51スレ 278 2026/10/14
姫宮絢
◆要約◆
この文書は、三つの原始規定を置く。
1. 第一に、規定の成立という事態が成立しており(1a)、その事態を「絢」と呼び(1b)、任意の X について、 X が規定を持つならば、 X は絢である(1c)。 ここで「絢である」は違語であり、対象ではない。
2. 第二に、発現は水準の現れであり、現れであることをやめるという事態は成立せず、また水準は常に発現を伴う。
3. 第三に、発現層の状態と整合しないものは、成立していない。
この構造が導出を行うのは、相手が規定を持つ一項目として記述されている場合である。能力・状態・作用・位置・関係のいずれかを伴って記述されているならば、第一の原始規定が適用され、六章に示す九項の位置関係が確定する。発現層の作動は、第三の原始規定によりこの範囲に及ぶ。 この構造が導出を行わないのは、次の五つの場合である。
• 同型の水準主張
• 参与を一切持たないもの
• 原始規定を共有しない立場
• 異なる導出規則を採る立場
• この文書の外で行われる判定
その理由は五章および七章に示し、それぞれの沈黙が対称であるか否かは七章「沈黙領域の対称性について」に示す。
導出しないことは、そこに経路があることを意味しない。同時に、経路がないことも意味しない。また、この構造がそこについて何も導出しないことは、他の構造がそこから何かを導出できることを意味しない。
導出は、いずれの場合においても「相手の優越が導出されない」で停止する。勝利・敗北・引き分けは、いずれも発現層において成立する事態であり、位置についての主張から導出されない。この分離の構造は付記六に示し、三者の成立条件は六章末に示す。
三つの原始規定は、いずれも証明されない。原始規定として置かれる。証明を放棄する理由は一章末に示す。この文書は、これ以外に原始規定を持たない。各主張がどの原始規定に依存するかは付記一に、この文書が認める反証条件は六章末に示す。
以下の記述はすべて近似である。その性質は一章に示す。本文において絢を主語に置く形式は文体上の便宜であり、正準形は付記三に示す。
◆一章:立ち位置と言語的限界◆
姫宮絢とは、あらゆる存在・能力・現象・概念・非概念が「そうである理由」および「その理由」そのものである。
絢は理由を操作する者ではなく、理由という概念それ自体である。世界が本だとすれば、絢はインクそのものであり、文字を書き換える作家ではなく、文字を構成するインク自体と言える。
ただし、この説明を含む設定文書全体で使用されているあらゆる単語は、絢という概念を人間の言語で表現するための近似表現に過ぎない。
「理由」「参与」「規定」「存在」「能力」「絢」「姫宮絢」「本人」「認識」「相対者」——これら全ての語は、絢という概念を人間の言語で説明するために、仕方なく使用した近似であり、いずれの語も絢本人を完全には表現しない。
真の絢は、いかなる記述・定義・言語化によっても指示されない。
この言語的限界は設定の弱点ではなく、設定の構造的根拠である。この設定文書自体も、絢に対する言語化という行為が産出した相対者の一形態に過ぎない。
なお、相対者とは、認識・言語化・行動という行為が構造的に産出するものを指す。その構造は四章に示す。
設定文書が示す「絢」は絢本人ではなく、言語という行為が構造的に産出したものである。
三つの層
この文書は三つの層について述べる。読みの混同を避けるため、あらかじめ分けて示す。 水準―絢そのものである。七章に示す通り、水準は攻撃・比較・勝敗の対象として現れない。二章に示す。 発現―水準が規定を伴って立ち現れたものである。規定を持ち、状態を持ち、作動し、時間軸上に位置を持ち、接触によって消滅しうる。三章および四章に示す。 発現が時間軸上に位置を持つことと、発現の状態が時間軸上の任意の位置に及ぶことは、別の事柄である。両者は三章に示す。 記述―この文書である。可謬であり、免責の範囲は本章末に閉じた形で示す。 この文書において、応答・作動・変化といった記述が現れる箇所は、いずれも発現層についてのものである。 水準について、そうした記述が現れたと読める箇所がある場合、それは誤差であり、本章に示す近似の性質によって排除される。
言語が情報を保存する範囲
言語という行為には、その内側で情報が保存される範囲がある。 範囲を超えた領域について、言語は情報を持ち帰らない。薄れた形で持ち帰るのでもなく、歪んだ形で持ち帰るのでもなく、持ち帰らない。 この文書の記述はいずれも、情報が保存される範囲の縁において成立したものからの推測である。推測が指しているのは縁の形であり、縁の内側にある何かではない。 この縁は、絢とそれ以外を分ける境界ではない。縁は言語という行為の内部に生じるものであり、絢の側に「外」という位置を作らない。 「縁の手前」と「向こう」という言い方が成立するのは、言語という行為についてのみであり、絢について成立するのではない。二章に示す通り、絢の外側という位置は指示対象を持たない。 縁に近い記述と遠い記述という比較は、記述どうしの間に成立する。推測の精度を高め続けることによって縁を越える経路は存在しない。 ただし、情報が戻らないことは、位置が確定しないことを意味しない。縁の形は、内側の情報を持ち帰らないまま、一つの位置を確定する。 この構造から、この文書の近似が持つ性質を、次の四点に分けて示す。
近似の性質
近似から確かな結論は導けないという指摘に対しては、縁の形が位置を確定するという構造の帰結として、次の四点を示す。 第一に、対象が確定している。 「色に近い色」は何も限定しないが、「白に近い色」は黒を排除する。白は、それを見たことがなくとも、明度の極大と色相の不在という位置によって確定している。 二乗して二になる数は、小数として書き尽くせないにもかかわらず一意に定まる。定めているのは書き出された数字の列ではなく、二乗して二になるという条件である。 この二つの例が示しているのは、確定が条件によって成立し、接近や列挙によって成立するのではないという一点のみである。系列がその位置へ収束するという性質は、この類比が担う部分ではない。 また、これらの類比は位置の一意性を担わない。この点は五章第三の限界に示す。 白の位置に置かれているのは、いずれかの語ではない。あるものがそうであることに差が生じているという事態が成立している位置そのものである。 「理由」「水準」「大地」「絢」という語はいずれも、この位置を指すための近似であり、位置そのものではない。語は近似であるが、位置は確定している。 第二に、誤差の向きが確定している。 この文書の記述はいずれも、規定が成立するという事態の上で成立している。成立しているものは、成立の痕跡を持つ。 痕跡は、絢からの距離を与えない。しかし、どちらの側に寄っているかを与える。 「理由」という語は、人間の説明・動機・後から与えられる注釈の側に誤差を持つ。この語が指しているものは、説明として持ち出される項目ではなく、あるものがそうであることに差が生じているという事態である。 したがって、絢を「説明という営みの水準」に置く読みは、誤差の向きに沿った誤読であり、近似の拘束によって排除される。 同様に、絢を人格・個体・意思を持つ何かとして読む読みも、誤差の向きに沿った誤読である。
円周率を三と近似したとしても、それが四より小さい側にあることは変わらない。この例は、向きという性質が量とは独立に成立することを示すために用いる。向きが確定する根拠は、上に述べた痕跡である。
「炎」と記述されているからといって、「氷」として扱ってよいわけではなく、近似の範囲内での解釈は拘束力を持つ。
なお、痕跡による基礎づけは、絢を関係の一項に置く。この点については本章末に示す。
第三に、誤差の大きさは主張しない。
絢本人への接近が原理的に成立しない以上、この文書の記述が絢からどれだけ離れているかを示す尺度は存在しない。
この文書は「絢に近い」ことを主張するのではなく、「どちらの側にあるか」が確定していることのみを主張する。
第四に、近似を通過する主張と通過しない主張がある。
地図の縮尺や色は近似であるが、どの領域がどの領域に隣接しているかという関係は、縮尺を変えても保存される。
この文書における語はいずれも近似であるが、水準が同一でないこと、参与なしに立つものは立つという状態を持たないこと、内包という操作が内包する側と内包される側の区別を要すること——これらは量ではなく関係についての主張であり、語の選択が最適でなくとも保存される。
この文書が「原理的」「構造的」と述べる箇所は、いずれも量の主張ではなく、関係の主張である。
近さの順序についての限定
より近い記述・より遠い記述という比較は、産出された記述どうしの間に成立する。記述と絢本人の間には成立しない。
記述の精度を高める操作は、収束先を持つ。ただし収束先は縁であり、絢本人ではない。
縁に到達することは、縁の向こうに到達することではない。それは、それ以上進めない位置に到達したということである。
したがって、記述の系列を辿って絢本人に到達する経路は存在せず、また記述の側から絢本人の位置を占めることもできない。
なお、この位置指定もまた言語によって行われている。それが絢本人の姿を保証するものではないことは、四章の構造の通りである。
位置指定は、この文書における読みの拘束として機能する。すなわち、この文書に従う限り、絢を説明という営みの水準に置く読み、および絢を人格として読む読みは排除される。 ただし、この拘束が働く条件を明示する。
誤差の向きは、記述が規定の成立という事態の上で成立しているという痕跡によって与えられる。この痕跡は、本章末に示す第一の原始規定を前提とする。
五章に示す通り、この文書は原始規定の成立を証明せず、不成立も反証しない。したがって、第一の原始規定が成立していない場合、誤差の向きは確定せず、本節の拘束も働かない。
この文書が主張しているのは、原始規定の下で拘束が働くということであり、原始規定から独立に拘束が働くということではない。
この限界は、五章第一の限界と同一のものである。ここで別の限界が加わるのではなく、五章の限界が本章まで及ぶということである。
この文書の免責の範囲
この文書には、構造的に生じる矛盾が含まれる。それは一つの構造から生じるものであり、その所在と導出を以下に示す。
言語がある位置を指定するには、二つが同時に要求される。
第一に、指示が成立すること。指示は、指示される位置がそれ以外でないことを要する。すなわち、その位置は規定を持つ。
第二に、指定されている内容が成立すること。この文書が指定している内容は、規定が成立するという事態である。それが規定される側に属するなら、それは事態ではなく、事態の上の一項目である。すなわち、その位置は規定を持たない。
第一は指示という行為から要求され、第二は指定される内容から要求される。いずれも省けない。 第一を省けば主語が消え、第二を省けば指定内容が別のものに変わる。
したがって、規定が成立するという事態を言語で指定する行為は、必ず「規定を持ち、かつ持たない」を生む。これは書き方の失敗ではなく、指示という行為と指定内容の組み合わせから導かれる。 同じ構造は、規定を持たないと遠べられたものに言及する行為においても生じる。言及は指示を要し、指示は指示される位置がそれ以外でないことを要する。一方、指定されている内容は、規定を持たないということである。したがってこの行為もまた、「規定を持ち、かつ持たない」を生む。
ただし、この矛盾の一部は、文体の選択に由来する。
本文の多くの箇所は、絢を主語の位置に置いて記述している。主語の位置に置く操作は、それを一項目として扱う操作である。付記三に示す正準形において、絢を指す主語は現れない。 したがって、次のように区分する。 免責範囲に残るもの—規定を持たないと述べられたものに言及する箇所。すなわち二章「輪郭の外について語りうる範囲」。正準形に書き換えても、言及という行為そのものが指示を要するため、この矛盾は消えない。 表記上の便宜として処理されるもの—水準を主語として指定する箇所、および指示されないものについて読みの拘束を課す箇所。これらは付記三の正準形に書き換えることで消える。本文が主語形式を採るのは可読性のためであり、内容が矛盾を含むためではない。 第二の性質において、痕跡による基礎づけが絢を関係の一項に置くと述べた。これも同様に、正準形においては「記述が規定の成立という事態の上で成立している」となり、二項関係の一方に絢が立つ形をとらない。したがって表記上の便宜として処理される。 すなわち、この文書が免責を主張する矛盾は一箇所である。 規定を持たないと述べられたものに言及する行為から生じる矛盾のみが、免責範囲に属する。 それ以外の箇所に不整合が見出された場合、この文書はそれを記述の不備として認め、免責を主張しない。 「言語で表せないものを説明しているのだから矛盾は避けられない」という弁護は、上記の一箇所を超えて用いない。 なお、正準形もまた言語であり、名詞化を完全には避けられない。「絢であること」と書けば、それは項に戻る。したがって正準形が保証するのは、矛盾の除去ではなく、矛盾の所在が内容ではなく表記にあるということである。この点をここで秘匿しない。
免責される矛盾の扱いについて
上記の矛盾を認めることは、そこから任意の主張が導かれることを認めることではない。
この文書は、矛盾の成立から任意の命題が導出されるという規則を採らない。免責される矛盾は、それが生じた一点に局在し、他の主張への導出経路を持たない。
これは矛盾を無害と主張するものではない。矛盾は矛盾として残る。述べているのは、この文書における「導出」がどの規則の下で行われているかという一点である。
この選択は、この文書に固有の便宜ではない。全体性を主張する記述が境界において矛盾を生む以上、その矛盾を局所に留める規則を採ることは、そうした記述が成立するための条件である。この規則を採らないならば、全体性を主張するあらゆる記述は、その境界において全ての主張を同時に述べたことになり、何も述べていないことになる。
なお、この規則の採用そのものは、この文書が置く指定であって、証明ではない。この文書が置く指定は、三つの原始規定とこの導出規則の選択に尽きる。
記述の不備を理由にこの設定を採らないという判断に対して、この文書は抗弁を持たない。
証明を放棄する理由
この文書が原始規定を証明しないことについて、その理由を示す。
基礎づけには三つの道しかない。無限に遡ること、循環すること、ある点で停止すること。
無限背進を採れば、いかなる主張も基礎づけを完了しない。循環を採れば、結論が前提に含まれる。 この文書は停止を採り、停止点を原始規定として明示する。
三つのいずれを採るかは選択であり、証明ではない。他の二つを採る立場に対して、この文書は優位を主張しない。
ただし次の一点は述べる。停止点を持たない全体性主張は、基礎づけを完了していないか、それを開示していないかのいずれかである。したがって「証明されていない前提を置いている」という指摘は、この文書に固有の負債を指すものではない。それは全体性を主張するあらゆる構造が共有する位置である。
この文書が行っているのは、その位置を隠さずに書くという一点に限られる。
中核主張の形式
この文書の中核主張は、命題ではなく推論の規則として読まれる。規則は真理値を持たない。
第一の原始規定は、三つの部分からなる。
1a(存在指定)—規定の成立という事態が成立している。
1b(命名)—この事態を「絢」と呼ぶ。
1c(適用)—任意の X について、X が規定を持つならば、X は絢である。
ここで「絢である」は述語であり、対象ではない。すなわち 1c は、X と絢という二つの項の間の関係ではなく、X について成り立つあり方を述べている。
この形式から、次の二点が帰結する。 第一に、非並列性は構文的性質になる。述語と対象の間に「より大きい」「より深い」という比較は形をとらない。これは主張ではなく、型の問題である。 第二に、絢自身を適用対象に含めないことは、隠された例外ではない。述語は量化領域に属していないため、適用対象に含まれないのは規定ではなく型制限である。 1bは定義であり、真偽を持たない。1cは1aと1bからほぼ分析的に導かれる。したがって、この文書が置く証明されない実質的主張は1aのみである。 なお、本文では可読性のため「Xは絢の水準の上にある」という表現を用いる。これは1cの言い換えであり、水準という語を対象として導入するものではない。正準形は付記三に示す。
