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遅いな……。

部室に残った真紅は戻ってこない、翠星石にいたっては昼休みから見てないし、2人ともどうしたんだろ?
僕はそう思いながらチラッと隣の席と後ろにある席を見る。
いつもなら金髪をツインテールにしている真紅と栗色の長い髪を退屈そうに指でもてあそぶ翠星石の姿があるのに、今は2人ともいない。
チョークが黒板に文字を書くたびにコツコツっと単的な音が教室に響く、その音を聞いているとなぜか僕の胸には不安の色が濃く浮かび上がった。



「えぇ~、真紅も翠星石も授業に出てないかしら~?」
「えっ、じゃ、水銀燈もいないのか?」

結局あれから真紅と翠星石は教室に帰ってこなかった。
それどころか水銀燈まで姿を見せていないようだ。
僕がそれを知ったのは午後の授業が終わり掃除をしているときに隣の教室から不安そうな顔付きで表れた金糸雀と話してからだった。

「もう、カナをほったらかしにして3人で何をヤッてるかしらぁ?」
「電話はどうなんだ?繋がるのか?」
「ダ、ダメかしらぁ~、みんな留守電になってるかしらぁぁ~」
「そうなのか……」

留守電に金糸雀のメッセージが入っている頃、水銀燈は制服の上にライダースのジャケットを着てZX-10Rに乗り、有栖川総合病院の駐車場にいた。

「ふぅ、さすがにこの季節になるとバイクはツライわねぇ~」

フゥ~っと白い息を凍えた手に吹きかけると、10階にある病室の窓を見る。
そしてZX-10Rのとなりに止まっている青いスカイラインGT-Rをチラッと確認し、ジャケットのポケットに手を入れると病院の中に入っていく。

「こんにちはぁ~~」
「あぁ、水銀燈、いらっしゃい」

ベッドで人形のように眠る1人の少女、その脇にめぐはいた。
ブルーRと呼ばれロックバンドENJUのヴォーカリスト、めぐ。
彼女と水銀燈は数ヶ月前までは犬猿の仲であり、深夜の高速で壮絶なバトルを繰り広げたこともあった。
しかし、めぐは水銀燈がスピードの中にある音楽、風が導いてくれる最上のフレーズを探して走っていることを知り、今こうしてベッドから目を覚ますことのない妹、薔薇水晶の影を水銀燈の中に見た。
そして水銀燈も妹を廃人にまで追い込んだバイクという乗り物に復習するかのように走るめぐの心境を知り、こうして何度か目覚めない薔薇水晶のお見舞いに顔を出していた。

「今日はどうしたの?水銀燈」
「まぁ、なんとなくよぉ~」
「ふふ、水銀燈は毎回ここに来る理由は何となくなんだね」

クスッと笑っためぐの笑顔にはもうあの頃のような冷たい笑みではなく、自然で優しい微笑みであった。
そんな微笑に水銀燈もニコッと笑った後、すこし切り出しにくそうに口を開く。

「ねぇ、めぐぅ…ちょっと聞きたいんだけどぉ、ENJUってギターもう一人くらい入れるのぉ~?」
「えっ!? どういう意味? ローゼンメイデンはどうしたの?」
「フフッ、何となく聞いただけよぉ、深い意味はないわぁ~、ただタマには違うバンドで音を出してみたいなぁぁ~なぁ~んて思っただけよぉ」
「そうなの、私達ENJUとしては水銀燈なら大歓迎よ」
「フフッ……」


水銀燈とめぐが話している頃、翠星石はあの日、ジュンと一緒に乗った観覧車で小さくなっていく人込みを見下ろしていた。

「寂しいですぅ…やっぱり翠星石はバンドも真紅も大好きなのですぅ~」

西の空に冬の太陽がゆっくりと沈んでいく。
遠くに見える山の頂上はその光でオレンジ色に染まり出している。
あの日、ジュンと2人で乗ったこの観覧車、あの頃はまだ夏の香りがしていた。
あの山も、観覧車の窓から見える高速道路も、その向こうに見える青い海もみんな輝いて見えた。
ほんの数ヶ月前の思い出があまりにも眩しすぎて翠星石の胸を締め付ける。
ゆっくり、ゆっくり、そっと観覧車は上を目指して登っていく。

どうしてこんな事になったですかぁ―――――――――――――。

一番上にきた観覧車の窓から淡いオレンジ色の粒子が泣き出した翠星石を優しく包んでいた。



「私は……ジュン…翠星石……」

そして同じ頃、真紅は街のネオンが輝きだした交差点を行き交う車のテールランプを歩道橋の上からぼんやりと眺めている。
クリスマスが近付いたネオンは、どこか優しく、そして暖かい。
サンタの格好をした人がおどけながら交差点を渡る人の群れに笑顔を振りまいている。
そしてどこからかクリスマスキャロルが流れ出す。

こんなに体が寒いのはどうして? こんなに胸が苦しいのはどうして?

