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こころひとつ 1-1

 それがどうした、とオーウェルは心中思っていた。そんなもので同情をひくつもりか、と。
 ラムザ・ベオルブ率いる士官候補生の一行は、北天騎士団の命を受けて出陣し、義賊・骸旅団の幹部、ミルウーダ・フォルズを拘束した。その戦いで、彼女はこう言った。
「ひもじい思いをしたことがあるの? 数ヶ月間も豆だけのスープで暮らしたことがあるの?」
 ラムザは、当然衝撃を受けた。同じ平民のディリータ・ハイラルでさえも、ショックだっただろう。士官候補生の中には、ラムザと同じように何不自由ない暮らしをしてきた者もいる。その者たちもまた、言葉を失った。
 しかし、オーウェルは違った。彼は、もしアルガスが大声で叫んでいなければ、きっとこう言えただろう。
「それがどうした」
 実際それは、彼の本心だった。

 オーウェルは、没落した下級貴族の家に生まれた。貴族とは言っても彼の家の暮らしは、商人は愚か、農民にさえも劣るような水準だった。父は北天騎士団の騎士ではあったが、平民で作られた最下級の歩兵隊をまとめる歩兵隊長。なくなってもすぐに取り替えのきく、駒のような中間管理職だった。
 当然、オーウェルの父に満足な給金は出ない。パンが食卓にあることさえ滅多にはなく、豆でさえも、食べられれば幸せだった。
 物乞いでもすれば、もっと食べられるのかもしれない。ある夜の食卓で、彼はそう呟いた。父親の持っている皿が、彼の額に命中し、粉々に砕けた。血が床に滴った。
「お前に貴族としての誇りはないのか!」
 父は、酔って暴れることは時折あったが、素面でここまで激高した姿を見たのは、この時が初めてだった。
 貴族からは、同じ貴族として恥ずかしい、と疎まれ、平民からは、貧乏貴族、と陰口をたたかれる。そんな日々が、オーウェルの日常だった。
 貴族である。その理由だけで、彼には物乞いも、農作業も、学費の安い平民学校への入学も許されなかった。貴族の通う幼年学校には、金がなくて入学できない。オーウェルは一人の妹と二人の弟とともに、家にこもり、父親が読み古したボロボロの本を読んで過ごした。
 父親の稼ぎだけでは到底食べてはいけないので、母親も「仕事」をしていた。無論、まっとうな「仕事」ではない。やや富裕な平民を相手にした、売春である。
 金を払うだけで、貴族の女が自分の思い通りになる。たとえそれが下級貴族であっても、平民は絶対服従を強いられていただけに、随分と需要があったらしい。母は、父が宿直などで帰らない日の夕方、二枚しか持っていないドレスのどちらか一方に身を包み、なけなしの白粉を使い、めかしこんで家を出る。翌朝、目の下を真っ赤にしながら、食べ物や着る物を抱えて帰ってきた。
 十五歳になったオーウェルは、アカデミーに入学することになる。入学金は、五十年戦争で戦死した父の、兵役保険だった。
 オーウェル十四歳の夏、父は五十年戦争最後の戦いで命を落とした。皮肉にもその日は、五十年戦争随一の英雄バルバネス・ベオルブが、その生涯を終えた日でもあった。
 天騎士バルバネスの訃報は、燃え広がるようにイヴァリースを駆けめぐった。人々は皆涙し、彼の偉業をたたえた。
 オーウェルの父の遺骨は、その翌日、ひっそりと届けられた。届けた兵士たちの目は一様に赤かったが、それが、自分の父が死んだせいでないことを、オーウェルは知っていた。
 遺骨には、五十万ギルの兵役保険と五万ギルの見舞金、そして、父が殉職によって特進し、「騎兵」に任命されたことを知らせる一枚の紙が添えられていた。一度もまともなチョコボに乗せてもらえなかったのに、騎兵か。オーウェルは心の中で毒づいた。生きて戻った兵には報酬も職もなく、死ねば五十万ギル。皮肉な構造だが、それが騎士団であり、戦争だった。
 入学金二十万ギルと初年度授業料三十万ギルを、父が残してくれた金で払い、彼はアカデミーに入学した。そこには、あの天騎士バルバネスの三男ラムザと、平民ながらベオルブ家の推薦で入学したディリータがいた。
 アルガスのように、ひたすらラムザに嫉妬し、平民をさげすむことができれば、オーウェルももう少し楽になれたのかもしれない。そうするには、彼の見た世界はあまりに絶望的で、彼はそれに馴れすぎていた。そしてまた彼には、アルガス以上の野心があり、上に行くためには、ラムザと行動を共にすることが最良であることを知っていた。

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最終更新:2009年06月26日 23:23