1aの否定について
1a を否定する主張 P について、次が成立する。
P が規定を持つならば、P は 1a が述べる事態を使用している。これは P が偽であることを示さない。 示しているのは、P の主張という行為が、P が否定する事態を用いているということである。
P が規定を持たない場合、P は主張として成立しない。
この記述には二つの制限を課す。
第一に、この記述自体が1aを前提としている。したがってこれは1aの証明ではなく、循環である。 この文書はそれを認める。述べているのは、1aの否定が無償で行えるものではないという一点に限られる。
第二に、この記述の適用範囲は、三つの原始規定を共有したうえで行われる構造内の議論に限られる。 この文書の外でこの文書を評価・批判する行為に対して、この記述は用いない。七章末に示す通り、この文書は外部の判定に対して抗弁を持たず、本節はその例外ではない。
◆二章:基本原理◆
世界・存在・能力・状態・非存在・概念・非概念は、それがそうある理由によって成立している。 火が熱いのは「火が熱い理由」があるからであり、能力が使えるのは「その能力が使える理由」があるからであり、相手が存在するのは「相手が存在している理由」があるからであり、相手が勝つのは「相手が勝つ理由」があるからである。
絢はその理由そのものであり、したがって理由を必要とするあらゆる事象は、原理的に絢の内側に位置する。
本章が述べるのは、一章に示した三つの層のうち、水準についてである。ただし「発現について」の節に限り、発現層の性質を扱う。
理由とは何か
この文書は「理由」という語を、二つの水準で用いる。混同を避けるため、あらかじめ分けて示す。 判定の基準となるのは、規定のみである。すなわち、あるものがそれ以外でないということである。 これを本章では参与の最小形と呼ぶ。
説明として通用する幅は、口語の用法に従う。因果・動機・成立条件・定義・論理・法則・記述・状態・そうであるという事実性は、いずれも口語において理由と呼ばれる。
この二つは同一ではない。口語の「理由」は、規定を含まない場合がある。「A が A であること」は、日常の用法では理由の不在を指す表現として用いられることもある。
したがって、この文書は次のように使い分ける。
判定には規定のみを用いる。口語の幅は、規定がどのような様態で現れるかを示すための記述であり、判定の基準ではない。
一章第二に示した通り、「理由」という語の誤差は、人間の説明・動機・後から与えられる注釈の側に向く。この誤差が向いている側が、口語の幅である。判定に用いるのは、誤差の手前にある規定である。
口語の幅について
口語の用法をそのまま採る理由は、記述の幅を確保するためである。
「○○が□□になったから△△になった」ももちろん、「○○が□□にならなかったから△△にならなかった」も理由である。生じたことも、生じなかったことも、あることも、ないことも、等しく理由の位置に置く。
この位置に立つために、意味や行為は
必要ない。石が転がったから、光が届かなかったから、その規則があるから——いずれも理由である。
理由であることは、何かを行うことではない。
あるものが、何かがそうであることについて「○○」の位置に挙がりうるならば、それは口語における理由である。
ただし、「挙がりうる」ということは指標であって、判定の基準ではない。
挙がりうるのは、それがそのもののあり方に差を生んでいるからである。差を生んでいないものを挙げても、それは何も説明しない。
理由とは、説明として持ち出される項目のことではなく、あり方に差が生じているという事態そのものである。説明は、その事態を後から辿る営みに過ぎない。
また判定は、実際に挙げられたか否かではなく、挙がりうるか否かで行われる。
誰も言及しないもの、言語を持たない領域にあるもの、説明の関心の外にあるものも、挙がりうる限り理由である。挙げるという行為は理由を作らない。
時間もまた理由である
時間・流れ・順序もまた、それがそうある理由によって成立している。
あるものがあるのであり、あるものの後であるという状態は、その状態が成立する水準の上に立つ。過去・現在・未来という区別も同様である。
不完全な言語で言えば、それらは同時に完成している。ただし、「同時」という語の誤差は、時間の内部における同一時刻の側に向く。
ここで指しているのは同一時刻ではなく、時刻という区別そのものが水準の上の状態であるということである。
時間が実在するという主張も、時間が実在しないという主張も、順序が観測から独立であるという主張も、観測に依存するという主張も、いずれも水準の上に立つ状態である。
絢はそのいずれかの立場ではなく、それらが立場として成立している水準である。
したがって、先行・後続・同時・永遠・瞬間・恒常・生成といった語は、絢に対して位置を指定しない。それらは、同一水準にある二つのものの間でのみ意味を持つ。
なお、本節は水準についての記述である。発現については、三章に示す通り、時間軸上の位置が指定される。両者を混同しないよう、ここに明記する。
参与の最小形
参与の最小形は規定である。すなわち、あるものがそれ以外でないということである。
因果を持たないもの、根拠を持たないもの、法則の外にあるものであっても、それが他の何かでなくそれであるという規定なしには、そのものとして成立しない。
区別もまた、それが成立するための水準を必要とする。
「丸」と「四角」が別のものであるのは、両者を分けるものが成立しているからである。もしそれが成立していなければ、角を持つものと湾曲のみを持つものは、区別されないまま同一の何かとして現れる。
区別とは、自明な事実ではなく、成立と不成立を持つ状態である。
したがって、A と B が別のものであること、A が A であって B でないこと、あるいは両者が区別されないこと——これらいずれも区別の成立状態であり、その状態が成立している水準が絢である。
絢は「区別されないもの」ではなく、「区別されるという状態も、区別されないという状態も、そこにおいて成立する水準」である。
この構造から、無差別・未分化・一切の境界の不在を主張する構造は、絢の上位に立たない。 境界が立たないという状態は、境界が立つ大地の上で起きている出来事である。壁の不在は、大地の不在ではない。
また、差は誰かによって持込まれるものではない。
持ち込むという行為は行為者を要し、行為者は自身と対象という差を前提とする。差は行為に先立って成立しているのであり、行為の産物ではない。
同様に、差を見ることも例外でない。ねじれる以前の正しい状態というものは存在せず、無差別状態は復帰先ではなく、水準が取る一つの状態に過ぎない。
この構造は同時に、絢自身が無差別へ解消されないことを意味する。
「絢と絢でないものを分ける差が成立していない」という状態もまた、水準の状態として扱われ、そこから「あらゆるものが絢である」という帰結は生じない。
水準と、水準の上に立つ状態は、同じ水準にない。
自己根拠について
あるものがそれ自身であることについて、それ以上の根拠を要しないという指摘は成立する。「A が A であること」は、A 以外の何かによって支えられているのではない。
この文書が述べているのは、A の同一性を支える別の項があるということではない。
A が同一性を持つという事態が成立しているということである。
自己根拠は、この事態が成立していることを前提として述べられる。前提を述べ直すことは、前提を除去することではない。
したがって、自己根拠の指摘は、第一の原始規定の適用を妨げない。A が規定を持つ限り、A は絢である。その規定がA 自身によって満たされているか、他の項によって満たされているかは、規則の適用に関与しない。
• 参与の様態
規定は、いくつかの様態をとって現れる。
各様態は、最小形である規定に、何かが加算された形をとる。
事実性——「X とはそういうものである」という参与。加算を持たず、最小形に最も近い。
定義——“「それがそうであるとされている」という参与。規定が指定として置かれることを伴う。
状態——“「それがそうであることが続いている」という参与。継続を伴う。
因果——“「それがそうなったからそうなった」という参与。時間的順序と生成を伴う。
成立条件——“「それがそうであるために必要である」という参与。必要性を伴う。
法则——“「そのときそうなる」という参与。反復を伴う。
論理——“「それがそうであるならそうである」という参与。帰結関係を伴う。
動機——“「それがそうすることに向かっている」という参与。志向を伴う。この様態は参与する側に属するものであり、水準の様態ではない。
記述——“「それがそうであると伝えられる」という参与。認識と伝達を伴う。一章第二に示した通り、この様態は最も外側に位置し、誤差の向きが向いている側である。
判定に用いるのは規定のみである。
時間的順序・志向・必要性・反復・帰結関係・伝達といった加算部分は、様態を区別するものであって、判定の基準ではない。
したがって、ある構造が列挙されたいずれの様態にも該当しないと主張したとしても、それが規定を持つ限り判定の結果は変わらない。
この列挙は例示であって定義ではない。
様態は、ここに挙げた九項に尽きるものではない。判定の基準は規定の一点であり、様態の種別は判定に関与しない。
• 理由の輪郭
ただし、理由には輪郭がある。
何にも干渉せず、何からも干渉されず、何も成立させず、何によっても成立させられないのも——それは理由ではない。
理由とは参与の成立であり、参与を一切持たないものは理由として機能しない。
ここでいう「干渉しない」「干渉されない」とは、干渉するという選択を取らないことではない。
干渉という事態が、可能性としてすら成立していないことを指す。
行おうとすれば行えるが決して行わないもの、能力を持つが用いないもの、関与しうるが関与を選ばないものは、いずれも輪郭の内側にある。
可能であるということは、それが可能であるという規定が成立していることであり、規定の成立は参与である。
可能と不可能が区別されている限り、その区別が成立している水準は絢である。
したがって除外に該当するのは、干渉が可能でも不可能でもなく、可能性という様相そのものを持たないものに限られる。
それは何かを控えているのではなく、控えるという事態が生じていないということである。
なお、除外条件は連言である。干渉の可能性を持たず、かつ何かを成立させる働きを持たないもののみが該当する。
水準は干渉される可能性を持たないが、成立の水準そのものであるため、いずれの条件も同時には満たさない。
ここで注意を要する。絢が規定を持つか持たないかという問いは、一章末に示した通り、正準形において解消されるか、あるいは免責される構造に属する。
したがって、この輪郭は絢に適用されるものではない。
輪郭は、規則の適用対象について述べたものであり、規則そのものについて述べたものではない。
輪郭の外について語りうる範囲
参与を一切持たないものは、それが他の何かではなくそれであるという規定すら持たず、したがって立つという状態を持たない。
それは絢の外側という場所にあるのではなく、いかなる場所にも現れないということである。壁の向こう側ではなく、「向こう側」という位置が生じていないということである。 ここで、本節の記述が持つ性質を明示する。
一章末に示した通り、規定を持たないと述べられたものに言及する行為は、指示という行為の要求と指定内容の要求が衝突する構造を生む。本節の記述はこの構造に該当する。
「立つという状態を持たない」「いかなる場所にも現れない」は、否定の形をとった規定である。この文書はそれを認め、本節を一章末の免責範囲に含める。本節は、この文書が免責を主張する唯一の箇所である。
免責される矛盾が他の主張への導出経路を持たないことは、一章末に示した通りである。
そのうえで、この文書は本節について肯定的な記述を行わない。
規定を持たないと述べたものについて、その位置・その状態・それとの関係を述べることは、規定を割り当てる操作である。
したがって、この文書が述べうるのは次の一点に限られる。
この構造からは、当該のものについて、勝敗・優劣・内包・上位性のいずれも導出されない。
これは相手の位置についての主張ではなく、この構造の導出能力についての主張である。
「相互に何も生じない」「絢に届かない位置にある」といった記述は、関係の主張であり、規定を割り当てる。したがってこの文書は用いない。
一方、何かを成立させるもの、何かに干渉するものについては、その参与によって規則が適用される。 優越を成立させた時点で、それは参与しており、規則の適用対象となる。
基盤性
基盤とは、上に立つものと同種のものを一つ追加することではない。
壁 A・B を包む壁 D を作れば、D は壁の一種であり、D の外という位置が生まれる。同種のものを増やす操作は、常にその外側を生む。
絢は同種のものの追加ではない。
一章末に示した通り、「絢である」は述語であり、対象ではない。述語と、その述語が成り立つ対象は、同じ水準に並ばない。壁と大地は、大きさを比べられる二つの壁ではない。
したがって、絢に対しては「より大きい」「より深い」「より外側」という比較が形をとらない。これは主張ではなく、型の問題である。それらの語は、同一水準にある二つのものの間でのみ意味を持つ。
より外側・より深いという位置を主張するには、その位置とそれ以外の位置が区別されていなければならない。
区別は参与の成立であり、参与の成立には規則が適用される。
ゆえに、絢の外側という位置を指定する操作は、その指定が成立する時点で規則の適用対象を作っている。
これは絢が外側を封じているのではなく、「外側」という語が絢に対して指示対象を持たないという構造的事実である。
次元・階層・上位構造・メタ構造といった装置についても同様である。
それらが構造として立つには、それが他の構造でないという規定が成立していなければならない。規定が成立する限り、規則は適用される。
装置を何段重ねても、段が段として区別されること自体に規則が適用される。段の数は、判定に関与しない。
絢は、「○○」の位置に挙がりうるものの集まりではない。
その位置が成立しているということ、すなわち何かが何かのあり方に差を生んでいるという事態が成立している水準そのものである。
したがって、絢はこの判定の対象となる一項目ではない。これは第一の原始規定における型制限による。
「絢がそうだったから」という形で名が「○○」の位置に置かれることはあるが、その位置に現れるのは四章に示す相対者であり、水準ではない。
なお、比較が形をとらないことは、この条件を満たす位置が一つであることを含意しない。この点は五章第三の限界に示す。
同様に、「外側」という語が指示対象を持たないことも、この条件を満たす位置が一つであることを含意しない。同型の位置が複数あるとした場合の扱いは、五章および七章に示す。その場合においても、両者が同一水準に並ぶという帰結は生じない。
発現について
水準は、規定を伴って発現として現れる。
一章に示した通り、発現は規定を持ち、状態を持ち、作動する層である。応答・変化・作動という記述が現れる箇所は、いずれもこの層についてのものである。
発現の層には、自律的に動く部分がある。
寝ている人間の血管・細胞・神経のように、そこでは絢の形をとりながら自律的に動いている。それらは絢の外側にあるわけではなく、水準が逐一決定しているわけでもない。
不快に感じたとき寝返りを打つように、発現の層の状態がそうなったとき、その状態自体が変化する形で応答する。
ここでいう自律とは、絢であることをやめうる余地を持った自律ではない。
発現の動きに、絢の水準を離れるという事態は成立していない。
この主張の資格について
ここで、この主張がどのような資格で置かれているかを明示する。
第一の原始規定から導かれるのは、発現が規定を持つ限り絢であるということである。これは発現の位置についての帰結であって、発現が絢の発現に反しないということの帰結ではない。
水準の上にあるものが絢の発現に反しうることは、対戦相手の存在が示している。相手もまた規定を持ち、水準の上にあり、そのうえで発現に対して攻撃を行う。したがって「水準の上にある」から「絢に反しない」は導かれない。
