その頃、初詣でごった返す有栖川神社に真紅達がいた。
雅楽で使用された楽器などを祀っている有栖川神社は音楽の神社として名高い。
しかも今回のTV出演もこの神社で行われたライブからである。
3日後に控えたenjuとのライブ、そして本番である1月6日のTV収録に向けて真紅達は普段では見せない面持ちで両手を合わせていた。
それは顔すら知らない全国の人達に向けて作った曲に期待と不安が入り混じった彼女達の新年が始まった……そして6日後。
「ちょっと水銀燈~、遅かったかしらぁぁ~」
「心配したですぅ~」
「ゴメンねぇ~、寝過ごすところだったわぁ~」
ギターケースを肩に掛けた水銀燈がホームに到着する。
よほど急いで来たのだろう、ハァハァと白い息を整え始める。
ようやく弾んだ息が元にもどると、改めてゴメンねぇ~と彼女らしい言葉使いでメンバーの顔を見てみる。
同じようにベースを肩に掛けた蒼星石、翠星石、金糸雀、そして涼しい顔で紅茶を飲んでいる真紅ですら、寝不足なのか、どこか目が赤い。
これからTV局に出向き番組を収録するための緊張は隠せない。
「あっ、来たですよぉ」
早朝の冷たくモヤがかかるホームに新幹線のライトが見える。
スピードを落とした新幹線は彼女達の前でドアを開ける。
程よい暖房がきいた車内でTV局が用意してくれたチケットに書かれた座席に座る彼女達。
「新幹線なんて修学旅行いらいですぅ~」
「そうね…」
そう短く呟いた真紅の言葉と同時にドアは閉まると、じょじょにスピードを上げた新幹線は東京を目指して走り出す。
始めは緊張を解すためなのか、はしゃいでいた彼女達も、いつしか言葉数少なくなり、猛スピードで流れていく景色を眺めているだけになった。
そして1人、また1人と浅い眠りに入っていく。
何度か目覚めては、またウトウトする彼女達だか、車内のアナウンスが東京の言葉を継げると睡魔のために和らいでいた緊張と期待と不安が一挙に押し寄せてくる。
「もう東京なのねぇ~」
「ちょっとドキドキしてきたかしらぁぁぁ~」
いつの間にか降り出していた小雨が窓を濡らしている。
ドンヨリと鉛色の低い空から細い糸のように降りそそぐ雨に煙った東京駅のホームが見えた。
初めてのTV出演、その第1歩が今、始まろうとしていた。
*
彼女達は改札を抜け、タクシーに乗り込むまでこれと言った会話はない。
プレッシャーが彼女達の口数を少なくさせているのだ。
その緊張がはっきりと自覚できたのはタクシーがTV局に着いたときだった。
受付で用件とTV局から送られてきた用紙を見せると、どこからか
アリスゲームのスタッフが現れて彼女達を出演者控え室まで案内する。
「こんにちは、私はアリスゲームのプロデューサー、梅岡といいます、ヨロシク」
「よ、よろしくですぅ…」
「バンド名はローゼンメイデンでよろしかったですね?」
「そうよぉ~」
「それでは、まず収録の説明をします、リハーサルは1時間後からです。その時に各自の楽器類のセッティングなどを…」
彼女達はプロデューサーから収録までの簡単な説明をうける。
物腰柔らかく話す言葉と裏腹にローゼンメイデンの音楽を聴いていない梅岡はこんな娘達に視聴者を喜ばす演奏ができるのか?と思っていた。
しかし、そんな考えも収録が始まると考えすぎだった事になるとは、まだこの時は気付いていない。
「それでは、貴重品は警務部の人にサインして預けてください、それとスタジオでは他の迷惑にならないように携帯の電源は落としておいて下さい。後でスタッフが呼びに来ますので」
そう言い終ると梅岡は控え室を出て行く。
その彼と入れ違いのように警務部の人だろうか、ガードマン風の服を着た初老の男性が入ってくると真紅達は貴重品をサインと共に渡す。
