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冬とは思えない陽光に暖められたテーブルの上に広げられたお弁当にハシを伸ばす金糸雀と雛苺。
初めてのバイトに緊張し、疲れたのか、食事の進み具合が遅い。

「ずっとコンセントのネジを締めて疲れたかしらぁ~」
「ヒナは赤い線と青い線を引っ付けていたのよぉ~」

2人の会話は仕事の内容と元アイドルという興味から来るのか、どうも男性社員から掛けられる声に疲れ気味であった。
こうしている間もどこかで視線を感じる。

「うぅ、なんだかイヤな感じかしらぁ?」
「なんだか見られてる感じがするの~」

顔を近づけ、他人に聞こえないようにコソッと話していると、やけにテンションの高い声が聞こえてくる。

「どぉ? カナちゃんヒナちゃん、仕事なれたかなぁ~?」

その声に続いて少し落ち着いたトーンではあるが、優しい声がする。

「となりでお弁当食べてもいいかな?」

キョトンとした表情で見る2人の前に草笛みつと柏葉巴が目を細めて立っている。

「あっ、ど、どーぞかしらぁ~」
「座ってなの~」

2人が配属された部署のリーダーであるみつ、そして新人教育を任された巴は2人の様子と仕事に対する感想を聞こうとテーブルについたのだが、どうやらみつはそれよりも金糸雀、雛苺という元アイドル薔薇乙女のファンだったらしく、ミーハー丸出しで質問攻めを始めた。

「ねぇ、ねぇ、あのセカンドシングルのPVで着てた服ってウールコートが
 ウィルセレクションでミニスカートがラストシーンガールでしょッ? 
 そしてヒナちゃんはファーストアルバムのジャケットで履いてたプリーツ
 スカートはガルシアマルケスねッ、そうでしょ?そうでしょ?」

メガネ越しに大きく目を輝かせて、2人の顔を交互に見ながら言う。
そんなみつの表情と薔薇乙女の細かい事まで知っている様子に2人は驚きを隠せない。

「よ、よくそんなことまで知ってるかしらぁ~?」
「うゅ~、ヒナはどんなスカートだったか忘れたの~」
「ちょっと、草笛さん、2人とも困ってるわよ、ゴメンね、みつさん
 薔薇乙女の凄いファンだったのよ」

暴走がちなみつの横で巴は2人にニコリと微笑む。
その笑顔を見ながら雛苺もニコッと笑うが、金糸雀はファンだったと言う過去形のセリフに少し考えさせられるものがあった。
それは、もうこの時点でアイドルでもなければ芸能人でもない、ただの17歳の少女であるという現実。
ファンだったという人を前にどのようなセリフを出せばいいのか少し考えて出た言葉はありふれた短いセリフであった。

「応援…ありがとうだったかしら~」
「もう~だったなんて言わないでッ、今も大ファンよ~、よぉ~し、今日は
 仕事の先輩として親睦を含めて帰りはカラオケに行くわよ~、当然おごり
 だから心配しないでね~~」

みつが半ば強引にカラオケに誘っていると食事時間が終わるベルが鳴り出し、10分後にはまた慣れない仕事につく金糸雀と雛苺だが、みつと巴のサポートと微笑み混じりの会話を交えての作業に緊張もほぐれ、時間はあっという間に過ぎていった。

「疲れたけど、でもちょっと面白かったかしらぁ~」
「う~ん、巴とみっちゃんが教えてくれたのよぉ~」
「カナちゃ~ん、ヒナちゃ~ん、行きましょ~」

タイムカードを押す2人にみつと巴は声をかける。
そして、その声に振り向く2人は同時に答えた。

「はぁ~~いッ!!」

どうやら短い時間ではあったが金糸雀たちとみつ達は打ち解けあい、気軽に互いの名前を呼び合うようになっている。
4人はニコやかに話をはずませながら会社を出ている頃、違う場所で退社時間に追われながら日報を書いている薔薇水晶がいた。

……えぇ~っと…在庫も調べたし…ん~っと、棚の整理もした…かな?
……あぁ~ん、早くしないと…銀ちゃんがまってる……でも…あの人、
誰だったかな…?長い金髪の人…どこかで会ったかな?
……明日も来るって言ってた………来るのかな…?

