激闘開幕 童磨VSカタクリ ◆vV5.jnbCYw
「では出発の前に一つ尋ねたいことがある。」
諏訪大社から出ようとした時、時行は早速同行者に尋ねた。
「カタクリ殿はどのような道に才を持つのか。」
この場では、時行の逃若党に与する者は1人もいない。
従って、足利尊氏に鎌倉を追放された時と同様、新たに郎党を集める必要がある。
その際に重要なのは、誰がどのような分野に秀でているかということだ。
目の前の男は「ビッグ・マム海賊団」の一人だと名乗ったことから、鎌倉の外で大手を振るっていた者だということは分かった。
人間離れした長身も、海の向こうの人種だということで納得がいく。
海賊ということは、すなわち正道を行かざる者だ。
しかしかつての逃若党にも、盗賊だった風間ゲンバのような者がいたので、それに関しては問題ない。
だが、海賊と一口に言っても、何が得意分野とするかによって、どのような頼みごとをすべきか変わって来る。
「………。」
カタクリは眉間に皴を寄せ、言い淀む。
彼は同じ兄弟として、「すべてが完璧な人間」を目指し続けた。
逆に言うと、自身に際立って得意な分野が何かと答えるのには苦労した。
「何か聞かれたくないことだったのか?だとしたらすまない。」
彼があまりよろしくない表情を浮かべていたことで、自身の軽率な質問を謝罪した。
「別に悪いことを聞かれた訳じゃない。ただどう答えるか悩んだだけだ。」
低い声でそう答えるや否や、彼の腕の形状が変化した。
それは人の腕というより、時行の国で年の初めに食べられるそれに酷似していた。
筋肉に覆われた丸太のような腕が、真っ白で柔らかなモチへと変化してしまった瞬間に、時行も驚かざるを得なかった。
そして、モチ状から元に戻った手が地面に触れた瞬間、硬い地面が泥濘より柔らかくなる。
続いて、カタクリの近くから、モチの塊が2つ現れた。
これらは全て、彼が食べた『モチモチの実』の力だ。
「これがおれの得意技と言えば良いだろうか。」
「素晴らしいではないか!是が非でも私達の、食糧担当になっていただきたい。」
まるで手品のような芸当に、頬を紅潮させ、綺麗な瞳を輝かせる時行。
無から食べ物を出す能力というのは、古今東西問わずあらゆる人間が夢見た技術であろう。
この世界にはいない諏訪頼重も、時たま超常的な力を見せていたが、カタクリが使った能力はそれ以上に見えた。
何しろ、ほとんどの者が餓死を恐れていた時代の人間が、無から食物を生成する瞬間をみたのだから、無理もない話だ。
「いや…これは食べるための物でなく。戦闘用だ。」
かつてルフィと戦った際に、自分の作ったモチをありったけ食べられたことを思い出し、苦い表情を浮かべる。
この少年は自分の能力を戦闘用ではなく、食欲解消用と考えていると分かった。
そんな時行の誤った認識を正そうとする。
「餅を使った戦い?想像できないな。」
「目の前に敵がいなければ見せるのは難しい。それよりお前はどんな力を持っている?
