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「……?」

八分から逃げ、ふらふらと歩き辿り着いた先は

―音楽室

「…どうして…?」

別に音楽室に来たいと思って歩いていた訳じゃない
無意識にふらふらと、ライブが終わる暇つぶしでもしようかと考えていただけだ
何かが私を連れてきたのか…


いや、そんなことはどうでもいい
要は暇がつぶれればよかったのだから

「……誰も…いないし………ピアノでも弾いてよう……」

薔薇水晶は特に深く考えることもなく変わらぬ白い指先を銀のノブに当て、ゆっくりと音楽室の扉を開けた

                    *

「珍しいわねぇ…」

ライブも一段落、ホームルームも終わり放課後の学校
毎日部活の前は少し小腹が空く、そんな生活が長く続いたためか適当に購買部でパンを買い、適当に人のいない所で食べる事が彼女、水銀燈の日課になっていた

この学校に吹奏楽部は無い、そのため放課後の音楽室は滅多な事が無い限り無人であるし、当然ドアから美しいピアノのメロディーが囁く事も無い

「面白いわぁ…一体どんな物好きかしらぁ」

面白半分に興味半分、水銀燈は旋律に手を引かれるようにノブに手を回し、重々しいドアを開けた

「あらぁ…」


ピタリと止む演奏に目を向けた先、ピアノの前にいたのは白い肌に綺麗な髪、薔薇模様の眼帯で左目を覆った

―濁った右目の

可愛らしい女の子だった


「……あなたは…」

少女は驚いたように、そして演奏の邪魔をされて少し腹を立てているような口調で水銀燈を見る

「……水銀燈」

「あらぁ…私の名前知ってるのぉ?」

知らない生徒なんているのだろうか、校内でもトップの人気ロックバンド、ローゼンメイデンのリードギター、水銀燈

「……ライブは?」

何故ここにいるのだろう?と薔薇水晶
何を言っているのだろう?と水銀燈

「もうライブは終わりぃ…ホームルームも終わって部活の時間よぉ」

しまった…また私は夢中になっていたのか
時計を見れば確かに下校時間、ホームルームをサボった訳だから後で担任から何かしら言われるだろう、面倒くさい…
薔薇水晶は短いため息をつき椅子にペタリと腰掛ける

「そんな事よりアナタぁ…もうピアノ弾かないのぉ?」

「………………」

早く部活に行けばいいのに、とでも言ってるかのように薔薇水晶が黙る中、つまんない感じぃ~とでも言うかの様に水銀燈は適当な机に座り、手にしていたパンやらヤクルトやらを広げる

「………部活は」

出てけ、の意さえ込めた薔薇水晶の問いに、特に気にすることなく水銀燈はパンの袋を開ける

「食べたら行くわぁ~」

彼女は鈍感なのだろうか、薔薇水晶は仕方ないと思いながら、もう少し強めの表現を使ってみる

「…………何で…ココで食べるの?」

流石にこれなら気付くだろう、何にせよ早く出ていって欲しい
薔薇水晶は更にじっと彼女を見つめ、出ていくように促す

「別にぃ…私は人がいないトコでしか食べないしぃ…そんなのココと屋上くらいしかないものぉ」

なら屋上に、と言いかけた途端、彼女はヤクルトを飲みふける水銀燈の向こう側に、真っ暗な空に浮かぶ濡れた窓が目に入った

「でもホラ、雨が降ってきたじゃなあぃ?だから音楽室に、物珍しいピアノに惹かれて来たのよぉ」

「…………」

ただ単に今日は運が無かっただけか、不運にも音楽室に辿り着き、不運にも雨に呼ばれて水銀燈がやってきた
ただ、それだけのこと

「それにしてもアナタ…ピアノ上手じゃなぁ~ぃ、あんなに気持ちいい《旅立ち》なんて久しぶりよぉ~」

…あれ?私は何を弾いていたんだっけ…?
最初は適当に指を動かして…それから…?

