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「……ただいま…」

誰もまだ帰ってきていない家に向かって一言、薔薇水晶は当然返らぬ返事に小さく溜め息をこぼし自室のベッドに倒れ込む


――下手ねぇ……嘘


頭に巡るのは水銀燈の一言

「………」

嘘とは何だろうか……私はバンドなんか、人前で演奏なんかしたくないのに


――みんなと音楽がしたい


追って聞こえるのは誰かの声

「………」

みんなとは誰だろうか……私は一人で音楽が出来ればそれでいいのに


自分の真ん中を見透かす様な二つの声

ふと寝返りをうった先には所々ページの欠けた、いつかの本、そして所々鍵盤の欠けた、いつかのキーボード

「……ふう…」

思わず溜め息が喉を突く
私には分からない、答えはおろか、何が問題なのかさえ

そう――分からないから知りたいのだ

答えはおろか、問題まで知ってる人を私は知ってる

だからこそ私は来たのだ

―一昨日は八分に連れられて
昨日はピアノに惹かれるがまま


そして今日は――答えを探しに


「………」


決意の表情、知らない問いに分からない答え

薔薇水晶は答えを探すため、音楽室の冷たいノブに指を当て扉を開けた

「フフ……待ってたわよぉ」

薔薇水晶を迎えたのは昨日と同じ、黒のアコースティックギターと水銀燈

………?

だけじゃない……銀髪の向こう側には金髪のツインテールをなびかせる少女と、茶髪のショートとロングの少女が机に腰を掛けている

……確か……ローゼンメイデンの……

薔薇水晶は、記憶の向こう側から彼女達の名前を引っ張り出そうと目を瞑る

「……お前が薔薇水晶ですかぁ?」

……!

目を瞑り、名前を思いだそうとする中、真紅と蒼星石、翠星石は薔薇水晶の眼前まで迫り、彼女の顔を覗き込んだ

「……っ!」

薔薇水晶はとっさに左手で眼帯を隠す、今更隠した所でどうなるわけでもないけど……それでもこの距離で見られるのは抵抗がある

「……綺麗なストレートですぅ~」

……え?

「ま、まぁ翠星石には及ばないですけど!な、なかなか綺麗なストレートです!」

意外な言葉に思わず左手が下がる

今まで私と初めて会う人は、みんな怪訝な顔を仮面で隠したり、仮面の優しさを投げかけてきたのに……

「僕もこの綺麗な指先は憧れるな……」

思わず下げた左手を、ショートの娘が優しく手に取る

よく見れば……この二人、双子だ

左右対称とも言える美しいオッドアイ

……こんなに近くでこんなに綺麗な双子を見るのは初めてかもしれない

「……あら?あなた……その目……」

いきなりの言葉、双子に視線を奪われていた薔薇水晶の意識が一気に引き戻される

……あぁ……やっぱりそうなのか……

「ふふ……とても綺麗な……優しい目ね」


……信じられなかった、これまでも、これからも掛けられないであろう言葉

心の隙間を埋めてくれる、優しい言葉

「ほらぁ~アナタ達お話はその辺にして準備しなさぁぃ」

呆れた口調に手拍子一発、水銀燈の一言に集まっていたメンバーが楽器に戻る


「薔薇水晶、アノ金髪が真紅でロングが翠星石、ショートが蒼星石よぉ、ほらぁ、ボーっとしてないでアナタも座りなさぁい」

……え?え?

背中をグイグイと押され、なされるがままたどり着いた先は……ピアノ


「まーったく!いきなり曲を渡したと思ったら『1日で完成させなさぁぃ』なんてトチ狂ってるとしか思えんですぅ!」

「僕もビックリしたよ……いきなりだったもんね」

文句を言いつつもスティックを握り、準備万端の翠星石に、ウッドベースを静かに構え、弦を軽く鳴らす蒼星石

「あらぁ、でも部室は貸し切りにしてあげたでしょぉ~」

「それに二人とも、水銀燈の勝手は今に始まった事じゃないのだわ」

笑顔と共に窓を開け、真紅は流れる風に金髪を委ねる

……あれ?確か部室は……

みんなの話に薔薇水晶は違和感を感じる、しかしそれが言葉になることは無かった
感じた違和感は水銀燈のギターがあっという間に拭い去っていく

………これは

水銀燈が奏でるメロディーはまさに昨日、ここで聞いた懐かしいメロディー

………でも

何故だろう、こんなに綺麗なのに

何かが足りない

「ねぇ薔薇水晶……この曲……何か足りないと思わなぁい?」

難しい顔をした薔薇水晶を見、水銀燈はギターを奏でたまま優しく微笑みかける

「アナタ……人前で演奏したくないんでしょう」

……!