聞いたのならば自らも話すのがスジというものだろう。」
今度はカタクリの方が、時行に質問する。
彼は殺し合いに乗るつもりはないが、それはそうとして同盟相手の能力を調べておきたい。
「私はカタクリ殿のように、食べ物を作ることなど出来ぬ。
強いて挙げるとするならば、逃げることだな。」
九つの少年でしかない時行が、戦乱の中なぜ生き残れたのかというと、ひとえにこの力があったからだ。
そんなものは、完璧を重んじるカタクリにとって、くだらないと言うだろう。
あの戦いの前ならば。
「すなわち、おれが正面から、お前が逃げながら戦うという事か。悪くないやり方だ。」
かつて自分と戦った麦わら海賊団は、ウェディングケーキを失って暴走するビッグ・マムから逃げおおせた。
そして、ただ逃げるのみならず、その先でケーキを作ることに成功し、彼女の暴走を止めることが出来た。
カタクリはその間、鏡の世界でその海賊団の船長と戦っていたため、一部始終しか知らない。
それでも逃げながら戦うことの強さを、あの戦いで学んだ。
「勿論二人だけでは勝てぬ敵もいるはずだ。その時はカタクリ殿も逃げてくれ。」
「承知した。だが1人を相手にした時を除いて、その時が来ることはないだろう。」
同盟相手の前でも、自身の完璧を誇示しようとするカタクリは、敗走を念頭に置く必要はないと主張する。
見積もって自分の3,4人分は下らない体格からそう言われれば、はったりではないと思える。
「それは頼もしい。だが一人を相手にした時とはどういうことだ。」
鬼とも見紛う体格に、道理を越えた能力。
この殺し合いに参加している時行の敵になるであろう小笠原貞宗や五大院宗繁でさえ、彼にかかればひとたまりもないと思えた。
逃若党で最も優れた剣の腕を持つ吹雪でさえ、カタクリ相手に一本取ることは難しいのではとも。
逆に、彼でさえ逃げねばならないような相手とは、いったいどんな怪物なのか気になった。
「この名簿にも載っているカイドウという男だ。おれがいた世界では、最強の生物と呼ばれていた。」
それから時行は、カタクリという男の詳細を聞いた。
彼が所属している海賊団と双璧を成す、百獣海賊団の総督で、カタクリ以上の巨躯と力を持つ。
まだ姿形さえ見ていないというのに、背筋だけ季節が冬になったような感覚を覚えた。
「お前はおれを鬼と勘違いしたようだが、鬼がいるとするならば、まさしく奴のことだろう。
まだ出会ってないのに逃げる姿勢に入ろうとするんじゃない。」
一見頼りない見た目の同盟相手だが、逃走という未知の分野に才を見出す相手を認めるカタクリ。
同じビッグ・マム海賊団のメンバーもいないわけだし、少なくとも当分はこの男と同盟を組むことにした。
「他にもおれ達の知らない世界の怪物がいるかもしれん。逃げが得意というならば、いつでも逃げる準備はしておけ。」
「勿論だ。」
それからしばらく歩くとすぐに、向こう側から何者かが走って来るのが見えた。
足取りが覚束なく、今にも倒れそうだった。
右手に得物を持っているが、それで自分達を襲撃しようとしたのではなく、自衛のために使ったのだと2人は共通して考えた。
実際に、カタクリの少し先を見る能力でも、襲撃を受けるビジョンは見えなかった。
「助けよう。誰かに襲われたかもしれない。」
彼なのか、彼女なのか分からぬが、それでも出会っていきなり切り伏せるようなことをする者達ではない。
同盟のメンバーを1人でも増やしたい今、戦力になろうがなるまいが、話し合いの末に仲間に引き入れようと考えていた。
「おれ達は殺し合いに乗っていない。何があった。」
やがて逃走者の姿が近づくにつれ大きくなり、それが少女、とはいっても時行より幾つか年上の女性だと分かる。
異人のような髪の色に、同じく時行に近しい者が持ってはいない色をした金色の両目。
