東の空が薄い紫色に染まり、ビルの陰がアスファルトに伸びる時刻。
半ば芸能界から引退に近い状態の真紅たちの部屋で珍しく目覚まし時計の音が鳴り響く。
「うぅ~、もう朝なの~」
「ふわぁ~~あッ、おはよう~かしらぁ~」
あくびをしながら目をゴシゴシとこする金糸雀は窓を開け、冬の冷たい外気を部屋に入れる。
「あぁ~ん、寒いのぉ~、窓を閉めるのぉ~」
「うぅ、ほんとうに寒いかしらぁ、でもこうしたら目が覚めるかしらぁ~」
「うゅ~、ほんとーなの~、目がパッチリしたの~金糸雀すごいのぉ~」
「えっへん、当然かしらぁ~、ところで真紅はまだ寝てるかしら?」
「うん、まだ寝てるのぉ」
「まぁ、しょうがないかしら、どうせバイトの面接はカナと雛苺だけだし…」
そう言いながら金糸雀と雛苺は身支度をすると履歴書が入ったバックをもってマンションを出る。
「なんだかドキドキするのよぉ~」
「大丈夫かしらぁ~、こんなのオーディションやコンサートの時のほうが緊張するかしら…で、でもやっぱりカナもドキドキしてきたかしらぁ」
事務所の隅でソファーに座り、係りの人がくるのを待っている2人は緊張しながらも周りをチラッと盗み見る。
コピー用紙をもって忙しなく事務所から出て行く者、パソコンのモニターを睨みながらキーを叩いている人、電話の対応をしている女性。
その光景は芸能事務所と大して変わらないのだが、ほんの少し前まで芸能界に身を置いていた2人の目にはどこか異質に見えた。
その違和感を感じ出した時、オーソドックスなビジネススーツを着た40歳を回ったばかり、そう見える男性がネクタイを触りながら表れる。
「こんにちは」
「こ、こんにちはかしらぁ~」
「こんにちはなの~」
「えぇ~っと金糸雀さん、雛苺さんですね?」
テーブルの上に置かれた履歴書を手にし、2人の顔を確かめ、写真、名前、住所、学籍などに目を通していく。
そして職歴に書かれた芸能プロダクション トロイメント所属、薔薇乙女の文字を見て不思議な顔をする。
「あの~、この芸能プロダクション、トロイメント所属って……?薔薇乙女…どこかで聞いたことが……アァァァ~~ッ!!」
不思議な顔が金糸雀と雛苺が元アイドルで1年ほど前に何かの番組で見た顔だと分かり、目を大きく開き驚く。
その声に事務所にいる人は、仕事の手を止め何事か?とばかりに興味の目をソファーに座る3人に向ける。
……な、なんだか変な感じになってきたかしらぁぁぁ~
……みんなヒナ達を見てるのよぉ~~
緊張から不安に変わってきた金糸雀と雛苺。
2人が誰なの分かった男性は、しばらく履歴書に張られた写真と目の前にいる2人を交互に見直し、ゴホンッと咳払いをすると、少しソワソワした口調で面接を再開し、最後はお決まりのセリフで面接を終える。
「それでは2~3日中に電話でお知らせしますので」
「はい、それでは失礼しますかしら」
「失礼しましたなの~」
ペコリと頭を下げた2人は事務所から出て行く姿をニコニコと見送った彼の周りに事務所内の人々が集まり、金糸雀と雛苺の履歴書に目を通す。
「おい、あの2人って元アイドルなのかよ?」
「薔薇乙女ってあまり知らないなぁ~? おい、誰かパソコンで検索かけてみろよ~」
「あっ、ありましたよ、トロイメントって芸能プロダクションの薔薇乙女、3人組みで、つい最近解散したみたいですね」
モニターに映し出された薔薇乙女のサイトを多くの目が見つめる。
「あっ、課長、この子達、オレ知ってるッスよ、前にアイスクリームかな?何かのCMに出てたんじゃないかな?」
「あぁ、あの防波堤でアイス食ってるCMか?」
「そう、そう、それッス、たぶんあの子達だと思いますよッ」
2人が消えた事務所は今や大騒ぎになっている。
そんな騒ぎ声が聞こる廊下を通りかかった女性が不思議そうな顔をし、資料を抱えたまま事務所に来ると、みんなが覗き込んでいる
モニターを後ろからチラッと見る。
「あれぇ?どうしたんですか、課長もみんな薔薇乙女の画像なんか見て?」
その声にみんなが振り返る。
そして課長と呼ばれた男はポンッと手を叩く。
「そうだ、草笛さんの部署って人が足りないって言ってたな?」
「えぇ、1週間前にバイトが2人辞めたから、人は欲しいですね~」
「女の子2人でも仕事は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、簡単な軽作業ですから、誰か面接に来たのですか?」
「うん、今この子たちが来たところだよ」
そう言いながら課長はモニターに映し出された金糸雀と雛苺を指差す。
一瞬、何を言っているのか理解できない草笛みつは、ん?っと首をかしげるが、ようやく課長が言っている意味が解ると抱えた資料を落とさんばかりに驚きの声をあげる。
「ウッソォ~、カナちゃんとヒナちゃんがぁぁ??」
「あぁ、さっそく週明けくらいから来てもらおうと思うんだ、まぁ、草笛さんと柏葉さんで仕事を教えてやってくれよ」
「は、はい、解りましたぁぁ~!」
そんなやり取りが事務所で行われているとは知らない金糸雀と雛苺は初めての面接での緊張から解放されたのか、会社の前で大きくフゥ~~っと息を吐いていた。
*
「ふぅわぁぁ~、よく寝たわ…」
太陽が昇りきり、街がせわしなく動き出した頃、真紅は起きる。
体のわりには大きめのパジャマはダボッとしており、歩くたびにズボンの裾をズルズルと引きずっていく。
「おはよう金糸雀、おはよう雛苺」
2人の名前を呼んでみるが返事はない。
不思議に思いながらも目覚めの紅茶を飲もうとキッチンに行き、何気に見るカレンダーの今日の日付には赤い丸印が付けられている。
……そう言えば今日からアルバイトだって言ってたわね
無事、面接をクリアーした金糸雀と雛苺は真紅が起きだす数時間からこの部屋にはいなかった。
……うまくやってるかしら、あの2人……
お気に入りのティーカップにお湯を入れようとした手は止まる。
2人が居ないこの部屋で真紅は、なんとも言えない疎外感を覚えたからだ。
薔薇乙女として同じ目標と希望をもっていた3人。
解散してもそれは変わらないと思っていた、しかし現実はそうはいかない。
そんなジレンマに金糸雀と雛苺はどんな形にしろ明日を見、それに向かって動き始めた。
……わたしは、本当にこんな事をしてていいの?
