かと思ったら蒼星石と翠星石か! うん、おかげで体も良くなったみたいだよ」
「そう、よかったねジュン君、それから見てもらいたいものがあるんだ…」
「見てもらいたいもの?」
「うん、これ昨日の夜に書いた詞なんだけど…感想を聞きたいんだ」
Illust ID:KeOENyCmO 氏(112th take)
背中越しではあるが、蒼星石がテレながら上目使いでジュンと話しているのが翠星石には解った。
おそらく実の姉である翠星石にも見せた事のない表情で…。
さっきの真紅が気になるですけどぉ、今は、今は、蒼星石のことを考えて翠星石は…こ、ここから離れるですぅ……
ジュンは蒼星石の書いた詞に目を落とし、綴られている文字を追いかける。
そんなジュンの面持ちを蒼星石は、どこか落ち着きがない表情で見つめていた。
翠星石はそんな2人をチラッと見ると気付かれないように離れて学校に向かった。
いつもより早く来た教室は、まだ人も少なく殺風景である。
賑やかなはずの場所が少しの音でも他人の耳に入るほどの静けさ。
それがより翠星石の気持ちを寂しくさせた。
力なくイスについた翠星石は頬杖をつきながらボンヤリと黒板を眺めてみる。
その視線の端には真紅とジュンの机が並んで見えた。
その机を見ていると今朝の光景が頭に浮かび上がる。
ジュンと真紅は何をしていたですかぁ?
もし真紅とジュンが付き合っているなら蒼星石はどうなるですぅ?
それにもうジュンなんかどーでもいいはずなのにどうして胸が苦しいですかぁ?
どうして痛いですかぁ?
もう解らねぇですぅ~~!!
時間の経過と共に生徒達がじょじょに登校してくる。
それに伴い教室も普段の賑やかさが帰ってきた。
「おはよう、あら翠星石、今日は早いわね」
普段だと自分よりも遅れて教室に入る翠星石がすでに机に向かっているのを見た真紅は、多少の驚きを感じながら声をかけた。
ふんッ―――――――――ガタンッ
そんな真紅の声が聞えたのか、聞えなかったのか、翠星石は急ぎ足で教室を出て行った。
「だからぁ、サビの部分はコーラスを入れたら盛り上がると思う訳よぉ、そのほうがイイ感じでしょぉ~」
「それ採用かしら~、もちろんコーラスはカナと翠星石かしらッ」
「そうねぇ、有栖川神社のライブみたいにイヤフォンマイクねぇ」
「また翠星石が髪型が乱れるですぅ~とか言いそうかしらって、翠星石、カナの机で何をしてるかしらぁ?」
2人して話しながら教室に入ると、金糸雀の机に翠星石が座っている。
「あ~ら、翠星石。貴女が私達の教室にいるなんて珍しいわねぇ~
どうしたの、何かあったのぉ~?」
翠星石は水銀燈の声にも顔を向けず金糸雀の席に座ったままそっけなく答える。
「べ、別にぃ~ですぅ」
「そぉ? だといいんだけどぉ~」
「それよりもカナと水銀燈でイイ感じの曲を作ったかしらぁ~」
「なにか曲が浮かんだですかぁ?」
「まぁねぇ~、ハデ過ぎずにぃ、イイ感じのフレーズよぉ~フフ」
「カナと翠星石のコーラスも入るかしらぁ」
「コーラスですかぁ?」
「そうよぉ、真紅の歌と貴女達のコーラスが意外にマッチするって有栖川神社のライブで解ったし~今回もイヤフォンマイク付けてねぇ~」
「…で、ですぅ……」
「ん? どうかしたかしらぁ翠星石?」
「なぁに? そんなにイヤフォンマイクが嫌いなのぉ~?」
水銀燈が言った真紅の歌とマッチする、そのセリフに翠星石は拒否感を覚えた。
確かにあのライブの時は悪くないレベルで真紅の歌とマッチしていた。
しかし、今の気持ちのまま真紅の歌に合わせられるのか?
何も知らなかった時のように真紅とうまく話しができるだろうか?
そんな思いが翠星石の胸を激しく揺さぶった。
「どうしたのぉ、さっきから黙り込んじゃってぇ~?」
「な、何でもねぇですぅ……」
「それより詞は考えてきたかしらぁ?」
「詞なら蒼星石が何か書いてたですよぉ」
「どんな感じの詞だったかしら~?」
「ま、まだ見てねぇですぅ…」
「まだ見てないのぉ? しょうがないわねぇ…あっ、もうこんな時間なのぉ?
ねぇ教室に帰ったら曲ができから昼休みは部室に集合って真紅に伝えておいてねぇ~」
授業開始5分前のチャイムを聞くと水銀燈は翠星石に曲のことで伝言を頼む。
しかしそれを聞いたにもかかわらず翠星石は肯くどころか金糸雀の席から動かない。
「なにヤッてるかしらぁ、そこはカナの席よぉ、早くしないと1時間目は白崎の授業かしら~、また怒られるかしらぁぁ」
「…ですぅ」
金糸雀の声にようやく席から離れるとゆっくり教室を出て行った。
最終更新:2006年12月09日 00:59