何を弾いたかはハッキリ覚えていない、というか何かを弾こうとしていた訳では無い気がする
ただ適当に適当に…

何かを忘れてるかのような、そんな不思議な表情で座る薔薇水晶を見、何か不思議な感覚に捕らわれながらも水銀燈は話を続ける

「それでぇ…モノは相談なんだけどぉ…」

水銀燈はカラッポになったパンの袋とヤクルトをゴミ箱に捨て、窓を打ちつける雨が耳を濁す中、静かに薔薇水晶に近づいた

「アナタ、ローゼンメイデンでキーボードをする気なぃ?」

途端に嫌な汗が背中を走る
つまり彼女は私に人前で音楽をやろう、と言っているのだ
曲の練習をして、みんなの前に立って、演奏する
つまり――バンド

「最近ローゼンメイデンも新しい何かが足りない気がするのよぉ、だから面白いキーボードが欲しいと思ってたんだけど…そう思ってた矢先にアナタがいた訳ぇ」

……冗談じゃない

「まだチョロッとしかアナタの演奏は聞いてないけどぉ…アナタは間違いなく素晴らしい何かを持ってる気がするわぁ」

何を、勝手に

「どぉ?ローゼンメイデンに入らなぁい?」

水銀燈は薔薇水晶に右手をそっと差し伸べる
薔薇水晶は、くだらない、といった目つきで彼女の右手と、顔と、雨を見据えた

「……もう…食べ終わったでしょ…早く部活にでも行って…」

薔薇水晶の目に水銀燈の右手は行き場を失い、ゆっくりと引かれる

「………私は……私はバンドなんかやらないから………帰って……」

俯く薔薇水晶の隣、水銀燈は、そう、とだけ言い残し、音楽室の重い扉を静かに開け雨音だけを残し去っていった

「…………」

雨音が響き渡る中、確かな静寂に包まれながら薔薇水晶は鍵盤を見つめる

これが正解なのだ、と
音楽は一人で楽しむモノなのだ、と

―まるでいつかの自分に答えを確認するかのように



「……」

不思議な感じだ、昨日は何かの拍子に音楽室に来ただけでそんなつもりは無かったのに、今日は自らが望んできている

一つだけ確かなのは、少し邪魔が入ったことを除けば、昨日は久しぶりに時間を忘れてピアノに没頭できるくらい楽しかったということ

あの日のあの夜、自分のキーボードは自分の手で……鍵盤に触るのも久しぶりだったのが原因かもしれない、弾きたいフレーズが次々と頭を巡る

フレーズを忘れないように口先で呟きながら、薔薇水晶は昨日と同じように、音楽室のドアを静かに開けた

音楽室の様子は昨日となんら変わらない

そう――黒のアコースティックギターと銀髪の彼女を除けば

「あらぁ…遅かったじゃなぁ~ぃ」

……どうして彼女がいるのだろう
今日はまあ晴天、とは言えないが雨は降ってない
昨日のバンドの誘いだってしっかり断った、彼女がわざわざ音楽室に来る理由なんかないはず

「相変わらず怖い顔するわねぇ~美人が台無しよぉ」

せっかく楽しみにしてた演奏が出来なくなったのだ、自分ではどんな顔をしてるかわからないが、いい気分ではない

「………部活は」

昨日も同じ事を言った気がする、同じ意味で

「今日は自主練よぉ。軽音部の部室は今ちょっと双子のリズム隊が貸し切りしてるのぉ。困るわよねぇ…アノ子達に新しい曲渡すといつもこうなのよぉ~フフ」

「………」

女の私から見ても彼女の笑顔は美しい、扉と机、この距離からでも吸い込まれてしまいそうだ

「……ギター」

笑顔に誤魔化されてはいけない、今彼女がいる理由をハッキリさせて、その上で納得させないと彼女は明日も来る気がする

「あぁ…これぇ?」

そう言うと水銀燈は隣のアコースティックギターを手に取り、静かに目を瞑り、整った指を静かに走らせる

瞬間、放課後の無機質な音楽室は命が吹き込まれたように塗り替えられた


気持ちいい――……


私には何の曲を弾いているのかイマイチよく分からないけど、とても懐かしい感覚……そして、とても身近な感覚……

「そういえば……アナタ名前なんていうのぉ?」

音楽室のキャンパスが水銀燈のギターの筆で魂を吹き込まれる中、水銀燈は薔薇水晶に向かって優しく微笑む

「……薔薇…水晶…」

まるで喉奥から引き出されるかのように、自然と言葉が出てくる

まるで――魔法のよう

「薔薇水晶……素敵な名前ねぇ」

水銀燈の指が、筆がピタリと止まる
同時に音楽室も、キャンパスも真っ白になった

「ねぇ薔薇水晶……アナタ本当にローゼンメイデンに入りたくないの?」

……昨日の話
二人の表情が、変わる

「……入りたく…ない」

昨日の話だけど、今日の彼女の目は昨日と違う
目を合わせたら全てが見られてしまうかのような、そんな感覚

自分を見つめる鋭い眼差しから、逃げるかのように薔薇水晶は俯き、どうにか声を絞り出す

「……そう」

昨日と同じだ、俯く私も、掛けられる言葉も


でも、どうしてだろう


不思議と声は昨日よりも優しい気がした

目線を落とした水銀燈は小さなため息をし、机から降りるとギターを担いで扉へ向かう

「………」

私は何も言えない、顔も上げられない

そんな薔薇水晶の隣、美しい銀髪をなびかせながら、水銀燈は扉を開け音楽室を後にした

「………下手ねぇ……嘘」

全てを知った言葉と、ほのかな香りを残して

「………」

静かに閉まるドアを背に薔薇水晶は立ち尽くす
さっきの言葉が頭の中に残り、そのまま足を縛り付けてるかのようだ

窓から見える外は……滲んでよく見えない


――みんなと音楽がしたい


どこからだろう
滲む世界の彼方、聞こえるハズない声が、聞こえた気がした




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最終更新:2007年02月18日 22:49