ハンガーに掛けられているショートコートを睨みつける真紅の携帯が軽やかなメロディーを流し始める。
「あっ、真紅、大変かしらぁぁ!!」
「どうしたの、金糸雀。まさかオジーオズボーンが見つかったのね!」
「ち、違うかしらぁ~」
「そう…じゃ、電話きるわよ」
「あぁ、待つかしらぁ、ジュンが、ジュンが居なくなるかしらぁぁ~」
「えっ、どういうこと?」
金糸雀は先ほど白崎から聞いたことを説明する。
それを聞いていた真紅はありえないと言った表情になる。
「それは何かの間違いだわ、だってお昼過ぎまでジュンは私達と一緒にいたのよ? それに……」
それにジュンは、笑っていたわ…そう、ちょっと頼りないいつもの顔で笑っていたわ……転校なんてウソよ、だっていつもと変わらなかったもの……
今朝からのジュンを思い出しながら真紅は受話器に向かって喋る。
「ちゃんと確認はとったの、金糸雀?」
「ジュンに電話をしても出ないかしらぁ~、だから顧問の先生に電話をしてみたかしらぁ……」
「で、先生は何て言ってたの?やっぱりそんな話はないんでしょ?」
「……先生は、冬休みに転校手続きを済ませたって言ってたかしら……」
「…そんな……みんなは、翠星石はその事知ってるの?」
「翠星石も水銀燈も電話に出ないかしらぁ、真紅、どうするかしらぁ~?」
「ど、どうするって言っても……」
真紅は携帯を耳に当てたまま部屋のカーテンを開けてみる。
暗くどんよりとした夜空には星が見えない、その代わりにボタン雪が北風に飛ばされながら吹雪いている。
「ねぇ、金糸雀、貴女のバイクで私を迎えにこれない?」
「うぅ、それはカナも考えたかしらぁ、でも雪も積もり出してるし…こんな日に走れるのは水銀燈くらいかしらぁ~」
「そうね、ムリを言って申し訳ないわ……」
2人が話している頃、翠星石はようやく泣き止んだ蒼星石の肩を抱きながら心の中で何度も繰り返し同じ言葉を囁いていた。
誰も悪くねぇですよぉ、誰も……蒼星石も、ジュンも誰も悪くねぇのですぅ
ただ、出会いの……タイミングが悪かっただけですぅ……。
それは蒼星石に対してだけではなく、自分自身、そして真紅にも当てはめていたのかもしれない。
そして翠星石は泣き疲れて眠りだした蒼星石に布団をかけると、部屋に戻り、コートのポケットから携帯を取り出す。
蒼星石が泣いてるときに何度も着信があったからだ。
手にしたモニターには着信表示が16件、全てが金糸雀と真紅からだった。
なんですぅ?金糸雀なんか3分おきに掛けてきてるですねぇ…?
真紅からも6件、何ですぅ?
翠星石は不思議に思い金糸雀と真紅に電話をしようかと考えたがすでに時間は日付を回っていたため短いメールを送るだけに留めた。
*
その頃、水銀燈はenjuのライブに顔を出していたため金糸雀と真紅の着信には気付かずにいた。
そしてジュンは引越しのため、ずいぶんと殺風景になった部屋で窓の外を横切っていくボタン雪を眺めている。
ポツリと呟く独り言は誰に言うでもなく、ただ彼女達と出会い、そして数ヶ月という短いなりにも同じ時間を感じてきた。
そんな通り過ぎていった思い出全てに対しての言葉だったのかもしれない。
後数時間でこの街、この窓から見える風景全てが思い出となり色あせていくのだろう。
そう思うジュンは机も本棚もテレビもなくなった部屋で静かに眠りに付いた。
時計の針が深夜を迎える頃、降り出していた雪も止み、雲の切れ間から微かに星が見え始める。
真紅は翠星石から送られてきたメールにジュンのことを知らせておいたが、返信はこない。
相変わらず水銀燈とは連絡がとれない、眠れない真紅はベッドの上で膝を抱いて時計の秒針が刻む時間の経過を耳にしていた。
