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ノーブルディザイア」(2010/07/02 (金) 15:39:11) の最新版変更点

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**ノーブルディザイア ◆SERENA/7ps さて、いつまでもここに留まっていても意味がない。 ちょこに、イスラは一緒に行けないことを適当な理由をつけて説明した後、アナスタシアは西進することにした。 自分の命を大事にせずに、死地を求めるような男の言った情報に従うのは気が進まないが、元々行ける方向が限られていたから仕方ない。 あの食べ物がもう食べられないことと、イスラも一緒に行けないことは残念がっていたようだが、しばらく歩いているうちに不満も言わなくなり、また無邪気な言動を見せ始めた。 それでいい、その方がアナスタシアには都合がいい。 ちょこには――外見とは裏腹に巨大すぎる魔力を秘めた少女には、まずアナスタシアを第一に考えてもらわねばならない。 仮にイスラと行動していて、イスラが見事ちょこを手なずけた場合には、厄介な事態が発生する。 緊急事態が発生して、イスラとアナスタシアのどちらかしか救えないような事態が発生した場合困るのだ。 そこで、ちょこに迷ってもらってはいけない。 ちょこには何が何でもアナスタシアを第一に考えてもらい、アナスタシアを守ることを至上の目的としてもらわねばならない。 だからこそ、ちょこに自分がいなくなったら悲しいかと、アナスタシアがいなくなったときのことを想像させ、ちょこに恐れを植えつけた。 一人ぼっちを嫌う少女に、何が何でもアナスタシア守ると誓わせた。 しかし、問題もあるといえばある。 どうやらちょこには同郷からの参加者がいたようだ。 オディオによる死者の宣告の時に、ちょこはリーザおねーさんだ!と反応していた。 そのリーザという女とちょこにどれだけの絆の深さがあるかは分からない。 ちょこにどういう関係の人だったか聞くと、リーザに会いたいとリーザのことを第一に考え始める可能性もあるからだ。 聞くに聞けなかった。 こんなことなら、燃やす前に名簿をちゃんと見ておくべきだったが、それはもう今更言ってもしょうがない。 幸い、その少女はもう死んでしまったらしいが、まだちょこの知り合いはいる可能性もある。 他ならぬアナスタシア自身も、ブラッドやリルカと言った顔を知っている人間が参加させられていることを知っているからだ。 そういう意味では、イスラの情報に従って誰もいなかった西方へ脚を伸ばすのは悪くない。 誰かに会って、ちょこがその人物に懐くこともあるのだから。 出会った自分がちょこの知り合いならもう最悪だ。 マッシュやクロノという人物は北へ移動したようだし、会う確率も低そうだ。 また、人のいない方向へいけば、他の参加者が勝手に争って自滅していってくれる。 人間とは本当に愚かなもので、皆が一致団結すべきこんな時にも己の欲を優先させ、殺しあっている。 尤も、そのことについては、アナスタシアも否定はしないが。 何故なら、彼女もまた全ての人間が死に絶え、自分だけが生き残る未来を欲しているからだ。 彼らとの違いは積極的に戦場へ出るか否かの違いでしかない。 そして、誰よりも欲深きが故に、彼女は生き残ることを選択する。 『欲望』について、誰よりも理解が深いが故の獣道。 己の心の醜さを自覚して、なおもその道を進み続ける元・英雄。 彼女は昔と何一つ変わっていない。 生きたいという気持ちが誰よりも強かったために、アガートラームに選ばれて戦ったあの頃と。 姿も形も、服装も、胸に抱く気持ちも何もかも……。 状況が違うだけで、彼女は人類を救う<剣の聖女>にも他の人間全ての死を願う死神にもなれる。 これがファルガイアをかつて救った英雄の本当の姿。 口伝や伝承では伝えられることのなかった、アナスタシア・ルン・ヴァレリアの『欲望』の深さ。 ◆     ◆     ◆ もう駄目だ。 もう我慢の限界だった。 もうこれ以上我慢なんてできない。 もう恥も外聞も知ったことではない。 ちょこの相手を適当にしつつ、海岸線に沿いつつ砂浜を西進していたアナスタシアはもはや己の欲求に耐えられなかった。 体中からあふれ出すこの感情に抗う術を、アナスタシアは持ち合わせてはいなかった。 先ほどから、アナスタシアを断続的に襲うある欲求があった。 その欲求ははじめは小さな波のようだったが、徐々に欲求は大きくなり、ついにはうねりを上げるほどの大波のごとくアナスタシアの心を刺激した。 もはや、止めることは誰にもできない。 それが心の堰を切った瞬間、アナスタシアは隣を歩くちょこに向かって満面の笑みを浮かべて、大きな声で言っていた。 「ちょこちゃん、泳ぎましょう!」 だって、これは反則的だ。 同じ砂のはずなのに、砂漠の砂と海岸沿いの砂浜を踏みしめる感触がまるで違う。 寄せては返すさざ波は、まるでアナスタシアを手招きしているかのようだ。 燦々と照らす太陽の光を受けて、透き通る海の色はまさにエメラルドグリーン。 それはまさにこの地上に残った最後の楽園。 