……それは…言ってないハズ……

核心をつかれ、薔薇水晶はとっさに視線を水銀燈に向ける

視線の先の彼女の目は……とても優しくて、全てを見ている様でもあった

「薔薇水晶……私はアナタに《人前でやれ》なんて言わないわぁ」

……

「……《一緒にやりましょう》って言ってるのよぉ」


――鍵盤に何かが当たる

ソレが何かはすぐに分かった

――私の……涙だ

「このメロディーに足りないモノはアナタの目の前にあるじゃなぁい」

――そうだ、私は……

薔薇水晶は鍵盤の上の涙に、ゆっくりと指を重ねる

そこは初めて鍵盤に指を置いた場所、始まりの場所

そして初めて一生懸命練習したメロディー、初めてのメロディー

「…グスッ……ズッ……ありが……とう……」

小さな涙声は綺麗なメロディーにあっという間に飲み込まれる

……ようやく完成したメロディー

あの日からずっと止まっていた、希望のメロディー

描き上げた絵に真紅が声の額縁を付け、名前を書き込んでいく

名前は――旅立ち


「……グスッ……ズッ……」

演奏が止み、真っ白な音楽室に響くのは薔薇水晶の嗚咽のみ

開け放たれた窓の向こうにはあの日の満月

「ねぇ……薔薇水晶」

「……ズッ……な…グスッ…に……」


ギターを置いた水銀燈が私に話しかけてるのはわかるけど……声が……上手く出ない

「薬は何から出来るか知ってるぅ?」

私は必死に涙を拭い、ぐしゃぐしゃの顔で水銀燈を見上げる

「音楽で出来た傷の薬はぁ……音楽から作るのよぉ」

………ああ……

「どぉ?ローゼンメイデンに入らなぁい?」

………本当に…彼女は……


滲む世界でもハッキリ見える

輝く満月、輝く笑顔に輝く銀髪

出された右手は何より綺麗で


「……グスッ……ぅぅ…うん………うぁあああ!!」


私は涙で濡れた手で、引かれるように彼女の右手を掴み、彼女に抱きついた

些細な出会いは不幸なものなんかじゃなかった

あの日からずっと探してきたもの

昨日から見つけようとしてきた答え


――みんなと音楽がしたい

思い出した、誰の声か、いつの声か

―――やっと、見つけた

                    *

「………?」

……随分懐かしい夢

初日のツアーライブも終わり控え室、疲れのせいか……明日の選曲のトリを悩んでる内に眠ってしまったようだ

「あら……おはよぅ、ばらし―」

「……銀ちゃん」

外はすっかり夜の世界
他のメンバーは先にホテルに行ったのだろうか、この部屋には私と彼女と二人きり

「ふふ……あんまり気持ちよさそぅだったから……起こすの止めちゃったわぁ」

ふふふ、とピルクル片手に微笑む水銀燈、その笑顔は夢の中の彼女よりもずっと、ずっと綺麗で

「ところで、曲は決まったぁ?ばらし―」

「……うん」

――最初は私から私に贈って

次はみんなから私に贈ってもらった

だから――明日は私からみんなに――

「そぅ……何の曲にしたのぉ?」

「それは……エヘ……お楽しみ…」

水銀燈は、それは楽しみだわぁ、と微笑むと、椅子から立ち薔薇水晶に右手を差し伸べる


「明日も早いんだからぁ、そろそろ帰りましょう」

「………あ」

思わず声がこぼれる

窓から見えるのは煌めく満月、目の前にはあの日の笑顔とあの日の右手……

「………エヘヘ」

「ふふ、何よぉ……変な子」

私はその素敵な右手をゆっくりと掴む


――人前で音楽はしないんじゃなかったの?

そんなの、忘れてしまった

――音楽は一人で楽しむんじゃなかったの?

そんなの、忘れてしまった

――あなたは誰?

私は、ローゼンメイデンのキーボード、薔薇水晶

――みんなと音楽がしたい?

もちろん、これからも―――ずっと――


夢色月下に廻るまほろば、銀薔薇ひとつ咲き誇る


fin



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最終更新:2007年02月20日 23:24