どうしてジュンは黙って行ってしまうの? せめて最後はサヨナラを言いたいわ……だって私は貴方をひと時でも好きと思ったのだから……
恋によく似た気持ち、そう自分に言い聞かせ、片付けたはずの想いがここに来て微熱を帯びたかのように胸の中で小さく甦ってくる。
交わした言葉と笑顔の先に思い出す触れた唇の感触。
それらが押し寄せる波のように激しく感じられ、真紅は抱いた膝に顔を埋めた。
翠星石が真紅のメールを見たのは夜が明け、厚い雲に隠れた太陽のひかりが弱々しく部屋に入ってきた頃であった。
寝ボケ眼で見たメールの内容に一気に眠気も吹き飛ぶ。
昨日の事を思い出す翠星石は蒼星石にこのことを告げるか考えてしまう。
どうするですぅ? 本当ならそっとしてやりたいのですが……
でもジュンは同じバンドの仲間です、その仲間が居なくなるのです…
最後はしっかりと挨拶しないと…きっと蒼星石も解ってくれるはずですぅ。
蒼星石の部屋をノックし、声を掛けているいる頃、水銀燈はようやく携帯の着信に気付く。
昨夜はenjuのライブを見たあと、あの天候のためバイクで帰ることが出来ず、しかたないのでめぐを交えてenjuのメンバーと朝までライブハウスで騒いでいたのだ。
水銀燈はすぐさま金糸雀に電話をし、ジュンのことを知る。
「ちっ、ほぉんと……おばかさんねぇ……」
電話を切った後、水銀燈はすぐさまテーブルに顔を埋めて寝息を立てているめぐを起こし、事情を話す。
それを聞いためぐはイスにかけたジャケットを羽織ると水銀燈と共にライブハウスの裏に停めてあるスカイラインGT-Rに飛び乗る。
おばかさんだわぁ~、別れくらい言わせてくれてもイイじゃない…
助手席で呟いた水銀燈の声に、めぐはクラッチをリズミカルに繋ぐと速度を上げて交差点を駆け抜けていった。
めぐのGT-Rがタイヤを軋ませながらカーブを抜けている頃、真紅は浅い眠りの中で夢を見ていた。
ジュン……!!
いつの間にか眠っていた真紅は携帯の着信音で飛び起きる。
慌てて出ると金糸雀からだった。
「もしもし、寝ていたかしらぁ?」
「え、えぇ、少しウトウトしていたわ」
「今からすぐに出れるかしらぁ?」
「来てくれるの?」
「もちろんかしらぁ、15分くらいで真紅の家に行くかしらー!!」
「解ったわ、まっているから」
真紅は携帯を切りながら時計の針を見る。
時間は9時30分を指している。
金糸雀が向かえに来るまで間に水銀燈に電話を入れてみるが、電波の調子が悪いらしく水銀燈の携帯には繋がらない。
少し苛立ち気味に電話を切っている頃、蒼星石はベッドの中でノックの音を聞いていた。
ノックを3回ほどし、翠星石はそっと蒼星石の部屋に入る。
そして布団に隠れた背中に声をかけた。
「おはよう~ですぅ……」
翠星石の声に少し間を置いて蒼星石の声が返ってきた。
「おはよう、翠星石…」
その声はいつもの元気がある蒼星石とは違い、細くて弱い。
「今日は雪も止んで、ちぃ~っとは太陽も出てるですよぉ……げ、元気を出すですぅ…蒼星石」
「うん……」
そう答えただけで、蒼星石は背を向けたまま。
翠星石は視線をベッドからカーテンに移すと、勢いよくカーテンを空けて部屋に朝の光を入れる。
そして窓から見える景色を眺めながら背を向けたままの蒼星石に声をかけた。
「…ジュンが、居なくなるですよぉ……今日、引越しみたいですぅ……」
その言葉に蒼星石の声は返ってこない。
やや長い沈黙が続いた後、翠星石は外の景色から視線を蒼星石に移す。
「…お別れの挨拶に行くですよぉ、蒼星石」
「……僕は……いいよ……」
「蒼星石、それはダメですぅ、ジュンは仲間だったのですよぉ、最後はきちんと顔を見てサヨナラするですぅ」