無機質な空間で長い時を過ごしていたアナスタシアにとって、自然の息吹が感じられる母なる海はなによりも望んでいたものだ。 ちっぽけな川では決して得られることのないものが海にはある。 敵が来ても、大抵の敵はちょこを使えば迎撃が可能だから、心配はほとんどない。 海に来たからには、素敵な恋人と砂浜で追いかけっこをしたりしてみたかったが、アナスタシアはこの際贅沢はなしだと開き直る。 「泳ぐ? おねーさんもあのしょっぱいお水を飲みたいの? あれ全然おいしくないよー」 あの時の塩辛さを思い出したのか、ちょこが舌を出しながら嫌そうに答える。 「ふっふ~ん、ちょこちゃん。 海の水は飲むものじゃないのよ。 まぁお姉さんに任せなさい」 ちっちっち、と指を振りながらアナスタシアはお姉さんぶって得意げにちょこに語る。 本音を言うと、アナスタシアにも泳いだ経験はないのだが。 アナスタシアも足がつくくらいの浅い川でしか遊んだ経験はない。 下級とはいえ、アナスタシアは一応貴族の生まれだからだ。 貴族の娘だから、やることは川や海での遊びよりもまず、作法や詩の練習をすることが多かった。 それに、貴族でなくとも、アナスタシアの住んでいたファルガイアにおいて、海で泳ぐ人はあまりいない。 人間のテリトリーである街から一歩出れば、そこは怪獣が闊歩する世界だからだ。 一度怪獣の世界に足を踏み入れると、バルーンなどの怪獣が何時でも何処にでも出没する。 そんな世界でのん気に海で泳ぐ人物はそうそういないのだ。 しかし、ここには怪獣がまるで出没しない。 魔王オディオはあくまで人間同士による殺し合いを望んでいるのだろうか、怪獣や魔物の類がまったくいないのだ。 そうとなれば、アナスタシアが海で泳ぐことを躊躇う理由はない。 「ちょこちゃん、そのバッグもう一度貸してくれる?」 「うん、いーよ!」 疑わずに、ちょこはアナスタシアにデイパックを差し出す。 アナスタシアも今回はちょこを騙す気はまるでないから問題ないのだが。 デイパックを受け取ったアナスタシアは、中身を探りあるものを引き出した。 最初にちょこと自分の支給品を入れ替えようとしたとき、真っ先に用なしと判断してちょこのデイパックに突っ込んだものだ。 「ほら、海水浴セット!」 男性用、女性用の水着を始めとして、浮き輪や体を拭くためのバスタオル数枚、日焼け止めのクリームまで入っていた。 さらに、子供用から大人用までサイズは様々、ワンピースタイプからビキニ、スクール水着まで種類は豊富だ。 いったいオディオは何を考えてこんなものを入れたのだろうか。 この支給品を見たとき、相当理解に苦しんだが、こうして活用できたのだからまぁよしとすることにしようと、アナスタシアはそう考えた。 「さぁ着替えましょ」 海の水にはあまりいい印象はないちょこだったが、これも新婚旅行の一環だと説明されると、一も二もなく頷いた。 スポーン!という気持ちいい音が聞こえてきそうなほどあっさりと服を脱ぎ、桃色のワンピースに身を包む。 ちょこが浮き輪に空気を入れようとする一方で、アナスタシアは水着のチョイスに悩んでいた。 「さて、どれを着ようかしらね……」 ハッキリ言って、ものすごく悩む事項だ。 特別見せたい異性がいるという訳ではないが、妙齢の女性にとって水着の選択というのは非常に重要な問題なのだ。 「というか、最近の子は進んでいるわねぇ……」 ヒモのような水着を掴み、アナスタシアは呟く。 アナスタシアの生きていた時代では考えられないほどの面積の少なさだ。 此方と彼方の狭間で、時折ファルガイアを覗いていたから、時代の流れと共に物事の価値観も文化も少しずつ変わっていったのはアナスタシアも知っている。 普段着一つとっても、アナスタシアの生きていた時代と今のファルガイアでは全然違うのだから、水着が違ってもおかしくはない。 だから、こういう水着があってもおかしくはないのだろう。 しかし、流行最先端の水着はなんというか、とても大胆だなとアナスタシアは思う。 こんなに肌を露出してしまっていいのだろうか。 今手に取っている水着なんかまさにそうで、肌を隠すのは胸部と臀部および下腹部とその周辺のわずかな部分のみだ。 一言で言えば、けしからん。 現代の性の乱れを嘆く老人のような考えがアナスタシアの頭に浮かぶが、すぐにそれは捨てる。 アナスタシアは現世にもう一度生を受けたのだ。 古臭い考えのままでは、いつまで経っても世間に馴染むことはできない。 そう、正しいのはこの水着のほうであって、間違っているのは自分の古臭い考えだと、アナスタシアは自分を納得させる。 「そう、これは仕方ないのよ」 ビキニタイプの水着を掴んだままゴクリと、生唾を飲む音がアナスタシアの喉から漏れる。 この水着を着た姿を想像するが、とても恥ずかしい。 顔から火がでそうなほど真っ赤に熱くなるのは、きっと気温のせいではない。 いっそ素っ裸の方がマシではないかとすら思える。 しかし、これはいわば社会復帰の一環だ。 古臭い価値観、偏見を捨てるための荒療治。 これを着ることによって、自分も流行の最先端に追いつくのだ。 見られる男もいないし、心配はない。 今進んでる方向に誰もいないはずだし、あれだけ悪態をついて別れたイスラが今更戻ってくる可能性もないはず。 嫌々、嫌々なのだと、自分に言い聞かせるように物陰に隠れて着替えを始める。 