カタクリと同じく、海の向こうの国の人間か?と思った瞬間、その姿が変わった。
金髪から赤の混じった白髪に
金の光彩から七色の虹彩に
そして洋装の女性から、和装の男性に
( (!!?) )
この変貌には、2人も驚愕を覚えた。
時行としては風間玄蕃という似たような例があったが、彼女の場合はそれ以上に巧妙な変化に思えた。
それこそ、変身前の面影を感じさせないほど。
「何があった。話は出来るか?」
この女性、もしくは男性がいったい何者なのか、時行には見当もつかなかった。
だが、高鳴る心臓を無理矢理抑えて、時行は苦しむ目の前の相手に話を聞こうとする。
「にじいろのめの……おとこ……。」
苦しそうな声で、誰かのことを呟く。
それはまさに、目の前にいる男のことだ。
かと思いきや、再び金髪の少女の姿に変わった。
目の前の者に何があったのか分からぬまま、ひとまず話を聞くことにする。
「トキユキ、薬のような物は持ってないか?」
カタクリは変身を繰り返すトガヒミコの手首に触れる。
外傷は浅いこと、そして動悸がおかしいことから、この男と女の区別がつかぬ者は何かしらの毒物を摂取したのだと判断した。
「私は薬のことが分からぬ。そもそも何がこの者を治せるかも分からん。」
諏訪頼重の知る未来に比べて、医学が未発達な時代を生きた時行は頭を抱える。
息が荒く、何かの病を患ったか、あるいは何か悪い物を食べたかまでは察したが、どうすれば治るかまでは分からなかった。
「治すつもりかい?必要ないよ、そんなこと。」
男のものにしては聊か高い声が響いたと思いきや、宵闇の草原を走る風が1つ。
気が付けば3人の目の前に、鬼が立っていた。
その姿は、トガヒミコが時たま姿を変えた時の男だった。
「その子、苦しそうにしてるでしょ。俺が楽にしてあげるから、渡してくれな……。」
「モチ突き!!」
童磨が言葉を全て話す前に、カタクリの持っていた十字槍が、心臓を貫いた。
余りに一瞬の出来事だったので、時行は間の抜けたような表情で瞬きをしていた。
だがほんのわずかな瞬間に、時行もカタクリもこの男は危険な人物だと分かった。
「ボサっとするな、トキユキ。早く逃げろ。」
「承知した。カタクリ殿も深追いするなよ。」
俊足
この瞬間の北条時行を例えるなら、この熟語が最適であろう。
トガの手を引いているためいつもより動きは遅くなるが、それでも瞬きする間に、戦場からは離れた。
「おいおい。顔を見るなり逃げるなんて、つれないなあ。」
だが、鬼の方もただで逃がすわけにはいかない。
心臓を貫かれたというのに、何事も無かったかのように槍の拘束から抜け出し、時行とトガの方へと走る。
時行を追いかける者は、鬼に例えられた鎌倉の武士ではない。
人間離れした生命力と筋力を持ち、道理など平気で押し退ける術を使う鬼だ。
童磨が地面を蹴り、時行たちと距離を詰めようとする。
その瞬発力は、鬼殺隊の柱の中で最速の者でさえ、優に追いつかれるほどだ。
「流れモチ!!」
「うわ!何だこれ、動かない?」
童磨が蹴ろうとしていた地面に、粘着力に飛んだ液体が流れる。
それは鬼の、しかもその中でも上澄みの者の力を持っていても剝がすことは難しい。
カタクリを強者たらしめる要素は、モチモチの実だけではない。
『見聞式の覇気』の力で、一定範囲内の数秒先の未来を見ることが出来る。
鬼の俊足をも超える動きを読んで、それを止める技を出すことが出来た。
「かたじけない。」
「礼は後だ。早く行け。」
カタクリが童磨を止めたため、その隙に時行達は鬼の虹色の眼光が届かぬ場所まで逃げられた。
だが、童磨も足を拘束されたまま終わりはしない。
――血鬼術 凍て曇
童磨が扇を一振りすると、吹雪が現れ、どろどろの地面を固まらせる。
そのまま簡単に流れモチから抜け出た。
彼の足の皮膚は、凍った地面から出たため剝がれてしまったが、その程度の傷は上弦の鬼ならば瞬きするうちに治る。