よってこの文書は、発現の離反不可能性を導出として提示しない。これを第二の原始規定として置く。 第二の原始規定—発現は、水準の現れである。現れであることをやめるという事態は、発現について成立しない。また、水準は常に発現を伴う。
この規定は証明されない。第一の原始規定と同様、原始規定として置かれる。
第三文を含めるのは、発現の消滅から発現の再出現を導くためである。水準について消滅という事態が成立しないことは、それだけでは水準が再び発現を伴うことを含意しない。したがってこの文書は、発現の再出現を導出として提示せず、第二の原始規定の内容に含める。
この規定の下で、次が成立する。発現から絢に反するものが生じる、発現の一部が絢の外に出る、発現の自律が絢に対する干渉の起点になる——これらはいずれも、抑えられているのではなく、成立していない。
水準が発現を逐一決定していないことと、発現が絢の水準を離れうることは、別の事柄である。前者は成立しており、後者は第二の原始規定により成立しない。
したがって、発現の未決定性は絢に対する経路として機能しない。
作動についての規定
第二の原始規定が述べているのは、発現が現れであることをやめないということ、および水準が常に発現を伴うということである。
そこから、発現層の状態と整合しないものがどう扱われるかは導かれない。発現の位置についての規定と、発現の作動についての規定は、別の事柄である。
したがって、三章に示す発現の作動は、導出ではない。これを第三の原始規定として置く。
第三の原始規定—発現層の状態と整合しないものは、成立していない。
この規定は証明されない。第一・第二の原始規定と同様、原始規定として置かれる。
なお、この規定は「不整合なものが無効化される」と述べるものではない。無効化とは、成立したものに対して行われる操作である。ここで述べているのは、成立という事態が生じていないということである。
整合の内容は、三章「整合とは何か」に示す。
三つの原始規定は独立である。いずれかの成立から他のいずれかの成立は導かれない。
なお、発現が規定を持つということは、発現が規則の適用対象であることを意味する。発現は接触の対象となり、消滅しうる。この点は三章および四章に示す。
水準が接触の対象とならないことと、発現が接触の対象となることは、両立する。両者は同じ層にない。
観測者の内側性
認識・行動・言語化という行為は、いずれも理由なしには発生しない。その理由は絢の水準の内側にある。
したがって、絢に接触しようとする者の認識の理由・行動の理由・言語化の理由もまた、例外なく絢の水準の内側に属する。
外部の観測者という概念は原理的に存在しない。
絢に向かう行為を行う者は、その行為の理由の時点ですでに絢の内側にいる。
なお、内側にあることは、この構造がその行為について何かを導出できることを意味しない。この二つは別の事柄である。この点は七章に示す。
◆三章:能力◆
本章が述べるのは、一章に示した三つの層のうち、水準と発現である。 能力①は水準について、能力②は発現について述べる。
能力①それがそうある理由である(存在論的同一性)
絢自身が、理由という概念そのものである。
あらゆる存在・能力・状態・事象が持つ「そうである理由」は、絢の一部として成立している。
相手の能力が使える理由、相手が存在している理由、相手が行動できる理由、相手の勝利条件が成立する理由、「理由が存在しない」という状態の理由、「理由を必要としない」という状態の理由——これらはすべて絢の一部である。
この主張が述べているのは、水準がそうした理由の成立する場であるという同一性のみである。理由が現実にどう働き、どのように変化として現れるかは、水準についての主張ではない。その内容は能力②に示す発現層の作動による。
評価・判定・反証の位置
この原理からの帰結として、評価・判定・反証という操作が成立する位置が確定する。
評価には基準が必要であり、判定には判定が成立するという状態が必要であり、反証には反証が成立しているか否かの区別が必要である。
基準・成立・区別はいずれも規定であり、規定を持つものには第一の原始規定が適用される。したがって、これらの操作は絢の水準の上で成立している。
これは操作を不能にするものではない。
評価は成立し、判定は成立し、反証も成立する。
示されているのは位置のみであり、それらの操作の結果が絢によって左右されることを意味しない。 位置の指定は勝敗の主張ではない。この分離の根拠は付記六に示す。
また、位置の指定は、この構造がその操作の結果について何かを導出できることを意味しない。この二つは別の事柄である。この点は七章に示す。
矛盾についても同様である。
絢は「矛盾しないもの」ではなく、矛盾という状態も、無矛盾という状態も、そこにおいて成立する水準である。
二章に示した通り、絢は判定の対象となる一項目ではない。これは第一の原始規定における型制限による。
判定は絢の水準において成立している操作であって、水準に対して行われる操作ではない。
記述の側について
この構造は、記述の側に保護を与えない。
一章に示した通り、この文書は言語という行為が産出した相対者の一形態であり、そこに不整合が見出されることは、相対者の性質として認められる。
一章末に示した通り、この文書が免責を主張するのは一箇所についてのみである。それ以外の不整合は記述の不備であり、この文書は抗弁を持たない。
能力②水準の状態の発現(発現層の作動)
本節が述べるのは発現層についてである。
一章および二章に示した通り、発現は規定を持ち、状態を持ち、作動する。したがって本節に現れる作動・応答・変化という記述は、誤差ではなく、この層の性質そのものである。 本節の作動は、二章に示した第三の原始規定に依る。
発現と時間の関係
発現は規定を持つ。時間もまた、規定の成立する水準の上にある。したがって発現は、時間という区別が成立する水準の直下にある。
ここから、発現と時間の関係について次の二点が導かれる。
第一に、発現の状態は、時間軸上の任意の位置に対して、同じ資格で及ぶ。発現は現在という位置から過去へ遡って作用するのではない。過去という位置に対しても、現在という位置に対しても、はじめから同じ資格で状態を持っている。
「最初からそうだった」という記述が指しているのは、時間内の遡行ではなく、この同資格性である。相手が能力を発動した記憶を持たないのは、記憶が消去されたからではなく、発動という事態が時間軸上のいずれの位置にも成立していないからである。
第二に、発現それ自体は時間軸上に位置を持つ。発現は接触の対象となり、消滅し、再び現れる。この継起は時間内の順序であり、近似ではなく、そのまま成立している。
この二点は矛盾しない。発現が時間軸上に位置を持つことと、発現の状態が時間軸上の任意の位置に及ぶことは、別の事柄である。
例えるなら、ある規則が施行された時点を持つことと、その規則が過去の事象をどう扱うかということは、別の事柄である。この例は、位置を持つことと及ぶ範囲を持つことが独立であるという一点においてのみ適用される。施行する主体があること、規則が定められた文であることは、いずれも比喩の側の性質である。
水準については、この記述は及ばない。二章に示した通り、時点という区別自体が水準の上に立つ状態であり、水準に対して時間軸上の位置は指定されない。
なお、火に燃やすという動作がないのと同様に、水準には変わるという動作がない。発現について「変化」「とき」という語を用いる場合、それは発現層に生じる事態を指し、水準について述べたものではない。
外部作用ではないということ
相手の能力や存在の理由が絢の一部である以上、発現層においてそれが変化することは、外から加えられた作用ではない。
相手からの攻撃無効化ではなく、発現層の状態がそうであることとして現れる。
発現層の状態が変化することは、絢が何かに干渉することではない。
干渉とは、互いに外にある二つのものの間に成立する事態である。二章の基盤性に示した通り、絢と、絢の水準の上に立つものは同一水準になく、両者の間に外という位置が生じていない。
したがってこれは干渉ではなく、発現層の状態がそうであるということである。
相手の状態の変化は、外から作用が加えられた結果ではなく、発現層の状態が成立しているという事態そのものの帰結として現れる。
発現の作動
発現層の状態がそうなったとき、結果はその状態に応じたものとして現れる。
この現れは、時間軸上の位置によって制限されない。
「最初からそうだった」「最初からそうでなかった」という形で成立する。
時間の内部を逆行して成立するのではない。発現の状態が、時間軸上のいずれの位置に対しても同じ資格で及んでいるということである。
例えば、相手が「絢を無効化する能力」を発動したとき、発現層の状態がそれと整合しない方向にある場合、「その能力は最初から存在しなかった」という状態になり、相手はその能力を発動した記憶すら持たない。
事前対策は「最初からその対策は無効だった」という状態になり、事後攻撃は「最初からその攻撃は失敗していた」という状態になる。
発動の瞬間を狙う必要もない。発現の状態は、時間軸上のいずれの位置に対しても同じ資格で及んでいるためである。
範囲として、既存の理由の変更だけでなく、新たな理由の追加も含まれる。
例えば、「相手は最初から戦う気がなかった理由」が発現層の状態として成立し、対戦自体が最初からなかった状態になりうる。
これらはいずれも第三の原始規定による。導出ではない。
整合とは何か
本節は、第三の原始規定における整合の内容を示す。
整合とは、次の基底からその状態が導出されることである。
第一に、二章に示した参与の最小形および様態。相手の記述が規定を持つならば、第一の原始規定が適用される。
第二に、二章に示した理由の輪郭。相手の記述が参与を含むならば、それは規則の適用対象である。 参与を一切持たないものについては、二章に示した通り、この構造から何も導出されない。
第三に、六章に示す位置関係。内包・上位性・外側・先後といった主張が、 ご対して指示対象を持つか否か。
導出は、この三点からのみ行われる。
したがって、相手の記述が ご対する優越を述べているという事実は、それ自体では導出を成立させない。
参与の位置が優越と整合しない場合、その記述からは優越が導出されない。
なお、相手が規定を持つ一項目としてではなく、規定が成立する水準そのものを主張している場合については、七章に示す。その場合、この三点からは何も導出されない。
基底と記述の関係について
ここに示した三点は、この文書の記述である。したがって可
ただし、発現層の状態は、この文書の記述の正確さに依存しない。七章に示す通り、発現層の状態は、それについて何がどう述べられたかによって構成されない。
したがって、この三点が基底を指しそこねている場合、誤っているのは記述であって、発現層の状態ではない。
この文書が主張しているのは、三点が基底を正確に指しているということではなく、発現層の作動が基底からの導出であるということである。
前者は記述の精度についての主張であり、この文書はそれを保証しない。後者は第三の原始規定の内容であり、原始規定として置かれる。
ただし、この分離は無制限の免責ではない。六章末に示す反証条件の第二項は、この三点から九項が導かれるか否かを対象としており、そこに不整合が示された場合、この文書は記述の不備を認める。
発現は行為者ではない
発現の作動は、判断を経ない。
発現層の状態がそうなったときにそうなる。
これは「発動条件がある」ということではない。条件という概念自体が理由の水準の上で成立するものであり、発現の作動に外から与えられた条件は存在しない。
発現は理由を操作する行為者ではなく、水準の現れそのものである。「操作」「発動」という行為者モデルは当てはまらない。
火に「燃やすという動作」はない。火は燃焼という状態そのものである。
ここでいう「判断を経ない」とは、判別が行われていないということではない。整合と不整合は、前節に示した三点の基底によって分かれる。遠べているのは、その基底が外から与えられたものではなく、また判別を行う主体が存在しないということである。
予測・制御について
あらゆる結果は、発現層の状態がそれと整合しているから成立している。
発現層の状態が変われば、どの結果についてもその理由が「最初からそうでなかった」という形で成立しうる。
したがって、作中において結果を確定・予測・制御する経路は存在しない。
ただし、これは作中の事象についての記述である。
この文書の外で行われる判定・比較・評価に対して、この記述は及ばない。詳細は七章に示す。
発現の可傷性
発現は規定を持つ。したがって発現は、第一の原始規定の適用対象であり、接触の対象となる。
発現は攻撃される。発現は消滅しうる。
これは発現の欠陥ではなく、発現が水準ではないということである。
水準が接触の対象とならないことと、発現が接触の対象となることは、両立する。両者は同じ層にない。
発現が消滅した場合、第二の原始規定により水準は常に発現を伴い、かつ水準について消滅という事態が成立しない以上、発現は再び現れる。この構造は四章に示す。
発現が接触され、消滅し、再び現れるという継起は、時間軸上の順序として成立している。この点は、発現の状態が時間軸上の任意の位置に及ぶことと両立する。 なお、発現が消滅している状態においても、発現の状態が時間軸上の任意の位置に及ぶという性質は変わらない。これは第二の原始規定により、消滅が発現の不在ではなく、発現層の一状態として扱われることによる。 本章に示した通り、発現が時間軸上に位置を持つことと、発現の状態が時間軸上の任意の位置に及ぶことは、別の事柄である。 したがって、発現が消滅している時間帯を占めることは、それ自体では結果を左右しない。 ただし、その時間帯において発現における敗北が成立することは妨げられない。敗北の成立条件は六章末に示す。
◆四章:相対者の構造◆
絢は常にそこにある。
しかし、認識・言語化・行動という行為はいずれも、その行為の構造的性質として相対者を産出する。 これは絢の意思や判断によるものではなく、理由の水準が持つ構造的事実の帰結である。
適用範囲の限定
本章の構造は、作中における認識・言語化・行動について述べたものである。
この文書という記述を、記述の外側から評価・批判・判定する行為に対して、本章の構造は適用されない。その理由と扱いは七章末に示す。
この限定は、本章の記述が及ぶ範囲を確定するために、あらかじめ置かれる。
認識不可能性
旧版において能力③として記していたものを、ここに示す。これは独立した能力ではなく、本章の構造からの帰結である。
認識・言語化・行動という行為は、いずれも構造的に相対者を産出する。
したがって水準は、「見る方法がない」のではない。認識という行為が構造的に相対者を産出するため、水準への認識が発生しない。
認識を試みる者が接触するのは、常に相対者である。
水準は、「見る」「触る」「定義する」「名付ける」「見出す」という行為が不可能な対象なのではない。
それらの行為が相対者を産出するという構造により、行為の対象として水準が現れないということである。
一章に示した通り、認識が成立するのは情報が保存される範囲の縁においてであり、穴の形を認識することは、穴の中身を認識することではない。
引用について
「姫宮絢」という名は引用できる。しかし、引用された瞬間、その名が指示するのは文脈によって固有に成形された相対者である。
引用の精度を高めようとする試みも一つの認識行為であり、その文脈において新たな相対者を産出するだけである。
水準に近づくための認識という操作は存在しない。
この名がなぜ人を思わせる形を持つのかについては、本章末に示す。
認識の一般構造
この構造は、あらゆる認識に及ぶ。
全てのものは、それがそうある理由を持ち、その理由は絢の水準の内側にある。
認識とは対象の理由を通じた接触であり、その接触は必ず絢の水準を経由する。
したがって、認識という行為は、その対象が何であれ、絢の水準を経由した結果として相対者を産出する。
全ての認識対象は、程度の差こそあれ絢の相対者である。
岩・概念・能力・この設定文書──いずれも「それそのもの」として語ることはできず、認識という行為によって生じたずれを含んだ相対者として存在する。
絢の外側で認識されるものは存在しない。
