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小学生の頃だろうか、幼い水銀燈はクリスマスに買ってもらったギターを抱えて、音を出そうとするが、どうも納得がいかない。

「お兄ぃちゃんみたいな音、出ぇへんよぉ~?」
「そら、しゃーないわ、水銀燈のはオモチャのギターやからなッ」
「えぇ~、私もお兄ぃちゃんみたいなギター欲しいぃ~~」

そう言いながら兄のギターに手を伸ばす水銀燈。
その指先がギターに届く前にさっと取り上げられる。

「アカン、アカン。これは高いんやでぇ、お兄ちゃんバイトして買ったんや、触ったらアカンで」
「いややぁ~、私も音が出るギター欲しいぃ~~」

泣き出しそうな顔をする水銀燈に兄はポリポリと頭をかきながら

「ふぅ、しゃーないな、ちょっとだけ弾かせたるわ」

そう言いながらギターを水銀燈に持たせる。
思った以上に重量があるギターにヨロッとバランスを崩しそうになる。
それでもしっかり抱きかかえた水銀燈は目を輝かせた。
鉄の線が6本、何か分からないスイッチがある、そして意味が分からない鉄の棒がブラブラしている。

「これ、何なん?」
「これはアームっちゅーヤツや」
「アームぅ?」
「まぁ、まだ水銀燈には説明してもムリやろ」
「うぅ~~ん……」

兄の言葉に少しムキになったのか水銀燈は見よう見まねで弦を弾いてみる。

ポンッ、ビンッ、ポッポロ~~ン

「違うやん、お兄ちゃんみたいな音が出ぇへんよぉ~?」
「あたりまえやッ、そんな簡単にいく訳ないわ、ちょっと貸してみッ」

そう言いながらギターを手にし、得意の曲を弾き出す。
左指が上下左右に動き出す、ピックが弦に当たると、水銀燈の目は大きく開かれる。
まさに魔法にでもかかったように兄が弾くギターと、そのメロディーに幼い水銀燈の胸は熱くなった。

「凄いやんッ、お兄ちゃん、コレなんて歌ぁ?」
「これはパナマって曲や」
「ぱなま?」
「そうや、パナマや、VAN HALENっていうバンドの曲やでぇ~、
 お兄ちゃん、そのバンドが大好きなんや、そのギタリストがもってるギターがこのギターなんやでぇ~」
「凄いな、お兄ちゃんヴァン・ヘレーと同じギター持ってるんやなぁ~」
「ヘレーちゃうでぇ、ヘイレンやで!それにコレは丸っきり本物とはちゃうけどな」
「そうなん? せやけど私、そのギター好きやでぇ~、ヴァン・ヘレーも好きになったわぁ~」
「せやからヘレーちゃうちゅうねんッ!まぁエエわ、水銀燈が好きになったんやったら明日、何か曲教えたるわ」
「ホンマぁ~、教えてくれるん?絶対ぃ?」
「あぁ、ウソは言わへん、教えたるから今日は早ょ寝ぇ~水銀燈」
「うん、私、寝るから明日は絶対に教えてもらうでぇ~~」

……明日はヴァン・ヘレー教えてもらうねんッ、そして大きくなったらお兄ちゃんとバンドするぅ~ッ!!

そう思いながら水銀燈はオモチャのギターを布団の中にまで持ち込み、安いナイロンの弦を触りながら眠りについた。

                    *

どれほど眠ったのだろうか、突然沸き起こった胸騒ぎに水銀燈は目を覚ます。
明け方だろう、何気なく柱にかかっている時計を見る。

AM 5:40

「うぅ、オシッコぉ……」

布団から出た水銀燈は寝ボケ眼でヨロヨロとトイレに行き、帰ってくる。
まだ体温の温もりが残っている布団に入り、もう一度眠りに入りかけた時、今まで体験したことのない恐怖に襲われた。

AM 5:46

ゴォォォォォォォ~~~~

地の底から亡者が雄叫びを上げながら湧き上がってくるのにも似た音が辺り一帯を包む。

……えっ、何? コレ何?

そう思った次の瞬間には大きな揺れが水銀燈、いや、家全体を激しく揺さぶり出す。
縦に揺れる毎に壁にはピシッと乾いた音と共に大きな亀裂が入る。
そして揺れが横に変わると柱が、テレビが、本棚が凶器のごとく倒れてくる。

「うわぁぁ~~、お母ちゃん、お父ちゃん、お兄ちゃん~~~~ッ」

水銀燈の泣き叫ぶ声は全てが崩壊する轟音にかき消されて誰にも届かない。

………あれ? 何? どうしたん? 私、どこにおるんやろぉ?

いつの間にか気を失っていた水銀燈は目をあけると、倒れてきた本棚が転がっているテレビにもたれ掛かるようにできた狭い隙間から小さな体をよじらせる。

……あっ、外や…誰か名前を読んでるぅ?