「お前も悪魔の実の所持者か。」
「違うよ。君も鬼じゃないみたいだけどね。」
だが、童磨がカタクリの技から抜け出す前に、時行とトガの姿は消えていた。
既に彼等は諏訪大社に退避している。
「走れるか?」
「はあ……はあ………はしれ……ます…ゲホッ!!」
「苦しいが、もう少し頑張ってくれ。」
だが、忘れるなかれ。
人の生き血を啜ろうとする鬼は、1人だけではないことを。
■
「俺は童磨。ただ単に、この殺し合いの参加者が何を求め、何を愛するのか知りたいだけさ。」
殺し合いに乗った者であり、既に参加者を1人殺めた者とは思えないほど穏やかな笑みを浮かべる。
それに対し、カタクリは表情を固めたままだ。
友好関係を築こうなどとは、つゆほども思っていないことが伺える。
「そう警戒するなよ。俺はただ、大好きな人を生き返らせたいだけさ。」
目の前には自身の倍は超える男が一人。
片手に持っているのは童磨と同じ上弦の鬼の分身が持っていた十字槍。
先程の一撃を受けて分かったが、かつての持ち主、半天狗より上手だ。
「だから何だというのだ?結局は殺し合いに乗るつもりなのだろう。目的に対してその過程を答えても無駄だ。」
「ああ、そう?じゃあ始めよー――!?」
カタクリの左腕周りに、白くてぐにょぐにょした何かが現れたかと思いきや、突然彼の拳が、彼の顔面を捕らえた。
関節はつきたてのモチそのものの柔らかさだというのに、先端は3日経ったそれであるかのような硬さを持っている。
「角モチ」
本来の拳のリーチは、童磨に届いていなかったはずだが、そんなことは問題にはならない。
モチのように伸縮自在になった彼の腕が、童磨の顔面にまで届いた。
一発で終わりではなく、2発、3発、4発と連発する。
そのスピードもパワーも、プロボクサーのパンチを遥かに超えている。
しかし、童磨もその連撃を甘んじて受ける訳ではない。
1発目は腹で受け止めたが、2発目は扇で払い、3発目は左へ躱し、4発目は背を低くして躱す。
静かで、それでいて疾く、そして鋭い。
童磨のフットワークは、カタクリの連撃さえも凌いでいく。
しかも1発目に食らった腹の傷は、もう完治している。
ー-血鬼術 散り蓮華
攻撃に転じた童磨が奥義を振るうと、ガラス片のような氷の刃が、束になってカタクリに襲い掛かる。
一斉に襲い来る氷の花弁から逃れる場所はない。
「柳モチ」
カタクリは片足を高く上げ、血鬼術を弾き飛ばそうとする。
いつのまにかその足は膝より先で2本にも3本にもなり、やがては10を超える。
技の名の通り、カタクリの太ももを幹とし、足を柳の枝葉としているかのようだ。
無数に増えた足が台風の日の柳の枝のような動きと共に、氷の欠片を全て蹴り飛ばす。
そして、タコかイカを彷彿とさせる大量の足が、一斉に童磨へとかかと落としを食らわせようとする。
それはまさに天から襲い来るマシンガンキック。
「悪いな、足癖が悪いのは知っている。」
「それを足癖が悪いって言うのかい?」
――血鬼術 蓮葉氷
波状攻撃を、躱しきれぬものは氷の壁を作り、致命傷を避ける。
そして蹴りの雨が止むと、すぐさま目の前の巨人に斬りかかる。
「!?」
カタクリの膝が、童磨の扇の一閃によって切り落とされた。
相手のヒザが柔らかくなっていたことを見抜いて、硬化する前に切り落とした。
さらに、童磨の攻撃は続く。
――血鬼術 凍て曇
視界を奪おうと超低温の霧を散布する。
目の前の敵は自分よりはるかに大きい反面、視界には入りづらい。
そう察した童磨は、さらに敵の可視出来る範囲を狭めようとする。
「モチ突き」
だが、視界が遮られた中でも、カタクリの持つ槍は正確に顔面を穿ち抜こうとする。
しかも斬り落とされたはずの足は、もう戻っていた。
モチ状の身体になれば、急所以外は斬り落とされても簡単に戻ってしまう。