「まぁ、ちょっとくらいはこういう水着もいいな~とか思ったりしないでもないけど」 悶々とした葛藤を繰り広げながらも、アナスタシアは着替えを終了した。 水色のビキニタイプだ。 セパレートのミニとどっちを着るか最後まで迷っていたが、こちらにした。 「うわ、恥ずかしい!」 自分で選んだものだが、やはり恥ずかしい。 女性的な体のラインが惜しげもなく晒されている。 思えば、こんなに肌をお日様の下に晒したのいつ以来だろうか。 そんなことを考えるアナスタシアだったが、やはり恥ずかしさが勝り、走って海に突撃することにした。 髪留めも外し、生まれてから一度も鋏を入れたことがないのでは、と思うような長さのアナスタシアの髪の毛が浮かび上がる。 「わーい! おねーさんムチムチプリンなの!」 浮き輪に空気を入れて待ちかねていたちょこを掴み、再び走り出す。 ちょこが言った言葉は幸か不幸かアナスタシアには届かなかった。 波打ち際に到達しても、アナスタシアは止まらない。 最初はバシャバシャと、次はザブザブと。 膝の辺りまで海水がきて辺りで、アナスタシアは静止。 そして次の瞬間、ちょこを下ろして全力で海へダイブを敢行。 アナスタシアは、海を抱擁する。 全身が海水に包まれ、お昼間際で高まっていた体温を海水が優しく冷ましていく。 「ぶはッ!!」 顔を上げて、思い切り空気を吸い込む。 なんという心地よさであろうか。 それは今まで食べたどんな極上の料理よりも、どんなに感動する物語を聞いたときよりもアナスタシアの心を満たした。 自由というものがこれほど素晴らしいものであったとは、思いもよらなかった。 この生を手放そうとするイスラと自分はやはり分かり合えない存在なのだと、改めて思いもした。 「おねーさん! あれ!」 ちょこが警戒の色を含んだ声をアナスタシアに投げかける。 何だろうと思うが、時すでに遅し。 いつの間にか眼前に迫っていた大きな波がアナスタシアに襲い掛かる。 波の高さは、実にアナスタシアの身長と同じほど。 深さはアナスタシアの膝ほどまでしかないほど浅いが、いきなりの不意打ちにアナスタシアは対処できるはずもない。 「ちょ……!」 ちょっと待ってよ、と言おうとしたが途中で波に飲まれてしまう。 叩きつけられた波は容赦なく足元をすくい、海の中でアナスタシアはどっちが上でどっちが下か分からなくなるほど混乱する。 ようやく自力で起き上がって、膝を突いたまま海面から顔を出したアナスタシアは盛大に咳き込む。 海水が喉の奥まで入り込んだのだ。 だが、それが不思議と気持ちいい。 我知らず、笑みが零れていた。 これは、この苦しみは記憶の遺跡では決して味わうことのできなかった感覚だ。 アナスタシアがちょこの方を見ると、こちらも被害は受けたようだが浮き輪を装着していたのが幸いだったようで、溺れることはなかった。 「ざっぷーん! ってきたあと海の中でぐるぐるーってしたのー!」 小さいちょこは海の中で回転させられたようで、先ほどと同じように海の水を飲んでしまっていた。 だが、咳き込むちょこを見ると、それさえも可笑しくて。 アナスタシアは心の底から笑った。 面積の少ない水着を着ている恥ずかしささえも、もはや忘れるほどに。 「おねーさんなんで笑ってるの? ねぇねぇ、面白いことあったの?」 「ふふっ、そうね……面白いわね」 「なにが面白いのー?」 「分からない? ならこうしてみれば分かるかも」 そう言うと、アナスタシアは両手を大きく広げ、大空に向かって大きく腹の底から声を出して叫ぶ。 「やっほーーーーーーーーーーーーーーー!」 叫びが大空に吸い込まれていく。 無限に広がる蒼穹がまるでアナスタシアの胸の中へ飛び込んできそうだ。 山彦が返ってくるわけでもないのに、アナスタシアは叫ばずにはいられなかった。 この自由を堪能せずにはいられなかった。 再び得た生を誰よりも謳歌したかった。 自分は確かにここにいると、世界中に宣言したかった。 ここには青く広がる空がある。 透き通る海がある。 小川のせせらぎが聞こえる。 アナスタシア以外にも人間がいる。 誰かいるということはとても素晴らしいことだ。 誰かを好きになるにしても嫌うにしても、まずは生きていないといけない。 人は、他者を介してようやく己の存在を認識できる。 誰もいない空間で生きるなんていうのは、死んでいるのと同義だ。 『欲望』を司るガーディアン、ルシエドではアナスタシアの心の寂しさを完全に埋めることは適わなかったのだ。 そう、彼女は今この瞬間、この生に酔っている、浸っている、溺れている……。 「やっほーーーーーーーーーーーーーーー!」 ちょこが真似して叫んでみるが、よく分からないようでアナスタシアに聞いてきた。 「うー、やっぱり分かんないのー」 「ちょこちゃんも大人になれば分かるかもね」 「本当!? 大人になるっていつ? すぐなれる?」 「うん。 すぐよ」 「わーいのー!」 ちょこの頭を撫でるアナスタシア。 その笑みには確かに聖女と呼ばれるだけの温かみがある。 それから、正午の数分前まで、アナスタシアとちょこはひたすら海水浴をして楽しんだ。 水の掛け合いをしたり、遠くまで泳いだり、海中でどっちが長い間息を止めてられるか勝負したり。 