そして先ほど梅岡に言われたように携帯の電源を切った。
リハーサルまでの1時間は彼女達にとってもっとも短い1時間であった。
のしかかるプレッシャーと右も左も解らないTV局の中でいつもは堂々としている真紅や水銀燈までもが小さくなっている。
必要以上にノドが乾く、気持ちを紛らわそうとするが会話が続かない。
何とも言えない空気が漂い始めた頃、スタッフがリハーサルを告げに来る。
「リハーサルが始まりますので、どうぞスタジオに入ってください」
「は、ハイですぅ…」
「さ、さぁ、い、行くわよぉ…」
大好きなはずの演奏をしに行くのにこれほど気持ちが重くなったのは初めてだ。
控え室からスタジオまでの短い距離の間に何度も仲間の顔を見渡す。
真紅も水銀燈も蒼星石も翠星石も金糸雀も、それぞれが青い顔つきになり、チラッと目が合うと何故か目を逸らしてしまう。
あっ…………。
スタッフに連れられて入ったスタジオは眩しいばかりのスポットライトと数台のカメラに大勢のスタッフ、TV画面でしか見たことがない司会役の芸能人が台本に目を通している。
そして、ローゼンメイデンと同じくアリスゲームに出場する素人バンドのリハーサルが目に付いた。
腕を組みながら演奏を聴くプロデューサーと番組関係者、演奏者の動きに合わせて移動するカメラ。
今からあの場所で自分達が作った曲を披露するのかと思うと足に力が入らなくなる。
ドラムとギターの激しい音で曲は終わり、いよいよ真紅達ローゼンメイデンの番になった。
「トーンなどの注文があれば何でも言ってください、こちらはプロのエンジニアがいますので」
楽器のセッティングをする水銀燈や蒼星石に声をかける番組スタッフに彼女達はただ作り笑いで答えるしかなかった。
「おいおい、大丈夫か?あの娘達、ガチガチに緊張してるじゃないか?」
「ハハハッ、そうですね?」
何をどうやってチューニングを確かめたのか解らないままローゼンメイデンのリハーサルは始まった。
まずは夏に有栖川神社で演奏した曲からスタートし、2曲目は蒼星石が書いた詞に、水銀燈が曲を付けた歌でしめる手はずで演奏を行う。
「そ、そそそ、それじゃ、イクですよぉ~~~」
翠星石は上ずった声で合図を送り、ドラムを叩き始める。
それに蒼星石のベースと金糸雀のキーボードが被さると、水銀燈のギターが軽やかに入ってくるはずなのだが、各自バラバラで統率が取れていない。
ただ音を出しているという不安定な演奏が続く。
しかも普段ならミスらない箇所で何度もイージーミスを連発する。
そんなローゼンメイデンのリハーサルを見ていた番組関係者はフゥ~っと息を吐くと軽くクビを左右に振った。
「はい、時間です。おつかれ様~」
持てる時間の中で何度もリハーサルを繰り返したローゼンメイデンの音は散々なものであった。
緊張からくるプレッシャーのため、思っている以上に演奏を狂わしてしまった。
「番組本番まで休憩としますので控え室のほうでお待ち下さい」
スタッフの声に演奏を止めた真紅達は意気消沈の面持ちで肩を落とし、控え室に帰っていく。
「はぁ~~………」
控え室のタタミの上に疲れきった体を休ませる。
誰もが自分自身の演奏を悔やむどころか、言葉も出ない。
蒼星石はベースを触りながらチラッとメンバーを見てみる。
「あれ?」
「どうしたですぅ、蒼星石」
「金糸雀がいないよ…」
「あら、控え室に入るまでは私の後ろにいたはずだわ?」
「なぁに、もうぉ~、金糸雀はどこに行ったのよぉ~」
水銀燈は少し苛立ち気味に声を出して控え室の中を見渡す。
真紅と蒼星石は控え室に続く廊下まで見てみるが、金糸雀の姿はどこにも見えなかった。