「いいんだよ、僕は昨日……サヨナラしたんだから……」
「蒼星石……やっぱりダメですぅ、こうしてる間にもジュンは居なくなるかもしれないのですよッ」
「…いいんだよ、僕はこのままで、翠星石は僕の気持ちなんて解らないんだからほっといてよ!」
やや大きな声で言い放つ蒼星石に少しマユを吊り上げた翠星石は窓から離れるとベッドの横まで移動する。
「蒼星石の気持ちは痛いほど解るですッ!!」
そこまで言うと蒼星石の布団を剥ぎ取る。
そんな行動に驚きながら蒼星石はベッドから翠星石を見上げた。
「何すんのさッ………えっ、す、翠星石………?」
そこには涙を貯めた目で蒼星石を見つめる翠星石の姿があった。
「翠星石も……翠星石も……ジュ……」
そこまで言うと翠星石の声は嗚咽に変わる。
鼻をグスンッとならしながら翠星石は涙交じりの声を出した。
「翠星石も…ジュンが大好きだったですよッ、でも…でも…もう…会えなくなって……うぅ、うぅ…」
目を閉じ、肩を震わせている姿を見て、蒼星石は夏の日を思い出す。
何かあると翠星石はジュンのそばにいた、合宿の合間に遊んだ海、川、そして青い太平洋が見える白いテラスでジュンと肩を並べ、冗談を言い合う2人。
真紅や水銀燈がジュンと話していると必ず間に入っていった翠星石。
そうだった、僕はあの時、確かに気付いていたんだ……翠星石はジュン君の事が好きだったって……
僕だけじゃなかったんだ、翠星石も真紅も…みんなジュン君とは別れたくないんだ。
「ごめんね、翠星石……僕だけじゃないんだよね……」
ベッドから起き上がった蒼星石は震える両肩に手を優しく置く。
翠星石は、その暖かい両手の上に自分の手のひらを重ねた。
「蒼星石、ジュンにお別れを言いに行くですよぉ」
「うん…何があっても僕たちとジュン君は同じバンドの仲間だったのは変わりないからね……行こう、ジュン君の家に」
そう言うと、翠星石と蒼星石は並んで家を出た。
「それじゃ、荷物はこれで最後ですね?」
「はい、これで全部です…」
「えっと、じゃぁ、ここにサインとハンコをお願いします」
前もって多くの荷物を送っていたため、最後はジュンのバイクと簡単な小物類を小型のトラックに積み始めた。
そしてジュンはハザードランプをつけて停まっているタクシーに乗り込みながら振り返る。
………本当に楽しかったよ、ありがとう……サヨウナラ……
今は誰も居なくなった家に向かって、そして初めて彼女達と出会った学校の方向を向いて最後の言葉を心の中で呟いた。
「新有栖川駅までお願いします…」
運転手にそう告げると、タクシーは静かにアクセルを踏む。
ゆっくり、ゆっくり、そして確実にジュンはこの場所から離れていった。
*
「あっ、真紅、早く乗るかしらぁ!!」
ジュンを乗せたタクシーが国道を新有栖川駅に向かっている頃、金糸雀のホーネットは真紅の家に着く。
金糸雀から渡されたヘルメットをかぶった真紅はホーネットのタンデムシートに飛び乗った。
グンッ、真紅の重みを感じたと同時に金糸雀は2回ほどエンジンを吹かし、クラッチをつなげる。
4ストロークエンジンの軽やかな排気音を残して真紅を乗せたホーネットはジュンの家に向かった。
その頃、ようやくトンネル内での渋滞から抜けた水銀燈を乗せためぐのGT-Rは新有須川駅の前をジュンの家に向かって飛ばす。
「水銀燈、ちょっと揺れるわよ」
そう言うとめぐは駅前に繋がる交差点をドリフト走行でクリアしていく。
突然、無謀とも言える車が現れたため反対車線を走っていたタクシーの運転手は少し厳しい口調でつぶやく。
「あぶない運転するな、今に事故を起こすぞ…」
タイヤを軋ませる音と、運転手の声にジュンは走り去っていく車に目を向ける。
…あの車は、確か……?