願っていた普通の女の子らしい遊びだ。 泳ぎの経験がないアナスタシアはバタ足か犬掻きに近い泳ぎだ。 クロールはもちろん、平泳ぎすらできないが、そんなことを咎めるものは誰一人としていない。 普通の少女らしい遊びをするアナスタシアとちょこ。 その間――わずか数時間の間のだが――のアナスタシアとちょこの気持ちを言い表すのは、残念ながらたった一言で足りてしまうのだった。 つまり――楽しかった、と。 ◆     ◆     ◆ 海から上がり、元の服装に着替えて髪を乾かしている最中、アナスタシアは心の中で思う。 自分は裁かれるのだろうか、と。 ユーリルに対して迷いを投げかける言葉を言った時を抜きにしても、そう思わずにはいられない。 ファルガイアを一度救ったのは、誰よりも『欲望』が強かったアナスタシア自身。 かつてファルガイアを救い<剣の聖女>と呼ばれたアナスタシアも、今ここで自分以外の全ての人の死を望むアナスタシアも、ちょこと無邪気に海水浴を楽しんだアナスタシアもすべて同一人物だ。 誰よりも生きたいがために、かつて焔の災厄と戦った彼女の行為は誰にも咎めることはできない。 たとえ、アナスタシアの行動原理が『欲望』に根差したものであってもだ。 では、今のアナスタシアはどうだろうか? 自分だけが生き残るために幼い少女を騙し、他の全ての人間の死を望む。 そこまで考えて、アナスタシアは自嘲せずにはいられない。 なんという皮肉であろうか、と。 かつて、アナスタシアはアシュレーに言った。 『欲望』とは、生きようとする意志の力ではないかと。 力は行使する人によって、奪うためのものにも守るためのものにもなる。 同じことが『欲望』にも言える。 食欲や睡眠欲を否定することはすなわち、生きることの放棄に他ならない。 性欲でさえも、後の世に子種を残すために必要な欲求だ。 誰かの食料を強引に奪うことや惰眠をむさぼること、異性に乱暴をはたらく行為が駄目なのであって、『欲望』そのものに罪はない。 『欲望』とは、決して忌避すべきものではないのだ、と。 今の自分は真っ黒ではないか。 生きたいという『欲望』に従って他者を滅ぼす。 かつて自分が忌避した生き方を、アナスタシアはなぞっているのだ。 だが、それを自覚してもなお、その生き方を変えられない弱さもアナスタシアは持ち合わせていた。 またこの生を手放すことなど、絶対にしたくなかった。 焔の災厄の時にはいい方に転がった『欲望』が、今回は悪い方向に傾いている。 たぶん、アナスタシア・ルン・ヴァレリアは裁かれるのであろう……。 神様とか天国とか地獄とか、最後の審判とか、そういうものがあったのなら、きっと自分は間違いなく裁かれるだろうとアナスタシアは思う。 願わくば、その審判が近い将来ではないことを願いつつ、アナスタシアは数分後に聞こえるであろうオディオの声を待つのであった。 【I-3 浜辺 一日目 昼】 【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@WILD ARMS 2nd IGNITION】 [状態]:健康 [装備]:絶望の鎌@クロノ・トリガー [道具]:不明支給品0~2個(負けない、生き残るのに適したもの)、基本支給品一式 [思考] 基本:生きたい。そのうち殺し合いに乗るつもり。ちょこを『力』として利用する。 1:イスラから聞いた場所の実物を見にいく 2:施設を見て回る。 3:『勇者』ユーリルに再度出会ったら、もう一度「『勇者』とは何か」を尋ねる。 [備考] ※参戦時期はED後です。 ※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。 ※ちょこの支給品と自分の支給品から、『負けない、生き残るのに適したもの』を選別しました。  例えば、防具、回復アイテム、逃走手段などです。 ※アシュレーやマリアベルも参加してるのではないかと疑っています。 【ちょこ@アークザラッドⅡ】 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:不明支給品0~2個(生き残るのに適したもの以外)、海水浴セット、基本支給品一式 [思考] 基本:おねーさんといっしょなの! おねーさんを守るの! 1:おにーさんからもらったお菓子おいしかったの。また会いたいなー 2:『しんこんりょこー』の途中なのー! 色々なところに行きたいの! [備考] ※参戦時期は不明。 ※殺し合いのルールを理解していません。名簿は見ないままアナスタシアに燃やされました。 ※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。  ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。 ※放送でリーザの名前を聞きましたが、何の事だか分かっていません。覚えているかどうかも不明。 *時系列順で読む BACK△083:[[どこを向いても奴がいる]]Next▼086:[[使い道のない自由]] *投下順で読む BACK△084:[[心の行く先]]Next▼086:[[使い道のない自由]] |076:[[“剣の聖女”と死にたがりの道化]]|アナスタシア|095:[[ですろり~イノチ~(前編)]]| |~|ちょこ|~| #right(){&link_up(▲)} ----