金糸雀を心配しつつも真紅達は先ほどの失敗を気にしていた。
ほんの3日前にenjuと行ったライブではうまくいったはずなのに、夏の有栖川神社のライブも、合宿で行ったライブも全てうまく演奏できたのに、どうして今回は……
そんな自問自答を繰り返していると、不意に控え室に大きな荷物を抱えた金糸雀がよろけながら帰ってくる。
「金糸雀どこに行ってたですぅ?」
「ちょっと金糸雀、何をしていたの?心配したわ」
「どうしたんだい、その荷物は?」
「ヘッヘ~ン、いい物を持ってきたかしらぁ~」
そう言いながら金糸雀は荷物に封をとく。
ドサッと控え室のタタミの上に広げられたのは、色鮮やかな着物であった。
「何のマネなの金糸雀?」
「着物かしらぁ、これがカナ達ローゼンメイデンの衣装かしらぁ~」
「えぇ~着物ですかぁ~?そんなの着てドラムは叩けねぇですぅ~」
「翠星石だけ特別にハカマを用意したかしらぁ」
「ねぇ、金糸雀、ところでこの着物はどうしたんだい?」
「秘密かしら~、やっぱりTV局だけあって衣装は充実してるかしら~」
リハーサルの失敗で肩を落とし、控え室に帰る金糸雀の目に映ったのは時代劇の出演者なのか、着物姿のエキストラ達であった。
そのエキストラはちょうど役を終えたのか帯を解きながら楽屋に入って行く所だった。
好奇心旺盛な金糸雀は先ほどの失態も忘れて彼女達についていき、なんと彼女達から着物の衣装を借りることに成功してしまったのだ。
「着物か~、勝手にこんなの着てもイイのかな?」
「えぇ~、ダメかしらぁ?せっかくイイ考えだと思ったのに…」
「フフッ、まぁイイんじゃない、この際だから目立っちゃいましょうよぉ」
「そうね、どうせTVで歌うなんてこれが最初で最後なんだから」
最初で最後……真紅の発した言葉に誰もが妙な納得感を感じた。
それは諦めなのか、そうでないのかは誰も解らなかった。
ただ、一つ言えることは今まで感じていた重圧が少しづつ体から抜けていくような軽い気持ちになっていた事は確かであった。
そして真紅は軽い笑みを浮かべながら数着の中から名前どおり真っ赤な振袖を選ぶ。
続いて水銀燈は真っ黒な生地に白銀の桜が舞う模様が施された振袖を手にする。
蒼星石は群青色の落ち着いた模様を、金糸雀は黄色に同じく桜模様が描かれた振袖を手にした。
「みんな振袖ですのにぃ、翠星石だけハカマですぅ~~」
「あら、ハカマも活発なイメージでイイものだわ」
「そうですかぁ~、ところで誰か着物の着方って知ってるですかぁ~?」
「そんなの気にしないわぁ~、適当よぉ、適当ぉ~」
「そうだね、僕たちはロックバンドなんだから」
先ほどまで暗く沈んでいた部屋の空気が変わっていく。
真紅達は、しばし時間が過ぎるのも忘れ、はしゃぎながら初めて着る振袖と格闘していた。
コンコンッ、コンコンッ―――――来たのだわ…。
ようやくそれぞれが着物を身につけた時、控え室のドアがノックされる。
そしてアリスゲームのスタッフが声を掛けながらドアを開ける。
「ローゼンメイデンさん、そろそろ収録が始まるのでスタジオに来てください」
その言葉にそれぞれが笑顔で振り向きながら答える。
「はぁ~い、今いくわぁ~」
「さぁ、行こうか!」
「行くですよッ!」
和服の着付けを知っている人から見たら彼女達の着方は丸っきりデタラメに見えただろう。
頭の固い年配の人などが見たら文句の一つも出るかもしれない。
蒼星石は袖がジャマで弾けないと言い、せっかくの振袖なのに長い袖を束ねて安全ピンで留めている。
水銀燈にいたっては家から持ってきた大量のシルバーアクセサリーをピンで服全体に留めていた。
「ほぉ、」
「これは、これは」