よく見ようとジュンは体をタクシーの後部ガラスに向けるが、その時にはもうGT-Rは信号無視気味にカーブを曲がって行く所だった。
金糸雀のホーネットがジュンの家に着いたのは、ちょうど運送屋のトラックがエンジンをかけ始めた時であった。
そのトラックを塞ぐ形で止まったホーネットから金糸雀と真紅が飛び降りる。
「あの~、ここの桜田さんは、もう出ていったのかしら~?」
いきなり前に止まったバイクから降りてきた2人の少女にトラックの運転手は少し驚きながら答える。
「あぁ、桜田さんならもう駅に行ったよ」
「え、駅、どこの駅なの?有栖駅?」
「いやぁ~、引越し先は兵庫だから新幹線だろ?だから新有栖川駅じゃないか?たぶん11時15分発の……」
運転手の声に真紅と金糸雀は同時に携帯を出し時間を確認する。
10時20分………駅まではどんなに急いでも25~30分はかかる。
そこから新幹線のホームまで、そして乗っているであろうジュンを探すことが出来るのだろうか?
「あぁ……ダメなの……」
真紅はガクリと肩を落として携帯をポケットにしまった。
そんな真紅とは正反対に金糸雀はどこか険しい顔付きになり、ブツブツと独り言をいい出した。
「この場所なら学校の横を…バイパスに乗るまで10分かしら…渋滞がなかったら有栖川大橋まで20分かしら…柴崎市の……イケルかしらッ!」
そう叫ぶと金糸雀はすぐさまホーネットに跨る。
そして肩を落とす真紅に向かって叫ぶ。
「カナにいい考えがあるかしらッ、絶対ジュンに追いつくかしらぁ~」
「ほんとうなの、金糸雀?」
真紅の声に金糸雀は得意げに説明する。
この場所から、この時間帯に新有栖川駅に行くよりバイパスを通り、隣の柴崎市にいくほうが時間的に短い、しかも柴崎市の駅にも新幹線は止まる。
うまく行けばジュンを乗せた新幹線より早く駅に到着できるはず。
ただ真紅を乗せたままバイパスをかなりの速度で飛ばさなければならない。
「そんな事はムチャよ」
「ムチャでも何でもいいかしらぁ~」
「ダメよ、危ないわ…それに、ジュンはもう行ってしまったもの…」
ヘルメットを手に持つ真紅を見た金糸雀はフンッと鼻で息を吐く。
そして握っていたクラッチを離すと真紅に指をむける。
「カナは知っていたかしらッ、真紅が何となくジュンの事がスキだったって、真紅はいつもジュンがいると雰囲気が変わっていたかしらッ、カナだって女の子よ、それくらい察しが付くかしらぁぁ~」
「金糸雀………貴女は……」
「さぁ、早く後ろに乗るかしらぁ~~!!」
真紅を乗せたホーネットがバイパスに向けて走り去った後に翠星石と蒼星石はジュンの家に着く。
そんな2人にトラックの運転手は金糸雀と真紅に話した同じ内容を告げると、トラックを発車させた。
「そんな……間に合わなかったですぅ……」
「……ジュン君…」
引越しを終えたばかりの家を見上げる。
まだ、かすかに生活の匂いがしてきそうな空き家から、今にもジュンがいつもの調子で出てきそう。
そして2人に向かってこう言う。
「あれ?翠星石と蒼星石じゃないか?どうしたんだよ、人の家の前で?」
今までは普通に見られた当たり前の1コマが、もう二度と感じられないのかと思うと、2人はただ無言のままジュンの家を見ているだけしかなかった。
どれほどジュンが居なくなった家の前にいたのだろうか、不意に2人の前に太い排気音を響かせながらブルーメタリックのスカイラインGT-Rが止まる。
「翠星石、蒼星石ぃ、ジュンはもう行っちゃったのぉ~?」
助手席の窓から水銀燈が声をかける。
2人はすぐさまGT-Rに駆け寄る。
そうなのぉ~、ジュンはもう居ないのねぇ~、真紅と金糸雀は間にあってるのかしらぁ?