いつしか薔薇水晶は真紅のことを考えていた。
うまく他人と接することができない彼女にとって水銀燈以外、同じ年頃の女性と話すことは稀である。
そしてあの日、偶然に顔を合わせていたとはいえ、双方とも覚えていない状態、それは初対面にちかい出会い、そして何の飾り気もなく自然に話してくる真紅に少しだけ躊躇しながらも興味を持ち始めていた。

……あの人もロックすきかな…?牛乳も好きなのかな…?
……あの人のこと…銀ちゃんに言わなきゃ……

明日の昼休みに会えたらどんな話をするのだろう?そんな期待を考えながら薔薇水晶は日報をかきあげると、タイムカードを押し足早に水銀燈を待ち合わせをしている場所に向かう。

……あぁ~ん、遅れちゃうよ…急がなきゃ……

一緒に住んでいる水銀燈とは働いている会社が違っている。
よって2人は定時制高校に行くためいつもの場所で待ち合わせをするのが日課になっていた。
そのいつもの場所、夕暮れで人通りも多くなりだす駅構内の小さな噴水の前。
水銀燈はバックを肩に下げ、噴水を取り囲む石積みに座り、通り過ぎる幾人もの中からこちらに向かって走ってくる薔薇水晶を見つけた。

「…はぁ、はぁ、銀ちゃん…おまたせ…」

両膝に手を置き、肩で大きな息をしている薔薇水晶は水銀燈を見上げるかたちで目を細め、ニコッと笑う。
教科書と筆記用具が入った使い古されたデイパック、ジーンズに白い安物のダウンジャケット、その下には真紅と話した時と同じ作業着を着ている。

「もぉ~、ばらしー、その作業着はどうにかならないのぉ~?」
「……?」

白い肌にパチリと開いた瞳、ゆるやかにサラッと流れるような髪。
見る人がみればハッと息を飲むような美少女なのだが、彼女はいくぶんファッションには興味がない。
そのため水銀燈の言ってる意味がよく解らない。

「…作業着は動きやすいよ、銀ちゃん…」
「ま、まぁいいわぁ~、それより急ぎましょ~遅刻しちゃうわよぉ~」
「うんっ」

水銀燈と薔薇水晶が電車に乗り込もうとする車両から4人の女性がワイワイと賑やかに下りて来る。

「ねぇ、カナちゃん、ヒナちゃん、薔薇乙女の歌を聴きたいな~、
 ねぇ巴ちゃんも聴きたいわよね?」
「はい、私も聴きたいわ、歌ってくれるでしょ?」

雛苺と手をつないで歩く巴は微笑みながら聞く。
彼女の肩に髪がかかりそうでかからない髪が柔らかくフワリと揺れる。
そんな優しい表情に雛苺は大きく口を開いて元気に答えた。

「はいなのぉ~、ヒナ、薔薇乙女うたうのよぉ~」
「クスッ、楽しみだわ」

小さく口に出して笑う巴の顔に雛苺も目を閉じるほど瞳を細めて笑い、つないだ腕を大きくふりだす。
知らない人が見れば幼い頃からの親友とでも思うだろう雛苺と巴。
そして同じく仲良く会話を弾ませながら歩く金糸雀とみつ。
この2人は少し年のはなれた姉妹にでも見れたかもしれない。
そんな4人は改札を抜けると近くのカラオケ屋に入っていく。

各自ドリンクとスナック菓子を注文すると、早速みつは金糸雀と雛苺にリクエストを出す。

「さぁ、歌って、歌って~~」
「じゃ、デビュー曲のフロイラインローゼから歌ってみるかしらぁ~」

金糸雀の声に巴はすぐにリモコンでフロイラインローゼを入力すると、カラオケのスピーカーからアップテンポでダンサブルなメロディーが流れ出す。
久々に自分達の曲を歌う2人はイントロの間、かかとでリズムを取りだす。

らぁららら~~♪ HURRY UP!! 恋なんて~運命のいたずら~♪
MAKE UP!! ばっちりキメたら~子猫がどれだけセクシーが彼方に教えてあげるわ~~♪

歌いだす2人はいつしかイスから立ち上がると並んで薔薇乙女時代の振り付けを交えて歌いだす。

……す、凄い、アイドルだったって言ってもこの2人は本当に歌がうまい

金糸雀と雛苺の甘くてキュートな歌声にキャーキャーとはしゃいでいるみつの隣では、巴が真剣な面持ちで2人の声を聴いている。

……この2人に私が作った歌をうたってほしいな

学生時代から趣味で曲を作っていた巴はふとそんな考えが浮かぶ。
そして歌い終わった金糸雀と雛苺はコンサートで見せていた清々しい笑顔で手をつなぎ、まるでステージからファンに挨拶するように巴とみつにペコリと頭を下げ、声を合わせて言う。

「ありがとー、サンキュ~~、薔薇乙女でした~~」

巴の拍手とみつの歓声に金糸雀と雛苺は歌っていた頃を少しだけ思い出す。

……あぁ~、やっぱり歌うのは気持ちいいかしらぁぁ~~
……うわぁ~い、拍手を貰えると嬉しいの~、また歌いたいの~

彼女達2人の中に少しだけ残っていた歌への希望、願望、そんな気持ちがまた芽生え始めた。

                    *

「じゃ、また明日ね~」
「はいなの~」
「遅刻しちゃダメよ、バイバイ~」
「了解かしらぁ~~バイバイかしら~」

カラオケが終わり、店の前で手を振っている金糸雀と雛苺の顔はとろけそうな笑顔で溢れていた。
大好きな歌をうたい、聴いてくれる人は2人だけでも拍手と歓声をこの身に受けた。