童磨は鉄扇を開き、刺突から身を護る。
扇と槍がせめぎ合う。
押し負けたのは、体格差で負ける童磨の方だった。
「その力…君も鬼なのか?」
「なぜこの世界の奴らは、おれを鬼呼ばわりするのか。」
鬼になってから、腕力の差で滅多に負けたことのなかった童磨は、聊か驚く。
威力で負けて吹き飛ばされ、衣服に泥を付けることになる。
立ち上がる瞬間、既にカタクリの攻撃は始まっていた。
丑三つ時の空が、さらに暗くなったと思いきや、童磨の頭上から巨大なモチが迫っていた。
モチと化した地面が童磨を拘束し、さらに辺りの樹木や茂み、岩などがモチとなり、一斉に童磨を飲み込もうとする。
「加々身モチ」
「え?これはもしかして、俺を飲み込もうとしてる?」
モチと化した万物を食らえば、あるいは食らわれればどうなるのか、想像するだけで恐ろしい。
それは質量の暴力だ。
人間離れした食欲と、底なしに近い胃袋を持ったモンキー・D・ルフィとは異なり、童磨は人間の肉以外の物を食べることは出来ない。
ドン、ドン、ドンと巨大なモチが三重に、童磨を上から覆い尽くした。
そこには鬼の姿は見えず、奇怪なデザインをした三段重ねのモチが1つ。
「さて、トキユキ達の所に向かうとするか。」
そのまま生き埋めになった鬼に背を向けて、彼らのもとへ向かおうとする。
しかし、何やら地震が起こったと思いきや、生き埋めにされた童磨が現れた。
――霧氷 水連菩薩
墓標になるはずだった場所から、カタクリよりも巨大な、菩薩の氷像が地面から現れる。
それは童磨を生き埋めにしていたはずのモチを凍らせ、砕いた。
見捨てる神あれば救う菩薩ありといった所か。
月の光を浴び、一層神々しくカタクリの前に立ちはだかる。
「氷像?」
「いやあ、流石に驚いたよ。」
その右手には、最初と同様に笑みを浮かべた童磨が座っている。
さらに、左手の握りこぶしが、カタクリを叩き潰そうとした。
これをまともに受ければ流石にただでは済まないと感じたカタクリは、未来を読み、後方へと退こうとする。
だが、足が思うように動かない。
童磨が作る菩薩は口から、絶対零度の吐息を吐く。
その力が、地面を凍らせた。
「逃がさないよー。」
軽い口調とともに、超重量の氷の拳が、カタクリの顔面を潰そうとする。
しかし、氷菩薩の拳とカタクリの顔面の間に、大型のモチが現れる。
盾となったモチは一瞬で凍らされ、砕かれる。
だが、その一瞬を稼げれば十分。
退くのは悪手だと考えるカタクリは、敵を氷像ごと砕くことにする。
先ほど『角モチ』を使った時と同様、肘の部分をモチ化させる。
「焼餅!!」
モチ化した部分が熱を帯び、膨らんだ瞬間、再び腕が伸びる。
先程よりも勢いが増し、さらにその先端に名前のごとく業火を纏っている。
カタクリの右腕に溜めたエネルギー、そして凄まじい加速と武装色の覇気による摩擦の賜物だ。
一撃で氷像を砕くことは出来ないが、その相手には2発、3発と連続して打ち込む。
巨大な氷の塊に対する、炎の殴打。
これほど最適な武器があるだろうか。
氷像の方も2発目の拳を入れようとするが、その前に4発目のカタクリの拳で砕かれた。
焼餅と水連菩薩のぶつかり合いによって、辺りにジュウウという蒸発音が響き、顔の大部分が融解した氷像が崩れ落ちる。
だが、立ち上る蒸気に混じって、1つ飛ぶ影が現れる。
「アレを壊しちゃうのは凄いな。でも、俺を殺さなきゃ意味が無いよ。」
既に童磨はカタクリの懐まで飛び込んでいた。
後は扇で彼の胴体を深く斬りつけるのみ。
「その程度でおれを倒せると思ったか?」
しかし、童磨の目の前に立っているのは、ほんのわずかに腕から血を流したカタクリ。
金色の鉄扇による斬撃は、太い腕一本で止められた。
自身の斬撃を腕一本で止められることなど、人間はおろか、鬼にさえ不可能なはずだ。
そのまま思いっ切り振るった左腕で、童磨は大きく吹き飛ばされる。