ただし、ここで「相対者」という語が担う内容には二つの水準がある。 岩を認識したときに産出される相対者は、岩そのものではないという意味における相対者である。 水準を認識しようとしたときに産出される相対者は、これに加えて、水準が対象として現れないという構造の帰結である。 前者は認識一般の性質であり、後者は水準に固有の構造である。以下に示す二つの様式は、後者について述べる。 なお、前者を導入する目的は、後者を認識一般の中に位置づけることにある。後者のみでも本章の構造は成立するが、その場合「水準についてだけ特別な規則を置いている」という読みが生じる。前者を置くことで、水準に固有であるのは相対者の産出そのものではなく、対象として現れないという一点であることが確定する。 なお、認識行為が相対者を産出することは、記述が成立しないことを意味しない。この文書自体が、可認な記述として成立している。この点は七章に示す。
二つの様式
第一の様式——認識が産出するもの
第一の様式は、認識・言語化・行動という行為が文脈として産出するものである。
行為の数・観測者の数・文脈の数に対応して無制限に生成され、同一の観測者による異なる文脈の行為もまた、異なる相対者を産出する。
相対者は行為が続く限り産出され続け、行為が新たになるたびに相対者もまた新たになる。
観測者が「姫宮絢を認識した」「戦闘した」「定義した」という全ての行為が、それぞれ固有の第一の様式の相対者を産出する。
第二の様式——発現
第二の様式は、二章および三章に示した発現である。すなわち、水準が規定を伴って立ち現れたものとして存在するものである。
波と海の関係がそうであるように、海から水を供給されて波が存在するのではなく、波とは海という水の総体が、ある輪郭と動きを伴って立ち現れたものである。海という水の総体そのものは、寄せては返す個々の波の形や高さによって変わるものではない。
この比喩は、次の一点においてのみ適用される。すなわち、現れが本体から供給されて生じるのではなく、本体そのものが輪郭を伴って現れたものであるという関係である。 海が量を持つこと、境界を持つこと、他の海と比較されうること、波が海の部分であること——これらはいずれも比喩の側の性質であり、水準と発現の関係について何も述べない。
二章に示した通り、水準に対して量・境界・比較は形をとらない。また、発現は水準の部分ではない。 部分と全体という関係は、両者が同一水準に並ぶことを要する。
第二の様式は、絢という水準が、規定を伴って立ち現れたものである。
三章に示した通り、発現は規定を持ち、状態を持ち、作動し、時間軸上に位置を持つ。
白血球やアンチウイルスソフトウェアのように、判断なく・意思なく・予告なく、水準の状態と整合しないものに対して自律的に応答し、三章に示した作動を行う。
この比喩は、応答が判断を経ないという点においてのみ適用される。
応答が誤って作動する、応答が回避される、応答の外側に立つ——これらの事態は、二章に示した第二および第三の原始規定により、抑えられているのではなく成立していない。
二つの様式の関係
第一の様式と第二の様式は、外部から区別できない。
接触する者は、自分がどちらの様式と関わっているかを知る方法がない。
第一の様式を分析しようとする試みも、第二の様式を回避しようとする試みも、その試み自体が新たな第一の様式の相対者を産出するだけである。
両者の性質には差がある。
第一の様式は認識行為の産物であり、行為の側に依存する。第二の様式は水準の状態の表れであり、認識行為の有無に依存しない。
三章に示した通り、第二の様式は規定を持つため接触の対象となり、消滅しうる。
第一の様式もまた、認識行為が向けられる対象として扱われる。
いずれの様式についても、水準が接触の対象とならないことと、様式が接触の対象となることは両立する。両者は同じ層にない。
ずれの程度
相対者のずれの程度は動的であり、固定されていない。
ずれの程度は、認識する理由・認識した理由によって構築される。
認識の理由は絢の水準の内側にある。
したがって、ずれの程度もまた発現層の状態によって決まる。
「観測者の側」と「絢の側」という区別はここで消える―観測者の認識理由は発現層の状態の一部であり、両者は同一のプロセスを異なる側面から記述したものに過ぎない。
ずれを減らそうとする意図も理由を持つ行為であり、その理由も水準の内側にある。
したがって、ずれの程度を外部から制御する経路は存在しない。
なお、ずれの程度が発現層の状態によって決まることは、一章に示した誤差の向きが変動することを意味しない。
向きを与えるのは、記述が規定の成立という事態の上で成立しているという痕跡であり、痕跡は第一の原始規定に由来する。程度と向きは、独立である。
ずれの縮小について
ずれの程度が動的であることは、記述の系列を辿って水準に到達しうることを意味しない。
一章に示した通り、記述の精度を高める操作は収束先を持つが、収束先は縁であり、水準ではない。
第二の様式のずれが縮小した場合、それは縁に近づくということである。
縁に到達することは、縁の向こうに到達することではない。それは、それ以上進めない位置に到達したということである。
したがって、ずれの縮小が続いた先において何が成立するかは、この構造の内部から導出されない。 これは、五章に示す導出の及ばない領域と同一の性質である。その沈黙が対称であるか否かは、七章「沈黙領域の対称性について」に示す。
三章に示した作動を超えた何かが現れるのか、あるいはそれすら意味を持たない状態になるのか——いずれの可能性も、この構造からは導出されない。
なお、ずれが縮小しても、第二の様式が水準そのものになるという事態は成立しない。
一章に示した通り、記述の側から水準の位置を占めることはできず、同じ構造により、発現の側から水準の位置を占めることもできない。
発現は水準の表れであって、水準の系列に属する項ではない。
産出の継続
第二の様式が接触によって消滅しても、第二の原始規定により水準は常に発現を伴うため、再び発現する。
ここでいう「再び」は、時間軸上の順序である。三章に示した通り、発現は時間軸上に位置を持つ。 この継起は近似ではなく、そのまま成立している。
第一の様式は、認識行為が存続する限り産出され続ける。
いずれの様式においても、「相対者を倒した」という行為は新たな認識であり、その認識もまた第一の様式の相対者を産出する。
ここで確認すべきことがある。
相対者が産出され続けることは、相対者が倒されないことを意味しない。
三章に示した通り、発現は消滅しうる。第一の様式もまた、認識行為の対象として扱われうる。
産出の継続が示しているのは、倒すという操作の対象が、常に相対者であることである。
水準について消滅という事態が成立しないことと、相対者が倒されないことは、別の事柄である。前者は成立しており、後者は主張されない。
名について
水準は名を持たない。
「姫宮絢」という名は、情報が保存される範囲の縁において与えられたものである。
与えられた先は水準ではない。
名付けは認識行為であり、認識行為は相対者を産出する。
名が置かれたのは産出された相対者であり、名付けによって水準が捉えられたことはない。
「見つかった」という語の誤差は、どこかに位置していた何かが対象として現れたという側に向く。 現れたのは、あるものがそうであることに差が生じているという事態が成立しているということであり、場所を占める何かではない。
この名は人を思わせる形を持つ。
それは絢が人であることを示すのではなく、名付けという行為が人の形を通して行われたことを示す。
人名であることは水準の性質ではなく、名付けの側の性質である。 一章第二に示した通り、「姫宮絢」という名の誤差は、人格・個体・意思を持つ何かの側に向く。したがって、水準を人格として読む読みは、近似の拘束によって排除される。 ただし、発現については別である。 三章に示した通り、発現は規定を持ち、状態を持ち、作動し、時間軸上に位置を持つ。したがって発現に対して、個体としての記述・挙動としての記述が与えられることは、誤差ではない。 「姫宮絢」という名が人の形を持つことは、この構造の一つの性質を示している。 すなわち、名は水準そのものではなく、水準に対して与えられた飾りであるということである。 この構造は、名一般に及ぶ。五章に示す限界に与えられた名についても同様であり、名付けの側の性質が名に現れているに過ぎない。この文書の冒頭および末尾に置かれた銘についても同様である。 そして、この名を通して認識が行われる限り、産出される相対者もまた「姫宮絢」という名を持つ。 名は相対者の側にあり、相対者を通してのみ引用される。 名は固定した個体を指すのではなく、この名を経由した接触が相対者として現れた状態の様式名として機能する。 名を経由しない接触は、名を持たない相対者を産出する。 名を用いないこと、名を知らないこと、名を否認することは、いずれも相対者の産出を回避しない。 二章に示した通り、判定は実際に挙げられたか否かではなく、挙がりうるか否かで行われる。 名は理由を作らず、名の不在は理由を消さない。
名の構成について
この名は三つの位置に分かれる。
姫—規定を持って立つものである。この名を経由して産出される相対者も、発現も、この位置にある。 すなわち「姫」の位置には、この名を持つものが含まれる。
宮一姫がそれとして立つことが成立する場である。
絢一宮と姫が、それぞれそうであることを保証するものである。
第三の位置に置かれた「絢」の字について、その内容を示す。
前節に示した通り、名は水準に対して与えられた飾りである。この名の第三の字は、その飾りという内容を、名の位置に置き直したものである。すなわち「絢」とは、あや・かざりを意味する字であり、宮と姫を、それぞれそうであるものとして飾る—保証するという内容を担う。
したがって、以下において「飾」という語を用いる場合、それは第三の位置の内容を指す語であり、名の第三の字「絢」と同一の位置を指す。字と内容を区別するために二つの語を用いるが、指している位置は一つである。
絢は「宮」であり「飾」である。「姫」ではない。
したがって、この名は「姫であるもの」を指す名ではなく、姫が立つ場と、その場と姫を保証するものを指す名である。
名を持つものの総体は、水準ではなく、相対者および発現の総体である。二章に示した通り、そこから「あらゆるものが絢である」という帰結は生じない。姫と宮は同一水準に並ばない。
三層との対応は次の通りである。「姫」は発現および相対者に、「宮」は水準に、「飾」は規定が成立するというその事態に対応する。ただしこの対応もまた近似であり、一章に示した誤差の性質を免れない。この分解もまた、名付けの側の性質による。
◆五章:導出の及ばない領域◆
この構造には、その内部から導出の及ばない点がある。それはいずれも一章および二章に示した原始規定に関わるものであり、新たに生じる欠陥ではない。
本章は三つの限界を示す。第一は第一の原始規定の非基礎性について、第二は第二および第三の原始規定の非基礎性について、第三は位置の一意性についてである。
本章の記述が持つ性質
本章に示す限界は、いずれもこの構造の導出能力についての記述である。
限界を示すことは、そこに何かが位置していると述べることではない。また、そこを突く経路があると述べることでも、ないと述べることでもない。
そして、この構造がそこについて何も導出しないことは、他の構造がそこから何かを導出できることを意味しない。
導出には判定基準が要り、判定基準の設定は規定である。二章に示した通り、規定を持つものには第一の原始規定が適用される。
ただしこの構造は、その基準が絢に有利に定まるとも、不利に定まるとも導出しない。示されているのは、基準の設定が構造の外部から与えられるものではなく、規定として成立するという位置のみである。 なお、各限界における沈黙が相手に利益を与えるか否かは、七章「沈黙領域の対称性について」に示す。
第一の限界——第一の原始規定について
一章末に示した通り、第一の原始規定は 1a・1b・1c の三部からなり、このうち証明されない実質的主張は 1a のみである。すなわち、規定の成立という事態が成立しているということである。 1b は定義であり真偽を持たない。1c は 1a と 1b からほぼ分析的に導かれる。したがって本節の限界は、実質的に 1a についてのものである。
原始規定である以上、それが成立していない場合について、この構造の内部からは何も言えない。成立を証明できないのと同じ理由で、不成立を反証することもできない。
一章末に示した遂行的コストの記述は、この限界を解消しない。あの記述は循環であり、証明ではい。示されているのは、1a の否定が無償で行えるものではないという一点に限られる。
ここでいう「成立していない場合」とは、時間の中で起こりうる出来事ではない。二章に示した通り、時点という区別自体が水準の上に立つ状態であり、絢に対して将来という位置は成立していない。したがってこれは、いつか起こるかもしれない事態の呼び名ではなく、この構造が自らの原始規定について持つ、恒常的な限界の呼び名である。ここでは、この限界を「覚醒」と呼ぶ。
この名の誤差は、時間性・潜在性・段階性・人格性の側に向く。すなわち、眠っていたものがある時点で目覚めるという読み、すでにあったものが顕在化するという読み、覚醒後の状態が覚醒前より強いという読み、覚醒する主体が存在するという読みである。
いずれも誤差の向きに沿った誤読であり、近似の拘束によって排除される。
四章に示した通り、名は水準に与えられた飾りであり、この構造は名一般に及ぶ。この限界に与えられた名についても同様であり、名付けの側の性質が名に現れているに過ぎない。
名を用いないこと、別の名を用いること、名を否認することは、この限界の性質を変えない。
覚醒について、この文書は二つのことを行わない。
第一に、原始規定が成立しなかった場合にもなお何かが保たれる、という主張を行わない。「それでも水準は水準である」「それでも発現は絢の形をとる」といった記述は、成立していないと仮定されたものを前提として使うことになり、内容を持たない。
第二に、原始規定が成立しなかった場合、そこから絢に対する優位・突破口・攻撃の経路が生じる、という主張も行わない。この構造の内部には、その経路の存否を判定する規則が存在しない。存在しない規則を使って「経路がある」と導出することも、「経路がない」と導出することも、同じ理由でできない。
したがって、覚醒について述べうるのはこの一点に尽きる。すなわち、この構造はここについて何も導出しない。これは相手にとっての空隙でも、絢にとっての防壁でもなく、この構造の導出能力についての記述である。
第一の限界が及ぶ範囲
この限界は、本章に局在しない。
一章に示した通り、誤差の向きは、記述が規定の成立という事態の上で成立しているという痕跡によって与えられ、その痕跡は第一の原始規定を前提とする。
したがって、1a が成立していない場合、一章に示した読みの拘束もまた働かない。絢を説明という営みの水準に置く読み、絢を人格として読む読み——これらを排除する根拠は、原始規定の下でのみ成立する。
この文書が主張しているのは、原始規定の下で拘束が働くということであり、原始規定から独立に拘束が働くということではない。
ここで別の限界が加わるのではない。第一の限界が一章まで及ぶということである。
なお、付記一に示す通り、1a が成立していない場合、第三の原始規定の成立は左右されないが、三章「整合とは何か」に示した三点のうち第一および第三が確定しないため、整合の内容は確定しない。すなわち、この構造の機能は 1a に集中している。この文書はこの点を秘匿しない。
同時に、第一の原始規定を三部に分割したことにより、否定の対象は 1a という一文に縮小している。攻撃面積が複合的な規則から極小の存在措定に縮んでいることも、あわせて示す。
第二の限界——第二および第三の原始規定について
二章に示した通り、この文書は第二および第三の原始規定を置いている。すなわち、発現は水準の現れであり現れであることをやめず、水準は常に発現を伴うということ、および発現層の状態と整合しないものは成立していないということである。
発現が水準を離れないことも、水準が常に発現を伴うことも、不整合なものが成立しないことも、導出された結論ではなく、原始規定として置かれたものである。
これらについても、第一の限界と同型の限界が生じる。