「久々に歌ったら気持ちよかったかしら~」
「ヒナ、またみんなの前で歌いたいの~」
「歌いたいかし…らぁ…」
「歌いたい…のぉ…」

地下鉄へと続く階段を下りながら2人の声はじょじょに小さくなっていき、改札を抜ける頃には独り言に近い言葉をポツリポツリとこぼす。

「歌えるとしても……もう…」
「カラオケだけなの……ステージでは…」
「歌えないかしらぁ?」
「歌えないのぉ?」

2人の中で動き出そうとしていたトキメキが言葉を発する度に色褪せていく。
やがてホームに入ってきた電車の音に消されるように胸の鼓動も聞こえなくなった。

                    *

細くツヤのある肩からお湯が流れ落ち、湯気で湿った髪をかるくかき上げ、
ゆっくりとつまさきが湯船に触れると小さな波紋が広がっていく。
ザザッ~、首筋まで浸かったバスタブから湯が零れだす。

「ふぅ~~」

たち込める湯気の中で一息ついた巴は金糸雀と雛苺の歌を思い出す。
あんな小さな体から出る甘く可愛らしい声。だが、どこかで力強さも感じる。
おそらくアイドル時代に相当なヴォイストレーニングをしていたのだろう。
学生の頃は趣味でアコースティックギターで自分なりの曲を作り、学際などでは歌いもした。
ピチャ~ン、蛇口から一滴おちる水の音を耳にし、巴は目を閉じて当時の事を思い出す。

セーラー服にカーディガンを羽織り、今と大して変わらない小柄な彼女は肩にはギターケースを、胸には未来のミュージシャンである自分の姿を描き、仲間たちと夕暮れまでメロディーを追いかけていた。

……翠星石と蒼星石は元気にしてるのかな?
……今もベースとドラムを叩いているのかな?

同じ音楽仲間であった友の笑顔と後ろ姿を思い出す巴は大きめのバスタオルを体に巻くと、1年以上は連絡を取っていない双子の携帯を鳴らしてみた。
5回か、6回目かの呼び出しコールで電話はつながる。

「はい、もしもし蒼星石です」

受話器の向こうから懐かしい声が聞こえる。
思わず笑みがこぼれる巴は声が大きくなった。

「蒼星石、わたし、巴だよ、久しぶり~~」
「うわぁ、巴さん~、懐かしいなぁ、いま何をしてるんだい?」
「私は普通のOLよ、蒼星石は何をしているの?」
「僕も普通のOLだよ」
「そうなの、翠星石は?同じ会社にいるの?」
「うん、そうだよ、今はちょっと買い物に出てるけど、所で突然の電話、どうしたんだい?」
「ねぇ、蒼星石と翠星石って今も音楽やってるの?」
「音楽、バンドかい?」
「うん、バンド、今もどこかのバンドにいるの?」
「いや、今は2人ともフリーだよ、ちょっと前にドゥエルヴァルツァっていうバンドにいたんだけどね、翠星石がゴネ出して、結局辞めたんだよ」
「そうなの、じゃ、2人はフリーなのね?」
「うん、フリーだけど…巴さん、またバンドやりたくなったのかい?」
「うん、それが、まだ本気って訳じゃないから気にしないで聞いてくれる?」
「どうしたんだい、もったいぶって、巴さんらしくないね」
「あの~、薔薇乙女ってアイドル知ってる?」
「薔薇乙女? さぁ知らないなぁ~、アイドルとか興味ないからね、それがバンドと何か関係あるの?」

蒼星石の質問に巴は少し間をあけてから話し出す。
その内容は金糸雀と雛苺がアルバイトとして巴の部署に来たこと、今日その元アイドルの2人とカラオケに行き、彼女達の歌を聴いたこと。
などを告げる。そして巴は蒼星石にこう言った。

「あの子たちの歌を聴いていたら、またバンドやりたくなってきたの、どう?またバンドしてみない?」
「巴さんとバンドか、懐かしいな、高校いらいだもんね、いいよ、その話、でも僕も薔薇乙女の子の歌って聴いてみたいな~」
「ほんとう?じゃ、今度どこかで会おうよ、その時に金糸雀と雛苺を連れていくから」

蒼星石の答えに巴は喜びの声を上げる、その後は互いの空いている時間や、今の生活の話などで盛り上がっていた頃、水銀燈と薔薇水晶は定時制高校の授業も終わり、いつもの道をアパートへと向かっていた。




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最終更新:2007年02月22日 16:21