そんな彼女達だが、スタジオに姿を見せるとスタッフ達から小さな声が出る。
デタラメな着付けをしているためなのか、帯をしっかり締めていないのか、とにかく彼女達が動くたびに白い足が時には太もも辺りまでチラッと見えているからである。
とりわけ真紅は長い金髪をアップ気味のツインテールにしているため、白く細いうなじが真っ赤な和服に冴えて見える。
水銀燈は持ち前のプロポーションを生かしているのか、胸元が乱れた後のようにはだけて、胸の谷間をチラッと覗かせている。そこに逆十字のネックレスがキラリと光る。
「それじゃ、演奏前の音合わせをしてください、これが最後になりますのでお願いします」
そんなスタッフの声を理解していないかのように、彼女達は軽く音を出しただけで、すぐに準備終了の言葉を伝える。
「まったく、大丈夫なのかな?」
先ほどのリハーサルを見ていた梅岡は首を傾げながらポケットからタバコを取り出すと、苦い顔をしながら火をつける。
「それじゃ、本番開始5・4・3・2・1・スタート!!」
真紅達に向いているカメラの電気が赤から淡いグリーンに変わると、スタジオ内が静まり返り番組進行役のタレントがローゼンメイデンを紹介している声だけがマイクから発せられている。
「それでは今日最後の出場バンドは有栖川市から来た女の子5人組のバンド、ローゼンメイデンです、こんにちは」
「こんにちは」
「みんな若いですね、高校生かな?」
「そうよぉ~フフフッ」
「おぉ、なんだか目のヤリ場に困るような格好ですね、えぇっとギター担当の水銀燈さんですね」
「そぉ~よ、そんなに見ちゃヤ~よぉ?」
「いやいや、これは手厳しい、で、こちらがボーカルの真紅さんですね」
「そうよ、私がボーカルの真紅だわ」
「で、こちらがキーボードの金糸雀さんに、ベースの蒼星石さんとドラムの翠星石さんですね、えぇ~と、2人は姉妹だそうで」
「そーですぅ、翠星石と蒼星石は姉妹ですよぉ」
「髪型が同じなら見分けがつかないですね、それはそうと、翠星石さんだけ振袖じゃないのですね?」
「しゃーねぇですぅ、翠星石はドラムですからぁ、足をバタバタするですぅ、着物だとパンツが見えるかもしれないからハカマなのですッ」
「はははっ、そうですか、私としては見えたほうがイイですけどね」
「そんなに女子高生のパンツが見たいですかぁ、お前は田代ですかぁ?」
「いやいや、怖い事をいいますね…」
一連のやり取りを聞いていた梅岡はニヤッと笑う。
「ははは、あの娘達はバンドをするより喋っていたほうがイイじゃないか?」
一通り彼女達を紹介し終えると番組は一旦CMに入る。
その間に真紅達はとなりにセットされたステージに移動する。
そしてこの数十秒後にローゼンメイデンの曲が全国に放送される時が来た。
「それではCMあけ10秒前です、9・8・7…」
番組開始のカウントダウンが聞こえる中でステージ中央に集まる彼女達。
そして眩しいライトの光の下で互いの肩に手を回し、円陣を組む。
「さぁ、始まるわよ…」
「ここまで来たらヤルしかないね」
「ありったけの力を出すかしらぁ」
「思いっきりブチかますですよッ」
「ふふふっ、こう言うのって大ぁ~いスキよぉ」
「さぁ、行くわよ、私たち最初で最後のデビューなのだわ!!」
「4・3・2・1……スタート!!」
CMあけの合図と共にカメラはステージ上にいる彼女達の姿を捉える。
静まり返ったスタジオに翠星石がスティックでリズムを取る音が聞こえた。
そして次の瞬間、軽やかで楽しいメロディーがスタジオに広がる。
翠星石のドラムが、蒼星石のベースが、水銀燈のギターが、金糸雀のキーボードがカメラの前で踊り出す。
………これって、あの娘達がヤッてるのか?