いつしか歩道橋の上で佇む真紅の手には部室でひろったピックが握り締められていた。
それをじっと見つめる真紅は自分に質問を投げかける。

私は本当にジュンが好きなの? 
あの時のキスは? 
私の気持ちはどうなの? 
これは本当に恋なの?
人を好きになるのはこんなに苦しいの?
私は…私の想いはどこを見ているの?

しばらく真紅はピックを見つめたまま動かない。
そして街の音を聞きながら目を閉じるとピックを力いっぱい握り締める。

私は―――――――――――――――もう迷わないわ!

そっと広げた手のひらからピックは音もなくスローモーションのように歩道橋からこぼれ落ちた。

                    *

「もう、カナの事をなんだと思ってるかしらー」
「本当にみんなどこ行ったんだよ? まぁ、僕のほうからも電話してみるよ」
「解ったかしらぁ、連絡が付いたらカナが怒っていたと伝えてほしいかしらぁ!」
「あぁ、そう伝えておくよ、じゃっ、バイバイ」
「カナを除け者にして今頃は美味しいものを食べてるに違いないかしらぁ」

いや、多分それは違うと思うけど………。

金糸雀はブツブツと不平不満を並びたてながら帰っていった。
やはり真紅達と連絡が取れないことに金糸雀はかなりご立腹のようだ。
まぁ、確かに3人同時に授業を抜けるのに僕か金糸雀に何も連絡が来ないのはおかしい。
水銀燈なら不意によく姿を消しているけど真紅と翠星石までもいないのはどうも……翠星石、そうだ、今日の翠星石はどうも様子が変だったな、何だか僕と真紅を避けているように感じたけど……なにかイヤな予感がするなぁ~。


この時の僕はただ漠然イヤな予感がしていただけだった。
その漠然としたものが何なのかはっきり解ったのは家に帰り、蒼星石と電話で話をした直後に訪れるとは思いもしなかった。

ジュンが部屋で制服から部屋着に着替えている頃、蒼星石はいっこうに繋がらない携帯を心配そうに見ていた。

翠星石はどうしたんだろ? みんなと映画でも見てるのかな?

ふとそんな考えが浮かぶと少しやりきれない気持ちになる。
それは、みんなと言う中にはジュンが含まれているからである。
確かに真紅達とは違う学校に通っている蒼星石にとって今回のように不意にみんなと連絡が取れない時がよくあった。
だいたいそんな時は学校の帰りに盛り上がってそのまま映画やカラオケといった事が何度もあった。
今までだと翠星石が見てきた映画の内容やカラオケでのエピソードに蒼星石は笑顔で聞いていられた。
だが、ジュンに想いを感じ始めた蒼星石にとって映画やカラオケの話の中に、その場に自分が居ない時のジュンが含まれる話を聞くのは切なく感じる。
できれば自分もその中にいたい、少しでも近い場所にいて同じ時間、同じ光景を見ていたい。
そう思う蒼星石は繋がらない携帯の画面を翠星石からグループ検索に変えてジュンの番号を選び、ボタンを押す。

ジュン君、出てくれるかな………?