**ノーブルディザイア ◆SERENA/7ps さて、いつまでもここに留まっていても意味がない。 [[ちょこ]]に、イスラは一緒に行けないことを適当な理由をつけて説明した後、アナスタシアは西進することにした。 自分の命を大事にせずに、死地を求めるような男の言った情報に従うのは気が進まないが、元々行ける方向が限られていたから仕方ない。 あの食べ物がもう食べられないことと、イスラも一緒に行けないことは残念がっていたようだが、しばらく歩いているうちに不満も言わなくなり、また無邪気な言動を見せ始めた。 それでいい、その方がアナスタシアには都合がいい。 ちょこには――外見とは裏腹に巨大すぎる魔力を秘めた少女には、まずアナスタシアを第一に考えてもらわねばならない。 仮にイスラと行動していて、イスラが見事ちょこを手なずけた場合には、厄介な事態が発生する。 緊急事態が発生して、イスラとアナスタシアのどちらかしか救えないような事態が発生した場合困るのだ。 そこで、ちょこに迷ってもらってはいけない。 ちょこには何が何でもアナスタシアを第一に考えてもらい、アナスタシアを守ることを至上の目的としてもらわねばならない。 だからこそ、ちょこに自分がいなくなったら悲しいかと、アナスタシアがいなくなったときのことを想像させ、ちょこに恐れを植えつけた。 一人ぼっちを嫌う少女に、何が何でもアナスタシア守ると誓わせた。 しかし、問題もあるといえばある。 どうやらちょこには同郷からの参加者がいたようだ。 オディオによる死者の宣告の時に、ちょこは[[リーザ]]おねーさんだ!と反応していた。 そのリーザという女とちょこにどれだけの絆の深さがあるかは分からない。 ちょこにどういう関係の人だったか聞くと、リーザに会いたいとリーザのことを第一に考え始める可能性もあるからだ。 聞くに聞けなかった。 こんなことなら、燃やす前に名簿をちゃんと見ておくべきだったが、それはもう今更言ってもしょうがない。 幸い、その少女はもう死んでしまったらしいが、まだちょこの知り合いはいる可能性もある。 他ならぬアナスタシア自身も、ブラッドやリルカと言った顔を知っている人間が参加させられていることを知っているからだ。 そういう意味では、イスラの情報に従って誰もいなかった西方へ脚を伸ばすのは悪くない。 誰かに会って、ちょこがその人物に懐くこともあるのだから。 出会った自分がちょこの知り合いならもう最悪だ。 マッシュや[[クロノ]]という人物は北へ移動したようだし、会う確率も低そうだ。 また、人のいない方向へいけば、他の参加者が勝手に争って自滅していってくれる。 人間とは本当に愚かなもので、皆が一致団結すべきこんな時にも己の欲を優先させ、殺しあっている。 尤も、そのことについては、アナスタシアも否定はしないが。 何故なら、彼女もまた全ての人間が死に絶え、自分だけが生き残る未来を欲しているからだ。 彼らとの違いは積極的に戦場へ出るか否かの違いでしかない。 そして、誰よりも欲深きが故に、彼女は生き残ることを選択する。 『欲望』について、誰よりも理解が深いが故の獣道。 己の心の醜さを自覚して、なおもその道を進み続ける元・英雄。 彼女は昔と何一つ変わっていない。 生きたいという気持ちが誰よりも強かったために、アガートラームに選ばれて戦ったあの頃と。 姿も形も、服装も、胸に抱く気持ちも何もかも……。 状況が違うだけで、彼女は人類を救う<剣の聖女>にも他の人間全ての死を願う死神にもなれる。 これがファルガイアをかつて救った英雄の本当の姿。 口伝や伝承では伝えられることのなかった、[[アナスタシア・ルン・ヴァレリア]]の『欲望』の深さ。 ◆     ◆     ◆ もう駄目だ。 もう我慢の限界だった。 もうこれ以上我慢なんてできない。 もう恥も外聞も知ったことではない。 ちょこの相手を適当にしつつ、海岸線に沿いつつ砂浜を西進していたアナスタシアはもはや己の欲求に耐えられなかった。 体中からあふれ出すこの感情に抗う術を、アナスタシアは持ち合わせてはいなかった。 先ほどから、アナスタシアを断続的に襲うある欲求があった。 その欲求ははじめは小さな波のようだったが、徐々に欲求は大きくなり、ついにはうねりを上げるほどの大波のごとくアナスタシアの心を刺激した。 もはや、止めることは誰にもできない。 それが心の堰を切った瞬間、アナスタシアは隣を歩くちょこに向かって満面の笑みを浮かべて、大きな声で言っていた。 「ちょこちゃん、泳ぎましょう!」 だって、これは反則的だ。 同じ砂のはずなのに、砂漠の砂と海岸沿いの砂浜を踏みしめる感触がまるで違う。 寄せては返すさざ波は、まるでアナスタシアを手招きしているかのようだ。 燦々と照らす太陽の光を受けて、透き通る海の色はまさにエメラルドグリーン。 それはまさにこの地上に残った最後の楽園。 無機質な空間で長い時を過ごしていたアナスタシアにとって、自然の息吹が感じられる母なる海はなによりも望んでいたものだ。 ちっぽけな川では決して得られることのないものが海にはある。 