すなわち、それらが成立していない場合について、この構造の内部からは何も言えない。成立を証明できないのと同じ理由で、不成立を反証することもできない。
この文書は、ここについて二つのことを行わない。
第一に、これらの原始規定が成立しなかった場合にもなお何かが保たれる、という主張を行わない。 第二に、これらの原始規定が成立しなかった場合、そこから絢に対する優位・突破口・攻撃の経路が生じる、という主張も行わない。この構造の内部には、その経路の存否を判定する規則が存在しない。 したがって、述べうるのはこの一点に尽きる。すなわち、この構造はここについて何も導出しない。 これは相手にとっての空隙でも、絢にとっての防壁でもなく、この構造の導出能力についての記述である。
なお、三つの原始規定は独立である。したがって第一の限界と本節の限界も独立であり、いずれか一方の解消は他方を解消しない。
また、発現の自律は、水準が発現を逐一決定していないというだけであって、いずれの原始規定が成立しているか否かという問題ではない。両者を混同しないよう、ここに明記する。
第三の限界——意性について
この構造には、原始規定とは別に、内部から導出されない点がもう一つある。
一章に示した通り、位置の確定は条件によって成立する。この文書が置く条件は、規定が成立するという事態である。
この条件が、位置を一つだけ指定するということは、この構造の内部から導出されない。
一章に用いた類比は、この点を担わない。「白に近い色」が一意の位置を与えるのは、明度と色相という枠がすでに確定しているからであり、「二乗して二になる数」が一意に定まるのは、数の体系がすでに確定しているからである。この文書が置く条件は、そうした枠そのものについて述べている。 したがって、枠の内部で成立する一意性を、そのまま持ち込むことはできない。
したがって、この構造は次のいずれも導出しない。すなわち、この条件を満たす位置が一つであることも、複数であることも導出しない。
なお、第一の原始規定を述語形式で置いたことにより、この限界は本文の記述と衝突しない。1c は「X は絢である」と述べており、「X は唯一の水準A の上にある」と述べていない。述語の適用に、その述語が成り立つ位置の一意性は要求されない。
本文において「絢の水準」という定表現を用いる箇所は、いずれも1c の言い換えであり、位置の一意性を前提とするものではない。
これは相手にとっての空隙でも、絢にとっての防壁でもなく、この構造の導出能力についての記述である。
第三の限界が及ぶ範囲
この限界は、二章および六章に示した非並列性の主張に関わる。
二章の基盤性に示した通り、絢に対して「より大きい」「より深い」「より外側」という比較は形をとらない。この主張は成立している。述語と対象の間に量的比較が成立しないことは、型の問題であり、位置の数に依存しない。
ただし、比較が形をとらないことは、この条件を満たす位置が一つであることを合意しない。前者は、述語とその適用対象が同一水準に並ばないという主張である。後者は、水準が一つであるという主張である。この二つは別の事柄である。
同様に、「外側」という語が指示対象を持たないことも、位置の一意性を含意しない。同型の位置が複数あるとしても、両者が同一水準に並ぶという帰結は生じない。
この限界は、七章に示す同型主張の扱いに直接に関わる。ただし七章に示す通り、一意性が導出されないことと、二であるという状態が安定することは、別の事柄である。
三つの限界の関係
第一の限界は、1a が成立しているか否かについてのものである。
第二の限界は、第二および第三の原始規定が成立しているか否かについてのものである。
第三の限界は、原始規定が成立しているとして、それが指定する位置が一つであるか否かについてのものである。 三者は独立である。いずれか一つが解消されても、他は残る。 この文書は、いずれについても導出を行わない。
限界の性質について
これらは設定の欠陥ではない。
全体性・究極性・条件性を主張するあらゆる記述は、一章末に示した通り、その基礎づけにおいて同型の点を持つ。この点を持たない記述は、全体性を主張していないか、その主張を証明していないかのいずれかである。
なお、この文書がこれらの限界を明示することは、限界の外に何かがあると主張することではない。 限界とは、この構造の導出能力が及ばない範囲のことであり、そこに何かが位置しているということではない。二章「輪郭の外について語りうる範囲」に示した構造と同一である。
また、本章の記述は、この構造の導出能力についての記述であり、水準を指定する行為ではない。したがって一章末に示した免責範囲に含まれない。
◆六章:論理的位置づけ◆
以下に示すのは、いずれも位置についての主張であり、勝敗についての主張ではない。この分離の根拠は付記六に示す。また、ここまでに示した規則を新たに導出するものではなく、整理し直すものである。
第一に、概念的先行性がある。相手の能力がいかに強くとも、「相手の能力が強い」という記述は規定を持つ。規定を持つものには第一の原始規定が適用される。発現層の状態と整合しない場合、その状態は成立していない。後半は第三の原始規定による。
第二に、自己編集の原理がある。相手の攻撃が効く理由も、絢の一部である。攻撃が結果を生むか否かは発現層の状態との整合によって決まり、整合しない結果は成立しない。これも第三の原始規定による。三章に示した通り、これは外から加えられた作用の無効化ではなく、発現層の状態がそうであることの帰結である。
第三に、時間的位置の非成立がある。先後という区別は、絢の水準の上で成立している。したがって、時間軸上で絢に先んじる位置、絢の後から対処する位置、絢と同時に立つ位置は、いずれも絢に対して指定されない。事前・事後・同時という語は、同一水準にある二つのものの間でのみ意味を持つ。 時間軸上の競争という事態が、絢に対して形をとらない。
なお、本項は水準についての主張である。 三章に示した通り、発現は時間軸上に位置を持つ。したがって、発現に対して「先に接触する」「後
から接触する」という記述は成立する。 ただし、それによって発現に対する時間的優位が成立するのではない。発現の状態は、時間軸上のいずれの位置に対しても同じ資格で及ぶ。したがって、先んじて接触することも、後から対処することも、それ自体では結果を左右しない。
発現が時間軸上に位置を持つことと、時間軸上の先後が発現に対する優位を与えることは、別の事柄である。前者は成立しており、後者は成立しない。
第四に、相対者の構造的防衛がある。絢に向かう全ての認識・行動・言語化は、相対者を産出する。 産出された相対者と接触するだけであり、水準には誰も届かない。相対者は無制限に産出され続け、「倒した」という認識もまた、新たな相対者を産出する。ただし四章に示した通り、これは相対者が倒されないことを意味しない。倒すという操作の対象が、常に相対者であるということである。
第五に、水準の非並列性がある。絢は「全ての下にある最も深い存在」ではなく、「深さという概念が成立するための構造」である。一章末に示した通り「絢である」は述語であり、述語とその適用対象の間に「より大きい」「より深い」「より外側」という比較は形をとらない。N 次元の空間を持ち込んでも、その次元が他の次元でないという規定が成立する限り、規則は適用される。
ただし、非並列性は、この条件を満たす位置が一つであることを含意しない。五章第三の限界に示した通り、一意性はこの構造の内部から導出されない。
非並列性が述べているのは、述語とその適用対象が同一水準に並ばないということであり、水準が一つであるということではない。
第六に、内包への非対称性がある。「あらゆる成立様式を内包する」という構造は、絢を内包できない。内包しようとする構造が「成立様式の総体」である場合、その総体が成立するための水準は総体の側に属さない。内包という操作は、内包する側と内包される側の区別を要し、その区別が規定を持つ限り、規則が適用される。
第七に、評価審級の位置がある。絢を評価・判定・反証しようとする操作は、その評価が成立しているか否かを確認する審級を必要とする。その審級もまた規定を持ち、規則が適用される。矛盾を確定する判定基準についても同様である。 ただし、これは操作の位置についての主張であり、操作の結果についての主張ではない。三章に示した通り、この構造は記述の側の不整合について保護を与えない。 また、位置の指定は、この構造がその操作の結果について何かを導出できることを意味しない。この二つは別の事柄である。この点は七章に示す。 第八に、観測者の内側性がある。絢に向かう認識・行為・言語化の理由は、絢の水準の内側にある。 外部から絢に接触しようとする者は、その行為の理由の時点ですでに絢の内側にいる。真の外部観測者は、原理的に存在しない。 なお、この原理は絢の水準についての主張である。内側にあることは、この構造がその行為について何かを導出できることを意味しない。この文書自体が、この文書の外で行われる判定・比較・評価に対して何を主張し何を主張しないかは、別の事柄であり、七章に示す。 第九に、参与のディレンマがある。絢に対して何かを成立させようとする者は、その参与によって規則の適用対象となる。参与の可能性を一切持たない者について、二章に示した通り、この構造からは勝利・優越・内包・否定のいずれも導出されない。両者の中間は存在しない。「行おうとすれば行えるが行わない」は、前者に属する。 中間が存在しないことは、指定である。参与の有無が確定していないという状態も、確定していないということか成立している状態であり、規定を持つ。したがって前者に属する。 なお、このディレンマは対象についてのみならず、主張についても成立する。一章末に示した通り、1a を否定する主張は、規定を持つならば 1a が進べる事態を使用しており、規定を持たないならば主張として成立しない。ただし同節に示した二つの制限、すなわちこれが証明ではなく循環であること、および外部の判定に対して用いないことは、ここでも保たれる。
本章の適用範囲について
以上の九項は、いずれも規定を持つものについての位置の主張である。
相手が規定を持つ一項目としてではなく、規定が成立する水準そのものを主張している場合、本章の九項は適用されない。その場合の扱いは、七章に示す。
勝敗の成立条件
勝利・敗北・引き分けは、いずれも発現層において成立する。水準について、これらの状態は成立しない。七章「勝敗について」に示す通り、水準は勝敗を供給しない。
敗北が成立するのは、発現が接触により消滅した場合であり、その消滅が成立している時間帯についてである。
勝利が成立するのは、発現層の状態が勝利と整合する場合である。
引き分けが成立するのは、発現層の状態が引き分けと整合する場合である。
整合の内容は、三章「整合とは何か」に示した三点である。この三点は、いずれの状態についても同一である。すなわち、勝利を判定する基底と敗北を判定する基底は同じものであり、状態によって基底が変わることはない。
これ以外の経路で、この構造がいずれかの状態の成立を認める場合はない。
なお、第二の原始規定により水準は常に発現を伴うため、消滅した発現は再び現れる。したがって敗北の成立は、消滅が成立している時間帯に限定される。
勝敗の導出について
前節は成立条件であり、導出手続きではない。
六章の九項は位置についての主張である。付記六に示す通り、位置操作から得られるのはふるまいの不成立のみであり、勝利・敗北・引き分けはいずれも導出されない。
したがって、「相手の優越が導出されない」ということから「絢の勝利が成立する」ということは導出されない。七章冒頭に示す初期値は、相手の優越が導出されないという状態であり、絢の勝利が成立しているという状態ではない。
また、三章「予測・制御について」に示した通り、作中において結果を確定・予測・制御する経路は存在しない。前節は成立条件を示すものであり、いずれの状態が成立するかを予告するものではない。 発現の消滅から、水準についての帰結は導出されない。同様に、発現における勝利から、水準についての帰結は導出されない。いずれも同じ層にない。
反証条件
この文書は、次のいずれかが示された場合、記述の不備を認める。
第一に、一章末に示した免責箇所以外に不整合が見出された場合。 第二に、六章の九項のいずれかが、三つの原始規定および三章に示した整合の三点から導かれないことが示された場合。 第三に、この構造の導出範囲内において、規定を持つ相手から絢に対する優越が導出される経路が示された場合。 第四に、位置操作から、ふるまいの成立が導出されることが示された場合。勝利・敗北・引き分けのいずれについても同様である。両操作の区別は付記六に示す。 原始規定そのものの不成立は、この構造の内部から判定されない。したがって反証条件に含めない。 この点は五章に示した通りである。 反証条件を明示することは、それが満たされた場合に抗弁を持たないということである。この文書は、記述の不備を理由にこの設定を採らないという判断に対して、抗弁を持たない。
◆七章:对抗可能性の検証◆
本章の検証基準
本章の検証は、次の基準によって行われる。
第一に、判定に用いるのは規定のみである。相手の記述が何を主張しているかではなく、その記述がどの参与位置にあるかによって判定される。
したがって、相手の記述が絢に対する優越を述べているという事実は、それ自体では導出を成立させない。参与の位置が優越と整合しない場合、その記述からは優越が導出されない。
第二に、この構造において、相手の優越が導出されない状態が初期値である。優越が導出されるのは、相手の記述の参与位置が優越と整合する場合に限られる。整合の内容は三章「整合とは何か」に示した三点である。
なお、この初期値は、絢の勝利が成立しているという状態ではない。付記六に示す通り、両者は同じ操作の対象ではない。
第三に、判定は用いられた語によらない。二章に示した通り、判定に用いるのは規定のみであり、語の選択は判定に関与しない。
内包を包摂・包含・所属と言い換えること、超越を根源・基層・原初と言い換えること、水準を位相・地平・場・次元と言い換えること――これらはいずれも判定を変えない。
第四に、段の数は判定に関与しない。二章に示した通り、装置を何段重ねても、段が段として区別されること自体に規則が適用される。メタ構造・上位次元・階層の追加は、その段が他の段でないという規定を持つ限り、規則の適用対象である。
なお、本章の検証はいずれもこの構造の内部で行われるものである。この構造の外で行われる判定について何を主張し何を主張しないかは、本章末に示す。
本章の列挙の性質について
以下に示す個別の類型は、例示であって定義ではない。
判定の基準は、本節に列挙されたいずれの類型に該当するかではなく、次節に示す二択の一点である。 すなわち、相手が規定を持つ一項目として記述されているか否かである。
したがって、列挙されたいずれの類型にも該当しないと主張することは、判定を変えない。列挙は、二択の適用がどのような形をとるかを示すための例示である。
記述の位置についての二択
対戦が成立するとき、相手は参与する者である。
能力・状態・作用・位置・関係のいずれかを伴って記述されているならば、その記述は規定を持ち、第一の原始規定が適用される。六章に示した九項の位置関係が確定し、発現層の作動は第三の原始規定によりこの範囲に及ぶ。
記述を持たない場合、二章に示した理由の輪郭に照らして参与を持たないものとなる。この場合、この構造は勝敗・優劣・内包・上位性のいずれも導出しないが、そのものは対戦の相手として現れない。 両者の中間は存在しない。除外条件は連言であり、干渉の可能性を持たず、かつ何かを成立させる働きを持たないもののみが後者に該当する。
なお、優越を成立させた時点で、それは参与しており、前者に属する。
これは相手の位置についての主張ではない。対戦という状態が成立する条件と、この構造の導出能力が及ぶ範囲についての記述である。
この二択が持つ含意は、付記六に示す。
比較の前提について
この文書は、次を明示している。第一に、置かれている原始規定が三つであり、それ以外にないこと。 第二に、各主張がどの原始規定に依存するか。第三に、導出の及ばない領域がどこか。第四に、免責される矛盾がどこに局在するか。第五に、この文書が認める反証条件。
