ティータ・ハイラルは、死んだ。「実の妹のように」、彼女を可愛がっていたベオルブ家の裏切りに遭い、至極あっさりと、その短い生涯を終えた。ボウガンの矢が刺さった胸から流れる鮮血が、ジークデン砦に積もった雪を毒々しく染め上げて行く。彼女が倒れた小さな橋からは、赤黒く染まった雪解けの水が、静かに一滴ずつ、滴り落ちた。
「ティータッ!」
ディリータの渾身の叫びでさえ、何処か遠い世界のように思える。
サマンサはもちろん、エリーもバグシーもブランドルも、あのオーウェルでさえも、凍り付いたように動かない。小説やお芝居の世界でしか見たことがないような、絵に描いたような裏切り、止め処なく流れ出る人の血液、兄妹の別離。ボウガンを打ったアルガスは、さながらヒールの親玉のようにしか見えず、平民育ちの熱血漢が主人公となり、妹の敵を討とうと剣を取る。そのどちらにもなりきれず、迷いながら剣を取る主人公の親友が、ラムザ。自分たちは、そこで進行される物語を、ただただ傍観するだけの観客も同然になっていた。
それでも、アルガスとディリータの間でしばしの会話が交わされ、アルガスが援軍を呼んだのは幸いだった。彼らはそれで、ようやく自らを現実に立ち戻らせ、目の前の敵と戦う決意を固めた。道中でミルウーダを討ち、骸旅団のリーダーウィーグラフをすんでの所まで追い詰めた一行は、少しだけ、強くなっている。
「相手は正規の騎士団だ。気ィ抜いたら、死ぬぞ。オレたちはまずアルガス以外の奴を倒すんだ。オレとエリーが前に出る。バグシーは援護射撃、魔道士二人は後方から支援だ」
「冷静ね、オーウェル。もしかしたらアンタが一番、リーダーには向いてるのかもね。さあ、行きましょう! 全力でやるのよ!」
事実、彼らは全力で戦った。持てる力の全てを駆使し、ただ生き残るために、目の前の敵を討つ。相手は確かに正規の騎士団で、単純な力の差であれば、士官候補生が逆立ちしても敵う相手ではないが、命を賭けて戦う彼らと、「仕事」で来ている者との間では、力の差さえも逆転してしまう。ほどなく、北天騎士団兵は一人、また一人と倒れ、残ったアルガスを追いつめた。
「オーウェルか。まさかお前が、この甘ちゃん側につくとは思ってなかったぜ」
アルガスの言うことは、当たっている。オーウェル自身、何故自分がラムザ側にいるのか、未だによく分かってはいなかった。
「お前は、どっちかと言えばオレの側だと思ってたけどな」
「オレをラムザと一緒にするな。もっとも、お前みたいなゲスとも全く違うけどな」
「ゲスか。言ってくれるな。お前らみたいに、貴族の間にある秩序を乱そうとしてる奴らこそ、オレに言わせればゲスだぜ」
オーウェルは、アルガスの腹を思い切り蹴り上げた。蹴られたアルガスは苦悶の表情を浮かべ、雪の上にうずくまる。激昂しきっているディリータでさえも、二人のやり取りに息を呑んだ。
オーウェルの怒りは、何処から来ているのだろうか。ゲスと言われることなど、とうの昔に慣れきっているし、アルガスの立場からラムザをゲスと呼ぶのも、ある面で真実だと思える。にも関わらず、彼はアルガスの腹を怒り任せに蹴り上げた。
腹を押さえ、咳き込むアルガスの背に、オーウェルは更に右足を突き立てた。アルガスの身体が、顔から雪の上に崩れ落ちる。
オーウェルは、サマンサに一瞥をくれた。彼女はよく戦った。ミルウーダとの再戦も、ウィーグラフとの死闘も。この戦いでも、大きな役割を果たした。今は少しだけ怯えた表情で、杖を両手で握りしめながら小刻みに震えているが、それは仕方ないように思えた。
「お別れだ、アルガス。お前にとどめを刺すのは、ディリータだ。お前が一番嫌っていた、家畜の剣であの世に行くんだな」
家畜、という箇所だけは、ディリータやラムザに聞こえないよう、意図的に声を小さくし、アルガスの前を空けた。その後ろから、間髪入れずディリータがアルガスに迫り、背中から剣を突き入れた。
「お、お前たち、軟弱者どもにやられ……」
最後の言葉が声になる前に、墓標のように立った剣の柄をオーウェルが一押しした。どろりとした血が、やはり雪を毒々しく染め上げる。血の色は、ティータの流したそれと、同じだった。
最終更新:2009年07月23日 22:41