水銀燈はチラッとダッシュボードの時計を見る。
今から新有栖川駅に向かった所でどうにもならない時間であった。
諦め顔をした3人に、めぐは声をかけた。
「さぁ、2人とも後ろに乗って、今から飛ばすわよ」
「飛ばした所で絶対に間に合わないわぁ~」
「まぁ、ちょっとした賭けなんだけど……」
そう言うと、めぐは車を走らせながら3人に説明する。
その考えと、道順は先ほど金糸雀が思いついたのと同じであった。
ただ、今の時間から金糸雀と同じことはできない。
どんなに急いでも隣の柴崎市まで行くとギリギリ間に合わないのだ。
よって、めぐが思いついたのは新幹線の線路が一番近くを通る場所で待ち伏せをすると言うものであった。
幸い有栖川大橋を抜けた小高い場所は線路にかなり近く、休日などは鉄道マニアなどがカメラを構えている絶好の場所である。
そこで新幹線に乗っているジュンに最後の挨拶を、そんな考えを言う。
「そんなウマク行くですかぁ?だいたい翠星石がいる側に座ってるのかも解らないですしぃ、座っていても気付かないかもぉ~ですぅ」
「だから賭けになるのよ」
確かに確率は低い賭けである。
しかし、時間がない3人にはそれしか方法はなかった。
そして水銀燈はクスッと笑う。
「その賭けに乗ったわぁ~、さぁ飛ばしてよぉ~ブルーRさん!」
「僕もそれに賭けるよ……」
だって今はそれしかジュン君にサヨナラを言えるチャンスは無いんだから…
そんな水銀燈と蒼星石の声を聞いためぐは、流れるようにギアチェンジを行うとアクセルを踏み込む。
途端に900馬力を超えるGT-Rは3人の思いを乗せて走り出した。
*
スピードが増すたびに冬の大気が肌を刺す。
このような展開になるとは考えていなかった金糸雀はバイクで飛ばすような服装ではなく、グローブすら付けていなかった。
そのためハンドルを握り、クラッチにかけている指先の感覚がなくなりつつある。
……絶対に間に合わすかしらぁぁッ!!
……ジュン、最後に貴方に伝えたい言葉があるの、お願い間に合って!!
背中ごしに真紅のそんな気持ちが伝わったのか、金糸雀は指先の感覚など気にせず、アクセルを開けていく。
目前に迫る車両を右へ左へとかわしていく。
途中、なんどか危ない場面もあったが、それでも金糸雀は速度を緩めることなく走り続ける。
バイパスを走り続けること数十分、ようやく金糸雀と真紅の目に柴崎市の看板が見えた頃、ジュンはホームに流れるアナウンスを耳にすると、バッグを持ち、ベンチから立ち上がる。
減速した新幹線がゆっくりとホームに止まると、ジュンは深く息を吸い込む。
……サヨウナラ…バイバイ……
バッグを肩に掛けなおし、ジュンは無言のまま新幹線に乗りこむと、背後でドアは音もなく閉じていく。
そしてジュンを乗せた新幹線はじょじょに加速しはじめ、思い出が詰まった街から遠ざかっていった。
「そこをどきなさいッ!!」
前を走るワゴン車に数回ほどパッシングをする。
後方から恐ろしいほどの速度で迫ってきたGT-Rにワゴン車は左に寄り、車線を譲る。
その真横を突風にも似た速度で通過するめぐは直もアクセルを踏み続けてバイパスを走ると、突然ギアを落とし、強烈なエンジンブレーキをかけつつハンドルを切る。
フルカウンターに近い状態でバイパスから伸びる横道に飛び出したGT-Rのタイヤから白煙が上がる。
少し左右にフレるが、そこは絶妙なハンドリングで車体を立て直すと、今度はゼロヨン並みの加速をかける。
900馬力を超える化け物の咆哮に後部座席にいる翠星石と蒼星石は言葉をなくすが、水銀燈だけはニヤリと笑う。
…さすがブルーRねぇ、よくこんな車に勝てたもんだわぁ~、でも………
水銀燈の思いが解った、めぐは前を向いたまま口に出す。
「大丈夫、きっと間に合うわ」
何度かハンドルを切り、カーブを抜けると急な上り坂にさしかかる。
その坂を上りきるとやや高台に開けた空き地が現れる。
その中に突っ込んだGT-Rはサイドブレーキングターンで方向を180度変えて止まる。
「ついたわよ」
フロントガラスにはまっすぐ伸びる線路が見える。
時刻は11時30分を過ぎようとしている。
…どうなのぉ、間に合ったのぉ?