呼び出し音が1回鳴る毎に蒼星石の胸の鼓動は早くなっていく。
そして数回目の呼び出し音を聞いた時にジュンの声が聞えた。

「あ、あの…ジュン君、僕、蒼星石だけど…」
「あぁ、蒼星石か。どうしたんだ?」
「う、うん、今ジュン君、何をしてるのかな~って思って」
「家に帰ってきた所だよ、あぁ、そうだ、そこに翠星石っているのか?」
「えっ、翠星石はまだ帰ってないよ。僕はてっきりジュン君達と一緒にいるもんだと思っていたんだ」
「いや、翠星石も真紅も水銀燈も昼から居なくなってるんだよ」

本来なら翠星石たちがどこで何をしているのか気になる所だが、今の蒼星石にとってはジュンが一人でいること、そしてジュンと話しているほうが大切に感じられた。

ぼ、僕は―――湧き上がる気持ちにそっと呟くような言葉が出そうになる。

「ねぇ、ジュン君……」
「ん? 何だ?」
「あの~、僕が書いた詞の意味なんだけど…」

蒼星石はそこまで言うと次の言葉が出なくなる。
それはこの先に続くであろうセリフを言ってしまうのが怖かったからだ。
胸の深い所から導かれるように表れる気持ちを伝えてしまったら、もう二度と後戻りできない、いくら神様に祈りをしたところで伝えてしまった1秒後には戻れない、そして伝えたことにより全てを包む今の時間が押し潰されて行きそうで、そんな重い考えに蒼星石は勇気が出ない。
そう、たった「好き」と伝える一言に恐怖を感じている。

「あぁ、今朝みた蒼星石の書いた詞だろ? うん、凄くイイ感じだと思ったよ、
 なんだか切なくて、こう何て言うのかな、恋?って感じが伝わってきたよ、
 ちょっとラブレターみたいな詞だと思ったけど、あぁいう手紙を本当に貰ったらウレシイだろうな~ハハハ~」

電話の向こうで笑うジュンに蒼星石は声に出さずに心の中だけで囁く。

ジュン君、それは…僕の……ジュン君を想う気持ちなんだよ…

「よ、良かった~、ジュン君に誉めてもらって嬉しいよ…」
「いや、でも本当にいい詞だと思うよ、えっ、ん?……ははッ、ゴメン蒼星石、なんだかオヤジが呼んでるから、また後でいいかな?」
「うん、それじゃ翠星石が帰ってきたらジュン君や金糸雀が心配してたと伝えておくよ」
「あぁ、そう言ってもらえたら助かるよ、じゃ、バイバイ」
「うん、じゃぁねジュン君、バイバイ」

ジュンとの電話を終えると、フゥ~と深い息をつく。
誉められた詞、そして言い出せなかった気持ちに心は喜んでいいのか後悔すべきか蒼星石には解らなかった。
ただ次に何かきっかけがあれば「好き」と言ってしまいそうになる。
そんな予感めいた事を思う蒼星石の胸は激しい鼓動を感じていた。

「なんだよ~? もう、ご飯なのか~?」

蒼星石との電話を邪魔した父親に僕は少し声を上げながらテーブルについた。
そこには新聞紙を広げたままコーヒーを飲む父親は僕の顔も見ずに一言こういった。

「ジュン、突然でスマンが年明けくらいに転校することになりそうだ」

えっ? なんだよ、今なんて言ったんだよオヤジ? 転校って言ったのか?

僕は父親の言ったセリフがすぐには理解できなかった。
いや、理解というより信じたくなかったのかもしれない……。

ジュンに新たな転校の話が出た頃、翠星石は遅い帰宅をする。
蒼星石はいつもの声で呼ぶのを聞えないふりをして部屋に入った翠星石はイスに座り、机に飾られている写真を手に取る。
そしてこんな悩みなど知らない頃のバンドメンバーに語りかけてみる。

翠星石はどうしたらいいですかぁ?

見つめて語りかける写真には、まだジュンと出会う前の真紅と翠星石が無邪気な笑みを見せて手を取り合って写っている。
その周りには蒼星石、そして知り合ったばかりの水銀燈と金糸雀がいる。
自分達の大切なバンド、ローゼンメイデンが産声を上げた頃の笑顔だった。

翠星石は、どうしたらいいですかぁ、ねぇ答えるですぅ、真紅ぅ、蒼星石、水銀燈、金糸雀…教えてですぅ………
翠星石は、翠星石は…やっぱり真紅も、みんな大好きなのですぅ。
でも、恋って、人を好きになるのはこんなにも辛くて痛い事なのですかぁ?
もう、こんな気持ちはイヤですぅ、もうゴメンなのですぅ~!!

翠星石は携帯を手にすると、真紅の番号を押した。
その頃、真紅は電源を落とした携帯に気付かずにいる。
ただ真紅の足はまっすぐ翠星石の家に向けられていた。




最終更新:2006年12月12日 23:46