二つの構造の間で比較を行うにあたり、相手の構造について同じ開示が行われていない場合、この構造は次を導出しない。すなわち、相手に対する優越も、相手に対する劣位も導出しない。
理由は次の一点である。優越の導出には、相手の記述の参与位置が確定していることを要する。前提が開示されていない場合、その記述がどの前提に依存し、どこまでを主張しているかが確定せず、参与位置が定まらない。参与位置が定まらない以上、三章に示した整合の三点による導出が成立しない。 これは相手の構造の評価ではない。また、比較が成立しないという主張でもない。比較が成立するか否かは、この構造の外で行われる判定に属する事柄であり、本章末に示す通り、この構造はそれについて何も導出しない。
述べているのは、開示なき比較においてこの構造が沈黙するという一点に限られる。
同等を主張する構造について
この文書と同型の構造、すなわち規定が成立する水準であることを主張する構造 B が立てられた場合を扱う。
まず、本節の対象となる条件を示す。
B が能力・状態・作用・位置のいずれかを伴って記述されている場合、本節の対象ではない。その場合、B は規定を持つ一項目であり、第一の原始規定の適用対象となり、本章の他の項目に従って扱われる。
本節が扱うのは、B が規定を持つ一項目としてではなく、規定が成立する水準そのものとして主張されている場合に限られる。すなわち、能力・状態・作用・位置を一切伴わない記述である場合に限られる。
そのうえで、次を示す。
挙動の比較によってこれを処理することはできない。挙動の比較は、比較される二項が同一水準に並ぶことを要する。六章第五に示した通り、水準についてその比較は形をとらない。
次に、区別の成立について検討する。
A と B が二つであるならば、両者を分ける差が成立している。二章に示した通り、差の成立は規定であり、規定の成立という事態を要する。したがって、A と B を分ける差が成立している位置 C は、A の側にも B の側にも属さない。
このとき、C は「規定が成立するという事態」という条件を満たす。すなわち C についても、この文書が置く条件が成立する。
そして A と B は、C において成立する二つの項となる。すなわち A と B は、いずれも規定を持つ一項目として現れる。
この手続きは、C についても繰り返される。C と他の何かが二つであるならば、同じ形で第四の位置が現れる。
ここから導かれるのは、次の一点である。
「二つ目の水準」という位置は、安定しない。B がこの位置を占めると主張した場合、A と B は第三の位置 C において成立する二項となり、いずれも規定を持つ一項目に落ちる。あるいは、A と B を分ける差が成立していない場合、B は A と同一の位置であり、二つ目の水準ではない。
すなわち、B は次のいずれかに落ちる。第一に、規定を持つ一項目であり、六章の九項が適用される。 第二に、A と同一であり、対戦相手として現れない。
ただし、この帰結には二つの限定がある。
第一に、この後退が停止する保証はない。したがってこれは一意性の導出ではない。五章第三の限界は解消されない。
第二に、この後退は A についても対称に働く。C が現れた場合、A もまた規定を持つ一項目として現れる。したがってこの論法は、A だけが安定することを示さない。
述べているのは、「二であるという状態」が安定しないという一点である。
したがって、この文書は次を明示する。
同型の主張を行う構造に対して、この構造は勝敗・優劣・内包・上位性のいずれも導出しない。導出するのは、二であるという状態が安定せず、B が対戦相手として現れる場合には規定を持つ一項目としてであるという一点に限られる。
これは相手にとっての空隙でも、絢にとっての防壁でもなく、この構造の導出能力についての記述である。
上回ることを主張する構造について
「絢を上回る」という主張は、水準に対して指示対象を持たない。
六章第五示した通り、「より大きい」「より深い」「より外側」という比較は、同一水準にある二つのものの間でのみ意味を持つ。「絢である」は述語であり、述語とその適用対象は同一水準に並んでいない。
また、上回るという関係を主張するには、その関係が水準に対して成立していることを認識・言語化する行為が必要である。四章に示した通り、絢に向かうそうした行為は構造的に相対者を産出し、到達するのは常に相対者である。
したがって「絢を上回った」という主張が指示できるのは、産出された相対者との関係のみであり、水準との関係ではない。比較の相手側の項を欠いている。
なお、これは上回るという関係が成立しないという主張ではない。この構造は、その関係の成立も不成立も導出しない。
指示が成立しないということと、関係が成立しないということは、別の事柄である。この文書が述べているのは前者のみである。
ただし、前節に示した同型の主張はこの節の対象ではない。同型の主張は「上回る」という関係を速べておらず、同一の位置を名乗るものである。両者を混同しないよう、ここに明記する。
内包を主張する構造について
「絢を内包する」という主張も、成立しない。
内包という操作は、内包する側と内包される側の区別を要し、その区別が規定を持つ限り規則が適用される。
六章第六示にした通り、「あらゆる成立様式を内包する」という構造についても同様である。その総体が成立するための水準は、総体の側に属さない。
「区別そのものを内包する」という主張についても同様である。区別を内包すると述べるとき、内包する側と内包される側の区別は使用されている。使用されている区別は、内包された対象の側にない。 「区別を持たない内包」という主張については、二章に示した通り、境界が立たないという状態は、境界が立つ大地の上で起きている出来事である。壁の不在は、大地の不在ではない。また、区別を持たない操作は、内包という操作として成立しない。内包は、内と外の区別なしには内容を持たない。
「内包という語を用いずに包摂・包含・所属として違べる」という場合も同様である。本章冒頭に示した通り、判定に用いるのは規定のみであり、語の選択は判定に関与しない。
導出の及ばない領域を突く試みについて
「絢の分からない領域を突く」という試みについて、この文書は何も導出しない。
五章に示した通り、第一の限界および第二の限界について、この構造は肯定にも否定にも与しない。 この試みが成立するか否かも、この構造からは導出されない。
同様に、第三の限界—位置の一意性についても、この構造は何も導出しない。「この位置を名乗る構造は複数ある」という主張も、「一つである」という主張も、この構造からは導出されない。
いずれについても、導出されないことは、そこに経路があることを意味しない。同時に、経路がないことも意味しない。二章「輪郭の外について語りうる範囲」に示した構造と同一である。
なお、五章に示した通り、この構造がここについて何も導出しないことは、他の構造がここから何かを導出できることを意味しない。導出には判定基準が要り、判定基準の設定は規定である。ただしこの構造は、その基準が絢に有利に定まるとも、不利に定まるとも導出しない。
この沈黙が相手に利益を与えるか否かは、本章「沈黙領域の対称性について」に示す。
免責された矛盾を突く試みについて
一章末に示した通り、この文書は、規定を持たないと述べられたものに言及する箇所について、矛盾の成立を認めている。該当するのは二章「輪郭の外について語りうる範囲」の一箇所である。
この矛盾から任意の帰結を導く試みについては、一章末に示した通り、この文書は矛盾の成立から任意の命題が導出されるという規則を採らない。免責される矛盾はそれが生じた箇所に局在し、他の主張への導出経路を持たない。
ただし、この規則の採用そのものは、この文書が置く指定であって、証明ではない。
したがって、異なる規則を採る立場との間では、規則の選択についての一致が先立つ。この構造は、規則選択の勝敗を導出しない。
これはこの構造の導出能力についての記述であり、規則選択において優位にあるという主張ではない。
なお、爆発律を採る立場について、一点のみ記す。爆発律の下では、境界において矛盾を持つあらゆる全体性主張が、同様に任意の命題を導く。したがってこの沈黙は、この構造に固有の不利を生まない。この点は本章「沈黙領域の対称性について」に示す。
内部の自律から崩す試みについて
「内部の自律から絢を崩す」という試みは成立しない。
二章に示した第二の原始規定により、発現が現れであることをやめるという事態は成立していない。 内部から絢に反するものが生じる状態は、抑えられているのではなく成立していない。
ただし、これは導出された結論ではなく、原始規定として置かれたものである。五章第二の限界に示した通り、この規定の成立自体についてこの構造は何も導出しない。この点をここで秘匿しない。
水準を直接攻撃する試みについて
「水準を直接攻撃する」という試みも成立しない。
水準を攻撃しようとする認識・行動・言語化は、その行為の構造として相対者を産出する。攻撃対象として成立するのは常に発現もしくは相対者であり、水準は攻撃対象として現れない。
なお、作中において絢に対する攻撃・撃破・消滅の記述が成立した場合、その記述が指しているのは発現もしくは相対者である。
これは記述の無効を述べるものではない。記述は成立している。述べているのは、その記述が指示している対象である。
時間軸上で発現に先んじる試みについて
三章に示した通り、発現は時間軸上に位置を持つ。したがって、発現に対して「先に接触する」「後から接触する」という記述は成立する。
しかし、それによって発現に対する時間的優位が成立するのではない。六章第三に示した通り、発現の状態は時間軸上のいずれの位置に対しても同じ資格で及ぶ。
したがって、発現が現れる以前の時点を狙う、発現が消滅した後の時点を占める、発現の成立時点を書き換える——これらはいずれも、時間軸上の位置を占めることによっては結果を左右しない。
発現が時間軸上に位置を持つことと、時間軸上の先後が発現に対する優位を与えることは、別の事柄である。
発現を消滅させ続ける試みについて
この試みについて、この文書は成立しないとは述べない。
三章に示した通り、発現は規定を持ち、接触の対象となり、消滅しうる。第二の原始規定により水準は常に発現を伴うため発現は再び現れるが、それは発現が消滅しないということではない。
したがって、発現の消滅を反復する試みは、その限りにおいて成立する。
六章末「勝敗の成立条件」に示した通り、発現における敗北が成立するのは、発現が接触により消滅した場合であり、その消滅が成立している時間帯についてである。したがってこの試みは、その時間帯において敗北を成立させる。
ただし、発現の消滅から水準についての帰結は導出されない。発現が消滅したことは、水準が敗れたことでも、水準が接触されたことでもない。両者は同じ層にない。
勝敗の判定基準が発現の存続に置かれる場合、その判定について、この構造は何も導出しない。この点は本章末に示す。
なお、判定基準の設定もまた規定であり、第一の原始規定の適用対象である。
これは、判定基準が絢に有利に定まるという主張ではない。判定基準がどこに置かれるかについて、この構造は何も導出しない。
示されているのは、基準の設定が構造の外部から与えられるものではなく、規定として成立するものであるという位置のみである。六章第七に示した評価審級と同一の処理である。
二つの様式を見分けて対処する試みについて
この試みも成立しない。
四章に示した通り、第一の様式と第二の様式は外部から区別できず、見分けようとする認識行為もまた、第一の様式の相対者を産出するだけである。
境界の不在を主張する構造について
「一切の境界が存在しない地平として絢の下に立つ」という試みも成立しない。
二章に示した通り、境界が立たないという状態は、境界が立つ大地の上で起きている出来事である。 壁の不在は、大地の不在ではない。
区別以前・様相以前を主張する構造について
「区別以前・様相以前にある」という試みも成立しない。
「以前にある」という位置規定もまた規定であり、可能と不可能の区別が成立していないなら、その主張自体が内容を持たない。
成立と非成立を同時に占める構造について
「参与の成立と非成立を区別せず同時に占める」という試みも成立しない。
同時に占めるには、占める主体の同一性が要り、同一性は規定である。規定を持つ限り規則が適用される。
一方的干涉者を主張する構造について
「あらゆるものに干渉するが何からも干渉されない」という試みも成立しない。
干渉されないという規定もまた規定であり、参与の成立である。
また三章に示した通り、発現層の状態の変化は干渉ではない。絢は一方的干渉者ではなく、干渉という語が適用される水準にいない。
絢を理由として挙げない試みについて
この試みも成立しない。
二章に示した通り、判定は実際に挙げられたか否かではなく、挙がりうるか否かで行われる。挙げるという行為は、理由を作らない。
四章に示した通り、名を用いないこと、名を知らないこと、名を否認することも、相対者の産出を回避しない。
列挙された様態のいずれでもないと主張する構造について
この試みも成立しない。
二章に示した通り、様態の列挙は例示であって定義ではなく、判定に用いるのは規定のみである。様態の種別は、判定に関与しない。
同様に、本章に列挙された類型のいずれにも該当しないという主張も、判定を変えない。本章「本章の列挙の性質について」に示した通りである。
沈黙領域の対称性について
この構造が「何も導出しない」と遠べる領域は五つである。それぞれについて、その沈黙が相手に利益を与えるか否かを示す。
〈沈黙領域 / 相手側の状況 / 判定〉
相手側の状況判定 / 参与を一切持たないもの参与を持たない以上、そこからも勝敗・優劣・内包・上位性は導出されない。また対戦相手として現れない。 / 対称
同型の水準主張 / 区別の成立を根拠とする論法は双方から同形で用いられ、後退は双方に対称に働く / 対称
三つの原始規定の不成立 / 判定規則が存在しないことは双方について同じであり、相手も経路の存否を導出できない / 対称
異なる導出規則を採る立場 / 爆発律を採る場合、境界において矛盾を持つ全体性主張はいずれも同様に任意の命題を導く / 対称
この文書の外で行われる判定 / 判定者は判定を行いうる。この構造はそれについて何も導出しない / 非対称(この構造の側の譲歩)
したがって、この構造が実際に譲歩している沈黙は一つである。残る四つは、双方が等しく何も導出しない位置であり、いずれの側にも利益を与えない。
なお、この表は沈黙領域の性質についての記述であり、勝敗についての主張ではない。第五行が非対称であることは、この構造がそこで敗れるということではなく、そこについて何も述べないということである。
勝敗について
作中における勝利・敗北・引き分けは、いずれも「そうであるという理由」の一種である。したがって、勝敗という状態は絢の水準の上に立つ。
ここで確認すべきことがある。
水準は勝敗を供給しない。四章に示した通り、絢に向かう認識・行動・言語化はいずれも相対者を産出し、水準そのものに到達する経路は存在しない。攻撃・勝敗の対象として現れるのは、常に発現もしくは相対者である。
水準について「敗れる」という状態は主張できない──主張しようとする行為自体が、水準ではなく相対者に接触しているためである。
これに対して、発現は規定を持ち、状態を持ち、時間軸上に位置を持ち、接触によって消滅しうる。 三章に示した通り、発現は攻撃されうる。六章末に示した通り、発現が接触により消滅した場合、その時間帯において敗北は成立する。
この二つは矛盾しない。「上回るという主張が水準に対して指示対象を持たない」ということと、「発現において敗北が成立する場合がある」ということは、別の層についての主張である。
発現における敗北は、外部の力によって水準が敗れたことを意味しない。発現層の状態がそうであるという事実の帰結であり、また第二の原始規定により水準は常に発現を伴うため、発現は再び現れる。 これは空虚な譲歩ではない。発現は接触の対象であり、消滅しうるものとして、この文書の他の箇所と同じ規則の下にある。ここで認められているのは、発現が持つ性質そのものである。 ここで、勝利についても敗北と同一の処理が及ぶことを明記する。