…ジュン君
…ま、間に合ったのですかぁ?
車から外に出た3人は祈るような顔つきで鉛色をした
冬の空の下に伸びている線路を見つめる。
1分、2分と時間が過ぎていくたびに3人の顔には落胆の色が見え始めた。
線路を見つめていた顔が自然と地面に向かう。
「フフフッ、しょうがないわぁ~、どうせ転校先の学校って先生に聞いたら解るんでしょ~、そこに電話したらジュンのこと教えてもらえるからぁ、
後で手紙でも書いたらいいんじゃない~?」
「そうですぅ、水銀燈の言うとおりですぅ、ジュンとはいつでも連絡が……」
その時、翠星石の声を遮断するかのようにGT-Rのクラクションが鳴り響く。
思わず3人はめぐを見る。
「来たわよッ!!」
笑顔で指差す方向、低くたれ下がった鉛色の雲、その下を新幹線のライトが見えた。
それ以上近づく事などできはしないのにライトに向かって3人の足は自然と動く。
チカッ、チカチカッ―――――――――――――何だ…?
最後に彼女達と過ごした街を目に焼き付けておこうと考えたジュンは、
窓に顔を近づけ、流れていく景色を見ていた。
その視界に何やら点滅する光が入っくる。
「あっ!!」
思わず声を出すジュン。
小高い空き地から新幹線に、いや、ジュンに向かって送られるパッシングの光。
その中に水銀燈、翠星石、そして蒼星石が新幹線に向かって手をふっている。
そんな彼女達に向かって時速200キロで接近する。
普通なら確認できるはずがない乗客の姿、だがその時、彼女達の目にはっきりと映った。
それは窓に額を押し付けて自分達の名前を口にするジュンの姿が……。
そして彼女達は去っていくジュンに最後の言葉をかける。
翠星石~~ッ!!
「勝手にどこにでも行きやがれですぅ~でも翠星石はサヨナラは言わないですよぉ~、また絶対に会えるからぁぁぁ~~~!!」
蒼星石~~!!
「ジュンく~ん、僕は絶対に忘れないよッ、きっと会えると信じてるからッ!!」
水銀燈~~!!
彼女は声を出す代わりに通り過ぎるジュンに向かって拳銃を撃つマネをする。
そして新幹線の轟音に混じって囁く。
「私もサヨナラはお預けにしとくわぁ、またどこかで楽しみましょ~
じゃぁねぇ~バイバァ~イ……」
手を振り続ける彼女達の姿は瞬く間に後ろへと、過去へと流されていく。
楽しかった思い出が小さくなっていく、はしゃいだ季節が消えていく。
もう見えなくなった彼女達に向かってジュンは消えそうな声で囁いた。
「…翠星石…蒼星石…水銀燈………ありがとう……サヨウナラ……」
ジュン君は行ってしまった……本当…好きだったよ、ジュン君……
薄っすら瞳に光る滴をためた蒼星石の肩にポンッと軽く手を置いた翠星石、
そして水銀燈が見つめる冬の空の下、続く線路の向こう……
彼女達の声は間違いなくジュンへと届いた。
*
「こんにちは、桜田ジュンです、ヨロシク」
「…私、真紅、よろしく」
「なぁ、なんで僕が真紅のカバンを持たなきゃいけないんだよ」
「あら、ジュンは女の子に荷物を持たして平気なの?」
「これ…お守りよ、私よりジュンがもっている方がいいのだわ…」
「あ、ありがとう。でも真紅はイイのか?」
「おはようジュン……」
「あ、あぁ。 しかし昨日はカミナリ凄かったな…」
「そ、そうね…」
金糸雀のホーネットが駅に近付くたびに真紅はジュンと出会い、交わした会話、場面を思い出していた。
「到着かしらぁぁ~~!!」
スタンドを立て、ホーネットを止めると2人の目に速度を落とした新幹線がホームに入る姿が映る。
「急ぐかしらぁぁ、早く、真紅、早く行くかしらぁぁッ!」
駅構内は多くの人で混雑している。
その中を2人は新幹線乗り場を目指して急ぐ。
チケットを買う時間すらもどかしい、改札を抜けると到着した新幹線から降りてきたであろう人達とすれ違う。
……あぁ、早く行かなきゃ、ジュンを乗せた新幹線が出てしまうわ
そう思う真紅はエスカレータには乗らず、階段を駆け上がる。
その後ろを金糸雀も同じように付いていく。
……どこにいるかしら? どこに座っているかしら?