敵が来ても、大抵の敵はちょこを使えば迎撃が可能だから、心配はほとんどない。 海に来たからには、素敵な恋人と砂浜で追いかけっこをしたりしてみたかったが、アナスタシアはこの際贅沢はなしだと開き直る。 「泳ぐ? おねーさんもあのしょっぱいお水を飲みたいの? あれ全然おいしくないよー」 あの時の塩辛さを思い出したのか、ちょこが舌を出しながら嫌そうに答える。 「ふっふ~ん、ちょこちゃん。 海の水は飲むものじゃないのよ。 まぁお姉さんに任せなさい」 ちっちっち、と指を振りながらアナスタシアはお姉さんぶって得意げにちょこに語る。 本音を言うと、アナスタシアにも泳いだ経験はないのだが。 アナスタシアも足がつくくらいの浅い川でしか遊んだ経験はない。 下級とはいえ、アナスタシアは一応貴族の生まれだからだ。 貴族の娘だから、やることは川や海での遊びよりもまず、作法や詩の練習をすることが多かった。 それに、貴族でなくとも、アナスタシアの住んでいたファルガイアにおいて、海で泳ぐ人はあまりいない。 人間のテリトリーである街から一歩出れば、そこは怪獣が闊歩する世界だからだ。 一度怪獣の世界に足を踏み入れると、バルーンなどの怪獣が何時でも何処にでも出没する。 そんな世界でのん気に海で泳ぐ人物はそうそういないのだ。 しかし、ここには怪獣がまるで出没しない。 魔王オディオはあくまで人間同士による殺し合いを望んでいるのだろうか、怪獣や魔物の類がまったくいないのだ。 そうとなれば、アナスタシアが海で泳ぐことを躊躇う理由はない。 「ちょこちゃん、そのバッグもう一度貸してくれる?」 「うん、いーよ!」 疑わずに、ちょこはアナスタシアにデイパックを差し出す。 アナスタシアも今回はちょこを騙す気はまるでないから問題ないのだが。 デイパックを受け取ったアナスタシアは、中身を探りあるものを引き出した。 最初にちょこと自分の支給品を入れ替えようとしたとき、真っ先に用なしと判断してちょこのデイパックに突っ込んだものだ。 「ほら、海水浴セット!」 男性用、女性用の水着を始めとして、浮き輪や体を拭くためのバスタオル数枚、日焼け止めのクリームまで入っていた。 さらに、子供用から大人用までサイズは様々、ワンピースタイプからビキニ、スクール水着まで種類は豊富だ。 いったいオディオは何を考えてこんなものを入れたのだろうか。 この支給品を見たとき、相当理解に苦しんだが、こうして活用できたのだからまぁよしとすることにしようと、アナスタシアはそう考えた。 「さぁ着替えましょ」 海の水にはあまりいい印象はないちょこだったが、これも新婚旅行の一環だと説明されると、一も二もなく頷いた。 スポーン!という気持ちいい音が聞こえてきそうなほどあっさりと服を脱ぎ、桃色のワンピースに身を包む。 ちょこが浮き輪に空気を入れようとする一方で、アナスタシアは水着のチョイスに悩んでいた。 「さて、どれを着ようかしらね……」 ハッキリ言って、ものすごく悩む事項だ。 特別見せたい異性がいるという訳ではないが、妙齢の女性にとって水着の選択というのは非常に重要な問題なのだ。 「というか、最近の子は進んでいるわねぇ……」 ヒモのような水着を掴み、アナスタシアは呟く。 アナスタシアの生きていた時代では考えられないほどの面積の少なさだ。 此方と彼方の狭間で、時折ファルガイアを覗いていたから、時代の流れと共に物事の価値観も文化も少しずつ変わっていったのはアナスタシアも知っている。 普段着一つとっても、アナスタシアの生きていた時代と今のファルガイアでは全然違うのだから、水着が違ってもおかしくはない。 だから、こういう水着があってもおかしくはないのだろう。 しかし、流行最先端の水着はなんというか、とても大胆だなとアナスタシアは思う。 こんなに肌を露出してしまっていいのだろうか。 今手に取っている水着なんかまさにそうで、肌を隠すのは胸部と臀部および下腹部とその周辺のわずかな部分のみだ。 一言で言えば、けしからん。 現代の性の乱れを嘆く老人のような考えがアナスタシアの頭に浮かぶが、すぐにそれは捨てる。 アナスタシアは現世にもう一度生を受けたのだ。 古臭い考えのままでは、いつまで経っても世間に馴染むことはできない。 そう、正しいのはこの水着のほうであって、間違っているのは自分の古臭い考えだと、アナスタシアは自分を納得させる。 「そう、これは仕方ないのよ」 ビキニタイプの水着を掴んだままゴクリと、生唾を飲む音がアナスタシアの喉から漏れる。 この水着を着た姿を想像するが、とても恥ずかしい。 顔から火がでそうなほど真っ赤に熱くなるのは、きっと気温のせいではない。 いっそ素っ裸の方がマシではないかとすら思える。 しかし、これはいわば社会復帰の一環だ。 古臭い価値観、偏見を捨てるための荒療治。 これを着ることによって、自分も流行の最先端に追いつくのだ。 見られる男もいないし、心配はない。 今進んでる方向に誰もいないはずだし、あれだけ悪態をついて別れたイスラが今更戻ってくる可能性もないはず。 嫌々、嫌々なのだと、自分に言い聞かせるように物陰に隠れて着替えを始める。 「まぁ、ちょっとくらいはこういう水着もいいな~とか思ったりしないでもないけど」 悶々とした葛藤を繰り広げながらも、アナスタシアは着替えを終了した。 