倒れた柱と崩壊した屋根の隙間から誰かが水銀燈の名前を呼びながら手を差し伸べていた。
その腕を水銀燈はしっかりと掴む。

「おぉ~い、みんな来てくれ、銀ちゃん生きてるぞぉ!!」

その声に多くの人達が倒れて形を残していない瓦礫の中から水銀燈を引っ張り出す。

「よう生きとったなぁ~、銀ちゃんどこもケガないか?」
「おっちゃん……何、何があったん?」

近所の人に抱かれた水銀燈は周りの景色を見る。

「何なん…コレ………?」

そこはまるで戦場であった。
眠りに着く前まではいつもと変わらない世界が今は大きな自然の爪痕に蹂躙され、なす術もなく埃と煙、そして人が生活をしていたであろう痕跡が無残にも散らばった別の世界が広がっていた。

「お母ちゃんは? お父ちゃんは? お兄ちゃんはどこ?」

水銀燈はパジャマのまま瓦礫の中に走っていく。

「お母ちゃ~ん、お父ちゃ~ん!!」

そんな悲鳴に近い声に小さく弱々しい声が返ってきた。

「す…水銀燈か?」

その声に水銀燈はかけより姿が見えない兄に呼びかける。

「お兄ちゃんッ! お兄ちゃんッ、水銀燈やで、私やでぇ~」
「水銀燈…お前は大丈夫やったか……」
「うん、私は大丈夫やでぇ、すぐに誰か呼んでくるからぁ、お兄ちゃん頑張ってぇ~~」

そう言いながら顔を上げた水銀燈の目に飛び込んできたのは赤い炎に焼かれていく近所の家。
その火と煙はすぐそこまで迫ってきている。

「あぁ、アカン、火事やぁ……火が来るぅ…」

炎からの熱風が水銀燈の髪を揺らす。
水道管が破裂したため水そのものが出ない。
周りではまともな消火活動もできないまま崩れ落ちていく建物。
そんな光景を目の当たりにし、立ちすくむ水銀燈に兄の声が届いた。

「なぁ…水銀燈…、お兄ちゃんは、もうアカン…火が来てるんやろ?」
「そんなことないでぇ、火は私が消したるわぁ!」
「水銀燈…オレはもうええから…早よう逃げェ……」
「いややぁぁぁ~~~」
「お兄ちゃん、もうアカンわ…手も、足も動かへん…お前だけでもええから、早よう逃げぇ……」
「いややぁぁ、そんなんイヤやぁ~~」

炎が迫る中で座り込み泣き叫ぶ水銀燈。
それを見つけた近所の大人が駆け寄り、幼い水銀燈を抱き上げる。

「銀ちゃん、こんなところで何やっとんや、早く逃げんと焼け死ぬで」
「お兄ちゃんッ!お兄ちゃんッ!」

必死で兄を呼ぶ水銀燈、だがすぐそこまで迫った炎はついに兄と両親が埋もれている瓦礫に燃え移り、瓦礫の隙間から白い煙が立ち昇ってきた。

「アカン、ここもすぐに火が着くでぇ、逃げるで、銀ちゃんッ!!」
「あっ、まって、まって、お兄ちゃんが…お兄ちゃんがぁ~」

それから2日後、黒い炭になった焼け跡にたたずむ水銀燈。
虚無ともいえる表情で幸せだった過去の断片を探す。

……あっ

黒くすすけた材木をどけると、その下からは炎に燻され、黒く変色した兄のギターを見つける。
赤いボディーに白と黒のストライプが縦横無尽に描かれていたギターは、もはや見る影もない。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃぁぁん~~」

そのギターを抱きかかえ何度も名前を呼び、帰ってくるはずもない返事をまつ水銀燈の声は上空を飛び交うヘリコプターの音に掻き消されていく。

1995年平成7年 1月17日 神戸を襲った未曾有の悲劇、阪神淡路大震災は死者6434名を出した。
そして彼女はその日、家族と言う大切なものを失い、一人ぼっちになった
水銀燈は幼くして児童保護施設で暮らすようになった。

お兄ちゃぁぁぁ~ん―――――――――ハァ、ハァ、ハァ

布団から起き上がった水銀燈は苦しそうに肩で息をする。
軽くこめかみを押さえながら立ち上がる彼女の背中には寝汗がビッシリとこびりつき、体がガタガタと震えだす。

「うぅ、うぅぅ……」

込み上げるものを感じ、口に手をあてトイレに駆け込む。
数時間前に食したものを吐き出すと、体の震えが収まり始める。
洗面所で口をゆすぎ、鏡に映る自分の顔を見てみる。
目には涙が溜まり、赤く充血している。
そして耳の奥には、あの日の幼い自分の泣き声が残っている。

お兄ちゃ~んッ!!

そんな声を振り払うかのように水銀燈は軽く首を左右に振る。
その時、部屋からあの頃の自分に似たか弱い声が聞こえてきた。

「…銀ちゃん?……銀ちゃんどこぉ?…銀ちゃん?」

電気を消していたため真っ暗になった部屋で極端に視力が弱い薔薇水晶は手探りで電気のスイッチを探し、水銀燈の名前を呼んでいた。

「ゴメンねぇ~ばらしー、私はここよぉ~」
「あぁ、銀ちゃぁん……」
「ゴメンねぇ~真っ暗で怖かったでしょぉ~~」
「うぅぅ~ん……銀ちゃん」

Illust ID:wfMJbgc70 氏(136th take)

テーブルに足を取られ、転びそうになった薔薇水晶を抱きとめた水銀燈は胸に頬をすり寄せてくる薔薇水晶の髪を撫でる。

……そうよぉ、私よりこの子のほうが辛いはずよぉ~、だってこの子は両親の、家族の暖かさを知らないんだからぁ…

予期せぬ出来事に家族を失った少女と、愛をしらない少女は互いの傷口を埋めるように抱き合う。
そして水銀燈と薔薇水晶の夜は静かに更けていった。




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最終更新:2007年02月13日 23:36
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