ホームに並んだ乗客は次々と新幹線の中に消えていく。
そんな新幹線の先頭車両から真紅と金糸雀は駆け足で窓を覗き込む。
……ジュン、ジュンはどこなの?
今、ここに真紅と金糸雀が来ていることを知らないジュンは先ほどの翠星石、蒼星石、水銀燈との別れに対し、目頭を押さえてうつむいていた。
トントンッ、トントンッ―――――――叩かれた窓に顔を上げるジュン。
「真紅ッ!! 金糸雀ッ!!」
思わず声が出る。
「ジュン!!」
互いに呼び合うジュンと真紅、そして金糸雀。
だが、防音ガラスとホームを行きかう人達の声に遮られて聞こえない。
金糸雀はガラス窓に近寄ると、身振り手振りでジュンに最後の挨拶をする。
カナは、ジュンに会えて楽しかったかしら、夏の合宿も、バイクで走った事もカナは絶対に忘れないかしら…だからジュンもカナのこと忘れたらダメかしら……ジュン、ありがとう…さようならかしらぁぁ…………
最後は目に涙を貯めた金糸雀はジュンに手を振ると後ろに下がり、となりにいる真紅の背中を少し強めに押し、クルリと背を向けた。
真紅とジュン、2人だけにしたかったのだろう。
「ジュン……?」
背中を押された真紅は2歩3歩とガラス窓に近寄る。
見詰め合う2人の口からは言葉が出てこない、静かな、そしてセリフのない別れがしばらく続く。
そんな2人にホームのアナウンスが聞こえてきた。
もう真紅とジュンに残された時間は数十秒くらいしか残されていない。
防音ガラス越しで声が届かない真紅は胸に両手を重ねて目を閉じる。
そして声に出さずに大きく、はっきりと解るように唇を動かした。
わ た し は ア ナ タ が 好 き
そして閉じていた瞳をあけると同時に発車アナウンスがホームに流れた。
ドアがシューッと短い音を立てて閉まっていく。
今にも動き出しそうな窓に真紅は顔を近づけてハァ~っと白い息を吹きかける。
真紅の息はジュンの顔を隠すように曇った。
……真紅?
指で曇ったガラスにハートマークと文字が書かれていく。
わたしはアナタが――――――――――――――――
動き出した新幹線に文字はそこまで書いて途切れた。
そして曇りガラスの向こうで真紅と金糸雀は追いつけるはずもないジュンをめがけてホームを走る。
この時、真紅は始めて声を出して名前を呼んだ。
「ジュン、ジュン、さような………」
真紅の言葉は涙がノドを詰まらせて、それ以上は出てこなかった。
いつの間にか降り出していた小雨がホームの端の色を変えていく。
そんな雨が走り出した新幹線の窓にポツリポツリと当たり始めると、その滴は真紅が指で書いたハートマークと文字をゆっくり、そして静かに消していった。
ジュンはただ目を閉じ、消えていく文字を掴むように窓に当てた手を力いっぱい握りしめていた。
ありがとう、ありがとう、翠星石、蒼星石、水銀燈、金糸雀、そして真紅……真紅、最後までありがとう、僕は絶対に忘れないよ…
どんなことがあっても、絶対に絶対に忘れない、
だって僕は―――――――――――――――――――――。
最終更新:2007年01月25日 23:58