水色のビキニタイプだ。 セパレートのミニとどっちを着るか最後まで迷っていたが、こちらにした。 「うわ、恥ずかしい!」 自分で選んだものだが、やはり恥ずかしい。 女性的な体のラインが惜しげもなく晒されている。 思えば、こんなに肌をお日様の下に晒したのいつ以来だろうか。 そんなことを考えるアナスタシアだったが、やはり恥ずかしさが勝り、走って海に突撃することにした。 髪留めも外し、生まれてから一度も鋏を入れたことがないのでは、と思うような長さのアナスタシアの髪の毛が浮かび上がる。 「わーい! おねーさんムチムチプリンなの!」 浮き輪に空気を入れて待ちかねていたちょこを掴み、再び走り出す。 ちょこが言った言葉は幸か不幸かアナスタシアには届かなかった。 波打ち際に到達しても、アナスタシアは止まらない。 最初はバシャバシャと、次はザブザブと。 膝の辺りまで海水がきて辺りで、アナスタシアは静止。 そして次の瞬間、ちょこを下ろして全力で海へダイブを敢行。 アナスタシアは、海を抱擁する。 全身が海水に包まれ、お昼間際で高まっていた体温を海水が優しく冷ましていく。 「ぶはッ!!」 顔を上げて、思い切り空気を吸い込む。 なんという心地よさであろうか。 それは今まで食べたどんな極上の料理よりも、どんなに感動する物語を聞いたときよりもアナスタシアの心を満たした。 自由というものがこれほど素晴らしいものであったとは、思いもよらなかった。 この生を手放そうとするイスラと自分はやはり分かり合えない存在なのだと、改めて思いもした。 「おねーさん! あれ!」 ちょこが警戒の色を含んだ声をアナスタシアに投げかける。 何だろうと思うが、時すでに遅し。 いつの間にか眼前に迫っていた大きな波がアナスタシアに襲い掛かる。 波の高さは、実にアナスタシアの身長と同じほど。 深さはアナスタシアの膝ほどまでしかないほど浅いが、いきなりの不意打ちにアナスタシアは対処できるはずもない。 「ちょ……!」 ちょっと待ってよ、と言おうとしたが途中で波に飲まれてしまう。 叩きつけられた波は容赦なく足元をすくい、海の中でアナスタシアはどっちが上でどっちが下か分からなくなるほど混乱する。 ようやく自力で起き上がって、膝を突いたまま海面から顔を出したアナスタシアは盛大に咳き込む。 海水が喉の奥まで入り込んだのだ。 だが、それが不思議と気持ちいい。 我知らず、笑みが零れていた。 これは、この苦しみは記憶の遺跡では決して味わうことのできなかった感覚だ。 アナスタシアがちょこの方を見ると、こちらも被害は受けたようだが浮き輪を装着していたのが幸いだったようで、溺れることはなかった。 「ざっぷーん! ってきたあと海の中でぐるぐるーってしたのー!」 小さいちょこは海の中で回転させられたようで、先ほどと同じように海の水を飲んでしまっていた。 だが、咳き込むちょこを見ると、それさえも可笑しくて。 アナスタシアは心の底から笑った。 面積の少ない水着を着ている恥ずかしささえも、もはや忘れるほどに。 「おねーさんなんで笑ってるの? ねぇねぇ、面白いことあったの?」 「ふふっ、そうね……面白いわね」 「なにが面白いのー?」 「分からない? ならこうしてみれば分かるかも」 そう言うと、アナスタシアは両手を大きく広げ、大空に向かって大きく腹の底から声を出して叫ぶ。 「やっほーーーーーーーーーーーーーーー!」 叫びが大空に吸い込まれていく。 無限に広がる蒼穹がまるでアナスタシアの胸の中へ飛び込んできそうだ。 山彦が返ってくるわけでもないのに、アナスタシアは叫ばずにはいられなかった。 この自由を堪能せずにはいられなかった。 再び得た生を誰よりも謳歌したかった。 自分は確かにここにいると、世界中に宣言したかった。 ここには青く広がる空がある。 透き通る海がある。 小川のせせらぎが聞こえる。 アナスタシア以外にも人間がいる。 誰かいるということはとても素晴らしいことだ。 誰かを好きになるにしても嫌うにしても、まずは生きていないといけない。 人は、他者を介してようやく己の存在を認識できる。 誰もいない空間で生きるなんていうのは、死んでいるのと同義だ。 『欲望』を司るガーディアン、ルシエドではアナスタシアの心の寂しさを完全に埋めることは適わなかったのだ。 そう、彼女は今この瞬間、この生に酔っている、浸っている、溺れている……。 「やっほーーーーーーーーーーーーーーー!」 ちょこが真似して叫んでみるが、よく分からないようでアナスタシアに聞いてきた。 「うー、やっぱり分かんないのー」 「ちょこちゃんも大人になれば分かるかもね」 「本当!? 大人になるっていつ? すぐなれる?」 「うん。 すぐよ」 「わーいのー!」 ちょこの頭を撫でるアナスタシア。 その笑みには確かに聖女と呼ばれるだけの温かみがある。 それから、正午の数分前まで、アナスタシアとちょこはひたすら海水浴をして楽しんだ。 水の掛け合いをしたり、遠くまで泳いだり、海中でどっちが長い間息を止めてられるか勝負したり。 願っていた普通の女の子らしい遊びだ。 泳ぎの経験がないアナスタシアはバタ足か犬掻きに近い泳ぎだ。 