……どれだけ待てば、またステージで歌えるの?
……もう、そんな甘い夢から早く覚めなくちゃ!
……でも、歌いたい、あのステージでファンの人達と一緒に歌いたい!
繰り返す自問自答に真紅は訳もなく部屋を飛び出すと、あても無く街を歩いた。
高層ビルから吹き降ろす風、スクランブル交差点を渡る人の群れ、途切れることの無い交通の流れ。
この巨大な街は多くの音に満ち溢れている。
その音、1つ1つが切なく響く。
一人がいやで部屋を飛び出した真紅だが、すれ違い行きかう顔は誰も知らない。
……にぎやかな通りを歩くほど孤独を感じるのはどうして?
そんな事を思いながら真紅の足はビル街の裏道を歩き出すと、そこには手入れの行き届いた公園が見えた。
滑り台とジャングルジム、そしてシーソーとブランコが3つ。
そんな小さな公園のベンチに1人の少女がチョコンっと腰をかけ、おそらく手作りなのだろう、三角形のサンドウイッチを両手で口に運び、横に置いた大きめの紙パックに入った牛乳を美味しそうに飲んでいる。
そして時折サンドウイッチをちぎっては足元にいるハトに与えている。
「…ハトさん…ぽっぽ、ぽっぽ…サンドウイッチ美味しい?」
ニコニコした笑顔でハトがパンをつつくのを見ながら、鼻歌まじりで食事を続ける。
「ふふふ~ん♪…ふふっふふんふん~~♪…」
バサバサバサ~~ッ
「…えっ……?」
突如、羽音を響かせたハトは空へと消えていく。
その音に少し驚いた顔をした薔薇水晶は前を見ると、そこには真紅がたっていた。
「こんにちは、私は真紅」
何故、この子に自己紹介しているのだろう?
どうして私はこの子の前にいるのだろう?
どうしてこの少女に話しかけているのか自分でも解らない。
しかし何か不思議な引力で引かれたように感じた真紅はそのまま薔薇水晶のとなりに座る。
「……ぅぅ…だ、誰ぇ?」
真紅に警戒心と驚きを見せた表情になった薔薇水晶はビクビクしながら途切れ途切れに言葉を出した。
それを感じ取った真紅はすぐに誤りながら、もう一度名前を言う。
「驚かせてごめんなさい、私は真紅、ただ話しがしたかっただけだわ」
「…私は…ば、薔薇水晶……」
小さな声で名前を言う薔薇水晶がもつ牛乳パックは小刻みに震えている。
幼い頃から虐待をうけていた彼女は異様なほど他人に対して警戒心を持ち、同時に恐怖すら覚えることがあった。
「こんにちは、薔薇水晶、貴女がさっき歌っていた曲って誰の歌なの?」
「……VAN HALENの…パナマ…銀ちゃんの好きな歌」
ボソッと呟くように言うと薔薇水晶はポケットから携帯のメロディーが流れる。
「…あっ……もう休み時間……終わっちゃう……」
「休み時間?」
「…うん…仕事の昼休み…」
そう言うと薔薇水晶はベンチから立ち上がり、ビニール袋にサンドウイッチを入れ、立ち去ろうとする。
そしてその時、真紅は初めて気付く。
彼女が着ているダウンジャケットの下にはボールペンやマジックが数本ささっている作業着であることを。
「また明日もここで会えるかしら?」
背を向けて立ち去ろうとした薔薇水晶に真紅は声をかける。
どうして知り合ったばかりの子に、また会う約束をするのか自分でも解らない真紅だが、何となくそんな声をかけてしまった。
そして、そんな真紅の声に薔薇水晶は立ち止まり、少し考える素振りを見せた後、小さく短い言葉をいう。
「……うん…いいよ」
そういい残すと薔薇水晶は駆け足で公園から出て行った。
最終更新:2007年02月19日 00:38