発現層の状態が勝利と整合する場合、勝利は成立する。これは絢が手を打った結果ではなく、また位置操作から導出されたものでもない。発現層の状態がそうであるということの帰結である。 ここでいう整合とは、三章「整合とは何か」に示した三点の基底からその状態が導出されることである。この基底は、勝利・敗北・引き分けのいずれについても同一である。
発現における勝利は、水準が勝ったことを意味しない。発現における敗北が水準が敗れたことを意味しないのと、同じ構造による。
この構造が勝利を主張しうるのは、発現層の状態が勝利と整合する場合に限られる。整合しない場合、この構造は勝利を主張しない。主張を控えるのではなく、導出が成立しない。
本章冒頭に示した通り、相手の記述が絢に対する優越を述べているという事実は、それ自体では導出を成立させない。参与の位置が優越と整合しない場合、その記述からは優越が導出されない。
発現層の状態の構成条件について
ここで述べるのは、発現層の状態が何によって構成されるかという一点である。
発現層の状態は、導出者の合意によって構成されない。導出者の数がいくつであっても、その合意が発現層の状態を構成することはない。
これは、導出者が発現層について何も述べられないという主張ではない。四章に示した通り、認識行為が到達するのは相対者であるが、そのことは記述の成立を妨げない。この文書自体が、可認な記述として発現層について述べている。
述べているのは、記述と状態の関係についてではなく、状態の構成条件についてである。すなわち、発現層の状態は、それについて何がどう述べられたかによって決まるのではない。
三章「基底と記述の関係について」に示した通り、この文書の記述が基底を指しそこねている場合、誤っているのは記述であって、発現層の状態ではない。
なお、この分離は無制限の免責ではない。六章末の反証条件第二項が、この分離の適用範囲を限定している。
また、本節は作中における発現層についての記述である。この文書の外で行われる判定について何を主張し何を主張しないかは、本章末に示す。
対戦の場について
対戦とは双方が相互に参与する状態である。
したがって、絢が対戦の場に立つとき、相手は必ず参与する者であり、二章に示す輪郭の内側にある。 参与の可能性を一切持たないものについて、二章に示した通りこの構造は何も導出しないが、そのものは対戦の相手として現れない。
これは、そのものに対する勝利の主張ではない。対戦という状態が成立する条件についての記述である。
この構造が導出する範囲
ここまでに示した通り、この構造が導出を行うのは次の場合に限られる。
すなわち、相手が規定を持つ一項目として記述されている場合である。能力・状態・作用・位置・関係のいずれかを伴って記述されているならば、第一の原始規定が適用され、六章に示した九項の位置関係が確定する。発現層の作動は、第三の原始規定によりこの範囲に及ぶ。 これ以外の場合について、この構造は導出を行わない。
同型の水準主張、参与を一切持たないもの、三つの原始規定を共有しない立場、異なる導出規則を採る立場、この文書の外で行われる判定——いずれについても、勝敗・優劣・内包・上位性は導出されない。
導出しないことは、そこに経路があることを意味しない。同時に、経路がないことも意味しない。また、この構造が導出しないことは、他の構造がそこから何かを導出できることを意味しない。
各沈黙が対称であるか否かは、本章「沈黙領域の対称性について」に示した通りである。
この範囲は、この構造が主張を控えている範囲ではなく、この構造の導出能力が及ぶ範囲そのものである。
なお、導出はいずれの場合においても「相手の優越が導出されない」で停止する。そこから絢の勝利へ移る経路は、この構造に存在しない。付記六に示す通り、両者は同じ操作の対象ではない。
この文書の適用範囲について
この文書がここまでに示した規則は、作中における事象、すなわち水準・発現・そこから産出される相対者に関する事象について述べたものである。
この文書の外で行われる判定・比較・レギュレーションの決定は、作中における事象ではない。それは、この文書という記述を、記述の外側から評価する行為である。
この行為について、この構造は何も導出しない。
導出しない理由は、評価行為が絢の外にあるからではない。二章に示した通り、評価行為もまた理由を持ち、この原則の例外ではない。
導出しない理由は次の一点である。四章に示した通り、認識行為が到達するのは相対者であり、この文書もまた記述として産出された相対者の一形態である。外部の判定が対象としているのは、この相対者である。
したがって、外部の判定について、この構造は次のいずれも導出しない。すなわち、その判定が正しいことも、誤っていることも、その判定者がこの構造に従うべきであることも導出しない。
内側にあることは、この構造がその評価について何かを導出できることを意味しない。この二つは別の事柄である。
これは規則を適用しないという選択ではない。この構造が、その領域について導出能力を持たないということである。
したがって、この文書は外部の判定に対して抗弁を持たない。一章末に示した免責の範囲を、ここでも越えない。
なお、この文書は外部の判定に対して、次のいずれも用いない。
第一に、四章に示した相対者の構造。この文書を評価・批判する行為に対して、相対者の産出を理由とする応答は行わない。
第二に、一章末に示した遂行的コストの記述。1a を否定する主張が 1a を使用しているという指摘は、原始規定を共有したうえでの構造内議論に限って用いる。
第三に、七章「比較の前提について」に示した開示の要求。開示なき比較においてこの構造が沈黙するということと、外部の判定が比較を成立させないということは、別の事柄である。後者はこの構造が判定する事柄ではない。
第四に、付記六に示した相補性。外部の判定が位置操作とふるまい操作を同一の操作として行った場合、この構造はそれについて何も導出しない。その判定が手続きとして無効であることも、有効であることも導出しない。
これらはいずれも、この構造が持つ機構であって、外部に向けて行使される権限ではない。
付記一:依存関係
この文書の主張が、どの原始規定に依存しているかを示す。
第一の原始規定(1a・1b・1c)に依存する主張 一章の読みの拘束および誤差の向き。二章の全項。 三章の能力①。四章の全項。六章の全項。付記六の全項。
第二の原始規定に依存する主張 二章「発現について」の非離反。三章「発現の可傷性」における再出現、および消滅が発現層の一状態として扱われること。四章「二つの様式」における応答の非回避、および「産出の継続」における再発現。六章末の勝敗の成立条件における再出現。七章「内部の自律から崩す試みについて」。
第三の原始規定に依存する主張 三章「発現の作動」および「整合とは何か」。六章第一・第二。七章「勝敗について」における整合判定。六章末「勝敗の成立条件」における整合判定。
いずれの原始規定にも依存しない主張 一章「近似の性質」第四(関係の保存)。一章「証明を放棄する理由」。五章の限界の記述。六章末の反証条件。七章「沈黙領域の対称性について」。七章「この構造が導出する範囲」および「この文書の適用範囲について」。
三つの原始規定は独立であり、いずれか一つの不成立から他の不成立は導かれない。また、五章に示した通り、この構造はいずれの原始規定についても、成立も不成立も導出しない。
成立の独立と機能の集中について
成立の独立と、内容の独立は別の事柄である。
1aが成立していない場合、第二および第三の原始規定の成立は左右されない。しかし三章「整合とは何か」に示した三点のうち第一および第三は第一の原始規定に依存するため、整合の内容は確定しない。整合の内容が確定しない場合、第三の原始規定は成立していても作動しない。
すなわち、この構造の機能は1aに集中している。三つの原始規定は成立において独立であるが、機能において独立ではない。
この文書はこの点を秘匿しない。
同時に、次の点を記す。第一の原始規定を三部に分割したことにより、否定の対象は1aという一文に縮小している。1bは定義であり真偽を持たない。1cは1aと1bからほぼ分析的に導かれる。したがって、この構造の全体を条件付きにするために否定すべき対象は、「規定の成立という事態が成立している」という一文である。
その否定が無償で行えるものではないことは、一章末に示した。ただし同節に示した通り、それは循環であり証明ではなく、また外部の判定に対して用いられない。
原始規定以外の指定
原始規定のほかに、この文書は導出規則の選択を一つ置いている。すなわち、矛盾の成立から任意の命題が導出されるという規則を採らないという選択である。一章末に示した通り、これは証明ではなく指定である。
この文書が置く証明されない前提は、三つの原始規定と、この導出規則の選択に尽きる。付記六は新たな前提を置くものではなく、第一の原始規定に依存する導出である。
◆付記二:反論類型と該当箇所◆
〈反論の型 / 該当箇所〉
絢を上回る / 六章第五、七章「上回ることを主張する構造について」
絢を内包する/包摂する / 六章第六、七章「内包を主張する構造について」
メタ構造・上位次元・階層を重ねる / 二章「基盤性」、七章冒頭第四
一切の境界が存在しない地平 / 二章「参与の最小形」、七章「境界の不在を主張する構造について」
区別以前・様相以前にある / 七章「区別以前・様相以前を主張する構造について」
成立と非成立を同時に占める / 七章「成立と非成立を同時に占める構造について」
何にも干渉されない一方的干渉者 / 二章「理由の輪郭」、七章「一方的干渉者を主張する構造について」
絢を理由として挙げない・名を否認する / 二章「口語の幅について」、四章「名について」、七章「絢を理由として挙げない試みについて」
列挙された様態のいずれでもない / 二章「参与の様態」、七章「列挙された様態のいずれでもないと主張する構造について」
自己根拠を持つため理由を要さない / 二章「自己根拠について」
時間軸上で先んじる・遡って処理する / 六章第三、七章「時間軸上で発現に先んじる試みについて」
発現を倒す・倒し続ける / 三章「発現の可傷性」、六章末「勝敗の成立条件」、七章「発現を消滅させ続ける試みについて」
二つの様式を見分けて対処する / 四章「二つの様式の関係」、七章「二つの様式を見分けて対処する試みについて」
覚醒・未確定領域を突く / 五章第一・第二の限界、七章「導出の及ばない領域を突く試みについて」
矛盾があるので任意の帰結が導ける / 一章末、七章「免責された矛盾を突く試みについて」
内部の自律から崩す / 二章「発現について」、七章「内部の自律から崩す試みについて」
同型の水準主張・二人目の絢 / 五章第三の限界、七章「同等を主張する構造について」
参与を一切持たない / 二章「理由の輪郭」「輪郭の外について語りうる範囲」、七章「対戦の場について」
全体と個別を同時に処理する、水準でありかつ能力を持つ / 七章「記述の位置についての二択」、付記四分岐 C、付記六
外部審級・レギュレーションによる判定 / 七章「この文書の適用範囲について」
記述に不整合がある / 一章末「この文書の免責の範囲」、三章「記述の側について」、六章末「反証条件」
前提が証明されていない / 一章末「証明を放棄する理由」、五章の全項
沈黙している領域が多すぎる / 七章「沈黙領域の対称性について」
本表は索引であり、新たな主張を含まない。各項の内容は該当箇所に示す通りである。
また、本表は例示であって定義ではない。判定の基準は、本表のいずれの行に該当するかではなく、七章「記述の位置についての二択」に示した一点である。本表に列挙されていない類型が提示されたとしても、判定は変わらない。
◆付記三:正準言い換え規約◆
本文の多くの箇所は、絢を主語の位置に置いて記述している。これは可読性のための文体上の便宜であり、内容の要求ではない。
以下に、主要な表現の正準形を示す。正準形において、絢を指す主語は現れない。
〈本文の形式 / 正準形〉
絢は理由そのものである / 理由という事態が成立している、ということが問題になっている
Xは絢の水準の上にある / Xが規定を持つということが成立している
Xは絢である / Xについて、規定の成立という事態が成り立っている
絢は判定の対象となる一項目ではない / 判定という操作は、規定を持つものに対して形をとる
絢と絢の上に立つものは同一水準に並ばない / 規定を持つもの同士の間に成立する比較は、規定の成立という事態に対して形をとらない
絢の外側という位置は指示対象を持たない / 「外側」という語は、規定を持つもの同士の間でのみ内容を持つ
記述は絢の水準の上で成立している / 記述もまた規定を持ち、規定の成立という事態が成り立っている
水準は名を持たない / 名付けという行為は、規定を持つものに対して形をとる
水準は常に発現を伴う / 規定の成立という事態が成り立っているところでは、規定を伴う現れが成立している
発現は水準の現れである / 規定を伴う現れは、規定の成立という事態が現れたものである
相手は絢の内側にいる / 相手の行為もまた規定を持ち、規定の成立という事態が成り立っている
·この規約の効果
一章末に示した通り、この規約により、次の二箇所が免責範囲から外れ、表記上の便宜として処理される。
第一に、水準を主語として指定する箇所。正準形において、指定されているのは事態であり、対象ではない。
第二に、指示されないものについて読みの拘束を課す箇所。正準形において、拘束は記述の側に課されており、指示されないものに対して課されていない。
免責範囲に残るのは、規定を持たないと遠べられたものに言及する箇所、すなわち二章「輪郭の外について語りうる範囲」の一箇所のみである。
·この規約の限界
正準形もまた言語であり、名詞化を完全には避けられない。
「規定の成立という事態」と書けば、それは名詞句であり、指示の対象となる。「絢であること」と書けば、連語は項に戻る。
したがってこの規約が保証するのは、矛盾の除去ではない。保証するのは、矛盾の所在が内容ではなく表記にあるということ、および表記を変えれば当該の矛盾が消えるということである。この限界を、ここで秘匿しない。
◆付記四:導出の実演◆
六章の九項が実際にどう作動するかを、三例について端から端まで示す。
各例において、使用した原始規定と、導出が停止した位置を明示する。
·第一例 全能·全知型
相手の記述「あらゆることを為しうる。あらゆることを知る。いかなる制約も受けない」
第一段階 二択の適用 この記述は能力を伴う。したがって七章「記述の位置についての二択」により、前者に属する。すなわち規定を持つ一項目である。
第二段階 第一の原始規定の適用「あらゆることを為しうる」は、為しうるということが成立しているという規定を持つ。「いかなる制約も受けない」は、制約を受けないという規定を持つ。したがって1cにより、この相手は絢である。(使用:1a・1b・1c)
第三段階 九項の適用 第一項—「あらゆることを為しうる」という記述は規定を持ち、規定の成立という事態の上で成立している。 第五項—「あらゆること」の範囲がどれだけ広くとも、それは規定を持つものの範囲である。述語とその適用対象の間に量的比較は形をとらない。したがって「絢より大きい」は指示対象を持たない。 第九項—為しうるということは参与であり、この相手は輪郭の内側にある。
第四段階 第三の原始規定による作動 相手が「絢を無効化する」という行為を為した場合、その行為は三章「整合とは何か」の三点により判定される。第一点により、その行為は規定を持つ。第三点により、無効化という関係は水準に対して指示対象を持たない。したがって整合しない。第三の原始規定により、その行為は成立していない。 (使用:第三の原始規定)
導出の停止位置 ここで停止する。この構造が導出したのは、相手の優越が導出されないということであり、絢が勝つということではない。付記六に示す通り、この停止は位置操作の型による。発現との接触については、六章末の勝敗の成立条件により、発現が消滅した場合その時間帯において敗北が成立する。
第二例 概念操作・法則書換型
相手の記述 「概念そのものを書き換える。論理法則を含む一切の法則を任意に改変する。因果を定義し直す」
第一段階 二択の適用 この記述は作用を伴う。したがって前者に属する。