クロールはもちろん、平泳ぎすらできないが、そんなことを咎めるものは誰一人としていない。 普通の少女らしい遊びをするアナスタシアとちょこ。 その間――わずか数時間の間のだが――のアナスタシアとちょこの気持ちを言い表すのは、残念ながらたった一言で足りてしまうのだった。 つまり――楽しかった、と。 ◆     ◆     ◆ 海から上がり、元の服装に着替えて髪を乾かしている最中、アナスタシアは心の中で思う。 自分は裁かれるのだろうか、と。 ユーリルに対して迷いを投げかける言葉を言った時を抜きにしても、そう思わずにはいられない。 ファルガイアを一度救ったのは、誰よりも『欲望』が強かったアナスタシア自身。 かつてファルガイアを救い<剣の聖女>と呼ばれたアナスタシアも、今ここで自分以外の全ての人の死を望むアナスタシアも、ちょこと無邪気に海水浴を楽しんだアナスタシアもすべて同一人物だ。 誰よりも生きたいがために、かつて焔の災厄と戦った彼女の行為は誰にも咎めることはできない。 たとえ、アナスタシアの行動原理が『欲望』に根差したものであってもだ。 では、今のアナスタシアはどうだろうか? 自分だけが生き残るために幼い少女を騙し、他の全ての人間の死を望む。 そこまで考えて、アナスタシアは自嘲せずにはいられない。 なんという皮肉であろうか、と。 かつて、アナスタシアはアシュレーに言った。 『欲望』とは、生きようとする意志の力ではないかと。 力は行使する人によって、奪うためのものにも守るためのものにもなる。 同じことが『欲望』にも言える。 食欲や睡眠欲を否定することはすなわち、生きることの放棄に他ならない。 性欲でさえも、後の世に子種を残すために必要な欲求だ。 誰かの食料を強引に奪うことや惰眠をむさぼること、異性に乱暴をはたらく行為が駄目なのであって、『欲望』そのものに罪はない。 『欲望』とは、決して忌避すべきものではないのだ、と。 今の自分は真っ黒ではないか。 生きたいという『欲望』に従って他者を滅ぼす。 かつて自分が忌避した生き方を、アナスタシアはなぞっているのだ。 だが、それを自覚してもなお、その生き方を変えられない弱さもアナスタシアは持ち合わせていた。 またこの生を手放すことなど、絶対にしたくなかった。 焔の災厄の時にはいい方に転がった『欲望』が、今回は悪い方向に傾いている。 たぶん、アナスタシア・ルン・ヴァレリアは裁かれるのであろう……。 神様とか天国とか地獄とか、最後の審判とか、そういうものがあったのなら、きっと自分は間違いなく裁かれるだろうとアナスタシアは思う。 願わくば、その審判が近い将来ではないことを願いつつ、アナスタシアは数分後に聞こえるであろうオディオの声を待つのであった。 【I-3 浜辺 一日目 昼】 【アナスタシア・ルン・ヴァレリア@[[WILD ARMS 2nd IGNITION]]】 [状態]:健康 [装備]:絶望の鎌@[[クロノ・トリガー]] [道具]:不明支給品0~2個(負けない、生き残るのに適したもの)、基本支給品一式 [思考] 基本:生きたい。そのうち殺し合いに乗るつもり。ちょこを『力』として利用する。 1:イスラから聞いた場所の実物を見にいく 2:施設を見て回る。 3:『勇者』ユーリルに再度出会ったら、もう一度「『勇者』とは何か」を尋ねる。 [備考] ※参戦時期はED後です。 ※名簿を未確認なまま解読不能までに燃やしました。 ※ちょこの支給品と自分の支給品から、『負けない、生き残るのに適したもの』を選別しました。  例えば、防具、回復アイテム、逃走手段などです。 ※アシュレーやマリアベルも参加してるのではないかと疑っています。 【ちょこ@[[アークザラッドⅡ]]】 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:不明支給品0~2個(生き残るのに適したもの以外)、海水浴セット、基本支給品一式 [思考] 基本:おねーさんといっしょなの! おねーさんを守るの! 1:おにーさんからもらったお菓子おいしかったの。また会いたいなー 2:『しんこんりょこー』の途中なのー! 色々なところに行きたいの! [備考] ※参戦時期は不明。 ※殺し合いのルールを理解していません。名簿は見ないままアナスタシアに燃やされました。 ※アナスタシアに道具を入れ替えられました。生き残るのに適したもの以外です。  ただ、あくまでも、『一般に役立つもの』を取られたわけでは無いので、一概にハズレばかり掴まされたとは限りません。 ※放送でリーザの名前を聞きましたが、何の事だか分かっていません。覚えているかどうかも不明。 *時系列順で読む BACK△083:[[どこを向いても奴がいる]]Next▼086:[[使い道のない自由]] *投下順で読む BACK△084:[[心の行く先]]Next▼086:[[使い道のない自由]] |076:[[“剣の聖女”と死にたがりの道化]]|アナスタシア|095:[[ですろり~イノチ~(前編)]]| |~|ちょこ|~| #right(){&link_up(▲)} ----

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