51スレ 28-29 2026/07/22
【妄想属性】なし
【ジャンル】なし
【作品名】君は「「本当」の「無」言わば、「極致」の「無」」を考えたことはあるか?
【名前】「極致」の「無」
【属性】なし
【説明】
このキャラは、相手を倒すという低次元の争いの能力を示すものではない
例えば、カブトムシとクワガタが戦ったらどっちが勝つのか?という極めて低
レベルな勝負は、
あくまでも同じような程度のもの同士だから成り立つわけであって、
本当に遥かに格上すぎるものと格下すぎるものなら勝負をしなくても勝敗は目に見えているのである
そこで今回紹介するキャラは、名前を見てもらえれば分かると思うが「極致の無」というものである
これはどういうものかと言うと、世の中で使われている「無」という字・言葉・概念は、全ての存在するものやことなどが
一切無いこと、または、何かが無いことを指す場合に使われることが多いと思うが、
この「極致の無」というのは、そういうことではなく、「「実際」の無」のことを言っているのである。
実際の無というのを別の言葉で言うなら、極限のリアルな無とも言えるだろう。
世の中で使われる場合の無といった場合、所詮は、人間という存在が、無という名前を字で表したり呼ぶことによって表現したりしているだけであって、
その無という「字」や「名前」がある時点で、真の無、このキャラ名で言うところの「極致の無」とは言えないのである。
では、表現しなければ良いのかと言うと、それも違う。なぜなら、本当の無と言うからには、「何か」を表現したり指定するのはもちろん
「何か」という「それ」を認めることになり「無」とは言えなくなるから駄目だが、
本当の無、リアルな無という言うからにはほんの0.0000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000・・・・・(無限に続く)1ミリでも
「感知」してしまった時点で無とは言えないからである。
つまり、「無」を字で書いたり名前で呼んだりして表現するだけでなく、感知することすら極致の無の前では絶対に駄目なのである。
もちろん、「無」とは感知することすらできないものなので、「「無」という「事実」」すら存在しないのです。
しかし、今ここでこうやって長々と文字を使い無について論述したり、考えたりしてしまっているのだが、
これは、全宇宙全次元全世界全空間全領域全階層のシステムの限界、もし全知全能の究極的な神様がいたとしても、それの限界でもあるのです。
少なくとも、このスレに自分が考えたキャラを投稿するには、「何か」を「考えたり」「認めたり」して、それを「表現」しないと投稿できないわけです。
つまり、本当の無というのは本来ならこのスレに投稿することはできないのだが、この、本当の無、このスレでの参戦時の名前で言う「極致の無」というのは、
全てのありとあらゆるもの自体よりも比較するまでもなく遥かに格上なので、紹介したいと思いあえてこのスレに投稿することにした。
例えば、大腸菌と全知全能の究極最高神だとどっちの方が格上かと言ったら、どう考えても後者の方が比較するまでもなく格上なのと同じように、
世の中には、比較するまでもなく勝敗が決定しているものが無数に存在する。
この「極致の無」というキャラは、わざわざ相手と戦ってそれに勝つという低レベルなものではなくて、
圧倒的すぎる格の違いによって、必然的に勝敗を認めざるをえなくするという、戦って勝つという低次元のキャラとは次元の違いすぎるキャラなのです。
そもそもなぜこのキャラが全てのありとあらゆる物事自体よりも遥かに格上で強すぎるのかと言うと、
表現や参戦や感知などが可能なキャラというのは、その時点で、絶対的に表現や参戦したり感知されることによって、
その「枠」の中にすっぽりと納まってしまっている限界のあるものになっていまうのです。
例えば、質的にも量的にも能力的にも限界が無いキャラを作ったとしても、
それが、表現したり参戦したり感知できたりするものである以上、いつかはそれをも上回るキャラを作り出される可能性があるのです。
しかし、極致の無というのは、この世のシステムの限界上、仕方なくこのスレに投稿することにより参戦しているだけであって、
実際には、参戦どころか、表現することはもちろんのこと、感知することすらできないものなので、
ありとあらゆる全てまたはそれ以上があるというならそれ以上さらにそれ以上さらにそれ以上・・・・・・・・・・・・・というどこまでも続く
表現や感知ができるものよりも遥かに格上になって当然なのです。
再度言いますが、極致の無というのは、究極的にリアルな無のことなので、
「字」や「名前」で書いたり読んだりして表現することはもちろんのこと、ほんのわずかでも「感知」した時点で極致の無とは言えなくなってしまうので、
本来、このスレに投稿することもできないのです。しかし、それでは絶対にこのスレで参戦させることができないので、
強いて言うならこういうものだという感じで投稿しただけなのです。
なので、この
テンプレを破壊する攻撃だとか、このテンプレを無効化するだとか、自分のキャラに有利になるように解釈するだとかは全く意味がありません。
なぜなら、そもそも無、それも極致の無なので、存在自体が無いがゆえに一切の感覚すら無いので、
破壊とか無効化とか自分に有利になるように解釈するとか自体が、「それ」という「何か」を認めていることになるので、
極致の無には全くもって足元にすら及ばないものであることが理解できるでしょう。
「それ」=破壊とか無効化とか自分に有利になる解釈をこのキャラに発動してしまった時点で、
「それ」=極致の無という字で表現されたものに対して「それ」を発動してしまったというだけであり、
本当の無、極致の無自体には何の影響も無いのです。
つまり、「それ」という表現したり感知されているものに対して発動しただけということになってしまい、
「無」自体には一切影響を与えられていないということになるということです。
最強妄想スレには、自分が参戦せずに、サポート役のキャラが参戦するという形態を取っているキャラが存在するが、
それも結局は、そういうキャラとして参戦していることになるし、
勝つための
あらゆる全てが書いてあるキャラであろうが、表現する必要が無いくらい強いキャラであろうが、
それを結局は表現したり、感知できたりしている時点で、さっきも言ったように、所詮はそういう枠組みの中に納まってしまう程度のキャラでしかないのです。
極致の無というのは、字で書いたり名前で読んだりして表現することや、考えたりすることはもちろん、感知することすらできないのです。
なのになぜここまでそれ=極致の無について論述しちゃっているのかというと、それは何度も言うように、この世、もっと言うと、ありとあらゆる全て、
それ以上があるというならそれ以上さらにそれ以上・・・・・・という永久に続くどこまでもの限界だからです、
限界というのは、表現しなければ参戦することができないということなのです。
しかし、このキャラは単に表現したり感知することすらできないキャラという簡単なものではないのです。
なぜなら、そう言える時点で、表現したり感知することすらできないキャラと、表現したり感知しちゃっているからです。
この、極致の無というキャラは、表現・参戦・感知すらできないものを強いて土俵に上げたものなので、
その時点で、表現もしていることになるし、参戦もしていることになるし、感知もされていることになってしまっていますが、
「実際」にはそれらすらできないということを言いたいのです。
と、表現・参戦・感知していることになるが、それは仕方ないことなのです。
最終更新:2026年07月23日 20:57