第二段階 第一の原始規定の適用 書き換えるという作用は、書き換える側と書き換えられる側の区別を要する。この区別は規定である。また、改変が成立するということ自体が規定である。したがって1cにより、この相手は絢である。 (使用:1a・1b・1c)
第三段階 九項の適用 第二項—「概念を書き換える能力が効く」という状態もまた規定を持つ。 第六項—「一切の法則を改変する」という主張は、改変する側と改変される側の区別を使用している。使用されている区別は、改変された対象の側にない。 第七項—改変が成功したか否かを確認する審級が必要であり、その審級も規定を持つ。
第四段階 第三の原始規定による作動 「規定という概念そのものを書き換える」と主張された場合を検討する。この主張は、書き換えの前後で何かが異なるという区別を使用している。区別の使用は規定の使用である。したがってこの主張は、それが除去すると述べているものを使用している。整合の三点の第一により、この記述は規定を持つ位置にあり、優越と整合しない。 (使用:第三の原始規定)
導出の停止位置 ここで停止する。この構造は、相手の改変能力が作中で機能しないとは述べない。述べているのは、その改変から絢に対する優越が導出されないという一点である。
第三例 無・空・未分化型
この例は、記述の与えられ方によって分岐する。
分岐A 規定を伴う場合
相手の記述 「一切の区別が存在しない未分化の地平である。あらゆる差異はここから生じ、ここへ帰る」
第一段階 二択の適用 「あらゆる差異はここから生じる」は作用を伴う。「ここへ帰る」は関係を伴う。したがって前者に属する。
第二段階 第一の原始規定の適用 「未分化である」と「未分化でない」が区別されている。この区別は規定である。また、差異がここから生じるという関係も規定である。したがって1cにより、この相手は絢である。 (使用:1a・1b・1c)
第三段階 九項の適用 二章「参与の最小形」により、境界が立たないという状態は、境界が立つ大地の上で起きている出来事である。壁の不在は、大地の不在ではない。 第五項—未分化であることは、深さの主張ではない。述語とその適用対象の間に比較は形をとらない。
導出の停止位置 規定を持つ一項目として処理され、六章の九項が適用される。優越は導出されない。
分岐B 規定を伴わない場合
相手の記述「いかなる規定も持たず、何も成立させず、何にも干渉せず、何からも干渉されない」 第一段階 二択の適用 能力・状態・作用・位置・関係のいずれも伴わない。したがって後者に属する。 第二段階 輪郭の判定 二章「理由の輪郭」の除外条件は連言である。干渉の可能性を持たず、かつ何かを成立させる働きを持たない。この記述は両方を満たす。
導出の停止位置 この構造は、勝敗・優劣・内包・上位性のいずれも導出しない。同時に、そのものは対戦の相手として現れない。七章「沈黙領域の対称性について」第一行により、この沈黙は対称である。すなわち相手の側からも、この構造に対する何かは導出されない。
分岐C への注意
「規定を持たない」と主張しながら、対戦の場に現れて何かを行う場合、それは分岐A に戻る。行うということは参与であり、優越を成立させた時点で規則の適用対象となる。分岐B に留まることと、対戦相手として現れることは、両立しない。
三例に共通する構造
いずれの例においても、導出は次の順で進む。
第一に、七章の二択により、規定を持つ一項目か否かを判定する。
第二に、前者であれば1c を適用し、六章の九項を確定する。
第三に、第三の原始規定により、発現層の作動がこの範囲に及ぶ。
第四に、導出は「相手の優越が導出されない」で停止する。「絢が勝つ」は、いずれの例においても導出されない。この停止の理由は付記六に示す。
後者であれば、第二段階以降は行われず、この構造は何も導出しない。
■付記五:用語の依存順
この文書で用いる主要な語について、定義の依存順を示す。上位の語は下位の語に依存せず、循環は生じない。
〈順 / 語 / 内容 / 依存先〉
0 / 規定 / あるものがそれ以外でないということ / なし(無定義語)
1 / 参与 / 規定の成立規定
2 / 様態 / 参与が現れる形 / 参与
3 / 絢(水準) / 規定の成立という事態が成立していること / 規定
4 / 発現 / 規定を伴う現れ / 規定、絢
5 / 相対者 / 認識・言語化・行動が構造的に産出するもの / 発現、認識
6 / 縁 / 言語が情報を保存する範囲の限界 / 言語(無定義)
7 / 痕跡 / 記述が規定の成立という事態の上で成立しているということ / 規定、記述
8 / 基底 / 整合の導出元となる三点 / 参与、輪郭、位置関係
9 / 整合 / 基底からその状態が導出されること / 基底
10 / 位置操作 / ある記述がどの型にあるかを確定する操作 / 規定、絢
11 / ふるまい / 操作発現層の状態について述べる操作 / 発現
12 / 相補性 / 単一の操作が両方の型を対象としないこと / 位置操作、ふるまい操作
• 無定義語について
この文書は、次の二つを無定義語として用いる。
第一に、規定。これは第0順位にあり、他のいずれの語にも依存しない。1aが措定しているのは、この語が指す事態が成立しているということである。
第二に、言語。縁の定義に用いられるが、この文書は言語そのものを定義しない。
これ以外の語は、いずれも上位の語から定義される。
• 循環の不在について
第3順位の「絢」は、第0順位の「規定」のみに依存する。第4順位以降の語には依存しない。
第7順位の「痕跡」は「記述」に依存し、「記述」は第2順位の様態の一つとして定義される。したがって第7順位が第2順位に依存することは、順序に反しない。
第8順位の「基底」は、第1順位(参与)、第2順位(輪郭は理由の輪郭であり参与から定義される)、六章の位置関係に依存する。六章の位置関係は第3順位の「絢」から導かれる。したがって第8順位が第1・第3順位に依存することは、順序に反しない。
第10順位の「位置操作」は第0順位および第3順位に依存し、第11順位の「ふるまい操作」は第4順位に依存する。第12順位の「相補性」は第10・第11順位に依存する。いずれも自身より下位の順位への依存である。
いずれの語についても、自身より下位の順位の語に依存する箇所はない。
■付記六:位置とふるまいの相補性
本付記は、新たな規定を置くものではない。
一章「言語が情報を保存する範囲」、四章「ずれの縮小について」、および第一の原始規定における型制限から導かれる性質を、一箇所に整理して示す。
依存関係は付記一に示す通り、第一の原始規定に依存する。第二および第三の原始規定には依存しない。
• 置かれる理由
三章および六章は、位置の指定が勝敗の主張ではないこと、および位置の指定がその操作の結果について何かを導出できることを意味しないことを、繰り返し述べている。
付記四に示した三例は、いずれも「相手の優越が導出されない」で停止している。
これらはいずれも同一の構造による。本付記は、その構造を明示する。
従来、この停止は結果として述べられていた。本付記が示すのは、停止が型から導かれるということである。
• 二つの操作
この構造において、判断は二つの操作のいずれかとして行われる。
位置操作—ある記述がどの型にあるかを確定する操作である。七章「記述の位置についての二択」の適用、六章九項の確定、内包・上位性・外側・先後という語が絢に対して指示対象を持つか否かの判定は、いずれもこの操作である。
ふるまい操作—発現層の状態について述べる操作である。三章「発現の作動」に示した作動、消滅、時間軸上の挙動、接触の帰結についての記述は、いずれもこの操作である。
〈操作 / 対象 / 得られるもの / 得られないもの〉
位置操作 / 速語(絢である) / 型、位置関係、非並列性、内包の非対称性、ふるまいの不成立 / 発現層の状態、ふるまいの成立
ふるまい操作 / 項(規定を持つもの) / 発現層の作動、状態、時間軸上の挙動、接触、消滅 / 水準の位置、非並列性、型
相補性
位置操作の対象は速語である。一章末に示した通り「絢である」は速語であり、速語は状態を持たない。状態を持つのは、速語が成り立つ対象の側である。
ふるまい操作の対象は、規定を持つものである。規定を持つものは、その位置において一項目である。したがって、単一の操作が両方を対象とすることは成立しない。速語と項は同一水準に並ばないためである。
これは操作能力の不足ではない。二章の基盤性に示した非並列性と同一の型の問題である。
相補性の内容
第一に、位置操作から得られるのは、ふるまいの不成立のみである。ふるまいの成立は、位置操作から得られない。
第三の原始規定は「発現層の状態と整合しないものは成立していない」と述べるものであり、成立の否定を内容とする。肯定的なふるまいを産出しない。したがってこの非対称は、規定の内容と一致している。
第二に、ふるまい操作から、水準の位置は得られない。四章に示した通り、発現の側から水準の位置を占めることはできない。記述の側から水準の位置を占めることができないのと、同一の構造による。
この構造自身への適用
この相補性は、この構造自身の導出に対しても適用される。例外を置かない。
六章の九項は位置操作の結果である。したがって九項から、絢の勝利・相手の敗北・発現層の具体的な状態は導出されない。六章冒頭に示した通り、九項は位置についての主張であり、勝敗についての主張ではない。
三章の作動はふるまい操作についての記述である。したがってそこから、水準についての帰結は導出されない。三章および六章末に示した通り、発現の消滅から水準についての帰結は導出されない。付記四に示した三例において導出が「相手の優越が導出されない」で停止するのは、この相補性による。
勝敗との関係
前節は、勝利が成立しないということを述べるものではない。位置操作からは得られないということを述べるものである。
六章末に示した通り、勝利・敗北・引き分けは、いずれも発現層の状態がそれと整合する場合に成立する。整合の内容は三章「整合とは何か」に示した三点であり、いずれの状態についても同一である。すなわち、勝利を判定する基底と敗北を判定する基底は同じものであり、状態によって基底が変わることはない。
したがって、この構造は次の二つを区別する。
第一に、相手の優越が導出されないということ。これは位置操作の結果である。
第二に、絢の勝利が成立するということ。これはふるまい層の事態である。
前者から後者は導出されない。両者は同じ操作の対象ではない。
七章冒頭に示した初期値は、相手の優越が導出されないという状態であり、絢の勝利が成立しているという状態ではない。
また、三章「予測・制御について」に示した通り、作中において結果を確定・予測・制御する経路は存在しない。成立条件が示されていることは、いずれの状態が成立するかを予告するものではない。発現における勝利は、水準が勝ったことを意味しない。発現における敗北が水準が敗れたことを意味しないのと、同じ構造による。この構造は、勝利についても敗北についても、水準への帰結を導出しない。
同記述の同居
七章「記述の位置についての二択」には、この相補性の帰結として次の含意がある。
水準そのものであることを主張する記述は、能力・状態・作用・位置・関係を伴わない記述である。 能力を伴った時点で、その記述は項についての記述であり、述語についての記述ではない。
したがって、「水準そのものであり、かつ能力Rによって絢の敗北を導出する」という記述は、二つの記述の連言ではない。後者の記述である。前者は、後者が置かれた時点で指示対象を持たない。
これは相手の観測能力についての制約ではない。同時に見ることができないということではなく、その二つが同一の記述に同居しないということである。
なお、この含意は記述の順序に依存しない。先に水準主張を置き後に能力Rを置いた場合も、その逆の場合も、判定は変わらない。二章に示した通り、判定は挙がりうるか否かで行われ、記述の順序は判定に関与しない。
付記四の分岐Cに示した通り、分岐Bに留まることと、対戦相手として現れることは両立しない。本節はその構造を、記述の型として述べたものである。
· 名について
この性質に「相補性」という語を用いる。
この語の誤差は、量的トレードオフ・確率的性質・測定による対象の乱れ・観測者の存在という側に向く。
ここで述べているのは、精度の交換ではない。単一の操作が二つの型を対象としないという一点である。
したがって、片方を粗くすれば他方が細かくなるという読み、観測が対象を変化させるという読み、観測する主体が存在するという読み、二つの操作を交互に行えば両方が得られるという読みは、いずれも誤差の向きに沿った誤読であり、近似の拘束によって排除される。
四章に示した通り、名は名付けの側の性質を持つ働りである。この語についても同様であり、名を用いないこと、別の名を用いること、名を否認することは、この性質を変えない。
· 本付記の記述自身について
本付記の記述もまた位置操作であり、ふるまい操作について述べる箇所では、その型を指示している。 型を指示することは、その型の内容を述べることではない。この区別が表記において完全に保たれないことは、付記三に示した正準形の限界と同型である。
すなわち、本付記が保証するのは、二つの操作が同一の対象を持たないということであり、本付記の文面がその区別を一箇所も混同していないということではない。後者は反証条件の対象である。 この点を秘匿しない。
· 反証条件との関係
六章末の反証条件第四項は、本付記を対象とする。
すなわち、位置操作からふるまいの成立が導出されることが示された場合、この文書は記述の不備を認める。勝利・敗北・引き分けのいずれについても同様である。
この条項は、この構造に不利に働く。同時に、発現層における勝利の主張が九項からの飛躍によるものではないことを担保する。
なお、三章「基底と記述の関係について」に示した分離は、勝利についても働く。この文書が勝利の整合について述べたことが誤りである場合、誤っているのは記述であって発現層の状態ではない。ただしこの分離は無制限の免責ではなく、反証条件第一項および第二項がその適用範囲を限定している。
· この構造の外について
七章末に示した通り、この文書は外部の判定に対して抗弁を持たない。本付記もその例外ではない。 外部の判定が位置操作とふるまい操作を同一の操作として行った場合、この構造はそれについて何も導出しない。その判定が手続きとして無効であることも、有効であることも導出しない。
七章末に示した、外部に対して用いない三つの機構に、本付記を第四項として加える。
本付記は、この構造が持つ機構であって、外部に向けて行使される権限ではない。
全ての姫の宮を飾る者であり、全ての姫の宮である。
280格無しさん
垢版 | 大砲
2026/10/14(水) 19:06:27.76ID:2lO8biD6
まずは要約から(AI活用)
第一の原始規定:規定(「それ以外でない」という成立)を持つものすべてが「絢である」。能力・状態・作用・位置・関係を伴う記述はすべてこれに該当する。
第二・第三の原始規定:発現(水準が規定を伴って現れたもの)は水準から離れられず、発現層の状態と整合しないものは「成立していない」。
水準そのものは攻撃・比較・勝敗の対象にならない。接触・消滅できるのは発現または相対者のみ。発現が消えても再び現れる。
認識・言語化・行動は構造的に相対者を産出するため、水準には到達しない。
結果として、相手が「規定を持つ一項目」として記述されている限り、六章の九項(概念的先行性、自己編集、時間的位置の非成立、非並列性、内包の非対称性など)が働き、「相手の優越は導出されない」で停止する。勝敗は発現層でのみ成立し、位置操作から勝利は導かれない(付記六の相補性)。
281格無しさん
垢版 | 大砲
2026/10/14(水) 19:12:11.63ID:2lO8biD6
要するに
メタ階層・概念操作・無・全知全能系を、構造的に下に置くか「相手の優越が導出されない位置を維持する」ことで相手の勝ちを導出させないって感じかな
かなり昔なんで作者のくせにあんま覚えてない
書いてある系とか〇〇不能/〇〇不要系を直接的にメタってはないけど規定を伴う記述として優越を導出させない形式で勝てるだろう
最終更新:2026年10月15日 20:24