いつしか梅岡はくわえたタバコなど忘れて彼女達の曲を聴いている。
忙しく動き回っていた番組スタッフすら手を止めて真紅の歌を聴き入る。
サウンドブースではイヤフォンを付けた音響スタッフが軽く首を揺らしながら機材を操る。
同じく照明スタッフも他の出場者より手の込んだ光の演出をステージに向けて放つ。
目まぐるしく展開するローゼンメイデンの曲はリハーサルで見せたものからは想像できない。
アチッ――――――梅岡の口元から短くなったタバコが床に落ちる。
そして我に返った梅岡は、すぐさまイヤフォンマイクからカメラマンに指令を飛ばす。
「おい、2カメ、あのベースの娘からキーボードまでヨコパンで録れ!1カメはボーカルの動きに注意しろよ!!」
カメラがベースの蒼星石からキーボードの金糸雀までを横に振るようにして捕らえると、続けざまに真紅のアップが表れる。
そして蒼星石がチョッパーで軽やかなメロディーを展開すると、絶妙のタイミングで水銀燈のギターはエフェクトを得ると、まるでキーボードのような音でメロディーを展開させた。
そして間髪いれずに翠星石と金糸雀はリズムに乗って言葉をハジく。
おいおい、ラップもするのか、リハーサルじゃヤラなかったクセに……。
夏の有栖川神社で多くの人を魅了したローゼンメイデンの曲と、そのリズムの良さ、そして何より彼女達のノリのよいセンスに梅岡は驚きを隠せない。
それどころか驚きの表情からすぐに笑顔が現れてくる。
「1カメ、解ってるな、今はドラムとキーボードの娘を録るんだ、その次はギターとベースの指捌きを録れ、おい照明さん、ボーカルが歌いだしたらセットの後ろからフラッシュを焚いてくれよ」
翠星石の後ろから強烈な光が瞬く。
その光は一瞬ローゼンメイデンの姿を淡いシルエットと化す。
ギターやベースを持った振袖姿がまるで影絵のように揺らめく。
そして影絵から真紅の声はヴィブラートを交えて伸びていく。
その姿にスタジオにいる全ての人々が動き出した。
番組進行役のタレントは丸めた台本を叩き、リズムを取っている。
番組を見に来た芸能記者はステージに向けて何度もシャッターを押す。
やがてローゼンメイデンの曲が蒼星石の書いた詞と水銀燈が作ったメロディーになると、スタジオの中の温度が急上昇したかのような熱気に包まれた。
別段、激しい曲ではないのだが、親しみやすく誰もが口ずさみやすいメロディーに恋をする少女のストレートな感情を出した詞。
その歌に収録現場の全てが魅了されていた。
ヤッパリこんなのはダメだよな……なんだか逃げてるみたいだよな……。
TV局で収録が行われている頃、ジュンは引越しの荷造りをしていた。
ダンボール箱に詰め込む本に混じって1冊のアルバムが目に付く。
ページをめくると幼い頃からの自分が微笑んでいる。
しかし笑っている顔は幼少から少年になるにつれて無くなっていた。
それは引越しと転校を繰りかえしていた為だろう。
しかし最後の方になると、途端に笑顔が多くなる。
そのジュンの周りには紅茶を飲む真紅、スナック菓子を口に運ぶ翠星石、ニコッと微笑みながら首を傾げる蒼星石、そしてZX-10Rとホーネットにもたれて澄ました顔をしている水銀燈と金糸雀がいた。
それに混じって夏の写真がジュンの目に止まる。
真夏の放射線を受けて太平洋の青の中で笑う彼女達とジュン、その中に雛苺の姿がある。
別れを悲しむ年下の少女が見せた涙、その気持ちが今はよく解る。