(うーん、どうしたものかな。)
完全に予想外だった。
自身の攻撃を全て受け止められ、なおかつ敵の攻撃を悉く許すことになっている。
鬼の身体があるので、まだしばらくは殺されることは無いが、首を落とされるのも時間の問題だ。
確かに童磨がカタクリを殺すつもりはなく、相手の手の内を全て見てから戦おうとしたという所はある。
だからと言って、手加減をしたわけではない。
氷の血鬼術も、扇の斬撃も、殺すつもりは無いにせよ相手を確実に追い詰めるつもりで撃った。
だというのに目の前の男は、大雨にも強風にも負けぬ巨木のように、どっしりと構えている。
背中や尻を地面につけることなど、これまでもこれからも無いかのように。
「一つ聞きたいことがあるんだ。もしかして、未来のことを読めてたりする?」
「その通りだ。良く気付いたな。」
「いやあ、俺の攻撃を来るのが分かってるように受け止めるからさ、言ってみる物だねえ。」
童磨も怪しんでいた。
自身の攻撃が、あたかも未来でも予知されているかのように、悉く凌がれていることに。
そして相手の攻撃が、未来でも予知しているかのように、避けた先を攻撃してくることに。
凍て曇や水蒸気で視界が遮られていても関係なく、正確に攻撃を見抜いてくる。
彼が戦った鬼狩りの中には、栗花落カナヲのように、卓越した視力を持っていた者がいた。
そういった者達は、相手の僅かな動きを読むことで、攻撃の範囲外を見抜くことで、最適解を導き出していた。
だが、このカタクリという男は、彼女らとは異なる。
それこそ自分の頭の中を読むか、それとも数秒先の出来事を見通す能力でも持っていないと、到底出来ないような動きをしてきた。
「おれの能力を見抜いたのは流石と言いたいが……それで勝ちを譲るつもりはない。」
まだ気になることもあった。
先ほど扇でカタクリの腕を切り裂こうとした時、武器を持つ右手に未知の衝撃が走った。
この巨漢が血鬼術の氷を吸っても、呼吸器が侵された様子が無いのも、この男は身に何か訳の分からないものを纏っているのではないかと思った。
事実、童磨の予想は当たっていた。
誰が言ったか。道を極めた者が辿り着く場所はいつも同じだと。
人間でも、他の超越的な力を持った何かでも同じこと。
才に恵まれ、それに胡坐をかくことなく武を極めた者は、道理さえも押し退ける力を身に着けることが出来る。
例えばある世界の鬼狩りの『痣』、例えばある世界のスパイの血筋を持つ者の『開花』。
そしてシャーロットの兄弟として、完璧を目指し続けたカタクリは、様々な不可能を可能にする覇王色の覇気に覚醒している。
敵の攻撃を常に先読みできるのも『見聞色の覇気』あってのものであり、攻守を強化して有利に立ち回れるのも『武装色の覇気』によるものだ。
その力は、かつて鏡の世界で麦わら海賊団と戦った時よりかは制限されているが、それでも童磨に対して有利を取り続けた。
「あー、この戦い、無しにしてくれないかな?俺は会いたい人がいるんだよ。
こんな所で手間取る訳にはいかなくてさあ。なんなら、君のお友達も見逃してあげても良いよ。」
だが、そこにカタクリの槍が、錐もみ回転しながら飛んでくる。
今度は扇で弾き返そうとはせず、後方に退く。
槍というのは得てしてリーチに優れるが、攻撃範囲は狭い。
2度の『モチ突き』を受けた童磨は、攻撃の軌道を見抜いていた。
「そのような選択肢は、おれのやり方に反する。」
殺し合いには乗らぬと決めた以上、殺し合いに乗ろうとしている相手の力を削ぐことなく、見逃すなどと完璧とは言い難い。
生まれてから地に背を付けたことが無いと言われていた彼だが、この殺し合いでも完璧を通すつもりだ。
「完璧完璧って、そんな出来もしないことに拘るのは、良いとは思わないな。」
扇を一振り。その瞬間、悪夢が倍増した。
童磨と同じように奥義を携えた氷の人形が現れる。