そうだよな、雛苺の気持ちが解るよな…あの時、雛苺は最後に別れの挨拶に来たじゃないか、僕がここで真紅達に会わずに、何も言わずに消えるって、情けないかもしれないな……そうだよ、僕もまだローゼンメイデンの仲間じゃないか、まだ軽音楽部の部員だよ。
そう思うとジュンは机の上に置きっぱなしにしていた携帯を手にし、数日ぶりに電源を入れた。
その頃、カメラの前でローゼンメイデンは多くの拍手と声援を受けている。
そして、薄っすらと汗が浮き出る彼女達は実に清々しい表情で立っていた。
「やったかしらぁ~、バッチリだったかしらぁぁ~~」
「完璧にキマッたですぅ~~、もうこれで悔いは無ぇですよッ」
「僕なんか夢中でよく覚えてないよ、でも凄く気持ち良かったよ」
控え室に帰ってきた彼女達は冷め止まぬ興奮に体が微熱を発しているかのように火照っていた。
「でもこんな時にジュンは何ヤッてるかしらぁ~?」
「なんだか親戚の不幸があったとかでぇ田舎に帰ってるんでしぉ~?」
「う、うん、そう言ってたよ…」
ジュンの話になると真紅と翠星石は互いを意識し、少し黙りがちになる。
そんな事も知らずに金糸雀は携帯を手にすると電源を入れてボタンを押す。
あれ!? いきなり着信だ、誰だろう?
同じ頃に電源を入れたばかりのジュンの携帯が鳴り出す。
ディスプレイを見ると金糸雀からだった。
「はい、もしもし…」
「あっ、出たかしらぁ~、今まで何処にいたかしらぁ?」
「あっ、ま、まぁ、ちょっと親戚の人がね……」
「そうかしら~、所で今カナ達はTV局にいるかしら~」
「あっ、そうか、アリスゲームの収録って今日だったんだよな、で、どうだったんだよ?」
2人の会話を黙って聞いていた翠星石はサッと金糸雀から携帯を奪い取る。
「かぁ~~んぺきに演奏してヤッたですぅ!!」
「うわっ、翠星石か?いきなり変わるなよ、ビックリしただろ~」
ジュンに一言いうと翠星石はとなりにいる真紅に携帯を渡す。
「ジュン、貴方は私達のマネージャーよ、そのマネージャーがいないなんて何を考えているの?」
「おい、いきなりムチャを言うなよ」
真紅もジュンに一言いうと蒼星石に携帯を渡す。
「僕、頑張ったんだよ、ジュン君に見てほしかったよ」
「おぉ、蒼星石か、そうか、みんなのステージを見たかったよ」
そして次はお決まりのように携帯は水銀燈の手に渡った。
「はぁ~い、元気にしてたぁ?」
「なんだ、今度は水銀燈かよ、収録はバッチリだったんだろ?僕もその現場にいたかったなぁ~~残念だよ」
「そぉ、じゃぁ、ジュンは10日の放送を録画しながら見てねぇ~~」
「見るよ…絶対に……」
10日、それはアリスゲームの放送日であると同時にジュンの引越しの日でもあった。
一瞬、水銀燈のせリフにジュンの言葉は力を失いかける。
しかし、すぐに笑いながら答える。
「あぁ、絶対に見るよ、何時から放送だったかな?」
「アリスゲームは深夜番組よぉ~、確か1時30分ごろのはずよぉ~」
その後、しばらく彼女達は交互にジュンと話をする。
そして地元に帰ったらみんなで会う約束をし、電話を終えた。
明後日か……たぶん、それがみんなと会うの、最後になるんだろうな…
携帯を握り締めたままジュンはベッドにもたれ、フゥ~っと息を吐きながら何気なくカーテンの隙間から覗く夜空に目を向ける。
真冬の澄んだ大気に黄金色の月が浮かんでいる、ただ、その月には薄い雲がかかり始めていたのか、街に届く月明かりは弱々しかった。
最終更新:2007年01月17日 23:00