大きさは先ほどの水連菩薩どころか、童磨そのものと比べても小さい。
だが、敵を見た目で判断するなという良い例だ。
――血鬼術 蔓蓮華
――血鬼術 蔓蓮華
鬼と氷像が、同時に完全に同じ血鬼術を撃つ。
氷の鋭さと、蔓の柔らかさ。
相反する脅威がカタクリ目掛けて襲い来る。
その冷たさは、重罪を犯した凶悪な海賊でさえ凍結させる、インペルダウンの第5層に勝るとも劣らない。
しかも先程とは異なり、2方向から同じ技が迫るため、1人で対応するのも一苦労だ。
『結晶の御子』
それが自分と同じ能力を持つ氷像を生成する血鬼術の名前だ。
(数で押して来る気か……)
カタクリはかつて自分を破った麦わら帽子の男を思い出した。
彼もまた、武装色の強さで勝てぬ分を、手数で押し返そうとした。
だが、目の前の男はあの時のルフィとは異なり、熱さが無い。
確かに持っている技の多さは厄介だが、全てをかなぐり捨ててでも自分を倒そうという熱さが無い。
その点で、童磨はルフィよりもやりやすい相手だった。
「無双ドーナツ!!」
完璧を目指す男も、慌てず騒がず、2重の攻撃を迎え撃つ。
カタクリの左右に、無からモチの塊が現れたと思いきや、それが巨大なドーナツ状に変化していく。
「力餅!!」
そして2つのドーナツの穴から、大量のパンチが放たれる。
硬化された拳の乱打により、氷の蔓は瞬時に打ち砕かれた。
しかし、その間に童磨は、もう1体氷人形を作ろうとする。
だが、生成した瞬間、氷人形は砕けた。
(どういうことだ?)
元々童磨はこの殺し合いでは、御子を使うつもりは無かった。
確かに4,5体も出せば、ポイントを纏めて回収することは可能だろうが、それでは殺す相手のことを知ることは出来ない。
50ポイントをためて恋焦がれる女性を生き返らせるのも大事だが、この世界ではどんな愛が渦巻いているのか知りたかった。
だが、カタクリという強大な敵を相手にした時、氷御子を2体出せないことを初めて知った
(もしかすると、この世界では御子は1つしか使えないのか?)
しかし、童磨が気にしている間にも、カタクリは連続攻撃を仕掛ける。
――血鬼術 散り蓮華
「雨垂れモチ!!」
周囲の地面や物体が、触手や蛇を彷彿とさせるモチに変わる。
それがカタクリを守る盾になり、同時に攻撃する武器にもなった。
氷の欠片を全て弾いた後、固まったモチがこん棒のように御子を打ち叩く。
波状攻撃により、童磨の氷人形は砕かれた。
「ああそうだ、言い忘れてたけどさ。」
御子を出してなお、自身の不利が変わらない童磨は、あっけらかんとした表情で、突然話し始めた。
「さっきの金髪の子、実は殺し合いに乗っているんだよね。」
夕食のメニューを教えるかのようにあっけらかんとした言い方で、極めて重要なことを話す。
もし相手が完璧主義者だというのなら、自分の仲間が助けたはずの相手に殺されるなんてことはあってはならないだろう。
万世極楽教という宗教の教祖でもあった童磨は、人の心を安らげ、同時に慌てさせるのにも長けている。
「都合が悪くなったから、別の人物の悪事を晒そうという気か?戦いに水を差すようなことをするな。」
「そういうつもりじゃないけど、俺を気にしている間に君のお友達が殺されたら悪いよなって思ってさ。」
だが、カタクリはそんな言葉程度で揺るがない。
敵の体のいい嘘で騙され、逃がしてしまえば、それこそ彼の完璧であろうとする流儀に反する。
再び無双ドーナツを展開する。
童磨もまた、氷の御子を呼び出す。
「良かった。1度壊れたらまた作ることが出来るみたいだ。」
しかし、もっと都合が悪いことは、彼が言った通り、トガヒミコという少女は殺し合いに乗っているということだ。
脅威の規模が童磨より小さいと言うだけで、それが彼女が悪人でないことを証明する訳ではない。
最終更新:2022年11月16日 16:12